第23話 サバイバル生活開始
領主の館に来た。門兵さんに依頼書とギルドカードを見せると、しばらくその場に待たされたので、もう一人の門兵さんとちょっと話してたんだけど。
「領主の息子の剣術指南か、災難だなぁお前さん」
「災難?」
小声で門兵は話を続ける。
「まぁとにかく横暴でな。今年で14になるんだが、商人の店に行っては物を蹴飛ばし、子供が近くを通れば軽く殴りつけて笑い飛ばすんだよ。この前なんか新しい剣の試し切りだとか言って、兵士の1人を縛り付けて斬っちまった」
「よく領主様が許すね」
「そりゃあ1人息子だからな。貴族の決まりらしいが、長子が居る家は養子を取れんのさ。跡取り争いでお家騒動に発展するからな」
そんな1人息子の相手を1週間……うーん、なんとも言えない。多分ドロアは知ってたんだろうな。依頼が終わったら殴りに行こう。お、戻ってきた。
「お話ありがとう、とりあえず領主様に話を聞いてみるよ」
「おう、気を付けてな」
これはただ剣術指南するんじゃ駄目な感じだなぁ。話が本当なら、将来そいつが領主を継ぐんでしょ? それまでに真面目になってれば良いけど、そうじゃなかったら街が滅びるかもしれないしなぁ。
「くらえ!!」
「ん?」
「っえ!?」
兵士の案内で屋敷内を歩いていたら、いきなり後ろから剣を振りかぶった青年が現れたので、一歩横に躱す。
しかし青年は剣を止めることが出来ずに、
ゴキッ!!
「ゴガッ!?」
「あっ!!」
「あっ」
そのまま前を歩いていた兵士の頭にジャストミートした。幸い剣がヘボかったのか腕がヘボかったのか剣がブレブレで真っ直ぐ当たらなかったので、即死にはならなかったみたい。倒れたけど呻き声を上げている。
「し、侵入者だぁあー!!」
「えぇ……」
青年は不味いと思ったのか、私を侵入者に仕立て上げて罪を擦り付けようとしてきた。うん、十中八九こいつが領主の息子だね。あーあー集まってきた兵士達も現場を見て戸惑ってるよ。そりゃそうだよね、案内してくれていた兵士の頭に青年の剣が落ちてるんだもん。ゴッテゴテの装飾が施された、何やら高そうな素材の剣が。というか自分の剣を落としちゃ駄目でしょ。
それでも命令に従わなければならないのか、一応私を取り囲んでくる兵士達。青年はその後ろで勝利の笑みを浮かべていた。とりあえず無実を訴えてみる。
「私は今回依頼を受けて参上した冒険者の者です。領主様のおられる書斎へ案内されている途中、そちらの人に攻撃されて避けたのですが、そしたら兵士の人に当たってしまったのです。そこの剣が何よりの証拠だと思います」
「違う!! そいつは僕の剣を奪ってその兵士を倒し、僕を襲おうとしたんだ!!」
「何の為に?」
「えっ?」
一瞬何を言っているのか理解出来ない顔になる。そんな顔されてもなぁ……
「貴方は領主の息子さん、ですよね? そんな人を襲うのにどんな理由が必要なんです?」
「そ、それは僕を誘拐して身代金を要求したり、殺して家の力を削いだり――」
「それなら貴方に手を出したりしませんよ。気絶させて屋敷内の金品を頂きます。家の力を削ぐというなら、貴方を殺したりしません。一人息子と聞いていますから、貴方が将来的にこ家督を継ぐのでしょうけど、こういうことをする人間の家などほっとけばその内潰れます。よって、私は無実です」
「なっなっなっ貴様!!」
「ついでに言えば、こんな使いづらそうな剣を使うぐらいなら木剣を使いますよ私は。なんですかこれ? 持ち手の方が装飾で重くなるとかありえないですよ。刀身の素材を見るに珍しく切れ味の高い軽い物なんでしょうけど、振り方が下手過ぎて鉄の兜すら凹ませるぐらいしか出来てないじゃないですか。宝の持ち腐れですね」
囲んでいた兵士が、私の話を聞いて吹き出し始めてしまった。一度始まったらもう止まらない。段々電波していき、遂には爆笑の渦が発生する。
「くそ、何笑ってんだお前ら! お前、一体何様のつもりだ! 貴族である僕を笑い者にしようなどと!!」
「貴方の剣術指南をしにきた冒険者だけど」
「はぁ!?」
おー戸惑ってる。多分父親からも依頼のことは聞かされていたんだろうなぁ。
「お、お前が!?僕の剣術指南役だと!?」
「そう言いましたよね?」
どうやら信じられないみたいだけど、私としてはとっとと領主の人と話して依頼を始めたいんだよね。ということで、兵士の1人に話しかけて、そのまま書斎に案内してもらう。
しばらく呆けていた青年は、ハッとすると自分の剣を拾い、すぐに後をつけてきた。コソコソしないでさっきのように堂々と来たら良いのに。
書斎の中に通されると、仕事をしていた領主が顔をあげて挨拶をしてくる。温和そうな片眼鏡を掛けたおじさんだ。
「君が依頼を引き受けてくれた者だね?」
「はい、アイドリーと申します」
「うん、私の名はダブル・コータス子爵だ。噂は聞いている、掛けたまえ。おい、紅茶を出してやりなさい」
「承りました、旦那様」
そういうと、部屋の中に居たメイドが出ていく。多分その先に息子さん居るから気を付けてね。
「さて、息子のシグルの剣術指南についての話だが、君は息子のことについては知っているのかね?」
「先程廊下で襲われたところですよ。躱して兵士の頭を打ってしまいましたが。侵入者として罪を償わされそうになりました」
「……」
途端に空気が凍り付いた。ドアの向こうでもガタンと音がする。お父さんそんな青ざめた表情しないで。大丈夫、手は出してないから。
「幸い駆け付けた兵士の皆さんが私の証言を信じてくれたので、戦闘になることはありませんでしたよ。貴族の息子さんを傷つける訳にはいきませんし」
「……すまぬ」
「良いんですよ。それで依頼内容に関してなのですが、色々と相談したいことが」
「うむ、出来る限り聞こう」
「クソ、一体何を話してるんだ?」
あの無礼な女は、上手く父に取り入ったみたいだけど、僕はあんなのが剣術指南役だなんて絶対に認めない。あの白ローブの女め……僕とそんなに歳なんて変わらない筈だ。どうせランクだってFかEだろ。そんな雑魚に教わるなんて死んでもごめんだ。
「けど父さんには逆らえないし…嫌がらせでもして追い出すか? いや、けど報復されたら厄介だし……」
そもそも僕はこの家唯一の長子なんだ。なのに誰の教育も付けてくれず、今までずっとほったらかしで放置していたじゃないか。剣だって独学で何とか習得したのに、今更指南役を付けるだって?馬鹿にしてるのかって怒りたくもなる。
「クソ……クソ……」
「なにやってんの?」
「え? あ、お前! ぐふぉあ!?」
部屋を出たら丁度シグルが壁に聞き耳を立てていたので腹を蹴飛ばした。廊下を面白いように滑っていくのが面白いけど、遊びの時間はもう取れないからね。
腹を抑えながらシグルは立ち上がる。反骨精神旺盛だね。今から叩き折るけど。
「貴方の父親からあらゆる許可は貰ったよ。貴方は今日から私の1週間限定の弟子で、その間だけ貴族の人間じゃないからよろしく」
「……?」
「分からない? まぁ後で教えてあげるよ。とりあえず……行こうか」
シグルの襟首を掴むと、そのまま屋敷の外に出る。暴れられるがステータスの差でビクともしない。
「くそ、離せ、離せよ!! 僕を誰の息子だと思って」
「今の貴方はただのシグルだから知らない。ほら、さっさと行くよ」
その日、街中の人々がその光景を見ていた。街の人なら誰でも知っている領主の眼の上のタンコブだったシグル・コータスが引き摺られていく光景を。そしてその引き摺っている人間、最近この街で白水の女神と呼ばれていた少女を。
兵士達も当然それを見ていたし、シグルに助けを求められたが、皆無視をしていた。誰も彼も、一度見たらすぐに目を反らしていくのを見たシグルは、自分に味方が居ないことを思い知る。
何故ならこの少女、その状態で普通に買い物したり買い食いを初めても、誰も止められなかったのだから。
そして、遂に街の門まで連れて来られてしまった。いつもの門兵がアイドリーの持っている者を見てギョッとした顔になる。
「お、おい嬢ちゃん。なんだって領主の息子の首根っこ掴んでこんなところまで来たんだ? まさかとは思うが、そのまま街の外へ出ようってんじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ。ほらこれ」
ダブルさんから渡された書類を門兵のおっちゃんに見せると、溜息交じりに通行を許可された。
私はシグルを街の外までぶん投げると、門を閉めるように指示を出す。30分だけ閉めさせる許可も書類に書かれているから大丈夫だ。さて、
「これでもう帰れないよ」
「な、なんで。なんでこんなことするんだよ!!」
「依頼だからだよ。受けたからには完遂しなくちゃ違約金が発生するからね。私だってしたくはないんだから」
「だったらとっとと僕を返せよ!」
「残念だけどそうはいかない。始めた以上は最後までやって貰う、さぁ、目的地はここじゃない。歩こうか」
「馬鹿言うな! 僕は街にっ」
「あ・る・こ・う・か?」
首筋に剣を突き付けて、森の方まで歩かせた。そしてその前で座らせる。
「じゃあこれから1週間ここで過ごして貰うね」
「いきなり何を言っているんだお前は!?」
「ほら、これ私がストックしている鉄の剣。後ナイフね。魔物の剥ぎ取りは教えるけど自分でやって。オークより強いのは私が戦うけど、それ以外は貴方が戦ってね。火は起こすけど水は現地調達で、テントは貸すから安心すると良いよ」
「話を聞け! 勝手に進めるな! どういうことか説明しろ!!」
「……」
「えーっていう顔をするな!!」
注文が多いな坊ちゃん。こっちも慈善事業じゃないからスピーディに進めたいというのに。しょうがない、もう少し後にしようと思ったけど、このままじゃ納得しそうにないし。
「簡単な話だよ。私は貴方を貴族という枠組み以外で生きられる術を教えるだけ。剣術指南はそのついでかな。依頼内容増えたし」
「ど、どういうこと……だ?」
「言われたんだよ。今のままだと、将来貴方に継がせることは出来ないから、もっと真面目になって欲しいってね。だから私はこう提案したんだ。『だったら体験入学させましょう』ってね。で、それが通ったから貴方はここに居る」
その言葉に余程ショックだったらしい。膝を付いてしまう。私は目の前に座って話を続けた。
「非行に走ってた理由は知らないよ。貴方と父親の間で何があったのかも私は知らないし。けどコータス子爵は、剣術スキルを独学で覚えた貴方を少なからず評価してた。だからこの依頼を出したんだって言ってたよ」
「……遅いんだよ」
「だとしても、私は今こうして受けて、貴方を鍛える義務を得た。貴方は強制的にでもここへ来てしまった。けどそれはあまりに理不尽だと思うから、一つだけルールを設けようと思う」
鉄の剣をシグルの前に突き刺す。何の変哲も無い剣だけど、当てれば人が死ぬ。それを分かっているのか、シグルは少しだけ後退った。
「今日から、ただ一度で良い。私に攻撃を掠らせてみなよ。それが出来たら私は文句を言わず、貴方を街に帰らせてあげる。子爵のところに一緒に行って、息子さんは大変優秀だったって太鼓判も押してあげるよ。どう?」
お、目に力が戻った。安い挑発だったけど、やっぱり貴族の男なんだね。プライドはちゃんとあるようだ。
「その話、本当だな?」
「依頼の上での話だからね。嘘は付かないよ。で、どうする?」
「……っつ!!」
「お? いいね」
突き刺さっていた剣を無言で抜き取って切り上げてきたけど、それじゃあ遠い。私は後ろに跳び上がって避けた。戦意が滾っているようで、身体が少し震えているがまぁ大丈夫だろう。
「絶対に一撃入れてやる!!
「かもん」
「かもーん!!」
ちょ、アリーナ見えない見えない!!
「街の中で剣術指南するんじゃ逃げられるんで、街の外に放り出しますね」
「そ、そこまでするのか?」
「そこまでしないと治らないと思うんですけど。どうします?」
「……金貨3枚上乗せで」
「まいどありー」
サバイバル開始である。