第30話 従魔契約
レーベルの髪色を直しておきました。当時の設定からも忘れてしまっていたことだったので絵の指定時にごっちゃんになってしまったことを深く反省いたします……
頭を殴られた衝撃で吹っ飛んだ宝石が地面に落ちると、しばらくして輝きを放ち始めた。すると宝石は人の形を取り、20代程の見目麗しい女性に変わる。
「……」
紅いドレスを身に纏い、スカーレット色のロングヘアを横に流しているその女性は、自分が元居たドラゴンの頭の方に歩き出した。
「……ぬ、おったな」
「っつ!!」
(む……ああ、なるほど。だから避けなかった訳かこやつ。これはスマンことしたのう……)
目的の妖精を見つけて近づいてみると、その近くにもう一匹水色の妖精を見つけた。その妖精は、自分を倒した妖精の前に両手を広げて立ち塞がる。しかし女性は膝を折って目線を下げると、その妖精の頭を優しく撫でた。
アイドリーが避けなかった理由は、自分の攻撃の進行方向上にこの妖精が居たからという事実に気付き、妖精の底抜けの優しさと度量に敬意を評して。
「安心せい。ただその妖精の傷を治してやりたいだけじゃ。勝負は我の完敗じゃし、これ以上の戦闘は本意ではない。だからそこを退くのじゃ。目覚めるまでそのままという訳にもいくまい?」
「……うん」
女性の言葉が優しさを感じたのか、妖精は頷いて退いた。女性はゆっくりと戦った妖精の身体を持ち上げると、自分の指を口で少し噛み斬り、血を流す。その血を妖精の両腕両足にかけていき、龍魔法を発動すると、血はゆっくりと妖精の身体に浸透し始めた。
後ろで心配そうに眺めている妖精に笑い掛けながら、それを続ける。
「これで数分すれば完治するじゃろう。妖精魔法の負担は我ではどうしようも無いが、数時間もすれば熱も引くじゃろうて」
そう言うとまたゆっくりと地面に降ろした。水色の妖精は駆け寄ってきて、その妖精を膝枕し始める。その様子を微笑ましそうに見ながら、女性は水色の妖精に話しかけた。
「お主は、この妖精の親友か?」
「うん、アリーナっていうの」
「そうか……我はレーベルじゃ。よろしく頼む」
(しかしこやつ、本当に妖精なのじゃろうか……?)
目の前のアリーナは至って普通の、これまで自分が見た妖精と全く同じに見える。そんな種とはかけ離れた力を持っているアイドリーが、アリーナを守ったのだ。というより、ここまで言葉が流暢で世界を滅ぼせる力を持っているというのに。まるで人間の様な眼をしているのに。
この時点で色々と察することも出来たが、レーベルは敢えて口にはしなかった。
(難儀な奴と出会ったのかもしれんなぁ……ま、これも面白そうではあるか)
「……んぁ?」
馴染みのある柔らかい感触を感じながら、私は意識を取り戻した。眼を開けると、アリーナが私を膝枕をしながら寝ている。おう、器用はこと出来るようになったね君。とりあえずもう少し味わっていようこの柔らかさ。
「ようやく起きたか」
「へ?」
その上から、極上の美女が私を見ていた。紅蓮を思わせる瞳や人外を思わせるぐらいサラッサラな赤髪。妖美に微笑む唇。何よりこんな焼け野原の丘の上で、汚れ一つ無い深紅のドレス。
思い当たる人物は一人。いや、一匹だけ。
「えーっと……レーベルで良いの、かな?」
「うむ」
「……勝負は?」
「お主の勝ちじゃ」
「……はぁ~」
「な、なんじゃ?」
いやだって、ため息も付くし脱力もするよ。あんなギリギリの戦い初めてだったし。もう二度とやりたくないね。
彼女はくつくつと笑いながら胡坐で目の前に座ってくる。
「アイドリーよ。我は賭けに従いお主が死ぬその時まで従魔として従うことを誓おうぞ。なのでとっとと起きよ。傷は我が治しておいたからもう動けるじゃろう?」
「え? ああ本当だ。身体が軽い。っていうか少し熱いぐらいなんだけど」
「我の血を飲ませたからのう。馴染むまではそんな感じじゃろうなぁ」
「え、えぇ……」
アリーナを倒さないように立ち上がり、背中からベッドを取り出してそこに寝かせる。
身体からは痛みも無く、頭の熱も消えていた。起きた瞬間激痛に見舞われるとか堪ったものじゃないから助かったよ。ただ血って……向こうの世界なら完全ファンタジーだなぁ。
そしてレーベル。喋り方からしておばあちゃんかなって思ってたのに、予想外に美人さんだから正直ドキドキする。あの胸に挟まっても良いのだろうか、そういうのドラゴンって気にし無さそうだし。
……っとと、今は考えちゃダメダメ。真面目モード真面目モード。
「では従魔契約をするぞ」
「従魔契約?」
「……知らぬのに従魔になれと言ったのかお主?」
「あー……どっちかと言うと、私としては友達になりたいんだよね。で、友達として一緒に旅をして欲しいって感じかな。従魔云々はそう出来なかった時の話ね。どうしても嫌なら逃がす気で居たし」
「と、友達?」
呆けた顔も美しいな。よく見たらスタイルも顔に見合ったグラマラスボディだ。人化状態で是非抱きしめられたいね。
「友達……友達か……その様な者、古龍である我には居たことの無い存在だ」
「駄目?」
「そんなことは無いが……我としては従魔契約をしておいた方が色々便利になるからして損は無いぞ ?対等でありたいと言うなら、その要望も聞き入れるしの」
「なるほど、じゃあとりあえずその従魔契約ってのがどんなものが教えてくれる?」
ということでレーベルの従魔契約の講座を聞くことにした。場所がドラゴンの頭の上ってのがなんとも言えないので、先にドラゴンを収納し、テーブルと椅子を出してレーベルを座らせた。私はテーブルの上でアリーナにお礼膝枕をして頭を撫でながら話を聞いた。
「契約自体はとても簡単に終わるから問題無い。だから契約したことによるメリットから説明してゆくぞ。契約のメリットは大まかに2つ。『召喚』と『同調』じゃ」
「召喚と同調……同調って?」
「うむ、同調とは言うなれば、我と主で意思疎通のやり取りが出来るようになるんじゃ。離れた場所からでも思念を送れる為便利じゃぞ」
「へぇ、確かにそれは便利だね。やり方は?」
「それは契約して試した方は早かろう。早速やるか?」
「うん。それで、契約方法は?」
「うむ、接吻じゃ」
………聞き間違いかな?
「……なんて?」
「だから、接吻じゃ」
……それってキスってこと? キスだよね? 唇と唇が合わさる奴だよねマジですか!?
「何考えているか分からんが、唾液の交換が契約の証なのだからしょうがあるまい。初めての相手が女性というのは我も変な気持ちだが……強き者が相手ならば悪い気はせん」
「え、じゃあディープな方なの?」
「何故そんな期待した顔になるのだ……少しで良いのだ。濃厚なのは要らぬ」
少し顔を赤くして注意してくるレーベル。人化していいか聞いたけど、本来の姿じゃないと発動しないらしい。その瑞々しい唇に身体全体でぶつかれということか。よかろう!!
「まぁやり方は理解したであろう? とっととやるぞ!!」
「はいはいそれじゃあ失礼して……うっ!?」
レーベルが目を閉じて、口から少しだけ舌を出してきた。そ、そうだよね。唾液を交換しなきゃなんだよね。ということは、その舌にキスしないとなんだよね
……え、超恥ずかしいんだけど?
い、いや待て、彼女だって恥ずかしいのだ。見ろあの真っ赤な顔を、実は少しだけ目を開けていて潤んだ瞳でこちらを見ているんだよ!? ここで待たせて恥をかかせては女が廃る!! 母よ見ていて下さい! 一番アイドリー、いっきまーす!!
「ずるい。私もちゅーする!!」
「んッ!?」
「んもッ!?」
舌に私の唇が付く瞬間、何故か目を覚ましたアリーナが割り込み、私の唇とレーベルの舌の間に自分の唇を突っ込んで来た!?早業!?
そして契約は発動したのか、3人を囲んで魔法陣が展開し、数秒後に消える。
「……え、ええと……どうなったの?」
恐る恐るレーベルに聞いてみると、顔を反らしたままレーベルは答えた。どうやら恥ずかし過ぎて目を合わせられないらしい。
「…アリーナと主が、同時に我と従魔契約した形になった……」
「お、おう……」
「アイドリー、もっとちゅーする?」
アリーナさん!? 自由が暴走してるよ!? どしたの私はさっきから愛が溢れて止まらないよ!?
数分後、2人揃ってテーブルの上に正座させられていた。椅子に座っているレーベルは淑女としてのあり方を私達に説いていた。ドラゴンなのに。
「まったく、女ならもっと慎みを持たんか!」
「すいやせん……そ、そろそろ続きしない?」
「ふんっ……まぁ良かろう。アリーナ、足を崩してよいぞ」
「私は!?」
願いは無視された。
「さて、最初は召喚じゃ。主よ、我の存在を頭の中で思い浮かべてみよ。レッドドラゴンの状態のな」
「わかった……主?」
「一々引っ掛かるでない……ただのケジメじゃから気にするな。ほれやらぬかぁ……」
(可愛い過ぎかこのドラゴン)
頭の中で、戦ったレッドドラゴンの姿を思い浮かべる。もう目に焼き付いて離れないぐらい見てたから、詳細な姿が浮かんだ。
「出来たら我の名を呼び、魔力を手の甲に込めるんじゃ」
「……レーベル!!」
するとレーベルの姿がその場から消え、自分の甲と近くの地面に大きな魔法陣が現れる。そして地面の方の魔法陣から先程戦ったレッドドラゴンが現れた。おー、こういう感じか。全然魔力消費されないし楽だ。
『うむ、とまぁこんな感じで我が来る訳じゃ。理解したなら次はこのまま同調をするぞ。主よ、我の上に乗り、集中せよ。アリーナもついでに乗るのじゃ。主の相棒故許す』
「「はーい」」
2人でレーベルの頭の上に乗ると、レーベルは飛び上がり空を舞い始める。
『我の頭に手を置き、我と主が重なるイメージをするのだ』
「ほいほい」
頭に手を置いてレッドドラゴンと自分が重なるイメージをしばらくする。うんアリーナ、後ろでキャーキャー言って楽しそうだね。私のイメージの練習に協力してくれて嬉しいよ。
数分奮闘していると、私の視点がブレて来た。
「お、おお?なんだか変な感じがするね」
『安心せい、こっちでも同じ状態じゃよ』
片方がレーベルの見ている景色になり、もう片方は私の眼のままになった。これが同調の初期状態らしい。
『この状態で試しに火属性の魔法を使ってみよ。我の固有スキル、炎獄を用いてな』
「わかった。貫け炎槍!!」
「おぉーー!!」
普通の魔法を前方にぶっ放すと、炎槍は私が想像した何倍もの大きさとなって飛んで行った。ほほーこれは凄いな。検証すれば色々面白いことも出来そうだね。
『実感したようじゃな。とりあえずそれが基本的な使い方じゃ。下に戻るぞ』
「「はーい」」
下に戻ってからだが、問題が発生した。先程の召喚と同調なのだが、二重契約をしたことによりアリーナも使えてしまうのだ。しかしレーベルは私を認めたのであってアリーナを認めた訳ではなかった。なので従魔契約をアリーナとだけ破棄したいと申し出た。しかし…
「やだっ!!」
「一刀両断じゃな!?」
「それがアリーナクオリティだからね」
「し、しかしじゃなぁアリーナよ。我は強さを示した故に、主に仕えたのじゃ。お主も我に仕えて欲しいのなら、それなりの力を示す必要があるのじゃぞ?」
レーベルの言う所の力とは勿論私とやった力比べみたいな物をイメージしているのだろう。それは確かに無理だ。折衷案を出してあげんと。アリーナを泣かす訳にはいかない。
「アイドリー……?」
「そうウルウルしなさんなって。レーベル、それって何でも良いのかな? 知力とかでも」
「む? まぁ、我が納得出来るならな」
よし、アリーナを呼んで二人で内緒話開始である。そういうことなら勝ち目のある勝負をしないとね。
「よし、アリーナGOッ」
「で、どうするんじゃ?」
「将棋で10本勝負!!」
「……ショウ、ギ?」
私はルールブックをレーベルに渡して読ませる、基本的なことはそう難しくないので、レーベルはすぐに覚えた。実際にやっている様子も見せると、またニヤリと笑う。
「中々に頭を使う戦略ゲームみたいじゃな? よかろう、妖精が知略で我に挑もうとは中々腹が座っているではないかアリーナ。どうじゃ、主の時と同じように何か賭けんか?」
そしてこちらをチラチラ見始めるレーベル。もしかして世界樹の蜜を賭けて欲しいの?そんなに心残りになるほど好きだったんだ。まぁそれで満足するなら良いかと、私は瓶を出してテーブルに乗せた。レーベルの眼が獲物を狙うドラゴンになる。
「おおっ!! よし、アリーナよ、我が勝ったらあれを貰うぞ。お主は我に何を臨む?」
「お友達になってー?」
「それは既に叶っておる、他じゃ他」
「えー……んー……保留!!」
「相分かった! では尋常に」
「「勝負!!」」
「先行はレーベルねー」
そして将棋による決戦が始まった。レーベル、ご愁傷様……
1本目……アリーナ勝利
「むぅ…負けたか」
「まぁ初心者だしね」
3本目……アリーナ勝利
「よし、もう掴めたのじゃ。次から巻き返してゆくぞッ!!」
「ばっちこ~い」
5本目……アリーナ勝利
「………あれ?」
(ニヤリ)




