第161話 ノックは拳で鳴らすもの
最初にリンクしていた配下の声が消えてから2週間。遂に派遣していた配下全員の声がパッタリと止んだ。しかし彼の者は玉座から一度として動かず、宝玉を握り締めてただ困惑するのみ。彼は今この場から動けないでいた。
それが得体の知れない恐怖ではないと鼓舞してはいたが、何が起こっているのか黒龍の王は把握出来ていなかった。
『……なにが』
今日になってから、彼は断末魔しか聞いていない。たかが1匹程度ならば何かしら古代種に不意打ちを喰らって死んだといなら納得も出来るだろう。
だが、それは何百と聞こえたのだ。そして最後の言葉は口々に『妖精』である。
『いや、ありえん』
妖精に負けた?いや、それならばどこでどんな風にしてやられているのかの報告がある筈だ。しかし、どれも叫び声だけで、次の瞬間にはリンクが切れてしまっている。それが非常に恐ろしく感じていた。
たかが妖精にやられたなどありえない。そう思った時、アグアドは1つの心当たりに行き着く。2週間前のブラックドラゴンの報告。
”大空洞の妖精郷にレッドドラゴンの古龍が住み着いた”
もしかして奴なら、とアグアドは思考する。レーベルも古龍なのだから、自分の配下としてレッドドラゴンを複数使役していても何もおかしくはない。しかも話が本当なら、妖精の従魔になっているのだ。ならば妖精の願いでレッドドラゴンを動かし、各地の討伐に当てた可能性もある。
(だが、ブラックドラゴンは全て宝玉によって強化されている。それをたかがレッドドラゴンが倒せるなど……)
答えは出なかった。出なかったが、宮殿に島に残るブラックドラゴン達を招集する必要があると判断し、アグアドは島全域のリンクを繋いだ。
『配下達よ、急ぎ宮殿で馳せ参じよ。戦いに備えるのだ』
そう短く言うと、またリンクを切って眼を閉じてしまった。今は一刻も早く宝玉の制御を完璧にしなければならなかったのだから……。
だが、その声は誰にも届かない。
「おー、あれがレーベルの故郷?ザ・秘境って感じだね」
『そりゃあ普通の人間では入れんよ。というか、ファノラはよく入れたのう……』
うん、それは私も思うよ。しかし遠かったな。飛んで来るのに2日は掛かったよ。
レーベルの故郷である『フェロー島』は、島でありながら周囲が全て崖になっていた。しかも海からの高さが1000mぐらいあるから雲に近い。天気によっては1日中霧に覆われているんだってさ。
そんな島の上空に入ると、一際目立ったのが島の中心にある巨大な山、みたいな物だった。表面はほぼ全て木々に覆われているが、所々に巨大な鱗が見えてるんだけど……。
「もしかして、あれが?」
「そうじゃ。あれが我等の始祖。創世の古龍『アルカンシェル』じゃ」
島の半分ぐらいの面積があの古龍1匹が占めてるって凄いな。あんな巨大生物が動いたら、それだけで島に大地震が起きて崩壊しちゃうんじゃ……
『言っておくが、今見えているのは頭じゃなからな?』
「……はい?」
『始祖はのう。生まれた頃は我のように世界中を飛び回っていたそうなんじゃが、身体が育ち過ぎて一度眠りに落ちて何年経ったか分からんが、いつの間にか頭が島に嵌っていたらしい。その状態でも自身を小さく顕現出来ていたのじゃがな』
「なるほど、レーベルが朝起きれないのは親の血か」
『一緒にするでないわッ!!我は長くても100年じゃッ!!!』
うん、古龍の時間の使い方には2度と口を出さないことにしよう。
それで肝心の親玉さんの場所なんだけど、そこに行く前に私は現在この島に居る魔物の数を観測しようと試みた。
「えーと、ブラックドラゴンが150匹?……他には何も居ないね」
『やはり宝玉は奪われているようじゃのう。この位置なのにアルカンシェルの声も聞こえんしな。いつもなら陽気な挨拶が来るのじゃが』
陽気……気が合いそうだ。けど、ブラックドラゴン達は『妖精魔法』で探知+『妖精の眼』でステータスも見てるけど、レベルもステータスもかなり高いし、あれだけの数でも国1つ滅ぼすぐらいの戦力だった。
確かに勇者には叶わない程度だけど、それでも軒並み万越えは脅威だしね。もう何匹かはこっちに気付いているみたいだけど、先制攻撃は頂くよ。
私は聖剣を構えると、レーベルから降りて空で対空し、
「では第1投、いっきまーす」
遥か上空から、そこら辺に居たブラックドラゴン目掛けて聖剣を『投擲』した。
凄まじい風切り音を鳴らしながら飛来する聖剣は、『妖精魔法』により正確な線を描いて――――――――着弾する。
『ッ!?!?』
脳天に突き刺さり、悲鳴すら許さずそのまま頭を爆散させると、聖剣は光を放って消え、私の手元に血の一滴すら付着させずに戻って来た。
それを続けて、息も切らさず、ただ1つの反応を残すまで淡々と投げ続ける。
身体が弾け、首が弾け、残らず殲滅されていくブラックドラゴン達に、レーベルは呻くように戦慄した。
自分の時にあれは使われなかったし、龍装であれば防ぐ事も出来るだろう。ただし、『妖精魔法』でステータスを全振りされたら間違いなく貫かれるだろうが。ただ一応自分と同じ龍種が羽虫の如く駆除されていく光景に、なんとも言い難い面持ちになってしまう。
『主よ、もう少し情緒のある戦いとか出来ぬのか?』
「面倒なんで却下でーす」
『酷いのじゃ……』
「だって、私今回は結構怒ってるんだもん」
その言葉の通り、アイドリーの顔は普段と同じく飄々としていたが、纏う雰囲気は周囲の空間が歪むレベルだった。言われて初めて気づいたが、それをアイドリーは無意識に抑えて込んでいたのだ。
武闘会の時はそれを全面に出してしまって観客達を怖がらせてしまった反省も原因の1つだろう。
『あー……まぁ、故郷も仲間も、妖精にとっては何よりも大事なものじゃよな』
「それはどんな生物にとっても、だよ。それを自分勝手に荒らして、目的に関係なく虐げる者なら私は鉄拳制裁したい訳よ」
『あ、願望なんじゃな。我も同意だが』
そりゃあそうよと最後の1投を放ち、またレーベルの頭に乗るアイドリー。良い仕事したなぁと汗を拭う仕草をして背伸びしていた。所詮彼女にとっては、ウォーミングアップ程度の出来事である。
そしてブラックドラゴンという種は、古龍を残して完全にこの世から消滅した。
アルカンシェルの巨大な頭をグルっと回ると。何と裏側が口が空いていた。口っぽい形だし、牙も見えるから多分そうだと思う。そして同時に、その口に挟まれるように巨大な宮殿が建っている。
「何あれ?」
『ああ、あれはアルカンシェルが趣味で建てたものじゃな。カッコイイだろうと昔は自慢されたものじゃよ。100を越えた辺りで殴って止めさせたがな』
案外色々とやっている龍らしい。趣味が合うなら色々提供して一緒に何かしたいなぁ。
荘厳な入口の扉に降り立つと、レーベルは人の姿になってしまった。いつものように赤いドレスに枝毛一本無い美しい赤毛で現れる。
「あれ?その姿で行くの?」
「我は主の従魔であり友じゃ。ならばそれに倣った姿で奴と相対するべきだと思わんか?」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるね」
「うっさいわい。では……行ってみるとしようかのう?」
「マナーは?」
「知っとるともさ」
扉の前で不敵な笑みを携え、同時に拳を構えた。以心伝心、レーベルは今、完璧にアイドリーと同じノリで動いている。
だからこそ、怒りよりも楽しさがこの瞬間上回った。
そして放たれる拳は、そのまま開戦の合図となる。
「ノックしてッ!!」
「モシモシじゃッ!!」
ズガォォオオオオンッ!!!!
繰り出された拳に轟音を立ててすっ飛んだ扉は、憶測で不遜な態度で玉座に座った黒龍にスコーンとぶち当たる。
そしてその前に並び立った2人は、愚かな黒龍に威風堂々と鉄槌の宣言を述べた。
「「さぁ、罪を数えてあの世へ行け。この駄ドラゴンが」」




