第35話 アイドルコンサート in ハバル
昼、街の中心広場には大勢の人が、それこそ街中の人間が集まっていた。お祭りの始まりを告げる物がそこにあったからだ。
中心の幅広い台に置かれたある30mはあろうかという巨大な物体。布で覆われていて中の物が見えないが、皆それが何かを察していた。なにせ、その周りには領主の兵士達が取り囲み、厳重に警備していたのだから。
「皆、今日は集まってくれたことに感謝する」
一人の男性が、設置されたいた舞台の上、その布で覆われている物体の前で演説を始めた。この街の領主、ダブル・コータス子爵である。同時に、兵士達が物体の周りに集まり、その布を掴む。
「盛大な、そう。多くの犠牲と不可思議な事が重なり、盛大な発表をすることになった。事の起こりは、レッドドラゴン討伐の依頼だ。冒険者の皆は思ったことだろう。何故この街限定だったのか? 何故指定ランクが無かったのか? ……それは全て私の判断が間違っていたということに他ならず、諸君らの力を見誤ったのだ。無論のこと、諸君らに罪は無い。それは全て私のものだ。すまなかった……私は、未来ある若人を死地に送った愚か者だ」
冒険者達は戸惑った。貴族が領民に頭を下げ謝るなど前代未聞である。確かに自分達は報酬金額に乗せられて受けた愚か者で、実際戦ってみればまるで勝ち目の無い戦いからの敗退で領主を憎みもした。だがそれは自分達の驕りもあり、自己責任でもあるのだ。
それは無論貴族の彼でも知っていること。どころか討伐出来なかった事に対しての責めすら行わない彼に尊敬すら覚えていた。
「そして、何故そのようなことが起こったのか。元々この依頼は、数ヶ所の街での対処をする予定であった。だが、王の勅令により、このハバルのみでの対処を私は命じられたのだ!! ……何故、王がそのようなことを命令したのかは分かっておらぬ。なればこそ、私はある者を王都への使者として送り出すことを決めた。その真偽を問い質す為に」
私、登場。こんな沢山の人前に出て来たのは、郷でアイドルコンサートをやって以来かな。あの時と違うのは、冒険者からは奇異の眼で、そして領民や商人からはヒソヒソと「白水の女神だ……」と呟きが聞こえてくることだ。すっかり定着しちゃったなぁ。
というか直前で知ったよね私が紹介されるの。ドロアは一発殴っといたわ。勝手に決めろとは言ったけど、事前に教えてよね……
「この者はアイドリー。冒険者諸君が居ない間、この街でほぼ全ての依頼を一人でやり遂げた猛者である。そして………この魔物を倒した!!!」
覆われていた布を兵士達が一斉に捲ると、人々に、その姿が晒された。冒険者達の何人からかは、悲鳴も聞こえてくる。自分達の死の象徴になりつつあった魔物だからだ。
「レッド……ドラゴン……ッ!?」
誰かが呟く、見忘れることなど出来ない記憶から呼び出された言葉だった。
「そう、諸君を苦しめていた元凶だ。それを、この者は単独で倒してみせたのだ!!もう一度言おう。この者の名はアイドリー。この街唯一のSランク冒険者にして、この街の英雄である!!」
「「「……」」」
誰も一言も発しないので、ダブルさんが私に目でサインを送ってくる。テ・ヲ・ア・ゲ・ロ?なんでモールス信号なの? というかこの世界にその概念あったの?
まぁいいや。私は高々と片手を突き上げてみると―――
「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
「マジかよ……マジかよよっしゃああっ!!」
「すげぇっ!! ぜってぇ無理だと思ってたのに、あー畜生悔しいぜぇ!!」
「あんな小さな子が倒したの!? ぜ、是非お近づきになりたいわ!」
人々からの大喝采が起こった。特に領民や商人の声が大きい。あ、奥の方でアリーナも「うおー」って飛び上がってる。ごめんレーベル、抑えといて……
「そして今回この祭りを開催するにあたって、このレッドドラゴンが丸ごとこの街に寄付されることが決まった!!」
更なる称賛と拍手喝采が巻き起こる。誰もが絶望していたのであろうドラゴン。その圧倒的な強さを誇る魔物の討伐素材だ。そりゃあもうとんでもないお金も動く事だろう。
(ああ、商人さん達の眼がギラッギラしてる……)
「アイドリー!!アイドリー!!アイドリー!!」
冒険者達を除く全員から私の名が叫ばれる。私の名とかこの街の歴史に刻まないよね? 大丈夫だよね?
「只今より、レッドドラゴン討伐祭を始める!!皆の者。歌い、騒ぎ、存分に飲み明かすのだ!!!」
「「「待てぇぇぇぇええええ!!!!!」」」
突如祭りの宣言を止めてきた横槍の声。その方向を向くと、やはりというか、ゾロゾロと冒険者が前に出て来ていた。
「おい、子爵様よ。有耶無耶にしてんじゃねえぞ?」
「お主等は……Aランクパーティの者達か」
それは、討伐隊のリーダ角のパーティの一つだった。その周囲には、彼等と想いを一つにして付いて来たであろう若い冒険者達も多く居る。皆一様に怒りの顔だ。
「本当にそんな華奢な女がレッドドラゴンを一人で倒したってのか? 確かに実物は此処にある。俺達が戦ったレッドドラゴンで間違いない。だが、どうやって倒したってんだ? 本当は王都から秘密裏に騎士団を呼び寄せて倒したんじゃねぇのか? 莫大なワイロとかを渡してよぉ!?」
ザワザワと騒ぎ始める冒険者一同。それが本当だとすると、領主は街のお金を使ってレッドドラゴンを国から買ったことになる。それでレッドドラゴンで利益を得ても、得をしたことにはならない。むしろこの街の冒険者が使えないというレッテルが王都で知れ渡る事態だ。
私はダブルさんの顔を見た。どう切り返せば良いか悩んでいる顔だ。
(町代表のダブルさんの言葉じゃ、裏があるかもと疑われてしまう。相手は街でも信用あるAランクパーティーか。面子を潰されてプライドが傷付いたからこその抗議か。だとしても、大勢の前でダブルさんの面子を潰せば彼等もタダでは済ませなくなるかもしれない……うーぬ)
……もう、良いか。同調で練習した従魔との念話で、アリーナの近くに居るであろうレーベルに呼びかける。
『レーベル、私これから妖精の本能に抗うの止めるから、アリーナと可及的速やかにその場から退避して』
『む? う、うむ。任された。何をするつもりじゃ主よ?』
『故郷でやってたこと』
私は、土魔法を唱え、ドラゴンが乗せられている台と同じぐらいの高さまでの広い舞台を作り出した。冒険者達が私のいきなりの行動に警戒し、武器を取り出す。ダブルさんが近寄ろうとしたが、私はそれを手で制止する。
「な、何をするつもりだ?」
「余興」
突然だが、妖精は祭りが大好きである。それはどんなにINTの高い妖精でも抗えない本能だとも言えるものだ。前にテスタニカさんに何故なのか聞いてみたら、その答えは正しく妖精の宿命とも呼べるものだったのを覚えている。
そもそも生物が集中した場所に居ると、妖精は妖精魔法を無意識に発動するのだ。それが人や獣人に見つからないようにする為の防衛本能なんだとか。そしてその対象が多ければ多い程、その負担も増えていく。
するとどうなるか、頭が熱に浮かされ、思考が鈍くなるのである。レッドドラゴン戦の時に私が散々味わったものだ。そして、その熱は、妖精の本能を開放させ易くするらしい。
逆に楽しそうな人達が集中した場所や”楽しくしたい”と思った場所では、更に妖精の本能が刺激され、無意識でも妖精魔法の威力が高まる。勝手に自分の限界を高めてしまう癖があるのだ。
『楽しいから』『笑いたいから』『幸せになって欲しいから』というたったそれだけの理由で。妖精は何もかもを投げ出して、相手に夢も希望も愛も勇気も与えようとしてしまう。限りある命を、全力で燃やす事で生まれる輝きを、誰よりも知っているから。
私の場合はこれだ。
フードを取り、ローブを脱ぎ捨て、そして服装は勿論アイドル服。
「みぃーーーーーんなぁーーーーーー、こぉーーんにぃーーーちはぁーーーーーーッッ!!♪」
「「「――――――っ!?!?!?」」」
桃と赤色のグラデーションになって肩まで流れている髪と虹色に輝く瞳の笑顔。服装は、冒険者のそれではなく、フリルたっぷりのワンピースとリボンの服。これが今の私の恰好だった。
妖精魔法によって作られたマイクを片手に取り、どんどん広場をコンサート会場に作り替えていく。私の妖精としての本能は加速していく一方である。因みに本能に抗うのを止めただけで、理性はそのまんまよ。羞恥心を妖精郷で捨てといてほんと良かった…
「改めて自己紹介しますね?私の名はアイドリーって言うの!!よろしくーーー!!!」
「「「……」」」
当たり前だが茫然である。彼等は妖精ではない。理性ある人間なのだ。
だが彼等は知らない。
妖精の熱は、そんな理性を容易く浸食してしまうということを。
「こらぁーーー!! 返事が無いと悲しいんだぞぉーーー!? もう一回。よろしくーー!!」
「「「……よ、よろしくー」」」
領民達の方から声が聞こえ始める。
「小さい小さい、もっともっと元気良く!! 今日はなんの日ーー!!??」
「「「お祭りー!!」」」
「イエーースッ!! 食べたい物を食べて、飲みたい物を呑んで、歌って踊って騒げる日さ!!」
パチンッ!
「わっ!?」
「え? え? なにこれすごい!?」
ヤエちゃんを中心とした子供達から大声が出た。お礼として皆の前に美味しそうな匂いを発するお肉(オーク肉串)を出してあげた。
更に指から光の粒子を出し、炎で出来た巨大なドラゴンを上空に出現させる。レッドドラゴンよりも数倍は大きいドラゴンが、大空を舞い始める。冒険者達が空を見上げて固まった。商人達からは歓声が上がる。
「そう!! 皆が待ち望んでいたお祭り!! 私は、この街の皆が笑顔に暮らして欲しいって思って今日まで頑張ってきたの。だから倒しちゃったんだ……レッドドラゴンを!!!」
手を翻すと、炎のドラゴンが一瞬で氷り、氷結のドラゴンとなって氷の粒子を落としながら舞い始める。喝采が上がった。
全てをノリのままに、妖精魔法は”勝手に” 発動していく。
「この日を迎える為に、冒険者の皆が頑張ったのを私は知ってるよ。皆が帰って来たことを、誰一人死なずに帰って来た事に涙を流して領主様が喜んでくれたことも知ってるよ。ギルド長達が、全力で皆を労おうと動いてくれていたのも、私は知ってるの!!」
「「「……」」」
「おま……っ」
「どうして……」
勿論出まかせじゃない。妖精にとって相手の記憶は読めずとも、相手の気持ちを推し量れる力量は全種族一だ。その代わりスライムよりも弱い。
全種族一か弱いからこそ、何にも出来ないからこそ。誰よりも誰かに寄り添える。感情や想いに気付ける。
「だから今日という日をどうか楽しんで欲しい。心の底から笑って欲しい。皆の笑顔が、この街の力になるから。皆の活気が、この街の支えになるから!! さぁ、カウントいっくよーー」
「ゴー!!!!」
指を鳴らすと、氷結のドラゴンが私に向かって飛んでくる。私は妖精魔法で、虹色の槍を空中に出現させた。
「「「ヨーン!!!」」」
子供達が笑顔で叫ぶ。ドラゴンの巨大が口が開いた。
「「「サーン!!!!」」」
商人達が子供に負けずに声を張り上げる。虹色の槍がどんどんその大きさを増していく。それに合わせて氷結のドラゴンも大きくなる。
「「「ニー!!!!」」」
領民達と子供達、そして商人の声が重なった。もうすぐ目の前にドラゴンを巨大な口をが迫っている。口の直系だけで広場を呑み込める大きさだ。虹色の槍が一気に巨大になる。
「「「「イチッッ!!!!!」」」」
全員の声が、重なる。
「そぉぉーーーーーーれぇッッッ!!!!」
ズオォッッッ!!!!! バギイィィィィィイイィン…………ッッッ!!!
解き放たれた虹色の槍はドラゴンを粉々にしていき、空の果てに虹の橋を架けながら消えていった。
粉々になった氷は銀色の粒子となって、人々の間に幻想的な景色を見せながら落ちていく。その光景を見た人々の反応は、一様に同じものだった。もう、罵声はどこからも聞こえて来ない。
「みぃーーーんなぁーーーお祭り、はぁーーじめぇーーーるよぉーーーーーッッ!!!」
「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」
どこからともなく、軽快な音楽な流れ始める。私はサイリウム片手に踊り始め、人々の手にも私が妖精魔法でいつかのように持たせた。私の手に合わせて皆がその棒を振り始めると、単独コンサートの幕開けだ。
喧騒は町中に広がり、楽し気な笑い声が。幸福を祝う音楽が。そこら中で流れる。
さぁ、楽しい楽しいお祭りを始めよう。
「レ~ベル~楽しそうだよ~?」
「お主が行ったら本当に止まらなくなるからのう。今日は我との買い物で我慢するのじゃ」
「ぶーぶー」
「ほれ、あそこに甘い菓子が売られておるぞ?」
「食べるッ!!」ニコッ!
(……チョロいのぅ…)