第33話 お祭り前日
「やっほーシグル。ダブルさんどこ?」
「なっ貴様帰ってきたのか!?」
「また書斎の方ね。了解了解」
もはや彼に敬語は使わない。もっと威厳が出来て父を継いだら多少使うかもしれないけど、きっとその日は来ないかな。とっとと書斎ドアを開けてダブルさんに会う。シグルはガン無視する。
「コータス子爵、達成証明書貰いに来たよ」
私の言葉に顔を上げたダブルさんは、パンダになりそうな目を私に向けて固まってしまった。どうしたのその目? そんなに仕事忙しかったの?
「もはや敬語も使わぬのか……咎めはせんがな。しかし、本当に倒して帰って来るとは」
「大まかなことはドロアに言っておいたから。明日広場に街の人集めてドラゴンのお披露目会らしいけど?」
「うむ。街の混乱の元であったからな。盛大な祭りを催すつもりだ」
おー祭り。一年に一回とかやるやつ。普段見ないような物を沢山出るだろうし、掘り出し物で良い物あったら買いたいなぁ。主に武器を。もう残ってるの解体用のナイフぐらいなんだよね。
美味しい物も沢山出るだろうか……
「詳しいことは全部そっちに任せるよ。どうせレッドドラゴンを出した時点で私の役目は終わりだし」
「そうだな……出来れば、証明書はレッドドラゴンを出した時にしたいのだが、良いか?」
「え? ああ、この目で見ないと信じられないってこと? 別に構わないよ」
普通は信じられないもんね。というかさっきからガタガタ震えながら緊張してる? どうしたの? また何かの厄介事? もう受けないからね私。早く王都行きたいし。
「いや……実のところ、私は街の住人に恨まれているからな。公の場で事の顛末を話すつもりだったが、勅令のことをどうしたものかと思ってな……」
ああ、事の発端のやつね。確かにあれを街の住人が知ったら間違いなく国に不信感が生まれるだろう。結果的にレッドドラゴンは倒されたけど、やられた怨みの矛先にされる可能性はあるよね。損害は私がどうにかしたにしても、それまでのことについては責任逃れは出来ないだろうし。
「私が泥を被るべきなのは分かっている。だが、今それで息子に託して隠居する訳にはいかん。シグルがまともになったとはいえ、まだまだ貴族として半人前だからな。しかし国の所為として言うのも駄目だ。それでは越権行為として取り潰しという可能性もある。考えうる限り最悪の事態だ」
「じゃああれだ、私が王都に行って王様に直に話そうか?」
「なんだと?」
私はギルドカードをダブルさんに見せる。ランクSの文字を見て、こちらをギョッと睨んだ。
「今回の依頼でSになったの。私は私の目的で王様に会いたいんだ。貴方が書簡を書いてそれを私に持たせて送り込めば、後は何とかしてあげるよ?」
「……気楽な物言いだな。1つとして安心出来る根拠が無いぞ」
だとしても貴方は崖っぷちでしょうに。これが私から出来る最後の譲歩だよ。
「これは依頼としてじゃなく個人的に受けるよ。だから正直に街の住人へ話して欲しい。そっちも私が有耶無耶にするよう手を貸すから」
「先程からこちらにメリットばかりあるが……どうしてそこまで協力的なのだ? 何が目的だ?」
「気に入った人達と、友達を守りたいだけだよ」
それだけ言ってさっさと私は部屋を出る。またもや盗み聞ぎしていたシグルを蹴り上げると、青筋付いた額で怒ってきた。
「もっと貴族らしくしてれば何もしないよ」
「一応貴族の息子なのだから蹴るのも止めろ!! それより……なるべく早くこの街から出ろ。最低でも祭が終わった翌日にはな」
「そのつもりだけど、なんで?」
シグルはそこから小声に変えて話を続ける。
「商人達の間での噂だが、もうじきこの街に巫女がやってくるらしい」
「巫女って……なんだっけ。ああそうそう、レーベルラッドっていう国の?」
「そう、その巫女だ。何でもこの街で奇跡が起きたとか言ってな。抜き打ちの視察だと話していた」
「よくそんな話が耳に入ったね……」
「門兵とはよく話すのだ。あれから数日に一度は魔物を狩りに行ってるのでな」
お忍びで行かないでよ……ダブルさん泣いちゃうよ? シグルも違うベクトルで成長しちゃったなぁ。真面目に頑張ってはいるみたいだけど。
にしても奇跡か…巫女は予言のスキルを持ってるって言ってたし、もしかしたらそれで私が冒険者達を回復させた風景を見たのかもしれないね。関わったら面倒そうだ。
「詳しいことは分からんが、とにかく貴様は厄介事の種だ。この街に居ない方が賢明だと僕は思っている。決して嫌いだから失せろと言っている訳ではないからな!!」
「いや、知らんて。ツンデレ止めてキモイ」
「失敬なことを言うな!!」
まぁなんにせよ、忠告通り早々に出ないとなぁ……そうだ。なら挨拶を済ませないとか。
街の壁沿いを歩いていると、目的の家を発見した。家の前ではヤエちゃんが丁度遊んでいた。地面に白石で何か描いてるようだ。
「あ、お姉ちゃん!!」
こちらに気付いて飛び込んできた。キャッチしてそのまま数回回してキャッキャする。
「パッドさんは居るかな?明後日に街を出るから挨拶したいと思ってね」
「お父さんは商人のお仕事で居ないんです。それより……出てっちゃうの?」
「うっ……ごめんね。私旅人だからさ。色んな国巡ってみたいんだよね」
「そっか……」
そんな暗い顔にならんといて…私だって可愛い子とは別れたくないけどさ。どうしようか…魔法の言葉でも教えておくべきかな?
「ヤエちゃん。別に永遠のお別れって訳じゃない、何年か掛かるだろうけど、またこの街に立ち寄ることもあると思うんだ。そしたら一緒に遊ぼう?」
「……うん」
頭を撫でて立ち上がると、パッドさんによろしく言っといてと告げその場を去った。家の窓からは、奥さんのエーナさんが静かに頭を下げていた。私も下げ返したよ。美味しいご飯ありがとう。またお願いしますってね。
宿屋に帰ると、女将の娘さんと顔を合わせた。どしたのまたそんなに慌てて?
「あ、今度は本物さんですか?さっき同じローブ着た人が二人来て驚きましたよ。2人ともアイドリーさんの連れだと言うので3人部屋にお通ししといたんですけど、良かったですか?」
「うん、2人とも私の連れだから大丈夫。ありがとね」
頭を撫でたら嬉しそうに笑ったので、そのまま数分撫でくり回した後泊まる部屋に向かった。
部屋に入ると、また2人で将棋やってるよ。レーベルは眉間に皺を寄せて唸っており、盤面に顔が付きそうだった。
「ただいま2人とも、ずっと将棋やってたの?」
「アイドリーおかえりー」
「おお主よ良いところに、知恵を貸せ。我1人では敵わんのじゃ」
えー、私だって一度も勝ったことないのに……しょうがないので2人でアリーナの相手をしたが、霞のように現れた角に王を持ってかれました。誘導うめぇ……
次は私が打つ。アリーナは基本あらゆる手を使って相手の手を引き出す癖がある。そうして相手が何をしたいのかを読み切り、その思考の隙に差し込む様な一手を打つのだ。自分の力量を完璧に把握し、尚且つ相手の急所に、見えない死角から打ち込み爆発させる。生粋の戦場司令官。
それをニコニコと楽しそうにやってくるから質が悪い。どれだけ思考を巡らせて裏を取ろうとしても、次の瞬間にはその手の中で踊っている自分に気付いてしまうのだから。アリーナは自分の戦法ではなく、相手の戦法に乗っかりカウンターを食らわす手法だから、一度殴られ始めるとノックアウトするまで止まらないという怖さがあった。
(これを実際の戦闘でやられたら、二人揃ってアリーナに泣かされそうだなぁ……ステータスさえ拮抗していればだけれど)
結局負け続け10連敗。既に時間は夕飯前に差し掛かっていたところで話しを切り出す。
「明日なんだけど、お祭りです」
「きたこれ!!」
「ほう、人間の行事か」
「レーベルの皮を祝っての祭りだからね。誇りに思って良いんじゃない?」
「それは微妙じゃなぁ……」
「しゅやく? レーベルしゅやく? いいな♪、いいな♪」
ということで、2人に明日の行動について話す。まずは旅に必要な買い物、次に3人の新しい武器。最後に掘り出し物の発掘である。
「旅に必要な物は、基本的には野菜と調味料だね。肉は現地調達でどうとでもなるから。野菜は旅先で料理する時に使おう。テントは広めの物を買わなきゃだし。3人じゃ今のテントは小さいし」
まぁ私とアリーナはテントの中では小さくなるけど、対面的にね。
「それ等は全て主の背中に入れるのか?」
「背中に見せかけた空間魔法ね」
そんでもって、次は武器だ。私は人間用として使うし、アリーナは護身用で必要だ。レーベルに関しては拳で十分と言っていたが、戦う度に白いローブが返り血で汚れていくのは嫌なので、無理やりにでも何か持たせることにした。
「レーベルって武器なら何が良いの?」
「むー? そうじゃなぁ……長物であれば何でもよいぞ。ぶん回すのが好きじゃ」
「なるほど……」
長物……槍とかハルバードが良いかな。まぁ本人達を武器屋に連れてって好きなのを選ばせれば良いか。ステータスのゴリ押しでぶん回すだけでも相当な脅威だろうし。けど私とレーベルの場合、かなり頑丈なの選ばないとね。すぐ折れるし。
「最後は掘り出し物ね。これは役立ちそうな物なら何でも良いよ。私としては魔導具が欲しいけどね。よっぽど高くなければ買うし、欲しい物があったら遠慮なく買っちゃって」
「そんなに金があるのか主よ」
「とりあえず100年冒険者しなくても生きていけるぐらいにはあるね」
「なりきーん?」
「小金持ちかな」
なんせ一ヶ月で100以上の依頼をこなしたからね。討伐した魔物の数も軽く1000は越えてるし。全部売ってたから金貨が1000枚を超えた辺りから数えるの止めた。今回の依頼の報酬も合わせると、多分5000枚はあるんじゃないかな。
……前世の価値にして5億くらいか。借金よりは少ないな。
「明後日にはこの街を出るからね。悔いを残さないように楽しんでいこー」
「「おー」」
夜、アリーナがベッドで寝始めた頃、私はレーベルにあることを聞いてみた。声を掛けると、布団からモゾモゾと顔だしてこちらを向く。どうやらまだ眠くないようで、不機嫌な様子は見せない。
「レーベルラッドっていう国を知ってる?」
「レーベルラッド? 無論知っておるぞ。我を勝手に聖龍として祀った国じゃからな」
「えっそうなの?」
レーベルはベッドから起き上がり、苦い顔をしながら話始めた。
「我が生まれて500年辺りのことなんじゃが、当時その国の近くに住んでた一匹の龍が寿命で死んでな。我が変わりにその住処を貰ったのじゃ。そしたら数年後、そこに勇者がやってきての。討伐しに来たのかと思ったから前に述べた口上で名乗ったのじゃが、そしたら喜んで帰っていってな?次来た時は巫女と一緒に現れ、我を守り神が何かと勘違いして感謝してまた帰ってったんじゃ。なんなんじゃと思ってその国まで飛んでそのことを人型で聞きに行ってみたら、国の名がレーベルラッドという名前になったことを知ってな。怖くなって逃げたもんじゃよ」
それからはあの周辺には決して立ち寄らないらしい。人間に関わるの面倒だもんね。わかるよ。特に宗教は狂ってるとなに仕出かすか分からないし。レーベルも人間からは畏れられる存在でありたいから、崇められると他の龍に異端者だと思われるようで嫌なんだとか。
龍社会も以外に面倒臭いね。もっと自由奔放でオラオラ系かと思ってたよ。
「何でそんなこと聞くんじゃ?」
「明後日そこの巫女の末裔が来るらしいよ」
「なんと……会いとうないぞ我は。巫女は予言の他に神眼というスキルも持っておるからな。我が人型でも、顔を見られたら存在がバレてしまう。それは許容出来ん」
「うん、私とアリーナもだよ」
神眼か。そんな厄介なものもあるんだね。おそらく隠蔽でも隠し切れないだろうから、やっぱり会うのは絶対に避けよう。
まぁ入れ違いみたいな感じで出るし私達には関係無いよと言うと、レーベルは安心した顔でまた布団に潜っていった。今思ったけど、普通に人型で寝るんだね。私達は妖精の姿で寝るけどさ。
「寝返りで潰さないでね?重いから」
「そんなヘマせんわッッ!!」
「何が怖いって、我に生贄としてか弱い少女を連れて来たんじゃよ。泣きそうな顔で「……食べてください」なんて言われてみよ。貴様等本当に人間かと怒鳴ってやったわ」
「滅べば良いのにレーベルラッド……」