第164話 至高の一撃
思えばアグアドという古龍はいつだって暴走していた。まるでそれが彼の本能だと言うかのように。彼は他者を見下し、支配し、力によって生きる事しか知らなかった。それを見て、レーベルは「まるで人間のような奴じゃ」と心底思っていたぐらいだ。
それを肯定するかのように、彼は自分を権力と力を混同し、人間の国を、勇者の国を襲った。結果は惨敗である。無論彼は復讐を誓った。勇者の国ハーリアに。
その為に彼は1000年待った。他の四龍が全員フェローを離れ、尚且つ宝玉を手に出来るチャンスを。
そんな時に現れた勇者の男が持ち掛けて来た契約は、自分の理想を体現出来る可能性を秘めていた。
そして今に至るのだ。手に入れた力は全てを蹂躙し、この世で至高の存在だと言わしめられる力を。だからこそ彼は、自己の意識を手放して尚笑う。
自らを全肯定し、その他一切を否定する生き方だと言うように。
だがやはり、身の丈に合わない力は身を滅ぼすということを、彼女は知っている。
カーマンラインの狭間で、私達は戦いの終わりを予感していた。もうアグアドに意識は無い。暴走する本能と宝玉により、破壊を振り撒く災厄と成り果ててしまっていた。もうその肉体は崩壊を始め、あらゆる物を巻き添えにして破裂しようとしているのだ。
そんな印象だったんだけど、レーベルはそれを肯定した。
『結局呑まれおったか。元々の器が貧弱なのじゃから当たり前じゃがな。少なくとも、最低でも我のステータスぐらい無ければ耐えられぬだろうよ。そして問題発生じゃ主よ』
「はいはい、どしたの?」
『あのまま放っておくと、そう遠からずあれは爆散する。そうなれば宝玉の力が全世界を覆うことになるじゃろう。必然、魔物共が世界単位で暴走するのじゃ』
「超ヤバいじゃん」
『超ヤバいんじゃ』
……なんとかするかぁ。止める方法はただ1つ、あれを倒すしか無い。今やその力はほぼ始祖の古龍と変わり無い程に高まっているだろうけど、相手は1匹、こっちは2匹だ。やってやれないことはない。
『倒せば剥き出しの宝玉が出て来るじゃろうが、それを止められなくてもアウトじゃ。それに対する勝算はあるかのう?』
「やらなきゃ終わるんだから、やるだけさ」
『ふふ、然りじゃな』
出来なければ世界が終わる。私達の世界を、この星で生きる人々をそう易々と殺させる訳にはいかない。私はまだやりたいことやってないし、アリーナやコーラスとの日々を謳歌していないもの。
だから全力を尽くそう。一撃で滅してくれるよ、龍神ッ!!
「行くよレーベル……聖剣開放ッ!!!」
操縦席から聖剣を抜き取り、宝石から飛び出してレーベルの頭の上に乗った。『妖精魔法』を使い、聖剣を極限まで巨大化させる。頭が銅鑼を鳴らすように響くが、まぁレーベルの全力を受け止めるよりはまだ楽だ。弱音を吐いたら相棒に恰好が付かないからね。
更にステータス変更でAKに全振りし、それを『妖精魔法』でレーベルに固定して全てを託した……後は任せたよ、相棒。そして…………
「では、我流で決着をつけさせてもらうぞ主よ。『龍装』ッ!!!!」
虚空の彼方まで伸びる聖剣をレーベルが手にした瞬間、その聖剣が超大のハルバードに姿を変え、極太の刃を生やす。島を軽々と両断する程の大きさになったそれは、灼熱の業火を身に纏い、一切合切を灰塵するが如く燃え滾っていた。
黒龍はそれを見て、更に肥大していく身体を動かしながら、黒と虹色の穢れた息吹を放とうと力を溜める。こちらもまた途方も無い魔力の凝縮、極限まで溜められたそれは、迸らせる輝きで太陽ように大地を、海を照らしている。それ程に激烈だと言うように、
だがこちらの行動は一切変わらない。ただ一撃、全力全開の攻撃を与えるのみである。
レーベルは音速を遥かに超えて突っ込んだ。その刃を振り下ろす為に。
黒龍は首を反らした。その息吹を浴びせる為に。
そして一度開放されたら最後、後は命運が決まるのみ。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!』
『ぉぉぉおおおおおおおーーーーーーーーッ!!!!!!』
「いっけぇええええええーーーーーーーーッッ!!!!!!」
空を染め上げる程の黒龍のブレスと、条理をぶち壊す者達の一撃が衝突した瞬間、
空が十字に割れた。
「きりさけぇぇぇぇーーーーーーーーーッッ!!!!!」
衝突した先から、七色の魔力が雨のように降り注いでいく。焼かれ落ちていく。白熱した刃の炎は黒雷を纏った虹球をジリジリと押す。切り開き、押し通す。だが、まだ刃は振り下ろされない。
この攻防は長く続かない。もうレーベルには時間が残されていなかった。もう後数秒で『龍人化』が解ける。そうなればレーベルに戦う力は最早残らず、この一撃を持って消滅するだろう。
「ぐっがっ―――ぁぁぁあああーーーーーッッ!!!!」
怒号と供に、最後の力を振り絞る。もう余力は空っぽだが、意地で意識を保ち、噛み砕く程歯を食いしばった。
だが、その時レーベルの目の前に小さな、それこそ今の彼女にとっては点のような何かが居る事に気付く。虫の様に小さなそれ、だが一度見てしまえば絶対に見逃す事は出来ない存在。
それは2度目の対面。
羽の生えた幼女。場違いな程に柔らかい笑顔。
「んふ~~♪」
盤上をひっくり返す至高の『妖精幼女』アイドリー爆誕である。
今この瞬間、その場に居るだけで存在を否定され消滅してしまうような空間の中でこちらを見る幼女は、まるで刹那の中にある時間を引き延ばしているかのように動く。完全に時間を無視していた。眼で追える速さなのに、空間内の時間がスローモーションのようになってしまっているのだから。
そしてレーベルの鼻先に抱き付きつくと、心底愛おしそうに喋り、
「れ~べる~~♪――――――ちゅっ!!」
キスをされた瞬間、身体の疲労が全て回復する。どころか、『龍装』の限界時間が30秒伸びた。満身創痍になりかけていた腕に力が入る。その眼に紅蓮の活力が宿り、身体全てが発火する。
ハルバードは更に一回り大きくなり、虹の球を掻き分けていく。
レーベルは幼女に感謝の念を贈りながら、別れ逝く哀れな同胞に、最後の言葉を送った。
「貴様の敗因を教えてやろうぞ、アグアドよ」
その刃は、獄炎を纏って煌く。
『最高の相棒を持たなかった、それだけじゃ―――――――はぁぁぁあああああッッッ!!!!!』
ズッッッッバァアアアアンッッッ!!!!!
一刀両断。刃は海をも裂き、地平線の向こう側まで切り開いた後、刃は蒸気と供に消滅していく。
『ゴッ……ア……イ、ヤダ………グ……グガァアアアアアアアアッッ!!!!!』
そして、龍神に後一歩手前まで来ていたブラックドラゴンの古龍は、夢見た理想を手にすることなく、最後の一撃で宝玉の力に負けて自壊し……霧散していった。
同時にレーベルも『龍人化』と『巨人化』が解け、少女の姿となって落ちていく。
その状態をアイドリーが受け止めると、ギュっと抱きしめた。そして青と黒の空の狭間で、ゆっくりとその景色を見ながらレーベルが聞く。
「へへ、どうじゃ主よ……我、格好良かったじゃろう?」
「うん♪とってもかっこよかった~~♪」
「くくく、そうかそうか、なら……よい……ふふ、ふははは、はーーーーははははははッ!!!!」
ぐたっとしながら少女と幼女が笑い合っていた。長年のレーベルの因縁は、此処に決着が付いた。そしてそれを確信した彼女は、しばらくの間、大空にその高笑いを響き渡らせるのだった……




