第29話 妖精VSレッドドラゴン
『ではゆくぞっ!!』
「あ、やばっ」
いきなりのブレス攻撃にアイドリーは即座に空に退避しようとしたが、予想以上にブレスの速度が速かった。レーザーのような光がレーベルの口から発射され、避け切れないと悟ったアイドリーは振り向いて構える。
「焼き貫け炎槍!!!」
ありったけの魔法でそれを迎撃する。射出したのは青い炎を身に纏った巨大な槍。高速で両者がぶつかると、光の奔流を切り裂きながら進む炎槍が徐々にレーベルに向かっていく。切り裂かれた光はまるで雨のように丘へと降り注ぎ、そこら中が業火で燃え上がる。
レッドドラゴン。その身は鋼も通さない深紅の龍鱗を持ち、人の領域では決して届かない力を持つ。数千、数万人が相手でも臆さないその堂々たる姿に、誰もが魔物以上の価値を見出す。
『その程度で防いだつもりか!』
レーベルは更に威力を上げていき、ブレスが太くなる。直ぐに炎槍は呑み込まれた。しかしアイドリーは既に上に逃げた為、ブレスは何も無い虚空を通り過ぎる。
(あれを地上に撃たれたら駄目だ……アリーナが巻き込まれる可能性がある)
ここが丘で助かったとアイドリーは心底安堵した。あんなものが地上に放たれ、もしも遠くの集落にでも当たれば、巨大なキノコ雲と供に消滅しても可笑しくないと思えるほどあれは凶悪だと感じたのだ。余波でもアリーナに当たったら死んでしまうだろうという不安が一番だが。
それを知らないレーベルは、ニヤリと笑い翼を広げる。
『空中戦がお望みか?確かに、地上でやるのは我も本意ではない。地形が変わってしまうからのう』
レーベルも飛び上がり、妖精と龍の戦いは空中戦が主体となった。アイドリーは空間魔法で収納していたありったけの武器を空中に全て出す。それを妖精魔法で操り、刃先をレーベルに向けて360度包囲。
レーベルはその光景を見て鼻で笑う。ギラギラとした眼は恐怖を微塵も感じさせない。
『そんなもので我が鉄壁の龍鱗を貫けると思っておるのか?』
「思ってないけど、目とか鱗の薄いところでも当たれば痛いでしょ?」
『ぬ、煩わしいことを!!』
射出された武器は様々な方向からレーベルの弱そうな部位に向かって飛んでいく。目、口の中、翼の膜、膝や肘裏など狙ってみたが、当たった武器から粉々になっていくだけだった。
「やっぱ通常の武器じゃ傷すら付かないか」
『当たり前だ。面白い魔法の使い方だが我には効かん!次はこちらの番よ!』
その場でレーベルが足を振り抜くと、爪から斬撃がいくつも発生しアイドリーを襲う。
「うっそ何それ!!?」
高密度の斬撃の嵐を何とか避けていくと、またレーベルがブレスの態勢に入った。しかも今度は翼にもいくつもの炎弾が形成されていく。
『ブレスと火属性魔法を龍魔法と炎獄の補正で高めた一撃だ、塵も残らぬと思えよ!!』
解き放たれた一撃。ブレスの光に合わせて、数えきれない炎弾が壁となって押し寄せた。アイドリーは雲の上まで飛んで回避しようとするが、
「追ってきた!?」
全ての攻撃が曲がり、一直線にアイドリーのみを目指して追撃してきたのだ。逃げ切るのも難しく、迎撃も不可能。全ての攻撃が小さな妖精に直撃する。
『終わりじゃな』
ズドドドドドドドドドドドドォォォォオオォォオオーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!
当たった個所から巨大な爆発を巻き起こし、空が火山の噴火したような色に変わってしまった。生物が耐えられるような威力ではないと誰もが思うであろうとレーベルは静かにその光景を見ていた。
(ちと妖精一匹に過剰じゃったか?いや、明らかに通常の妖精とは違う雰囲気を醸し出しておったからな)
自分を殴り飛ばせるような妖精など見たことも聞いたこともないレーベルにとって、それは少なからずの衝撃であり、恐怖を感じさせた。だからこそ本気で相手にしたのだが、やはり自分は最強の種族、攻撃力に差があり過ぎると感じてしまう。
『さて……』
もう少し続いてくれるかと思っていた戦いも終わってしまい気持ち落胆した様子で地上に降りようとすると、
『……なんじゃ?風が……』
散っていく爆発の雲が突然渦巻き始め、竜巻のような形になる。そして一瞬の内に弾けたと思ったら、その中心に……
「どこ行くのさ?ドラ公」
『――――ッッッ!!』
無傷のアイドリーが立っていた。正確には、ボロボロの焼けて半ば炭化している服を身に纏っているが。レーベルは驚愕を顔に張り付けて狼狽える。
『馬鹿な……どうやって防いだというのじゃ!?』
彼女にとってはあれは最大火力だった。金属ならミスリルすら融解させる熱さを持つ攻撃を受けて無傷というのは、屈辱すら感じてしまう。
「なんてことは無いよ。妖精魔法を使ってステータスを全てMDFに回したってだけの話。私のMDKとMDFは約2000万。合わせて4000万。貴方のは補正込みでも私に対して1000万ぐらいでしょ? なんにしろ、体格差補正のスキルが厄介だけどさ」
『……なるほど、貴様『妖精の眼』を持っていたか。しかも『妖精魔法』をそのような方法で使うなど、そんな妖精今まで見たことも無い。発想力も常識外……我よりよっぽど化け物じゃったか』
「そんなこと無いと思うんだけどなぁ……」
アイドリーからしてみれば、レーベルの強さは一匹で楽に核を超えそうな強さである。先程の攻撃も地上に撃っていれば、巨大なクレーターを作ってその周囲を衝撃で全て吹っ飛ばしていただろうから、きっと跡には何も残らないだろうと。
対するレーベルのからして見れば、目の前の妖精を得体の知れない存在として完全な敵と認めていた。
「とにかく、大技使ったならこっちも使うよ。どうせそれが全力なんだろうし」
『言ってくれるわ……我が鉄壁の龍鱗を破れるのか? 妖精如きが……」
そう言って拳を構えるアイドリー。レーベルは今度こそ本気で身構えた。ステータス変動が自由ということは、最初に受けたあの拳もそれが原因の筈だからだ。あれは正直勘弁して欲しいというのがレーベルの心情だった。
「じゃあ行く――」
『な、消えっ!?――ぐほぉおああああああっっ!!!?』
「よっと」
アイドリーの姿が一瞬で掻き消えたと思ったら、次の瞬間には腹を殴られていた。なんとか翼を振って態勢を立て直す。小さな手で殴られるというのは、巨大で細長い針が突き刺さるような痛みとなってレーベルを苛む。先程よりも容赦が無い為、比べられない程の激痛に襲われる。
純粋な拳の一撃は龍鱗をぶち割り、抉り込む様に放たれる。たった一発で既に泣きそうになっていた。
「……そういえば、自己紹介を追加しないとね」
『がふっ……な、なんだと?』
「私は、次元妖精のアイドリー……空間魔法を操るこの世で唯一無二の妖精だ、よッ!!」
ズッドンッッッッ!!!
レーベルのような口上を述べるとまたその場から消え、次の瞬間レーベルの背中がくの字に折れる。轟音と供に、今度は蹴りが横腹に突き刺さった。
『がぁあああああああなんなのだキサマはぁああああああ!!!!」
慣れない痛みに悶えながらレーベルは滅茶苦茶にブレスを吐くが、彼女にとっては極小の体躯であるアイドリーには当たらない。痛みと混乱で狙いが定まらず、恐怖がレーベルを支配していく。
アイドリーの攻撃手段は至って単純。空間魔法を使って短距離の転移を繰り返し、AKに全振りした拳で殴るだけである。龍鱗は厚く固いし魔法は通らないが、打撃で体の内側にダメージを与えることは可能だった。過去のドラゴン戦で検証済みだったからこその戦法だが、あの時とは大きく違う点がある。
(攻撃は通るけど、こっちはいつまで持つかな…)
アイドリーの手は、龍鱗の固さに耐えられず、血が流れ出し、骨にもヒビが入ってしまっている。『妖精魔法』の連続行使で頭も熱を放ち始めていた。
そして、予想よりもレーベルがタフだった。どっちが先に根を上げるかの勝負になるとアイドリーは判断する。
痛みを無視して力の限り拳を握る。勝つまではこの形を解かないようにと。
「さぁ……ボッコボコにしてあげるから、思う存分サンドバックを堪能するといいよ」
そこからはレーベルの耐久力と、アイドリーの攻撃力の対決となった。ひたすら瞬間移動しては殴り蹴りまくるアイドリーに対して、レーベルは避けるのを諦め防御に徹した。更に腕や足、翼を動かして攻撃を阻害しようとした。
しかし小さ過ぎる妖精にそれはほとんど意味がなく、ひたすら全身をボコボコにされ続ける。レーベルは半ば泣きそうな声で戦っていたのだ。戦いと呼べるかも怪しかったが…
そして数十分そのやり取りが続いていた時、遂に事態が急変する。
『ぐ、ぎゃぁあああああッッ!!!!』
断末魔を上げてレーベルが地面に落ちた。遂に飛び上がる元気も無くなったのか、錐揉みしながら落ちていき、受け身も取れず地面に叩きつけられてしまう。土が舞い上がり、レーベルの姿を隠す。手がボロボロになってしまったアイドリーも下に降りていき、遠くからその様子を見ていた。
「あー痛い……両手両足方砕けちゃったなぁ……」
『妖精魔法』を使って治そうとするが上手くいかない。頭はインフルエンザになった時のような熱に浮かされた状態で上手く思考出来ないのだ。頭痛は無いが、不快感が全身を回っており、今にも吐きそうだった。
なんとか妖精の眼を発動しレーベルのステータスを確認すると、HPが残り1割を切っていた。虫の息のようだが、まだ油断は出来ないとアイドリーは緊張を解かない。
『ぐぅぅ……まさか、ここまでやられる、とはのう』
満身創痍といった感じでヨロヨロと立ち上がるレーベル。翼もボロボロになってしまい、飛び上がることも出来ない。
「負けを……認めてくれないかな? こっちも手足が痛くてさ。そろそろ終わらせたい」
『……』
返事に数舜迷った。ここまで自分を追い詰めた相手にレーベルは確かに敬意を評している。従魔になってやっても良いと思える程物理的な力の差を見せつけられたのだ。これ以上やっても殴り殺されるだけだろうとも分かっていた。
だがまだ自分の心は折れてはいない。涙を流し、痛み悲鳴を上げても。だからこそレーベルは、それに違う答えを用意した。
『この身体を殺せば、貴様の従魔になってやろう』
「……どういうこと?」
レーベルを自身の額に付いている宝石を指でコツコツと突く。
『古龍というのはな。ここ、この額の宝石が本体なのじゃ。この身体は龍として構成されているだけの……言ってしまえば皮のような物じゃからな』
「私に言っていいのそれ?」
『従魔にしたいのだろう? 我は完全な敗北が欲しい。決着という意味でもな……』
ゆっくりと、レーベルは口にブレスを溜め始めた。最後の一撃だと言わんばかりであり、次は無いと眼でアイドリーに言っていた。
『おそらく後一発殴られれば我の身体は死ぬでじゃろう。それはいい。我は人型になれるので着いて行くという意味でも楽になる……もっとも、そのフラフラの身体で殴れればの話じゃがな』
「……わかったよ」
レーベルは分かっていた。この一撃も楽に交わされ、自分は負けるだろうということは。最後のブレスと言っても、最初のような力は無いのだ。それでもケジメと思ってその攻撃方法を選んだ。
だが、それが盤上の外で覆される事態となるのを、彼女は知らない。
(やっと終わる……)
初めて全力で戦ったけど。まさか武器無しだとここまでボロボロになるとは思わなかったよ。熱湯に入れたような頭の熱さと両手足の激痛で泣きそうだけど、最後に一撃入れればこちらの勝ちだ。
『ゆくぞぉおおお!!!』
レーベルの最後のブレス攻撃が来る。これを瞬間移動で避けて頭に一撃入れて終わりだ。そう思って私は空間魔法を使おうとするが。
あることに、気付いてしまう。
(この方向って……ッッ)
自分の立っている直線上、自分が最初にレーベルの下で飛んで行った時の道だ。なら、その後ろに居るのは、私は、横目に後ろを振り向いて――
(あ…………)
私の最も大切な者と眼が合う。遠いが、確かにこちらを見ている眼と。
「―――っつ!!!???」
どうか私を笑って欲しい。その時彼女の声も私は聞こえていたんだけど、ひたすら泣きそうな声で応援してくれていたんだ。自分にも命の危険があるかもしれないって分かっているだろうに、私と別れた場所から一歩も動かず、私の身を心配して。超嬉しかったんだ……
おかげで避けるという選択肢は無くなった。ただ防御に回したんじゃ私を突き抜けてしまう。通常の魔法ではまずぶち抜かれる。だから、ステータスを全てINTに全振りし『妖精魔法』を発動させた。
「とまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーッッッ!!!」
頭から吹き上がりそうな熱を全て無視する。どんな物も防ぐ盾をイメージしたら、何の素材か分からない巨大な盾が出現し、ブレスを防いだ。
数秒間膠着状態になると、ブレスの勢いは落ちていき、やがて……消えた。
「はぁ……はぁ……」
私はフラフラと飛んでいき、もはやこちらを見ていることしか出来ないレッドドラゴンの頭の上に乗り、拳を振り上げた。そして、
「ドラ公……私の親友にぃ……手ぇ出してんじゃねぇぇぇぇぇーーーーーーーッッッッッ!!!!!」
ズッガァアアアアアアアアアアアアン!!!!!
レッドドラゴンの頭が弾け、頭から顎まで巨大な穴を作って絶命した。
「んぐっ、はぁ……はぁ……ぅぁ」
ステータスで確認すると、HPは0を示している。勝ったことを確認すると、私もその場に倒れ込んでしまう。もう頭の熱で意識を保っていられなかった。体中も痛くて少しも動けない。
最後に聞こえたのは、親友の泣き声。
(……よかった)
ちゃんと守れたことに安心して、私は意識を手放した……
レーベルの味わった具体的な痛み。
長い針が不意打ちで深く突き刺さり、体内で衝撃が爆散する感じです。