第25話 修行終了
「ぉおッ!!」
「遅い遅い、もっと先読んで攻撃しなって」
それからも私達は毎日戦っていた。私が相手なら動きの一つ一つに駄目出しをしていき、魔物が相手なら段々戦闘の難易度を変えていった。ステータスを見るのも禁止にしたから本人は分かってないけど、目覚ましい成果を上げてるね。一人でウルフ三匹までなら倒せるようになっていた。次はベアウルフ一匹に挑戦させる予定である。
「ぐあッ!?」
「攻撃されても動じない! すぐ起き上がって牽制!!」
「――ッ、ずあっ!!」
「いいよ、その調子その調子!」
とにかく修行は模擬戦と魔物討伐を続けている。私は感覚と経験だけでしか判断出来ないからとりあえず口は出すけど、どんどん自分に昇華していくんだよね。やはり彼は良い師に恵まれなかっただけだと思う。
「フェイントは良いけど攻撃が軽すぎるよ。そんなんじゃ見破って下さいって言ってるようなもの!!」
「くそぉ! ぐはっ!?」
考えながら戦ってたら、いつの間にかシグルがまた大の字で倒れていた。太陽の位置を見ると、もう昼頃か。朝からやってたからかれこそ6時間はやってたかな。大分戦闘可能時間が増えて来た。身体から無駄な動きと力の入れ方が無くなってきた証拠だね。
「確実に強くなってるね。魔物も倒してレベル上げしてるから、初級冒険者の上の方ぐらいにはなったと思うよ?」
「そうか……自分でも、そう感じる」
「なんか反応が薄いね。どしたの?」
「別に……息切れ一つしないお前に言われても、嬉しくないだけだ……」
そう言って起き上がると、さっさと昼食の準備を初めてしまった。何か思い当たることでもあったのか、ここ二、三日口数も少ないし、積極的に話し掛けてこなくなった。まぁ心境の変化があって良い方向に性格が矯正されるなら万々歳なんだけどさ。
「おい、出来たぞ」
「はいはーい」
今日の昼ご飯はレッドベアの焼肉と野草である。妖精郷で作った調味料をドレッシング替わりにして食べれば、大概の物は食べられる。塩とかこんな陸地じゃ高価だし、胡椒なんて海の向こう側にあるなんて聞いた時は驚いたけど、妖精郷にはそれらが全て世界樹で代用出来るから驚いたよ。区分けしてあるのか知らないけど、焼いた葉っぱが塩の粉を落としたり、枝を磨り潰したら胡椒のような味になるんだからね。
「しかし、よくこんな調味料を持っているものだ。僕達貴族の世界でも、ここまでの物は無いと思うぞ。何の味付けもしていない肉や野草がここまで美味くなるのだからな」
「故郷の秘伝なのさ。製造法は勿論秘密だよ」
「そんな厚かましいことはしない。で、今日の相手はなんだ?」
「今日はベアウルフだね。いけそう?」
「やるまでだ」
数日経ったが、こいつのやり方は僕にとってどうにも有益だった。あらゆる動きに駄目出しをされるが、一つ一つは戦いにおいては合理的だし、決して無茶な魔物とも戦闘はさせない。安全マージンを確実に取ってギリギリの戦いをさせてくる。
道具も環境もやり方も、全て手取り足取りだ。非常に腹立たしかった。貴族である自分が何故こんな屈辱的なことをさせられなければならないと本気で思った。だが同時に、確かに力を得て充実感を感じてしまう自分も居た。それすらも腹立たしい。
(……何故僕はこんなに怒っているんだろうか)
いや、答えなんて分かり切っていたが、少なくとも、僕はこの1週間が終わるまでは認めたくなかった。終わった先に何が待っているかなんて分からないし、結局家督を継げず追い出される可能性だってある。この依頼での訓練が手切れ金だと言われて……
「危ない馬鹿!!」
「え、あ」
「水人形!!」
ベアウルフの爪が顔のすぐ横まで迫っていた。その光景がスローモーションのように見えた。恐ろしい、けど目が閉じない。刷り込まれた戦闘技術は、僕の失態をフォローした。手に持っていた剣を、ギリギリ顔と爪の間に通す。そこに更にあいつの水人形が重なり、
「ぐぁっ!」
ガツンという音と供に、首に衝撃を感じながら身体が飛んだ。剣は折れたが、首は繋がっている! 生きているなら戦える!!
(まだ……まだやれる!!)
「くらぇええッッ!!!」
ザシュッッ!!!
腰に差してある解体用のナイフを抜き、喉元に思いっきり突き立てた。骨を通った感触と、何か柔らかい肉に刺さった音がした後、ベアウルフは声も上げず力無く倒れる。気が抜けたのか、僕も膝を付いて頭から倒れてしまった。
意識が朦朧としている中、抱き抱えられたような感触と供に、あいつの声が耳に入って来る。
「……あー、これは子爵に怒られるかなぁ私」
自分で始めといて、よく言う女だ、と意識を彼方に飛ばしながらそう思った……
このおバカさん、ベアウルフと戦っている途中で気がそぞろだった。それで接近し過ぎて視界の外から来る爪もに気付かなかったし。水人形をギリギリ滑り込ませたけど、もしあの時シグルが剣で防御出来てなかったら、顔は無くならずとも目の一つは失ってたかもしれない。
「これはちょっと考え直さないと駄目かなぁ? けどやる気出してたしなぁ……」
「う……ぐっ」
あ、起きた、ただの脳震盪だとは思うけど、一応安否確認はしておこう。
「傷は残らないから安心していいよ。気分は?」
「最悪だが……1つ、頼みがある」
「何?」
「傷痕を……少しで良い。残してくれ……」
数舜考えた後、私はそれを了承した。
「すまなかったな」
回復して起き上がると同時に、シグルは私にそう言った。え、何て言ったの? 空耳?
「頭は確かに打ったけど、そこまで変わっちゃうの?」
「茶化すな。後3日しか無いんだ。真剣にもなる」
シグルはこちらに向き直り、面と向かって手を付いた。
「残り数日の間だが、よろしく頼む……」
「……うん、よろしく」
修行4日目にして、ようやく彼はスタート時点に立った。
3日後――
門の前で、仕事を徹夜で終わらせた貴族の男が立っていた。その周りで、彼の兵士達が魔物が来ないかと警戒している状態である。
「……まだ来ぬか」
時間的にそろそろだが、中々姿を現さない二人にダブルは気が気でなかった。今となっては唯一残った肉親である。例え貴族という泥沼の世界の中であろうと、血の絆を捨てられる程彼は冷酷な人間ではなかった。
「帰って来ました!!」
「本当か!!」
一人の兵士の言葉に顔を上げ目を凝らすと、確かに二人の人影が見えた。段々見えてくるその姿を見ると、ダブルは目を疑った。
「……あれは…本当に私の息子か?」
確かに白いローブは自分が依頼をした者だと分かったが、その隣を歩く者の顔は、彼の知っている者とはまるで違っていた。
眼光の鋭さがまず違う。冒険者が貸したであろう体中の服装や防具もボロボロ。剣も半分欠けていた。何より目を引いたのは、両頬を繋ぐ傷痕だ。魔物にやられたのだろうと誰もが声を失った。
(あの者、無茶はすると言ったがどこまでやったのだ!?)
「帰って参りました。コータス子爵様」
「……その顔の傷は?」
「彼に残してくれと言われたので、1つだけ残しておきました。付けた魔物は彼自身が倒しました」
「その魔物とは?」
「ベアウルフ」
「なんとッ!?」
ベアウルフと言えば、単体でも冒険者ランクDは必要な相手だ。それを一人で倒したというのだ。ついこの前まで悪ガキ程度のことしか出来なかった男がやってのけたと言うのだ。
ならばとダブルは聞く。
「では、シグルはどの程度強くなったのだ? 剣術スキルは?」
「言われると思っていたので、依頼を受ける前からギルドの方に、ステータス発行の魔道具を借りてきました」
それをシグルに作動させ、アイドリーはシグルとダブルの両方にそれを見せる。
シグル(14) Lv.21
種族:人間
HP 412/412
MP 257/257
AK 194
DF 171
MAK 167
MDF 154
INT 85
SPD 203
スキル:剣術(C)
どんな生活をしたら一週間でレベルが3倍になるのだろうと兵士達は顔を青くした。しかも剣術スキルは当初の目標、Dを超えてCまで上がって始末。通常一年以上鍛え上げて達する成果を、たったの一週間で。
「依頼は達成されました。達成証明書は?」
「あ、ああ……ここに」
「では私は行きます。後は当人同志でごゆるりと……」
白ローブの冒険者は証明書をひったくると、さっさと街の中に入っていってしまった。
残されたのは、ダブルとシグル、そして彼等の兵士だけ。ゆっくりと、二人は対面した。いつもは顔も合わせようとしないシグルが、堂々と自分の顔を見ていると思うと、それだけでダブルは嬉しく思ったが、表情には出さない。
「……どんな修行をしていたかは聞くまい。お前も私に言いたいことは沢山あるだろう。だが、それでも私は聞かねばならない。お前はこれからどうする?」
シグルは兵士達を一瞥し、また父の顔を見て一言、
「貴族として、為すべきことを為します」
「お疲れ様でしたアイドリーさん。よく達成出来ましたね?」
「やっぱりか」
ギルドに来て達成証明書を見せてみれば、レーナさんは感心した顔で私を見て来た。まったく、まんまとドロアに騙されたよ。確かに護衛依頼よりマシだったけど、体力より精神面で気を遣って疲れた。
「なんにしても、これで1ヶ月。ようやく解放された気分だね」
「本当にありがとうございました。上の階で屍になりかけているギルド長も感謝してると思いますよ?」
「そのまま屍になればいいのに」
割りと本気で。あの腹黒、二度とあれの紹介で依頼など受けてたまるものかと心に刻む。今日は帰って身体を水で拭って後はアリーナとゆっくりしていようと思い、私はさっさとレーナさんに別れを言って宿屋に帰った。
「飛車角落ちで……負けた、だと?」
「いやふー♪」
10連敗である。
「とりあえず一発殴っていいですか父上?」
「えっ」