第21話 指針
街から出てしばらく歩いた後、私は通信の魔道具を使ってテスタニカさんに連絡を試みた。魔力を流し始めると、携帯が光を放つ。数秒後、通信が繋がった。
『はいは~い、元気してたかしら?』
「うん、そっちも変わりない?」
『大丈夫よ。皆貴方の新しい遊び道具に夢中なのよね~。しかも軒並みINTが爆上げしてるからビックリよ。私も300ぐらい上がったし』
ああ、やはりそういうことになったのか……皆基本アリーナと同じだもんなぁ。
『まぁそれはいいわ。早速報告を聞こうかしら?』
私はこれまでの旅の足跡、獣人のこと、魔王が倒されていたこと、知り合った人たちのことを話した。
『なるほどね。じゃあ今のところ世界樹の危機は原因不明かぁ~』
「ごめんね?」
『まだ1週間しか経ってないもの。そんな短期間で人間の貴族と繋がりを持てるなんて中々出来るものじゃないしね。というか、もっと楽しんでも良いのよ? そんなに一気に巻き込まれごとに関わるなんて、柄じゃないでしょ?』
「そりゃあね。けど冒険者になって身分証明書を発行したかったし、さっさとランク上げて自由に旅したかったからさ」
『じゃあ良いこと教えてあげるわ。妖精の姿で言葉が通じるドラゴンを探しなさいな』
『言葉の通じるドラゴン?』
曰く、古の妖精は古龍と仲が良かったらしく、一緒に暮らしていた時期もあったらしい。流石に古龍を見つけるのは大変だが、彼等の子孫ならばそこらの山にも住んでるらしい、見つけて協力を得るチャンスはあるんだとか。
いや、だとしても古龍の子孫とか普通にそこらへんのドラゴンより厄介じゃん……
『彼等は世界樹の蜜が大好きだから、昔は契約の代償として差し出せばほぼ間違いなく従魔になってくれてたわよ?』
「そんな犬の餌付けみたいなことして大丈夫なの……?」
『良いの! それよりこれからよ。貴方は1ヶ月くらいそのハバルって街で依頼を受け続けるんでしょ? それから後はどうするつもりなの?』
「とりあえずは王都に向かうよ。方法は模索中だけど、王族の人に会えたら良いなぁとは思ってる」
『私としては、獣人を奴隷として扱っている国に話を聞くのは嫌なのだけど……そこらへんは貴方の匙加減に任せて良いかしら? 大丈夫そうなら書簡渡しちゃって良いから』
「良い加減だなぁ……」
『後、アリーナちゃんは元気にしてる?』
「げんきー!!」
「だそうだよ」
『ならいいわ。アリーナちゃんと頑張って旅を楽しんでね。じゃーねー』
そこで通信は切れた。ステータスを確認してみると、MPが5万程消費されていた。時間にして20分くらいかな。本当に消費率が馬鹿高いな……ん?
「アイドリー」
「アリーナ、どうしたの?」
アリーナがフードが出てきて、私の顔と対面する。どしたのそんなクリクリした目で見つめて。鼻血が顔に付いても知らないよ? あ、ほっぺ掴まれた。
「もとにもどってー?」
「妖精にってこと?」
静かに頷く。拒否する理由も無いので、近くの木の上に登って元に戻ることにした。そういえば元に戻るのって妖精郷出て以来だね。白ローブの下で人化を解き、妖精の姿に戻る。もぞもぞとローブから這い出して来ると、アリーナが待っていた。
「ほら、戻ったよ?どうし(ダキッ)――っ!?」
何故か思いっきり抱きしめられた!?
「……」
「えっと……アリーナ?」
「……やっと、アイドリー、戻ってきた」
「――――ッッ!!」
無言で、彼女を抱きしめ返す。頭を撫でて、背中を擦る。その内、胸の辺りが湿っぽくなってきたけど、離す気にはとてもなれなかった。
「……グス…ヒグッ…わ、がまま言っヒッ…て…ごめ…なさ」
「んーん、アリーナは悪くない。ごめんね……そうだよね……寂しかったよね」
「うぅぅ、うぇ~~~ん!!」
妖精のままのアリーナは、この一週間人間としての私しか知らないし、知らない人間の街の中で過ごしてきたんだ。短い期間だけど、彼女は自分以外の妖精の居ない世界で生きていたんだ。なんて浅はかだったのか。まだ3歳の子供が、自分より大きい生き物の中に放り出されて心細くない訳が無い。例え私という存在がいても、どこか違う世界の存在だって認識してもおかしくない。
今回、テスタニカさんの声を聴いて、妖精郷での暮らしを思い出しちゃったんだろうなぁ。私だってそうだし。
「本当にごめんね、アリーナ……」
それでもアリーナはその気持ちを隠していたんだ。いつも通りの子供を演じてたんだ。そんなことが出来るのは、私がボードゲームでINTを上げてしまったからだろう。だから子供の知恵でそうすることを考えて、私に心配させまいとしてたんだ。まだたったの数日しか経ってないんだからって。
罪悪感が胸の中にドロドロと渦巻く。私の旅に着いて来てくれた相棒の心を、私は蔑ろにしていたんだ。最低だ。私は多分、アリーナの涙以上に見たくない物なんてこの世に無いのに。
「き、きら、い、に…なら……ない?」
「ならないよ。なる訳ない」
「ほん、とぉ? ずびっ」
「マジで。ガチで。これ以上無いぐらい本気で」
涙と鼻水でグチャグチャになっている顔を、ローブで拭ってオデコをくっつける。二人の眼が、同じ大きさ、同じ目線で交差した。
「私がこの世界で生まれて、最初に出会った貴方に、私がどれだけ救われたか。この3年間一緒に過ごして、どれだけ楽しかったか。毎日が一生の思い出だし、これからもそれをずっと作っていきたいと思ってるんだよ? それぐらいアリーナのことが大好きなんだよ?」
この子に出会ってなければ、私は最初の時点で死んでいた。アリーナが通り掛かったのは偶然かもしれないけど、そうで無ければあそこで私の第2の人生が終わっていた可能性の方がずっと高かったんだ。その奇跡を私は信じている。
「アリーナ、私がアリーナが一緒に行くのを許したのはね? 貴方を危険に晒したくなかったのもある。それは隠蔽のスキルがあっても変わらなかった」
「……」
「けどね。一緒に行くって言われた時、何より嬉しかったんだよ?」
「!……ほんと?」
「私だって、絶対に帰って来るけどさ。アリーナと長い時間離れるのは寂しかったもん。私の生活の半分はアリーナの笑顔で癒されて、満たされて過ごすのが日常だったんだし。アリーナの楽しそうな姿を見るのが何よりも幸せだった。離れたくなかったんだ。だから私は条件を付けたんだ。一抹の望み、アリーナが習得してくれることを願って」
それはもう、私の本心の暴露大会だった。けど、この子にだけは嘘は付かない。この何よりも、【私の命よりも】大切な親友にだけは。
「アリーナがそれを満たしてくれていて、私は、正直かなり浮かれてた。アリーナと一緒に旅が出来るんだって有頂天になってた。ワクワクが止まらなかった。貴方の負担のことも考えず、思い至りもせず……」
もう一度アリーナを抱き締める。強く、離さないように。消えない様に……
「だからアリーナ。これからは言いたいことを言って? 貴方は私にとって掛け替えのない旅の相棒なんだから。私がお願いすることもあるけど、貴方が遠慮する必要なんてどこにも無いんだよ?」
「……いいの?」
「そうして欲しいの。だから、お互い良い悪いはハッキリ言い合おう、ね?」
「……うんッ!」
それから私達はお互いこうして欲しい、ああして欲しいと夕方になるまで言い合った。ご飯は一緒に食べようとか、何日か一回には妖精の姿で一緒に遊ぼうとか。色んな思い出を残そうとか。一日一回愛情表現(入れ知恵)するとか。2人で一緒に、旅の指針を決めていったのだ。
「後、将棋!!」
(何回負けるかなぁ私……)
夜。ようやくハバルに着いたが、門はとっくに閉まっていたので近くにテントを張って野営することにした。月明りしか無い夜の中では誰にも見られる心配も無いと判断し、久々に妖精の状態で、アリーナと晩飯を食べる。
「んー!世界樹の蜜を掛けたパンケーキ超さいこー!!」
「さいこー!!」
久しぶりの蜜はトロける程美味しかった。食べ終わったら二人で月を見ながら将棋を指したけど、うん……やっぱり一度も勝てなかったよ。
「はぁ~~~……やっぱり妖精の身体は良いねぇ……」
「……」
「おっ……ふふ」
「んひひ♪」
二人で星に身体を向けて寝転がってると、アリーナが私の手を握ってきた。私が握り返すと、隣から嬉しそうな声が耳に入る。
振り向けば笑顔があった。
「アリーナ」
「んー?」
「アリーナと私の友達も、一杯作ろうね?」
「……うん!!」
『テスタニカさん、アリーナに友達とか作って欲しいから、その内国とか作ろうと思うんだけど手伝ってくれない?』
「突然何言い出してるのっ!?」




