第26話 おさんぽと緊急依頼
「アイドリー、は~や~く~♪」
「はいはい待ってね~」
今日はアリーナと初めての散歩である。ただ普通に散歩すると見つかる可能性も少なからずあるので、ちゃんと二人で『隠蔽』を発動しながらというのがルールだ。
「いや~人間の街も上から見ると壮観だねぇ」
「げいじゅつてき~」
こうして見ると、ハバルは長方形の形をしていた。入口は北南だけ、広場もこうして見るとそこまで広くは見えない。メインストリートに商人の店が建ち並び、中心地には冒険者ギルドと商人ギルド、東の壁沿いにダブルさんの屋敷があった。西の壁側には孤児院も見えた。後は全て住宅街である。
街レベルじゃ流石にスラム街とかは無いか。
「壁があるから分かり難かったけど、こうして見ると普通の街ぐらいの大きさだね」
しばらく風に流れながら街を見ていたら、頭に柔らかい感触が当たる。
「アイドリー、雲乗ろう?」
「ん?」
振り向くと、なんとアリーナが妖精魔法を駆使して綿飴のような雲を作っていた。丁度二人が寝っ転がれるぐらいの広さなので、私もお邪魔すると、
「な、なにこれ。ほわっほわなのに崩れない?不思議感覚だ……」
「んひひ~♪」
ふにょりと形を変える程柔らかいのに、一定基準で包み込むように身体を受け止めてくれている。物理法則無視してないこれ?
「きもちいーい?」
「二重の意味で気持ち良いよ」
「にじゅう?」
雲の感触と耳へのエンジェルボイスでね。2人で肩を寄せ合って、世界樹の蜜アイスを舐めながら森の方に向かった。
シグルと居た森の前までまで来ると、私達はシートを引いてお弁当を広げた。オークの肉と世界樹の葉っぱ、そして目玉焼きを一緒に挟んだサンドイッチである。この目玉焼きは、妖精よりも小さい鳥が世界樹にいるのだが、その鳥が産み落とした卵を使っている。
「「いただきまーすッ!」」
2人で仲良く遠足気分だが、こうやって何の目的もなくほのぼのとした時間を過ごすのはとても気が楽だ。何より大好きなアリーナがいつもの3倍増しの笑顔を見せてくれるから幸福度が天元突破している。
「「ごちそーさまでしたー」」
蜜ジュースを飲み終えると、腹ごなしの鬼ごっこを開始した。ステータスで圧倒的かと言われれば、まったくそんなことはなく、アリーナは異常に隠れるのが上手い。一度完璧に見失うと、テスタニカさんでも見つけるのは容易じゃないんだよね。私も頑張って探しはするが、目視では不可能である。魔力を探ればギリギリ位置を特定出来るぐらいだ。
「おりゃー!つかまえたっ!!そーれそれー♪」
「あーつかまったーあはははは♪」
見つけさえすれば捕まえるのは楽である。そして腰を抱き抱えて2人でグルグルすると喜ぶのだ。
あー癒される。隠蔽のスキルで隠れて更にサイズの小さい身体だから魔物にも滅多に見つからないし、草むらの一部を魔法で刈り取れば壁にもなるからね。妖精は得な部分が多いと改めて思うよ。
「アリーナ、明日からはハバルを出て王都を目指そうと思うんだ」
「おうとー?」
「とっても大きい街で、テスタニカさんみたいな王様が居るところだよ」
「おっきーの!?いくー!!」
満場一致で王都行きが確定した。じゃあ後はアリーナ抱き枕にして夕方ぐらいまでグダろうかな。
「んー……」
「あら、眠い?」
「うん……ちょび」
アリーナ既に目がポワンとしてる。ご飯食べて運動したからしょうがないね。幼稚園児なら昼寝の時間だ。抱き枕ではなく膝枕でアリーナを寝かしつける。サラサラな髪を撫でると、顔に笑みを浮かべたまま寝てしまった。私もその状態で眼を閉じて、後は時間に身を流していた。
「んぉおー、足がぁ~」
「えいやっ」
「ひぎぃいい、勘弁してぇ~」
夕方になって眼を覚ましたら、痺れきった足をアリーナに遊ばれました。痺れた足裏擽るとか拷問だよぉ……
また雲に乗って街の方に帰っていくと、遠くの山に夕日が沈んでいくのが分かる。
夕暮れの空は、白んでいる空と夜の空でグラデーションを作っていた。既に星も見え始めている。流れていく雲は大きな雨雲になりながら山の向こうへ消えていく。
「静かだねぇ…」
「ふぜい?」
「お、難しい言葉知ってるね?」
「えへー」
望めるなら、こういう日をもっと色んな人とも出来るようにしたいものだ。勿論アリーナが一緒に居る状態で。
「あ、帰ってきた!!アイドリーさん、冒険者ギルドの職員さんが呼んでましたよ?」
いつも泊まっている宿屋に入ったら、女将の娘さんにそう言われたが、今日は一日休むと決めたのだ。行くのは明日にしたいんだけど。
「それって、今来いって感じだった?」
「え?うーんどうだろう。焦ってたしすぐ来て欲しそうな感じではあったけど」
「今日街で変わったこととかある?」
「ううん、無いよ。討伐隊もまだ帰って来てないらしいし」
街に流れていない話で緊急を要するってことは、この街中での問題じゃないのかな。なら通常の依頼じゃなさそうだ。
「あ、後緊急依頼だって言ってたよ?」
「今すぐ来いってことじゃんかやだー」
行かなかったら冒険者規定で強制罰則が発生する。行かない訳にはいかない。くっそ腹黒ギルド長め、腹パンぐらいはしてやる。娘さんに今日は帰れないかもしれないと言って、私は宿屋を出た。ブラックだなぁ冒険者稼業。
「休んでたとレーナに聞いたんだが、宿屋に居ないでどこまで行って何やってたんだお前?」
「緊急依頼で脅してきた人に話すことは何も無いよ?」
「て、てめぇ……」
冒険者ギルドの前で私を待っていたドロアは、中に入るよう促す。一杯やりながら話そうとは言うが、誤魔化されないからね。
「で、どうしたの?」
「ああ……今日の昼ぐらいに討伐隊から伝令が1人帰って来たんだ。明日の朝には冒険者達も帰って来るらしい」
「やっと元通りじゃん。良かったね」
「ところがどっこいだ」
並々と入っていた酒を一気に飲み干し、テーブルに叩き付ける。
「討伐隊は逃げ帰って来た。予想以上にレッドドラゴンが強く、負け帰って来たんだとよ。クソがッ!!」
持っていた紙を机に叩き付けて不機嫌さを隠そうともしないドロア。
「死人や怪我人は?」
「怪我人は全体の8割だ。死人が出てないのが奇跡だな。怪我人の内、廃業に追い込まれた奴は半分ぐらいだがな……」
それは大損害だ。大惨敗と言っても良い。廃業ってことは手足のどっちかが無くなったんだろうし、これからの生活もかなり大変だ。しかもその分の負担は残った冒険者達が変わりに依頼を受けていかねばならない。
「ほとんどが初級ランクの奴等だから、街全体としては今すぐの損害としてはそこまでじゃないが、未来を見据えてみれば大損害間違い無いって感じだ。若い芽が多く摘まれちまったよ……はぁ」
「それで、私への緊急依頼ってなに?」
ドロアは俯かせた顔を上げ、こちらをジッと見て言った。
「………お前、レッドドラゴン倒せるか?」
……え、1人でってこと?
「戦ったことないし。どのくらい強いのそれ?」
「Aランクの冒険者パーティが5つ束になっても倒せないぐらいに強いのは確かだ」
Aランクか。その討伐隊に組み込まれていたんだろうね。ランクとステータス的にはドロアぐらいの強さだろうから、全員60~80レベルぐらいか。それでレッドドラゴンに勝てなかったとなると、レッドドラゴンのレベルは最低でもその3倍はあるだろうし、ステータスも種族的に考えれば高めだろう。補正も含めれば……確かに無理だ。
私であれば倒せる可能性は大いにある。あるけど、それってもう人間の強さじゃないよねきっと……この人は、それを承知で頼んで来てるってことだ。その上で私は応える。
「無傷じゃ済まない可能性はあるけど、倒せないことはない、と思うよ」
「……良い、のか?」
心底申し訳なさそうな顔をおっさんにされても、いやいや、もっと安堵して欲しいね全く。
「もう緊急依頼にしちゃったんでしょ? しょうがないから行くよ」
「ほ、本当か!!? だったら――」
「素材は全部街に寄付する。達成報酬も問わないって。わかってるから早く依頼書頂戴?」
「おう!!」
子供のようにはしゃいで依頼書を取りに行ったドロア。あーあ、安請け合いだったかなぁ。罰則受けても良いから断っても良かったかもしれないけど、そしたらまた討伐隊組んで行く可能性もあったし、そしたらまた縛ってくるかもしれないからしょうがない。
戻ってきたドロアの依頼書を受け取り、改めて内容を見る。
・レッドドラゴン討伐・ 緊急依頼
報酬 2500枚
内容 ライザルの丘に住み着いたレッドドラゴンの討伐。
達成目標 討伐及び素材の全回収
指定ランク ―
定員 個人指定
「凄い報酬だね。ここ1ヶ月分稼いだ額よりも高いや」
「それに依頼達成したら、Aランク飛び級で一気にSランクは間違い無いぞ。だから頑張ってくれ、頼むッ!!」
いや、拝まなくてもやるから止めて。しかしそうか、Sランク。それなら王族にも会えるチャンスがグッと増すね。やる気が多少上がったよ。それにこれだけお金があれば、数年は冒険者稼業をせずに旅だけ出来そうだしね。
「一応冒険者達にも説明をしねぇといけねぇから、今日は帰って休んでくれていい」
「わかった、また明日ね」
「アイドリー、ドラゴン倒す?」
「んーそうなったねぇ今回は」
「従魔にしない?」
「無理かなぁ、今回は」
「ありゃー、しょうがなし!」
素材は全て街へ寄付するしね。その代わりお金貰う訳だし文句は言わない。ドラゴンの従魔化は今回諦めて、次の機会に賭けよう。
「まぁドラゴン倒したらその丘で軽いピクニックでもしよっか。丘って言うからには景色も良いだろうし」
「うん!」
「あ、ドロア」
「あん?なnげぼぁっ!!??」
腹パン達成