閑話・2 レーベル、退屈の終わり
ご迷惑お掛けしております。閑話の入れる位置を修正いたしました。よろしくお願いいたします。
『暇じゃの~』
大空を我が物顔で飛んでいる一匹の古龍。レッドドラゴンのレーベルは退屈の極みに達していた。
『暇~じゃ~の~』
彼女は他の古龍と比べてかなりアグレッシブな方なのだが、他の古龍は皆自分達の縄張りに引き籠り、何百年経っても出て来ない生粋の龍気質。なので同等の相手と戦えず酷く退屈な毎日を送っていた。
そもそも古龍は、滅多なことではドラゴンの状態にはならない。皆基本は人型なのだ。ほとんどがただ力を高めるだけで、争いごともしない。それは、彼等が戦いに快楽を置いたとしても、自分達を倒せる者が通常の人間の中ではほぼ居ない事が分かり切っていたからだ。
しかし同族でやり合う程愚かにもなれない。それとは別に”戦ってはいけない理由”もあったが故に。
『居ないもんかの~どっかに強い奴は……』
それでもレーベルは探していた。自分を楽しませてくれる者を。自分を満足させてくれる者を。延々と探し続けた。そうしてかれこれ700年にもなる。いっそ勇者でも現れて欲しいとも思っていたが、その時その時で場が悪く出会う事が出来なかった。
強さだけを求めることも疲れ始め、遂には生きることすら面倒になってしまった。
(ああ……他の龍も、こんな気持ちなのかのう……)
もう自分のレベルを上げてくれるような魔物はおらず、ステータスもどん詰まり。例え力を今より付けても、それをぶつける相手が何処にも居なかった。胸中に残る物は、種族故の孤独感……
『はぁ……この世界にもっと骨のある種族はおらんもんかの~』
九割方諦めた声で、レーベルは今日も強者を探す。
『おん?……あれは、我が領土ではないか。何故道が出来ておるんじゃ?』
ある日、ライザルの丘に降り立ったレーベル。そこは昔、自分が周囲の魔物を一掃し手に入れた見晴らしの良い寝床だった。なのに、今はそのど真ん中に石畳の道が形成されており、真っ直ぐ伸びている。
『……まぁ良いか』
レーベルは眠かった為、考えるのを止めてその道の上でとぐろを巻いた。しばらくは此処で数年寝て、また活動しようと考える。
『……うぬ?』
ある日、やけに五月蝿い周囲に不機嫌ながら眼が覚めたレーベル。眼を開けてみると、人間達がこちらに大量の魔法で攻撃していることが分かった。痛くも痒くも無いがウザイ。
(なるほど……討伐隊でも組んだか。だが勝手に我の領土を奪い取ろうとした貴様等が悪いのじゃ。手加減してやるから去るが良い……)
レーベルは欠伸と一緒に少量のブレスを討伐隊に調節して当てた。わらわらと倒れていく人間の姿を見て、『やはり脆いのう……』と嘆息してまた眼を閉じる。討伐隊の足音が遠のくのを感じると、意識を闇の中に消した。
『……?』
また意識が虚空から引き戻される。いつもとは違う感じ。魔力の在り方が人とは違っていた。よくよく感じてみると、珍しくもそれは妖精だった。レーベルは不機嫌さが少し薄れる。
(ここら辺に世界樹は……大空洞か? だとしても結構な距離じゃが。まぁ興味本位で近付いて来たんじゃろう……)
そう思ってまた意識を闇に落とそうとし――――――
「せーのっ!!」
ドッゴガァァーーーーーーーーーーーーンッッ!!!!
『げはぁあああッッ?!?!?!』
たところをありえない攻撃と感じたことのない激痛を浴びて吹っ飛んだ。殴った相手はそこらへんに飛んでそうなただの妖精である。
(い、痛い~~~痛いのじゃ~~~~ッ!!)
ここまで明確な痛みを長年生きてきて初めて感じたレーベルは涙目だった。本当なら地面を転がりたいところだが、古龍の威厳の為に何事もなく立ち上がり妖精の下に行くのだった。
「しかし、マジでありえんぐらい強かったのこやつ……」
結果から言うと、完膚無きまでに完敗した。途中までは良い勝負をしていると思っていたが、相手が捨て身の物理攻撃をし始めると、空間魔法などという神代の魔法を使ってきたのも相まって、一方的にボコボコにされた。
「それでアリーナとやら。先程は知らんかったとは言え、狙ってしまってすまんかったの。そうする気は無かったんじゃが……」
「もーまんたいっ」
完敗の原因は、この水色の妖精だった。レーベルは自分のブレスを躱さなかった理由が分からなかったが、この妖精が涙目で倒れた妖精の前に立ちはだかって居る姿を見て気付いたのだ。
「聞きたいのじゃが、お主らは大空洞出身の妖精か?」
「だい……くう?」
「あーうむ。そうじゃのう……とにかく二人は世界樹から生まれた妖精なのかのう?」
「私はそー」
「ほー、こやつは違うのか……なるほどのう」
(稀に見るレア妖精というやつか……それがここまで強くなるとは、一体何を媒体にしておるんじゃか……)
寒気の走る思いだった。古龍のスキルによる補正なら、本来妖精の攻撃など蚊にも刺されない程度の物だというのに、ステータスのゴリ押しでなんとかしてしまったのだから。
小さい体躯から繰り出される打撃は、龍鱗の内部だけを的確に抉り身体の中が爆発したような衝撃が常時走った時、レーベルの心は最後の一撃で完全に折れていた。
生涯で初めて、遥か格上と戦い負けた。それがこんなにも清々しい気持ちになるとも思わず、口角が無駄に上がり、楽しくなってしまう。
(遂に見つけたのだ我は……くっくっくっ……楽しくなりそうじゃなぁ……本当に♪)
「よーしアリーナよ。我はお前達に興味が湧いた。先程戦った仲ではあるが、これからよろしく頼むぞ!」
「りょっす!」
「とりあえず暇じゃ。お主で遊ぶ」
「わひゃっ、あ~やめれぇ~~♪ んぶぶぶぶぶ―――――」
(しかしなんじゃろうな。改めて妖精という種族を見ると……中々愛い奴じゃなぁ)
そして既に毒され始めていた。