第248話 天魔大戦⑤:悪魔VS龍神の系譜
死屍累々。積み重なった死骸の数は既に幾つもの山となり、そして戦闘の余波でバラバラに消し飛び、更には塵となって空を舞う。
人間達が未だ無事なのは、彼等天使と悪魔の戦力分散が1:1で割り当てられているからだ。もしも総力戦で押し込まれたら一溜まりも無く世界終焉だった事だろう。今ですらこの世界最高峰がギリギリの所で踏ん張っているのだから。
「げっほ、ああまったく。揃って回りくどい手ばかりを使うなお前等」
「しかしスビア。私達もアルカンシェルの加護が無ければ危なかったよ?今でこそ呪いも状態異常も効かないけれど」
「まぁそうなんだけど。にしても歯応えが足りない」
「それは同意かな」
7体の内、ルシフェル以外の6体は既に息絶えていた。正確にはHPが0になっている状態になっている。だが身体が斬られていようが、四肢が切断されていようが、このルシフェルの能力で甦える。何度でも。
血肉を滴らせ、ぐちゅぐちゅと不格好な姿になりながらも薄ら寒い笑みを浮かべながら立ち上がる6大罪の悪魔達。爛々と光紅い眼が2人を捉えて離さない。
『次は殺す』
『化け物よねぇ。しかも貴方達カップルじゃない?私の誘惑が効かない筈だわ~~』
「残念だが俺の妻は俺にとってこの世で一番なんだよ。ただの痴女など面白くもなんともない」
「私のマイダーリンを奪いたければ、一緒に修行して血反吐を数千回程吐いてからがスタート地点だ」
『そんな非生産的行為御免被るわ。ルシフェル、私じゃ相手にならないから、主の下に戻るわね』
『そうかい。ならアスモデウス、帰るついでに天使達を減らしておいてくれ』
『はいは~~い』
やけにお気楽な会話だが、『色欲』は空を覆う天使を下級悪魔ごと魔法で焼き払いながら人間には眼も向けず飛び去って行く。
「……人間は狙わないのかい?」
『業腹だがクレシオンが言っていただろう?遊びながら、だよ。だから君達はじっくりと甚振るのさ。僕達には無限に続く時間があるけど、君達は一瞬だろ?だからなるべく長く……長く……主に捧げる供物として熟成させなければな』
「なるほど、悪魔だn――――――――――」
『Gigaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』
彼等は天使達と違ってこれ以上無い程に感情表現が豊かである。今も殺された怒りを力に変えて、『憤怒』が肥大化した大爪に己の血を滴らせながら振るわれた。それは肥大して破裂した血管から流れた血であり、その一滴ずつが悪魔の狂気を孕んでいる一撃。
周囲に撒き散らされた血がは、掛かった地面や死骸、転がっている防具や剣の破片を一切合切容赦無く錆に変えていく。金属もたんぱく質も関係無く。
だがそれは既に『攻略』されている。
「流れろッ!!」
「おぉっらッ!!!」
『Gihyuixiii!?』
地形を変える程の薙ぎ払いをアルカンシェルお手製、彼の牙で造った龍神の剣でカチ上げ、モリアロの水魔法で血を全て吸収し蒸発させる。この間ですら周囲には何をしているか把握されていないが、血に当たれば錆る前に風穴が空くだろう。
「ふッ!!」
手を空に放る形になった『憤怒』の手を斬り捨て、顔面に蹴りを浴びせてルシフェルに向かって砲弾の様に撃ち出す。錐揉みしながら向かって来るそれをルシフェルは事も無さげに手で振り払い、『憤怒』は紙切れの様に彼方へ。
心底失望、それが悪魔『傲慢』のルシフェルの表情から読み取れた。
『ああ確かに、彼は猪突猛進が玉に瑕でね、常日頃から私も殺してやりたかったんだ。悪魔の配下もゴミ揃いでね。醜悪極まりない』
「私達にはどれも同じに見えるんだけれど?」
「お前等は総じて美的感覚が無いと俺でも思うぞ」
左右から放たれる強欲と暴食の乱撃。『暴食』は身体全てで巨大な口となりこちらを呑み込もうとし、何もかもが『強欲』の悪魔が数多の投擲槍が2人の周囲に展開され、『暴食』ごと串刺しにしようとする。
更にその上から『怠惰』がその泥の様な身体を巨大化させながら押し潰しに掛かった。
『もう面倒だから皆潰れろ』
「「しゃらくさい!!」」
スビアは『暴食』の口に自ら突貫。龍神の剣で内側から貫き、襲い掛かる槍の雨を残らず叩き落とし、その内の1本を『強欲』に撃ち返す。ギョっとしてすぐに槍を消したが、動揺と油断を同時に起こした悪魔には、
「今度はこちらの槍をあげよう」
氷の槍がマシンガンの様に発射され、一瞬で串刺しになった。
「あれはどうする?」
「触ったら何かありそうだ。上空に任せようか」
「そうだな」
今にも落ちてきそうな大質量にも関わらず冷静な2人。『怠惰』はガラにも無く積極的に攻撃を仕掛けたというのに恐れない事に怒りを多少覚えながら加速したが、
ボヒュッ
『かぺっ―――――――――――』
空中を飛び回っていたアルカンシェルに手で振り払われ、一瞬で光と供に消滅した。
残ったのは『傲慢』と『嫉妬』だが、どちらも自我を強調しながら2人を見ていた。
『まったくなっていないな。誰が一撃で決めろなどと言ったんだ?そんな単発しか撃てない雑魚なら生き返らせる価値すら無い。もっと文化的な戦い方が出来ないものかな?』
『み、皆……ズルい。私の詠唱、長い、のに……獲物殺そうとするなんて……け、けど、これで、邪魔、入らない……』
『ああレヴィアタン。君の準備が済むまでは適当に彼等を遊ばせているから、出来たら始めてくれ』
『わ、私に、めい、れいするな。上からの物言い、わ、主様、だけ』
グチャグチャになった肉体が再び再構成を始める。だがそれは肉を無理やり繋ぎ合わせているだけであり、醜悪さだけが増していく。
『ふむ、指向を変えてみようか?』
グズグズの肉は2つだった物が1つに合わさり、益々名状し難い化け物へと変貌する。
だが、その後ろに聳える肉の塔に比べれば可愛いものだった。だからこそ、この程度で絶望する程落ちぶれてはいない。
楽しい。途轍もなく楽しい。こんなんにも長く戦わせてくれる相手は今まで居なかった。何度でも甦り、その度に姿を変え、戦い方を変えて、素晴らしい事この上無い。
「「ふふ、ふふふふ……」」
永遠だと言うならば是非も無く…………だが、今回ばかりはそれが許されない。
「残り僅かの時間。申し訳無いが他の奴を死なせる訳にはいかないんでな」
「君達とのお遊びは早々に終わらせて貰う」
「「『龍神化』」」
『ほう……』』
数多の地獄を潜り抜け、人という枠から外れた2人だからこそ覚えた固有スキル。自らを限定的ではあるが、龍の力を得るだけのそれは勿論生半可ではない負担を強いられる。身体中から鱗が生え、眼は爬虫類のそれとなり、白い翼と角がそれを物語る。
そこから繰り出される剣と短剣の一振りで、『暴食』と『強欲』だった肉は再生など不可能な程微塵切りにされ、ただの黒く淀んだ血になった。それも直ぐに蒸発してしまう。
『素晴らしいな。なるほど、すまなかったね。これは私も本気で掛からないといけないらしい。その姿、あまり長くは保っていられないだろう?』
「そうだな……持って30分だ」
「理性を抑えるのも大変でね……」
少しでも気を抜けば即暴走して身体が破裂するまで暴れる事しか出来ない力の奔流。それを『制御』無しの根性のみで扱っているのだ。ルシフェルからしてみれば本当に人間?と思わざるを得ない。
そもそも始まりからして攻撃を仕掛けたのは自分達悪魔なのだが、ものの数分で精鋭である筈の大罪が何度も殺されている事態に、纏め役である彼でも少なからずの危機感があった。
悪魔としての個体の死に意味など無いが、主に与えられた力で宇宙の彼方にて天使と繰り広げた力そのままに振るって負けるのだから。
(まぁ余興には最高の相手ではあるな)
もうすぐ悪魔達の首領、邪神と銘打たれた偉大なる者が復活を遂げる。それまでの間にどれだけの脅威が相手であろうが意味は無い。
『だから付き合ってあげよう。君達がどんな策を弄していようが問題無いのだから―――――――――――さぁ、足掻け』
「多い多い多い多い~~~~~ッ!!!」
「倒せるけど多いって!!MP尽きるの先じゃない!?」
「しゃあっ!式神作り放題だぜ!!」
「倒せば倒すだけレベルが上がるんだからならなんぼのもんじゃ~~い!!」
こちらは勇者組。大罪以外の悪魔全てを相手にして戦っているが、こちらは騎士団や兵士と比べて負傷者はほぼ居ない。
倒せば倒す程瘴気が空間を侵食していくが、その度に聖属性魔法で消滅させていく。腐臭漂う悪魔の死骸も山となって積み上がろうがそれも含めて塵も残さない。明らかに魔族戦以上の地獄絵図だが、今回の彼等に気負いというものは無かった。
「まったく、本当に世界の為に戦う日が来るなんて」
「良いじゃねぇか。相手は人間じゃねぇし。この世を終わらせようとする正真正銘の悪なんだ。どうせ向こうの世界に帰れないと確定したんなら、せめて同級生1人、助けてやろうぜ?」
「ま、あいつには散々世話になったしね」
今となっては、彼の不器用な思い遣りに同情など湧かない。だが彼の苦悩は確かにあったのだ。自分達以上の重荷をその身に背負って生きて来たのだ。
それが絶望で終わる未来など、例え過去がどうあれ認める訳にはいかない。
自分達を散々振り回したのだから、皆で一発ぶん殴る。文句の1つでも言ってやろうと奮起する。
そして邪神へ直接攻撃を食らわせ続ける者達は、そんな考えなど露とも知らず、一心不乱に戦い続ける。
「朝比奈君を……」
「私達の希望を~~」
「かえせぇえええええええええーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
(女ってこえぇな……朝比奈よぉ)
唯一代々木だけは、身の程を弁えてその周囲の悪魔だけ倒していた。
「疲れたらアイちゃんの飴を受け取ってッ!!疲労も一瞬で消し飛ぶからッ!!」
「ちょうあま、あまから、しぶから~~♪」
(((……)))
一番美味しかったのは甘辛だった。




