第47話 思惑<見切り発車
ガルアニア国王。モンゴール・ビルテラ・ガルアニアは悩んでいた。それも特大級の悩みである。
ガルアニアは陸地の国だ。その収入のほとんどは各地領の税と鉱石や魔物素材による貿易、それに観光資源等が挙げられる。王都の運営自体は観光地や闘技場からの収入で保っていた為、十数年前までは財政的に裕福な方ではあった。
それが変わったのは数年前。神聖皇国レーベルラッドの巫女の予言から端を発する。
『魔王誕生』の予言である。
獣人の国にそれが現れたという知らせから、その周囲を囲っていたガルアニア含む五大国が獣人の国を攻め入るという話になってしまったのだ。勿論モンゴールはまったく乗り気ではなかった。しかし世界会議において、ハーリアに逆らえる国は居ない。ハーリアは勇者を召喚する国であり、この世界のバランスを保っている存在なのだから。
だが、今回だけはそれがいけなかった。召喚した勇者の数がこれまででもっとも多く、そして、あまりにも勝手過ぎたのだ。
勇者達は魔王討伐後にハーリアを乗っ取り、そして世界会議において全ての国を手中に収めようとしてきた。勿論各国で協力してこれに反抗、結果的に限定的な協力で治めることが出来たが。
そして、獣人の国との戦争が始まったが、あまりに勇者の数が多く、そして圧倒的過ぎた。魔王は勇者達の力により瞬時に残滅、魔族も勇者の手により悉くが死んでいった。圧倒的な勝利によって各国は彼等を英雄と評し、やはり勇者なのだと崇めたのだが…
勇者達が求めた報酬は、税をハーリアに収めさせることだった。しかもその金額がとんでもなかった。国に治められる税の4割という暴振りである。到底受け入れられる筈もない。
だが、勇者達はその補填として獣人を奴隷として使えと提案してきたのだ。
獣人嫌いな人間は確かに貴族の中にも居たが、それは大多数ではなかった。むしろ国王達は獣人達とは仲良くやっていきたかったし、彼等の作る魔道具は精度が高くどの国も積極的に欲しがっていたぐらいなのだから。
だが結局、国は勇者達に戦わずして平伏するしかない。獣人達は魔王を誕生させた忌まわしき者達として触れ回ることになり、奴隷として扱うことは当然という風潮を作らざる負えなかった。
勇者達は魔王よりも恐ろしい存在だと、今更彼等は知ったのだ。
そして数年後……ハーリアは強大な国としてこの世を支配し、各地に勇者を派遣してきた。表向きは国を防衛する為の戦力として。実際は戦力を整えさせない為の監視役である。
今回の武闘会については、派遣されてきた勇者の力を世間に示す為に仕組まれたものだった。賭けについても同様だった。国の財を国民達に配らせることで力を削ごうとしてきたのだ。
結果的に国民達は揃って勇者に賭けてしまった。勇者が優勝すれば、数年国は力を失うだろうとモンドールは予想出来ていた。
だが、今日彼はありえない物を目にした。
「あれは…なんなのだ一体……」
人外染みた可憐さを見せる一人の少女が見せたもの。それは巨大な赤い龍を呼び出し、空を割る程の威力のブレスを一瞬で凍らせ氷の華を作った。その者は大勢の観客の目の中、一切憶することなく言ってのけたのだ。
「今日この日より、私が最強であることを証明してみせる!!! 我が名はアイドリー!!!何者にも縛られない女だッッッ!!! 勇者は私が―――――ぶっ倒す!!」
その声と共に、モンドールは直ぐに少女が何者なのかを聞いた。そして分かったことは、少女は一ヶ月と少し前にハバルで冒険者となり、たったの一ヶ月でSランクに昇格したという経歴を持っていたと言う。しかもSランク昇格を決めた依頼内容は、単独でのレッドドラゴン討伐だった。
Aランクを3パーティー含めた数百人の冒険者を薙ぎ倒すレッドドラゴンを単独撃破。これに目を丸くしてしまう。
(どういうことなのだ? だったらあのレッドドラゴンは一体なんだったと言うのだ?)
真偽の程は分からないが、あの光景を見せられたモンドールは心の中で、少女の言葉が現実になることを願い始めてしまっていた。
「あれはなんだ国王?」
そして現実に引き戻される。王座の横に立っていた男もまた勇者だった。この国に派遣されてきた二人の内の一人である。
「私にも分からぬ。どうやらこの国出身らしいが……」
「……白を切るつもりじゃないだろうな?」
「そ、そのようなことは決して……こちらがあの冒険者の参加申請書だ……」
モンドールから受け取った紙を読む勇者の顔は微塵も変わらず、ただ事実のみを咀嚼し受け入れていく。
歳はまだ20程度だというのに、彼は恐ろしく落ち着いていた。だからこそ恐怖を感じずにはいられない。勇者だというのに、その眼は黒く濁り切っている様だった。
「なるほど……稀に見る天才、というやつか。ああいう自分が最強だと思い込んで粋がってしまう馬鹿は、何時の時代も居るものか。あれも見掛けだけの張りボテ、ドラゴンも自分の見た物をそのまま魔法で大きくして映し出した幻惑だろう。よくあるペテンだな」
そう言い捨てて紙を破り捨ててしまう。モンドールはその紙を見つめたまま動けなくなっていた。
勇者の眼にはレッドドラゴンのステータスは偽装されて映っていたからこその余裕である。
「だが、ああいうのを野放しするとハーリアへの反抗勢力の一つになりかねないからな。確かもう一人も大言壮語なことを吐いていたな。同じパーティに居た奴等だ……更にもう一人」
勇者の向けた視線の先には、桃色の少女と同じ色のローブとブローチを付けた水色の少女が居た。勇者は鑑定を使い、水色の少女のステータスを覗き見る。
「中々のステータスだが……よし、念には念を入れておくか……」
薄く冷たい笑みを浮かべた勇者は、そのままモンドールを置いて歩き去っていった。勇者が居なくなったことで心底安堵したモンドールは、深い溜息と供に頭を抱えてしまった。
(誰でも良い、このどうしようもなく力に支配された世界をぶち壊して欲しい……)
さてはて、私は久し振りにテスタニカさんへの報告を行っていた。
『本当に古龍を従魔にしちゃったのね。レベル相当上がったんじゃないの貴方?』
「そうだねぇ。今なら国一つなら簡単に滅ぼせそうなぐらいになっちゃったねぇ……」
『あらやだ、そんなの前からじゃない? 変なの~♪』
「反応かっるっ!?」
変なの~じゃないよ。私としては最初はソコソコで良かったのに。次元妖精の生態が本当に謎過ぎるって。どこまで強くなるのかまるで分からないのが怖いんだよ。
『それで、今はガルアニアっていう国の王都だっけ? 勇者に喧嘩売ったの良いけど、勝てるの?』
「見た限りではレッドドラゴンよりは楽に勝てそうだったよ。レーベルの場合は龍鱗がキツイから……」
『それを拳で突破する貴方は完全に理の外よまったく。まぁあんまり危ない橋ばかり渡らないでとは言わないけど、自分を大切にね?』
「うん、今度は武闘会が終わって王様に話聞いたら連絡するよ」
『はいはい、それじゃあね。アリーナも、アイドリーが無茶したら隣で……まぁ、ニコニコしてなさい』
「あいっ!♪」
「諦めたよこの女王様……」
アリーナさん基本私に対しては全肯定派だからなぁ……まぁいいか。通話を切って、物陰から出る。場所は闘技場の入り口横。
「さぁって……これどうしよっか」
私はアリーナが書き写してきた2回戦からの倍率表を見て自分のやってしまったことを反省していた。
Aブロック2回戦
『1組目:レーベルVSホロミル』
3250 1200
『2組目:アビルVSチャック』
1890 2960
『3組目:スビアVSモリアロ』
850 1310
『4組目:ラルゴVS勇者アヤネ』
1110 5
Bブロック2回戦
『オノレVSゲンカク』
2065 6543
『シルヴェスターVSヤスパー』
4820 2460
『アレイドVSマチュー』
1423 1295
『トゥイーレルVSアイドリー』
1550 10000
10000倍……え、いちまん? 一万って書いてある? これ……優勝したら幾ら?
……止めておこう。それよりも、他の選手も当初よりも上がりほぼ全員が1000倍を超えてしまった。皆こぞってお金を勇者に賭けた結果なんだろうね。
「それよりも勇者じゃ主よ。喧嘩を売った以上勝つのは当たり前じゃが、勇者の集団に対してどうやって立ち向かうつもりじゃ?」
「えっ……?」
「なんじゃ、分からんであんなこと言っておったのか? 良いか主よ。勇者は一人ではないのじゃぞ? 勇者はいつも5~10人の間で召喚されとるからのう」
聞いてないよレーベル……ど、どうしよう。ボコボコにしたら他の勇者にも目を付けられるよね?
「嫌だ~面倒だ~……終わったら速攻王様から話を聞いて王都を出ようぜ!!」
「出ようぜ!!」
「待たんか馬鹿と我が娘よ。別に犯罪を犯している訳ではあるまい? 正々堂々行くのじゃ。勇者に勝てば一目置かれるじゃろうし、国が保護してくれる可能性もある」
「なんかやけに詳しく道を示すね?」
「祖父の教えじゃよ。我は勤勉なのじゃっ!! なので、アイドリー、我のことはママさん先生と言うのじゃ!!!」
「はい、ママさんせんせー!!」
楽しそうね……うん、考え直そうか。
勇者は啖呵切った以上ボコすのは確定。その後アリーナの稼いだお金で国王と交渉。知っていることを洗い浚い話させる。勇者が因縁付けてきたらまたボコして逃げる。よし完璧だ。
「レーベル、そろそろ始まるから行った方か良いんじゃない?」
「む? おおそうであったな。それでは行ってくるぞアリーナ、そして我が主よ」
「「いってらっしゃーい」」
「アリーナ、私のことはお姉さん先生と呼んでも良いんだよ?」
「私の方がお姉さんだよー?」
「じゃあ私がアリーナお姉ちゃんって呼ぶわ」
「……なんかやだ」
「あ、はい」
アリーナは対等でいたいそうです。




