第19話 妖精VS騎士団長
今度は団員の者が開始を合図をすることになり、私は背中から新しい鉄の剣を取り出し構える。ダイオスも両手で大剣を構えた。よくあんな大きいの持てるよね。刀身だけで私の身長ぐらいある。
ダイオスの身長は私の頭三個分は高いし、端から見れば子供と大人である。実際そうなんだけどね。
「決闘の勝敗は負けを認めるか、相手が死ぬか、もしくは意識を失うかだ。攻撃手段はなんでも有り。時間制限も無い。以上だ」
「はいよー」
ダイオスは腰を深く落とし、団員に目を一度向けると、こちらを凝視したまま動かなくなった。こっちの一挙一動を見逃さないという態度だね。正直筋肉の塊に見つめられるとか怖い。
「はじめぇ!」
「おぉぉおっ!!」
おお、猛烈なスピードに大重量を乗せて突っ込んできた。風圧だけでも吹き飛ばされそうだけど、私はそれを避ける気は無い。
(イメージは相手の質量を全て無視するように……発動)
大質量を持った大剣の一振りが迫る。私は身を低くして剣を盾にして受け止めた。受け止めた衝撃分の魔力を消費する。発動は妖精魔法で消費無しだが、起きた事象分は減った訳ね。
ゴッッ!!!
私は自分で足を踏ん張って大剣の重量を受け止めた風にして沈み込む。強敵相手だと出来なさそうかな? 今もジリジリと減り続けてるし。
「ほう、よくぞ受け止めたな?」
「まだまだ軽いね」
「強がりなんぞ何の役にも立たんぞ!!」
そのまま何度も大剣を叩きつけてくる。ジリジリと私は押され、膝も付いてみた。ごめんね。実際は綿毛のように軽いんだけど、あまり楽に勝つのは目立ちそうだから出来ないんだよ。
チラっと横目にメルキオラ達の反応を見てみると、バヌアは心配そうな顔をしているし、アステルさんは唸っている。メルキオラに至っては泣きそうな顔でこちらを見ている。いくら父親を倒した相手とはいえ、負けてこの男の嫁に行くのはやっぱり嫌か。
「そんなものか小娘!!吹き飛ぶが良い!!!」
ダイオスは大剣で地面ごと私を斬り砕こうとするが、私は後ろに飛んで躱した。舌打ちをしてまた最初のように突っ込んでくるが、その攻撃方法は飽きたよ。
「わーすごいこーげきだー」
一応恐れ慄いて横に躱してみる。あれ、止まらずにそのまま壁に突っ込んだ。あーあー立派な屋敷の壁だったのに。ほら、団員の人達も困った顔してるよ。警戒場所増えるからね。ああいう壁の補修とか大変そうだし。アステルさんごめんなさい。いや、後で私が直してあげよう。
(手伝う~~?)
(そうね。飾りつけとかお願い出来る?)
(ばちこい!)
「きっさま~~躱すでないわぁ!!」
「いや、だったらもっとコンパクトに攻撃しなよ」
どうせなので私は赤い布を取り出してみた。ダイオスは舐められてると思ったのか、またこちらに突っ込んでくる。それを赤布を使ってヒラリと躱す。アリーナ大興奮。気分は闘牛士だ。身体丸めて突っ込んでくる様は牛みたいなもんだし一緒だよね。
「馬鹿にしおってぇ~~!!」
「そんなに顔を赤くするなら止めれば良いのに……さぁ次はこっちだよ~」
「きっさま~~~!!」
「すごい……あのダイオスを翻弄してる」
メルキオラは驚いていた。ダイオスは今までこの街で最も大きな顔をしていた男だ。伯爵の言葉も聞かず、自分の為に騎士団を動かしてきたが、それをするだけの物理的な力がダイオスにはあった。
だから彼女は頼れる父親に助けを求めていたし、伯爵も助けてやりたかったのだが、彼女も父親が敵わないぐらいのことは分かっていたのだ。
そこに現れた白いローブの冒険者。顔すら見せないその少女は彼女の眼から見れば怪しい得たいの知れないゴロツキだった。こんなのが父の代わりになどなれるはずが無いと思っていたから父と戦わせてみれば、女の生み出した騎士によって父は惨敗してしまったのだ。父を倒されて睨んでしまったが、その扱う力は認めていた。
なのにダイオスにはその力を使わず、自分の力だけで戦うという理解不能なことを言い出したのだ。
そして戦いが始まってみれば、最初はダイオスに押し潰されそうだったというのに。今は軽やかにステップを刻み、ダイオスの攻撃を全て華麗に避けている。
だがメルキオラはそれ以上に、彼女の雰囲気に惹かれていた。
なんて楽しそうなのだろうか、と……
「にしても、何故あやつは笑っているのだ?」
「いや、僕にも分かりませんね。彼女は戦闘狂って感じでも無かったんですが」
「まるでダイオスで遊んでいるかのような素振りではないか」
そうだ、とメルキオラも思った。あれは玩具でどう遊ぼうかという子供の顔をしている。口元しか見えないが、きっと目を輝かせているだろうと。
「お父様、あの方は一体何者なの?」
「さぁ……な。ただ、お前の為に戦ってくれているのは確かだ。あんな強敵相手にな……」
「ふ~……ふ~……」
汗をダラダラ流して肩で息をするダイオス。そろそろ限界かな?案外スタミナ切れが早かったね。自分に敵う奴など居ないと思って訓練をサボってたんだろうけどさ。だったらこっちはチャンスだよね。
「そろそろ終わらせて良いかな?」
「ふ~…避ける以外出来ない貴様が、そんな大口を叩くか!!」
怒りに身を任せた攻撃、あの巨体だからこそ通常の相手なら容易く倒せるのだろうけど、もうそれも通用しないよ。
「死ねぇぇえええええええええッッ!!!」
――――――シャンッ
「へっ?」
「「「はっ?」」」
振るわれた大剣に私は剣で応え、刀身を丸ごと斬り飛ばした。飛ばされたダイオスも、それを見ていた人達も呆けた声を出し、一瞬時間が止まる。のを見逃さずにっ!
「―――――ッ!?」
「終わり、だよ!!」
「ハガッ!!?」
態勢の崩れてこちらに倒れ込んで来た頭に刀身の平でぶっ叩く。フラフラと千鳥足になり、最後には膝を付いてしまった。そして、首筋に私の剣を突きつける。
「降参する?」
「……」
意識はある筈だけど、返事が無い。強情だな、負けを認めないつもりなの? 傍に控えている団員に目を走らせる。
「団員さん。どうするの? 私はこのままでも良いけど」
「え、えっと……」
合図をした騎士は戸惑うばかりである。後ろに居る伯爵に聞いてみた。
「出来れば殺さずに終わらせたいんだけど?」
「まったく……ダイオス、さっさと負けを認めんか!! もうどうやろうとお前はこの冒険者には叶わぬ状況にあるのだぞ!?」
しかしダイオスは微動だにしない。というか……これはもしかして身体を休ませてるんじゃない?
「―――っつ!!」
ダイオスは肩で私の剣を跳ね上がると、一目散に走り出した。逃げた? いや、違う!!
「メルキオラッ!! 逃げろ!!!」
「逃がすかよぉぉおおおおおおおお!!!!」
ダイオスは剣も捨てて先程よりも早いスピードでメルキオラに迫る。途中バヌアが前に出て行く手を阻もうとしたが、武器を持っていなかった為に、ダイオスに殴り飛ばされてしまった。
「い、いや! 来ないでぇ!!」
「てめぇは人質だぁ!!」
うーん、そうかぁ。麗しき少女に手を出そうとする不届き者を許す程私は穏やかな人間じゃないんだよねぇ。というかまだ勝負は決してないんだよ。
逃げるだけだったなら追い駆けなかったのに。
「だから、お前の相手はこっちだってば」
「なっいつの間に!! 俺を追い抜かしただと!?」
確かにそのレベルで、ステータスのSPDに瞬歩のスキルがあれば速く動けるんだろうね。けど、今は私は妖精魔法を使ってMDFとSPDを入れ替えたんだよ。だから今の私のSPDは約2000万だ。勝ちたきゃ未確認飛行物体でも持って来くるといいよ。
「くっそぉぉおおお!!」
「……フッ」
バヌアと同じように殴り飛ばすつもりだろうけど。私はその拳に拳で合わせ、鈍い音と供に骨を粉砕した。
「いぎぃあぁあああッッ!!」
痛みに悶える様を見るつもりは無い。そのままこめかみを爪先で蹴り抜いてぶっ飛ばす。数回バウンドし団員達に当たってようやく止まった。
(ウィナーアイドリ~♪)
ありがとうアリーナ。さて、最後に本当の意味で少女を救うことになるとはね。振り返ってみると、メルキオラはこっちをじっと見ていた。やっぱり女の子が巨体の男倒すとか現実味が無いよね。とりあえず安否確認だけしようか。
「怪我は無い?」
「は、はい……あの、『お姉さま』のフードが……」
……ん? お姉さま? それにフードって……あ、ヤバ、取れてた。最後の攻撃の時かな?て、あれ? 何で抱き着いてくるの? どうしてそんなキラキラした上目遣いで恋する乙女のような顔をしているの?
「お、お慕い申しておりますお姉さま!!」
「ヘルプ」
バヌアとアステルさんを見るが、二人とも苦笑いをするだけで何も言ってくれない。そしてメルキオラはさっきから凄い力で私の腰を抱きしめたまま頬擦りしてくる。どうしたの? つり橋効果? つり橋効果なの? イエスロリノータッチが私の理念だからね?
(モテモテ~?)
止めてアリーナさんや。嬉しいけど貴族のご令嬢はヤバいから。
「アステルさん! 大事な一人娘が女冒険者に取られちゃいますよ!! 良いんですか!?」
「男に渡すよりか幾分マシな気がする。しかし貴殿、そこまでの美貌だったとはな」
「この親馬鹿!! バヌア!! どうにかして!!!」
「麗しい君に名前を呼び捨てされるとは、男冥利に尽きるよ」
「死ね色狂い!!」
(ダイオスに勝った……)
とても信じられないけれど、目の前の女冒険者はやり遂げたのだ。私は、この人に少なからず尊敬の念を抱いたが、事態は急変した。ダイオスが負けを認めずこちらに走ってきたのだ。
「い、いや…」
私は足が竦んで動けなくなる。日頃あれだけ強い男が好きだと言っていたのに、いざその男を見たら怯えてしまうのだから笑えない。貴族である自分は例え子供であろうと気丈でいたかった。
そしてダイオスの魔の手に落ちる瞬間、私は女の王子様を見てしまった。女の冒険者が男を蹴り飛ばした時、私は、フードの外れたその顔を見た。見てしまったのだ。
ピンクと赤のグラデーションがボブカットの髪の色を現し、虹色の瞳を宿した、どんな女性よりも美しく、可愛く、強いその人が、私を助けてくれた姿を。私を心配してくれた顔を。
その時、私は始めて恋に落ちた。
「ところで壁の修理必要でしょ? 別途相談でやろうか?」
「頼むっ!!」
「お願いしますわ!!」