第163話 妖精&古龍VS龍神
今、世界は揺れていた。近い所では地面もだが、共通しているのは『空間』の揺らぎである。何かが遥か遠い空で起きる度に、波紋となって魔力の波が広がるのだ。そしてその一瞬後に空間が微妙にだが歪んでいる。
何か超常の者同士が戦っている。冒険者の中で実力ある者達はそう感じていた。同時に、もしも悪意ある方が勝ったのなら……次にどうなるかを想像するだけで身震いしてしまう。それが起きればどうしようも無いと確信してしまう。
国でも、この事態をどうするべきか早急に対策を練ろうなどという話は持ち上がるが、1つとして進む訳もなく。その国々の中で唯一慌てていないのは、それこそハーリアぐらいのものだった。
そのハーリアの最奥で、1人の男だけがその事態を察知している。
「~~♪」
男は玉座を動かない。ただ鼻歌交じりに事がどう進むかをただ見届けるのみだった。どちらに進んでも彼にとっては得しかない。賭ける必要すらない。どうなるかただ楽しみなだけだった。
だから歌う。あまりに愉快に、嗜虐的に、子供のように、
「~~~♪~~♪」
暗い玉座の間で、その戦いが終わるまで鼻歌は止まらなかった……
あれだけ大きい存在を倒す為には、今の大きさではまるで足りない。ならばどうするか。
答えは出ているけど、まずはあれを躱さないとね。
『潰れろ虫ケラがッ!!!』
ただの拳による一撃。しかし拳を握るだけで暴風が吹き荒れ、こちらに向かって放たれる風圧で死にかねない。
また、その速さもあっさりと空気の圧を突破してしまう。拳1つで街一つ分の大きさだ。物理的に避けるのは可能だけど、拳を避けたところで、襲い掛かる風圧でやはり死ぬだろうね。
まぁそんな必要無いんだけどさ。
拳がこちらを捉える前に、私達は『空間魔法』でアグアドの目の前まで跳んだ。
『なにぃッ!?』
「わーデッカイ目。瞼でも風圧とか出るんだね」
生物としては存在自体ありえないんだけど、こうして見ればなるほど、ゲームの中の勇者って本当に勇者だわ。
さて、ぼちぼち『妖精魔法』を使おうか。
『レーベル、とりあえず対等にしよう。身体貸してね』
『何するか分からんが了解じゃッ!』
イメージは巨大化。対象はレーベル。後は色々弄って遊んでノリに任せて~~~……よし、発動。
アグアドの目の前で、ボォ~ンっと奇怪な音を出して自分と同じぐらいの巨大な煙幕が出現した。紅い色をしたそれは渦を巻いているだけだが、小癪な真似だと彼は嗤う。
なので躊躇なく2撃目の攻撃を加えようと煙幕に向かって拳を放つが、
それは現れた同じく巨大な『人の手』によって凄まじい衝撃と供に止められた。
『な、なにぃッ!?!?』
困惑した表情を余所に、その煙の中から現れたのは人と龍、どちらの特徴も備えた『龍人』だった。
「これで同じ土台に立ったね~~♪」
「それは分かるが、この恰好は一体なんなんじゃぁ~~~~ッ!?!?!?!?」
巨人となり違う意味で絶叫を上げるレーベルの格好は、それはもう酷かった。
まず、レーベルは人型に戻り『龍人化』を発動。そこにアイドリーが『妖精魔法』を掛けて巨大化。更にコスチュームチェンジさせた姿になっていた。
一言で言えば、非常に際どいのだ。肌は龍鱗の鎧によって一応は隠れるが、着ていたドレスが丸ごと無くなったので身体の線が全て見えてしまっている。
そして胸に付いている宝石の中には、アイドリーが座っていた。気持ちだけだが操縦席になっているようだった。操縦桿の真ん中には聖剣が突き刺さっており、『超同調』でステータスもリンクしている。
こんなものはハリボテだと荒れ狂う龍神は一蹴してしまおうとブレスを吐く体勢に入るが、現在のアイドリーは、ブラックドラゴンを残滅した事によりレベルが上がっていた。
それも、割りとぶっ飛んだ形で。
アイドリー(3) Lv.2053
固有種族:次元妖精(覚醒++)
HP 12兆6872億4000万/12兆6872億4000万
MP 24兆3600億0230万/24兆3600億0230万
AK 6兆1001億1414万
DF 6兆2445億0099万
MAK 1480兆4655億4440万
MDF 1151兆1100億0202万
INT 7100
SPD 4670兆3999億7810万
【固有スキル】妖精魔法 妖精の眼 空間魔法 顕現依存
聖剣(第2段階)真・聖鎧(休眠状態)限定幼女
魔族化(封印)
スキル:歌(S+)剣術(EX)人化(S+)四属性魔法(EX)
手加減(S+)隠蔽(S+)従魔契約(―)複数思考(S+)
称号:ドラゴンキラー 古龍の主 反逆者 バトルマスター
●・●● ダンジョンルーラー
戦ったブラックドラゴン達は、アグアドが最も宝玉で強化した者達だった。それを少なくとも100匹は倒している。そして、そのどの個体もレベルが2000を超えていた為に、アイドリーのレベルもそれに合わせて急激に上がった。
それに加え、アイドリーの種族の覚醒が更に『+』表記が増えていた。これはレーベルとの戦闘時に無理をし過ぎた結果現れてしまった。それがここに来て響いてきたのだ。だがこれだけではアグアドには勝てない。
龍神であるアグアドの大きさは『体格差補正』により、アイドリー程度の大きさではステータスで勝っていようとほとんど意味を成さなくなってしまう。倒せないことは無いだろうが、それだと『つまらない』し拳が痛い。
レーベルも頬を膨らませていじけてしまうことだろう。
ならばどうするか。
そう考えた末の結果が今のレーベルである。レーベルは、『超同調』+『龍人化』+『巨大化』によりそのステータスは十全に生き渡らせていた。アイドリーも『妖精魔法』により自身のステータスを変更しているので、満遍なく龍神アグアドを超える。
レーベル(1653)♀ Lv.2920
固有種族:レッドドラゴン(古龍)(覚醒):超同調・巨人化
HP 4006億3987万2533/4006億3987万2533
MP 1966億6888万0059/1966億6888万0059
AK 201兆8304億5772万 200
DF 202兆6843億5405万 200
MAK 204兆9951億1116万 200
MDF 205兆0018億7067万 200
INT 2000
SPD 208兆9210億0213万 200
【固有スキル】龍鱗 炎獄 超同調 龍人化 龍装
スキル:龍魔法(EX)火属性魔法(EX)体格差補正(EX+)
称号:古龍の子孫 龍王
『超同調』により制限時間は残り3分。超常の戦いが始まった。
「これで五分五分じゃからな。さぁアグアドよ、その力を我に示せッ!!全力を持って応えようではないかッ!!!」
『ふざけたことをしおって……そんなコケ脅しが通用するかぁぁぁあああッ!!!』
「レーベルロボ、発進ッ!!」
1人だけノリノリで操縦席をガチャガチャし始めるアイドリー。しかしもう多大な『妖精魔法』の行使で既にボロボロなので、治しながらほぼ全てをノリに回していないと持たないのだ。今は少しずつ回復している段階である。
ぶつかり合う拳で、一発一発が空間を歪ませる程の衝撃とけたたましい破裂音が遥か彼方まで鳴り響く。島は既に半壊、お互いにフェローを壊すのは嫌だったのか、海の上での決戦に移った。
足が少し動くだけで大波になるが、それが人里まで届かないのが唯一の救いである。
現在の優勢は、勿論レーベル側にある。単純なステータス差に加え、戦闘能力は元々彼女の方が高いのだ。殴り合いを人型でするのは初めてだが、それでも龍の姿よりは動き易いので、変則的に動ける。
だがアグアドは焦ってはいない。宝玉は未だ制御中なのだ。段階が進めばそれだけステータスが上がる。それが数十秒先か、それとも数秒先かの話。
また、レーベルにとってアグアドの『闇属性魔法』は厄介だった。アグアドの性質は『闇』だが、アグアド自身は魔法が使えない。それは今全て宝玉の制御に回されているからだ。だがその龍鱗には、闇属性のオーラが纏われ、攻撃を緩和してくる。更に触れ場所からこちらに状態異常を施そうとしてくる。
今は『龍人化』の効果でこれ等は防がれているが、向こうの攻撃が当たればそれだけ不利になるのは確かだった。
『その程度か赤トカゲェ~ッ!!所詮はハリボテかぁ!?』
「はん、殴られまくっとる貴様が言えるのか?そらぁッ!!」
『げふぁッ!?』
顎に蹴り上げを喰らって少しだけ身体が浮き上がるアグアドの身体を更に連打で殴り、
「飛・ん・で・ゆ・けいッ!!」
回し蹴りで上空まで吹っ飛ばした。今のでHPがかなり削れたが、アグアドは余裕で翻り、空中で翼を広げて滞空した。レーベルも翼を広げて飛び立つ。
同時に膨大な海の波が広がるが、それは飛び立った際の熱風で全て蒸発した。
巨大な生物が空中戦をしようと言うのだ。レーベルは更に上、成層圏よりも更に上、カーマン・ラインの狭間まで上がった。
星の形が分かる位置まで両者上がると、アイドリーが感動している声が聞こえてくる。
「すごいッ!!あーこれ録画しとかないとだッ!!」
『楽しそうじゃのうコラッ!?』
しょうがない、こんな場所まで生身で上がろうとすると物理的に凍ってしまうのだ。幾ら寒さや熱さに強くとも、空気まで薄くなるとアイドリーも辛い。
だがその場所まで上がって来た時点で、レーベルの残り時間は1分を切っていた。勝負を決めなければならないが、そこに凶報が来訪した。
アグアドのステータスがもう一段階上がる。
更にもう一段階、宝玉が開放されたのだ。
『ふはははははッ!!素晴らしい力だッ!!まだまだ溢れるッ!!止まらないぞ~~~ッ!!!ひひゃひゃひゃははsm@:ッッ!!!』
狂乱の龍神は馬鹿みたいに哂う。溢れる力に溺れ続ける。身体中の鱗が更なる鉄壁と化し、身体中から宝玉の輝きがヒビとなって溢れ初める。明らかな暴走が見え始めていた。
そして最早その眼には何も映っていない。ただ白眼を虚空に向け、深淵の空に黒雷のブレスを乱射し、その力を見せつけるように己を体現し続けている。ステータスは更に上がり、レーベル達をまた突き放した。
だが、その様子を見る2匹は不敵に笑うのみ。




