第159話 救出観光人
次の日の朝、妖精達は一斉に各地の集落に向けて飛び立っていった。といってもステータス的に言えば遠くても2週間で辿り着く筈だ。
なんせINT以外の全てのステータスが1000万程上がっているのだ。効力は2週間で切れるが、その間は期間限定で彼等はヒーローである。その単語を言った瞬間、喜々としてそれぞれが自分用のヒーローマスクを作り、それを被って高笑いしながら行ってしまったのだ。
そしてアイドリーズのスキルもある。今この瞬間だけは、全ての妖精達と『同調』で繋がっていられるので、頭の中が絶賛パンクしそうな感じでして……
「いやー、まさか全員でヒーローショーを始めるとは思わなかったよ。けど、どこも無事解放されていっているようだね」
ブラックドラゴン達は救いようが無い残虐性を持った魔物だった。どれもこれも最悪だったので、ヒーロー達の勧善懲悪キックやパンチで天誅である。
様子を覗く限りでは、皆英雄としてもてはやされていたね。
さて、2週間は妖精達に集落の防衛をしてもらうけど、亜人達の方はどうなってるかな?あっちにはこっちの最強戦力達に行ってもらってるから、もう終わってるとは思うけど。
「ふっざけんなテメェッ!!んなこと出来るわけねぇだろうがッ!!?」
ドワーフ王の怒号が城を揺らしていた。此処はドワーフ達が暮らす洞穴の中の国だ。名は『スーディス』。
この洞穴はドワーフ達しか知らない暗号で開く違う穴が有り、それを通らねばスーディスに辿り着く事は出来ないようになっている。
逆にドワーフ達以外の者が入れば、そこはただの何の変哲も無い洞穴であり、すぐ行き止まりになっているのだ。しかもこの場所は山に囲まれた谷の奥深くに存在している為、人間が来る事はまず無い。
そんな国に無理やり侵入してきた大勢のブラックドラゴン達によって、彼等は今現在窮地に陥っていた。
『出来ぬと言うのか?高々我等の防具をもっと強力にしろと言っているだけではないか』
「素材と期間が問題なんだよ糞馬鹿がッ!!テメェ等1000匹近くの防具を全てオリハルコンで作れだと?しかもそれを半年以内でやれだぁ?オリハルコンの精錬にどれだけ時間が掛かると思ってんだッ!!!?」
オリハルコンはその特性上、不純物が一切混じらないように精錬しなければ、その力を発揮出来ない。魔力を流せばミスリル以上の防御力、そして魔法耐性を誇るがそれ故にデリケートなのだ。
人間の作り出した装備の場合、偶々出土した鉱石を使うのでかなりの希少価値になるし、それも不純物が沢山混ざっていて、ドワーフ達にとっては劣化品どころか鉄屑扱いになる。
だが彼等にしか無い技術で、オリハルコンは完璧な性能が発揮出来るのだ。それによって作られた防具や武器がどんな装備にも勝る。
しかし、その方法を使うと製作に10年の歳月を掛けなければならない。
それをブラックドラゴン達は無茶な要求をして無理やりやらせようとしていた。だからこそ、王は今こうして怒り狂っている。
『だから、時間が掛かるのならば妖精を使えと言っている!!『妖精魔法』ならば時間短縮も出来よう!!』
「そんなチャチなもんで出来る訳ねぇだろうがッ!!頭カチ割るぞ糞ドラゴンがぁッ!!!」
そして、このように先程から平行線が続いていた。ブラックドラゴン達も相当数揃えてやって来ているが、ドワーフ達はその気になれば自らが滅びようとも数々の強力な魔道具を用いて徹底抗戦する気でいた。
しかし王は防具さえ作れば争いはしないし、互いに攻撃はしないという条件で依頼を受けた。そして最初の頃は普通に防具を作って全てのブラックドラゴンに行き渡らせたのだ。
そこで彼等の親玉から追加注文が入ってしまった。それが先程からの争点である。
勿論これには国民一同が大激怒。幾ら妖精魔法が万能だと言っても、妖精にそんな事をさせれば即座に多大な負担で死に至るということを彼等は知っている。
何故なら、既に大昔に一度、それを試してしまっているから。その時は心の底から妖精達に悔いて謝っていたのを王は思い出す。あんな悲劇を繰り返すぐらいなら死を選ぶ。それが彼等の言い分だった。そして、自分達だけで作り出すというプライドもあった。
『あくまで造らぬと言うのか……?』
「当たり前だッ!!テメェ等みてぇな畜生の命令で妖精を犠牲にするぐらいなら、テメェ等と全面戦争して滅亡の道を選んでやらぁッ!!!!」
「「「おぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーッ!!」」」
皆、心は一緒だった。それ故に、ブラックドラゴン達は歯噛みする。
ここで縊り殺すのは簡単なのだ。幾らドワーフの力が強く、魔道具の扱いに長けているとは言え、ブラックドラゴンは今此処に300は居る。戦いになればあっという間に終わるだろう。
だが主の命令で殺す訳にはいかない、どうにかして命令を聞かせて作らせなければ、彼等が主に殺されるのだから。
それは畏怖からではなく、単純な恐怖からなる行動原理だった。だからこそ爆発してしまう。
だが同時に、月夜の空から降って来るその『老人』には気付けなかった。
『言うことを……聞かんか貴様ぁぁぁあああああアギュぶぇッ!!!!??』
「「「……あ?」」」
狂気に走った爪がドワーフ王を斬り裂こうとした次の瞬間には、ブラックドラゴンの頭部が『無くなっていた』
「……おや、これは大変失礼いたしました。魔物の頭を足蹴にするのは私の本意ではありませんので、どうかご容赦を」
その声は、自分が死んだことすら気付けないブラックドラゴンの足元から聴こえてくる。
力を失い、痙攣しながら倒れ伏すブラックドラゴンに一礼すると、タキシードを着た老紳士が、ドワーフ王の前で膝を付いた。血溜まりの上の筈なのに、彼の周りだけ円を描くように綺麗になっている。
「夜分遅くに失礼いたします。私は妖精郷より派遣された妖精アマルティスが種、『妖精の宴』パーティの冒険者、クアッド・セルベリカと申します。以後お見知り置きを……」
「え、あ、ああ……?」
登場の仕方にインパクトがあり過ぎて、完全に思考が停止してしまうドワーフ一同。それを見てクアッドは補足説明をし出した。
「ああ、驚かせてしまったようですね。申し訳ありません。何しろアイドリー嬢に長距離転移で跳ばされて来たのですが。位置が上空遥か彼方だったので、自由落下に『妖精魔法』を使っていたらこのような事になってしまいました。誰か御怪我はございますかな?」
とても妖精には見えない出で立ちだが、溢れ出る存在感はそうなのだと公言するかのようにその波動が伝わって来る。そして当てられた彼等は、否応なく気持ちが穏やかになっていくのを感じてしまった。
王はこの感覚を知っている。故に納得は出来た。
「だ、大丈夫だ…………ふぅ、よし。で、あんたは何の用なんだ?」
ようやく心が落ち着いた王がクアッドに問うと、彼はその姿勢のまま指を3つ上げる。
「1つは、この国に居る魔物全ての討伐ですな。現在私以外にも全ての妖精の集落、亜人の国に置いてこの作戦は決行中です。2つ、私達のリーダーが魔物の首領を狩るまでの間、私が此処に常駐することをお許し願いたい。そして、3つ目は……」
「3つ目は……?」
顔を上げ、クアッドはニコっと微笑みながら言った。
「この国の観光を、お許し願いたいのです」
この妖精、最後だけは自分の私情である。
『貴様ぁッ!!我等の同胞に何をしたぁッ!!?』
そこに同胞の断末魔を聴いたブラックドラゴン達が、城の巨大な扉を蹴破って押し寄せて来た。即座に王座の間は脱出不可能になり、ドワーフ達は袋のネズミにされる。
そして、無残にも頭が消し飛んだ同胞を見たブラックドラゴンが、眼を血走らせながら問うた。
『これをやった者は貴様かッ!!』
「ええ、残念なことに私です。本当ならもう少し綺麗に処理する筈だったのですが、些か城を汚してしまいました。後で責任を持って清掃をさせて頂きたいと思います」
まるで汚物と同等の扱いをするクアッド。その言葉に彼等は全員理性をすっ飛ばし、牙や爪、ブレスで攻撃を仕掛けようとするが、
「では、早速掃除を始めましょうぞ」
その指が鳴らされると同時に両手の綿手が糸状に解けていき、クアッドとブラックドラゴン達の間で蜘蛛の糸のように張り巡らされた。
『そんな物が通用するものかッ!!』
そして勇猛果敢に突っ込んで来たブラックドラゴン達がそれを体当たりで突き破ろうとすると、
糸に触れた場所から『細切れ』になっていった。
『『『!?!?!?!?』』』
「おっと、逃がしはしませんぞ?」
強靭なドラゴンの竜鱗が何の抵抗も無く切られていき、刹那の内に細切れになった様を見た彼等は突進を止めて逃げようとしたが、糸の結界が動き出し、高速で迫っては次々に例外なくブラックドラゴン達を細切れにしていく。
外まで逃げてでも糸が追い駆けて行き、空まで逃げた者達も残らず細切れになって肉片と果てていった。断末魔を上げる隙すらも与えては貰えなかった。
「さて、次は……こうですな」
もう一度指を鳴らすと、地面に落ちた肉片や血が全て空中に浮かび上がり、1ヶ所に集まっていく。それを国民達が目撃しているのだが、誰も、それがどうなっているのか1人として分からない。
『妖精魔法』はあんなにも万能な物だったのか?そう思わずにはいられなかった。
「よし、これで終わりですな。手早く済んで良かった。ではドワーフ王よ、先程の話の続きといきませんかな?話繋ぎにこんな物もありましてな」
どっから取り出したのか。ポンっと出て来たのはアイドリー特性の世界樹の蜜酒だった。仄かなアルコールの香りを嗅ぎ取ると、とりあえず全ての疑問は一先ず置いておき、王は家臣達に座るように促した。
「クアッド……と言ったな。妖精というなら、その格好は本来の姿ではあるまい。話すなら互いに本来の姿でやるぞ」
「それは御尤もですな。では失礼して……」
クアッドが妖精の姿になると、周囲のドワーフ達が驚きの声を上げた。しかし王は耐え切れなくなったという顔になって笑い出す。
「ぐははははははははッ!!お前さん面白いな。よし、折角開放されたんだ。今日は国民総出で持て成してやるぜ。糞強い酒をたらふく飲ませてやるから覚悟しろや?」
「ええ、是非とも♪」
そして、妖精とドワーフ達の宴が始まり、彼は無事スーディスに迎え入れられる事となった。
「何だこの猛烈に甘ったるい酒はッ!?」
「何でしょうかこれ。アルコールしか舌に感じませんが……?」
妖精とドワーフではやはり酒の味が違うようだった。