第44話 本選第1回戦 ①
レーベルは即座に動き、誰にも知覚出来ないスピードで拳をステージに叩き付けた。
ドッゴンッッ!!!!
「………えっ?」
「「「え?」」」
「ふぅー……ふむ。脆いが、何とかなるか」
衝撃は静かに広がり、だが一瞬で巨大なクレーターが完成する。それはナルシャスの位置にまで広がっており、ナルシャス自身はあまりの光景にへたり込んでしまった。
今さっき大歓声を上げていた会場が黙り込む中、レーベルのやったことはやはり自分を貫く事。
自らを誇示し、晒し、求める。
「やあやあ我こそはッ!『妖精の宴』が1人、猛火烈風のレーベルであるッッ!!! 煉獄劫火に晒され塵も残らぬ覚悟ならば、正々堂々掛かってくるが良いッッッ!!!!!」
口上を挙げたレーベルが赤色の魔力を纏い、気合と供に激しい波動となって爆発した。その様子を見ていたアリーナは大興奮。隣に居たアイドリーは、相手がどうか棄権してくれることを心から祈った。戦ったら絶対に炭も残らず死ぬと思ったからこその思いやりである。
(威嚇の仕方が凶悪過ぎるよレーベル!! というかその渾名自分で考えたの!?)
実はその通りなのである。レーベルは強烈な印象を観客達に植え付け、生涯忘れさせず伝説になる気満々だった。古龍は、代々人前にほぼ姿を見せないので分かり難いのだが。彼等は伝説として語り継がれている存在だ。それにレーベルも憧れていたのだった。
「ふっふっふ。やってやった、やってやったぞ我は!! 此処から我の伝説は始まるのだ!!!はーっはっはっは!! さぁ掛かって来い! 我を倒してみろ!!! 若き「棄権しますっ!!」ぼうけ………えっ?」
ナルシャスは腰砕けで司会者に縋りつきながら泣いてそう宣言していた。足の間から特有の液体が流れている辺り、彼女の精神が限界を迎えそうだと判断したセニャルは、開始30秒で試合終了の合図を出した。
『勝者、レーベル選手ッッ!!!』
「えぇええええええええええッッ!!????」
先程まであんなにも自信満々だったナルシャスが見る影もなく、まるで幼子のように泣きじゃくって係員に運ばれていくのを見たレーベルは、ポカンと口を開けたままフリーズしていた。
これから戦う相手の向けて気合の入った口上で盛り上げてやろうとしていたのに、気合だけで相手が負けを認めてしまったのだから仕方のないことだろう。少なくとも見ていたアイドリーはそう思っていた。
「うわぁ……」
「ありゃ~」
「もう空回りってレベルじゃないねレーベル……アリーナ、帰って来たら多分不貞寝するだろうから、優しく膝枕してあげて。頭も撫でて労いの声も掛けるスペシャルコースで」
「りょす!!」
にしても、レーベルも自分の強さが良く分かっているだろうに。前に討伐隊を軽く蹴散らしたことを忘れたのだろうか? たった1人のBランクの若者がその気迫を疑似的にも受けて立ち向かえるのはそれこそ勇者と呼べると思うよ?
レーベルの壮絶な勝ち方に、観客もなんと言ったら良いか口をパクパクさせてるし、セニャルさんもコメントに困っていた。
『あーえっと。なんとも言えませんが、レーベル選手のあまりの迫力にナルシャス選手が戦う前に負けを認めてしまう程、レーベル選手の強さを直に感じてしまったのでしょう。なんという強さッ!! なんという美貌ッ!! 1組目から強烈なデモンストレーションを見せてくれたレーベルお姉様に、どうか拍手を!!」
あの子遂にレーベルのことお姉様って言い始めちゃったよ。レーベルは表情を変えずステージを降りて行ったが、会場からはレーベルに向けて多くの歓声が叫ばれた。それが聞こえていたのか、レーベルも片手だけは上げてそれに応えていた。
「我、張り切っておったんじゃよ?……アリーナに良いところ見せたかったんじゃよ?」
「レーベルかっこよかったよ?いいこいいこー」
「うぬぉぉぉぉおおお、ありぃぃぃにゃぁぁぁぁぁ~~~ッッ!!」
アリーナの膝の上で号泣し始めた女レーベル。観客席でそんなことやってるから、周りの観客からも注目されちゃってるね。男性からは「ギャップ差が良いよレーベルちゃん、超可愛いぜぇ……」と言われたり、女性からは「お姉様御労しい…」とわざとらしくハンカチで目元を抑えていた。すっかりファンが付いたようで。
ステージの方ではレーベルが作ったクレーターを魔法で直しているところだった。数分もすれば元通りになるんだから、やっぱ便利だねぇ魔法って。
『えー初っ端から色々ありましたが、ステージは無事復興しました。張り切って第二組目の紹介をしたいと思います!!ではホロミル選手、オーシャン選手ご入場ください!!』
1人目はガチャガチャした装飾品を沢山付けた民族衣装を着ている眼帯の男。武器は……魚を刺す為の銛? にしては刃が大きいね。海の魔物用かな?
『こちらはマルタの国出身で、海専門の冒険者オーシャン選手!! Aランク冒険者であり海の悪魔と呼ばれるハイドシャークを倒した経験を持つ男です!! 前年度ベスト8まで残った1人ですね。今大会でもその銛は唸りあげるのでしょうか!!』
マルタと言えば、アルバさんから聞いた鎖国してるって国だよね。向こうの人は皆あんな感じの恰好なのかな?それともあの人が特別?
もう一人は弓使いの女性だ。けど矢筒の中に矢が入ってない。あれでどうやって戦うのかな?
『そしてこちらも大会常連の弓使いホロミル選手!! 森の国アドリアーナのBランク冒険者であり、つい最近ワイバーンを撃ち落としたという実績を打ち立てました!!! ギルドからも次期Aランク昇格だと呼び声高い女冒険者です!! 今日も見えない矢が相手を貫くのか!?』
見えない矢? もしかしてあの矢筒は魔道具なのかな? その効果で矢を消してるとか?
『それでは第1回戦2組目、試合開始ですッッ!!』
ホロミルは見えない矢を掴み構えると、迷いなく放った。オーシャンは警戒をしていたのか、それを弾道を読むようにして躱す。次の瞬間オーシャンの後ろに突然矢が現れステージに突き刺さった。やっぱり一定時間矢を透明にする魔道具みたいだね。
「その程度ならば問題無い!!」
「ほう、1本は躱しましたか。では次は2本でいきましょう」
「なにっ!?」
ホロミルは涼しい笑みを浮かべながら弓を構えて、撃つ。またしてもオーシャンは弾道を読んで躱そうとしたが、突き刺さって現れた矢は1本だけ。
「ぐぅぅっ!!」
オーシャンの肩から血が流れ出す。刺さった矢がその姿を現し、観客が驚きの声を上げた。2本同時に放てるとは凄い技量だ。しかも矢が突き刺さった場所は防具の付いている箇所を軽々と貫通しているのを考えると、結構な威力もあるみたいだね。
余裕を持ってオーシャンから距離を離すホロミルは、次の矢を構えて備えた。というか彼女軽装ですらないよね。余程自分の腕を信じているみたいだ。
「降参をお勧めしますよ。次は3本を射られたくなければですが……」
「ぐっ……降参だ!!」
『やりましたホロミル選手!!見事な弓捌きでオーシャン選手を完封!!!第2回戦進出です!!』
「ほー、あれが次の相手か。次はまともに戦えそうじゃな」
いつの間にかレーベルが復活していた。アリーナのスペシャルコースは効いたようだね。
「次は戦うだけにしなよ? 気迫だけで倒さないように」
「うむ、しかと胸に刻んでおいた我」
そうしてください。あ、もう次の選手が出て来た。
「お、アビルじゃ。同じグループじゃったんじゃよ、あやつ」
「強い人?」
「まぁまぁじゃと思うぞ。少し足が速い程度じゃったしな。剣術は中々じゃったが」
「ふーん、相手は……鉄球って」
タンザという男は自分の頭程の大きさの長い鎖付き鉄球を引き摺って入場してきた。面白い武器使うんだね。
『こちらは王都に住む地元の冒険者タンザ!! 珍しい一匹オオカミの冒険者です。ランクはCと低いですが、自慢の鉄球は大岩を容易に粉砕し、ロングアームグリズリーを一撃で屠ります。当たったら身体がバラバラになるからお気をつけてー!!』
「ロングアームグリズリーか。どんな魔物?」
「名の通り腕の長い奴でな。レベルは70ぐらいの魔物じゃな。それを一撃というなら、破壊力は本物じゃな」
流石レーベルさん、長生きはお特だね。私の憧れベスト3に入るよそれは。今回は長寿を全うしたいもん……切に。
『そしてこちらはアビル選手!! 同じく地元の冒険者です。去年は本選1回戦で惜しくも敗退してしまったアビル選手ですが、ここ1年相当な修行を積んできたようです、予選で見せた動きも素晴らしいものでした!! 今年のアビルは一味違う!!!』
『では第1回戦3組目、試合開始でっす!!!』
「先手必勝ッ!!くらえやッッ!!!」
タンザは鎖に繋がれた鉄球を回す。あっという間に鉄球は凄まじい回転をし、タンザはそのままの速さで鉄球を投げた。あの長さで回して遠心力に重心がブレないんだね。身体の方も相当鍛えられて体幹が強いんだ。
鉄球は風圧をぶち破りながらアビルの腹に向かって飛んでいくが、
「一方通行過ぎじゃない? おっさんよぉ!!」
アビルはその鉄球を一歩横に蹴って躱した。そのまま鉄球に繋がれていた鎖に向かって、思いっきり剣を振り下ろす。
ガキンッ!!
「ぬぐっ!!?」
「へっ! 自慢の鉄球はもう無いぜ!?」
あの一瞬で鎖を斬ってしまうとはやるね。鉄球は場外まで飛んでしまったので、もうこの試合では使えない。鉄球の付け根付近の鎖は脆いと見極めてやってるんだろうけど、アビルって人は眼が良いんだね。鉄球の動きを全て眼で追ってたし。
「まだまだじゃっ!!」
残った鎖を振るうタンザ。鉄球が無くなったことにより先程よりも更に速く、風を切る音が聞こえてくる。鞭のように振るわれた鎖で攻撃してきた。
「そんなものにビビるかよ!!」
「—―――掛かったな!!」
鎖を剣で弾こうとしたビアルだが、その瞬間タンザが、伸び切ろうとしていた鎖を思いっきり引っ張ったのだ。瞬間、
ガシャァアアンッッ!!
「がぁあッ!!なんだと!?」
おーやったねタンザさん。アビルの剣が豆腐のように砕け散った。残ったのは折れた刀身と持ち手のみである。鞭は振って伸び切ろうとした瞬間引っ張ると先端が加速度的に早くなって、場合によっては音速を超える。それをもし鎖で再現したら、破壊力は鉄球よりも怖いなぁ……
だが、鞭でも無い鎖でそれをやって剣に当てたのだ。当然鎖の方も組まれている数本が砕けた。
「これで形勢は覆ったな?」
「っち……じゃあ違う戦い方をするだけだぜ!!」
アビルは真っ直ぐタンザに突っ込んだ。タンザは速攻で鎖を放つが、当たる瞬間にアビルは首を曲げてそれを躱し、鎖を掴んで引いた。タンザは持ち前の重心で持ちこたえるが、それがいけなかった。
「ありがとよウドの大木さん!!」
「なに!? がはぁあッッ!!」
なんと引いた瞬間アビルも飛び上がり、タンザの首に飛び蹴りを喰らわせたのだ。爪先が首にめり込んだタンザは、白目を向いて倒れてしまった。口から泡を吹き出して痙攣している。
『決着です!!アビル選手勝利!!!2回戦進出ぅぅううううう!!!!』
「機転の効いた戦い方してたねお互い」
「うむ、アビルが1枚上回って勝ちおったな。勝利に執着した勝ち方じゃが、あれもまた人間の強さの1つ。中々に見所のある楽しい試合じゃったぞ」
「どこから目線なのそれは……」
「レーベルって人間の状態で人と戦ったことあるの?」
「ないのう。素手で相手の武器が壊れてしまうし。それだと化け物と言われるから嫌だったのじゃ」
「……私も気を付けないとなぁ」




