閑話・22 『呪い』は妖精には勝てない
以上、アイドリー達2週間の間に起きた出来事でした。次回から本編戻ります。
5人での旅はとても順調に進んでいた。
エイスは4人の前に出て、遭遇した魔物は全て見敵必殺。道は妖精よりもアライナの方がまともだったので寄り道も無く、後数日もすれば港町に着くところまで来ていた。
それに関してはエイスはとても助かっていたし、アライナが案内し出してから妖精が黙り込んで頭の上でひたすら旋毛を弄り回していたので楽だった。
しかし、嬉しくない積極性だけはどうにも苦手だった。
「エイス、飯が出来たぞ」
「いや、俺は要らん、適当に―――」
「何を言っている、お前の分まで作ってしまったんだ。早くこっち来て食べろ」
「……」
強引過ぎる。そう思っても元『呪い』の勇者ことエイスは、元冒険者のアライナに腕を引っ張られ、少女達が待つ焚き火の近くに座らされた。
見れば、3人とも肉の串焼きを何も味付けしていない状態でチマチマ食べている。その誰もがこちらをチラチラ見ては眼を背けてしまい、彼は非常に居心地が悪かった。
「ほら、お前の分だ」
「……どうも」
笑顔で差し出されたそれを渋々受け取って齧ってみると、
(……味しねぇ)
特に肉の美味しい魔物を捕まえた訳ではないので、ただ腹が満腹になれば良いぐらいの飯だった。文化国に住んでいた彼には到底耐えられない。
エイスは立ち上がり、辺りを見回し始める。
「え、エイスさん?何をしているんですか?」
「あ?……ああ、ちょっとな」
少女達の中の1人、1番歳上のレナが質問するが、彼は生返事で返し、女達の周囲に生えている草木をガサゴソ探していた。
「……お、あった」
そして近くに生えていたとある枝を切り取り、アイテムボックスから削り板を取り出して、その枝をゴリゴリ粉にした後、パッパッと肉に振りかけて食べる。
「エイス、それは?」
「……こいつは削ると味を出すんだ。昔俺に剣を教えた奴が森の中に入った時に言っててな。思い出したんでやってみた。……案外いけんなこれ」
そう言って肉串を加えて彼は歩いて行ってしまった。そして残された削り板を、4人はジッと見つめる。アライナがそこに残った粉を指で取って舐めると。
「———ッ!!少しだがしょっぱい。まるで塩だッ!」
「「「えっ!?」」」
驚いて少女達もそれを舐めてみれば、なるほど確かに。塩程じゃないにしても確かにしょっぱい。もう1本枝を取ってきて削り、皆の肉串に振り掛けて食べれば、
「「「……美味しい」」」
昔食べたことがあるような、人間らしい食事になった。
「やべ、忘れるところだった……」
「「「あっ」」」
「……いいよ、使って。その変わりもう1本くれ」
ありふれた野草知識を彼は不器用に教えて去っていった様に見えたが、削り機を単に忘れてしまった事に気付いて戻って来てみれば、そこには肉に粉を振り掛けて一心不乱に噛り付いている女達の姿があった。
それを苦笑いで済まし交渉してみれば、顔を真っ赤にして串をフルフル震えながら渡されてしまえば、後は笑うしか無い。
「くっくっく……ここら辺はまだ自生してるだろうから、今の内に集めとけよ。じゃ、俺は寝るんで」
これ以上は藪蛇になること必至なので、彼はとっとと退散するのだった。
明日にはワドウに行ける港町に着く。そこから船に乗って行けば、この遠回りしていた旅の漸くひと段落するだろうと彼は思っていた。
「〜〜♪」
「お前はどうすんだ?道案内はもう不要な気がすんだけど。付いてくんのか?」
頭の上で器用に肉を頬一杯に詰め込んで食べている妖精にそう聞くと、足でタシタシ蹴って当たり前だと言わんばかりだった。うざったい事この上無いが、まだ一緒に来てくれるという事実にどこか安堵した表情を見せたエイスは、自分も肉に嚙り付くのだった。
次の日、港町でワドウ行きの船を探したのだが、船員達からの返事は申し訳そうだが、明確な拒否の言葉を告げられてしまう。
「お前さん等、今はどの船も出られないんだ。すまんがな」
「はぁ……何かあったのか?」
「ドラゴンさ。黒い奴なんだが、最近結構な頻度で空を飛んでいてね。海の上で襲われたんじゃ一溜まりも無いからって出られないのさ。もう少ししたら魔道船が来るから、行くとしたらそっちからだなぁ」
立ち往生が決定した。もう少しというのは一週間程ぐらいらしいのだが、その間はこの街で活動する事態となってしまう。だがそうなると、
「さてエイス。宿はどうするか」
「……なんで俺も一緒に行動しなきゃならないんだ?」
じゃあなと言おうとした瞬間に、肩を掴まれ静止させらた。アライナは街に入って速攻でギルドに向かい、新たにカードを発行して貰っていて機嫌が良いようだったが、エイスが立ち去ろうとした瞬間こめかみに血管を浮かばせている。
エイスとしては、船に乗ればワドウに行けるのだから、この街に来た以上後はどうぞご勝手にと言いたいのだが、
「私はまたFランクから始めなきゃならない。エイスは強いし、討伐を手伝ってくれれば上がりも早いだろう?素材を売って得た金はそっちに7割で良いから、船が来るまでで良い。付き合ってくれないか?」
と言われてしまう。女性に弱過ぎる彼としては、どうしてもと言われれば靡きそうになる。だがアライナは冒険者なのだ。自分など必要無いと言い聞かせて、
「んなこと言われても俺は……うっ」
断りたい。断りたいのだが、そうするとこちらを見ている少女3人の不安そうな表情と、
「……(ニコニコ)」
その横で「断ったら殺す」という威圧的な笑顔の可愛い妖精の姿が目に入り、やはり渋々頷いてしまった。
宿屋で部屋を取る際、当初アライナが一部屋で借りて節約しようと言い出したのだが、少女組がエイスが嫌がるのを分かっていたので、耳や口やら引っ張って隣の部屋に押しやった。
「ごめんなさいエイスさん。また明日です」
「おやすみエイスさん」
「おやす」
「あ、ああ……」
バタンっと閉められた扉の奥で女の悲鳴が聞こえた気がしたが、気の所為だと自分に言い聞かして、彼は自分の部屋に入って行くのだった。
そして4人の居る部屋では反省会である。
「まったくもう、アライナさん攻め過ぎですよ。エイスさん女性が苦手って言ってたじゃないですか!!」
「うぅ……ごめんなさい。だって、一途に行けば意識してくれるかなって思って……」
「だからって、精神的に弱っている相手にあれは駄目」
「……はい。はぁ……あいつ、何であんなにアンバランスなんだろう」
簡単で単純で、それ故に実直。アライナはエイスに少なからずの想いを寄せていた。別に助けてくれた相手だから惚れた訳ではない。ただ彼がアライナの好みに入ってしまっただけなのだ。
エイスは強い。強さは冒険者にとって最も必要な要素だからこそ、冒険者の女は男に強さを求めている。それは誰かを守れる強さであり、日々の生活を支えられる強さ。何より心の強さに惹かれる。
アライナにとって、エイスはその内2つが当て嵌まっていた。単純な強さと、生活を安定させる知恵。それだけでもかなりの優良物件だろう。
だがエイスは精神的に弱い。自己主張がそこまで強く無いし、意見も言えない。嫌な事を嫌と遠回しに言ってくる。その癖断らない上に何かと気を遣ってくる。一体こちらをどうしたいのかまるで分からないのだ。
そしてこれが一番アライナを揺らしている理由だ。
「あんな変な男……始めてだよ」
自分の事を頑なに語らないのだ。「昔の名は捨てた」「罪だけ背負って生きている」「関わると碌な事にならない」そんな情報しか得られない。彼は絶対として一線を引き続けている。
アイドリーが見れば何の中二病だと笑うかもしれないが、本人は至って真面目なのだからしょうがない。
「ていうか、あんたらはどうなんだ?」
「私は……恩人とは思っていますが。子供ですし」
「そこら辺の男の子よりは好きかな?」
「変な眼で見ない。まぁまぁ」
「そうだよねぇ……はぁ」
年端もいかない少女に何を聞いているんだと、言った自分が馬鹿だったと頭を掻く。一手が出ないし、壁が高い。方法も無い。考えるのも面倒だし、アライナはそこまで頭が良くない。こういうものは当たって砕けろの精神が彼女のもっとうなのだ。それで昔に何度も失敗している事に気付き更に気分は憂鬱になる。
「あ~~~もうッ!……よし夜這いするかな」
「「「駄目」」」
「……じゃあ夜飯だけ誘う」
「あ~くそ。勘弁してくれ……」
刺激が強い。強過ぎる。あの女、アライナはあまりにも無防備だ。そして馬鹿だ。俺に近付いてくればその度にどこかしら身体をくっ付けてスキンシップを図るし、触れた所々が柔らかくて困る。悶死するかと思った。
そしてその度に数ヶ月前まで焦がれていたあの巫女を思い出してしまう。女を意識してしまう。実際何度か吐きそうだった。真冬だと言うのに湖で裸になって入った時など頭がイカレているのかと恐怖すら覚えた。
見てれば分かる、あれは俺に似ている。鈍感であればどれだけ楽だったか。過去の失恋が重過ぎて無視出来ないんだよ、くそ。
「—―?――ッ!!(タシタシタシ)」
「あんだよ……言っておくが、ワドウに入ったら速攻で俺は姿消すからな。これ以上付き合ってられるかよ……」
俺の目的は侍って奴の……なんだ、あれだよ。武士道ってやつ。それを学びに行くつもりで行くんだ。女事に現を抜かしている場合じゃないんだよ。
「だから、あいつ等とはそこでお別れだ。お前、心配なら向こうに行ったって良いんだぜ?」
「ッッ!!!…………(ぽろぽろ)」
ガビーンっという顔になった後、涙を流して服に顔を埋めてしまった。その状態で、見え難いが首を横に振っているのが分かる。
またやっちまった……
「泣くなよ、意地悪言って悪かったって…………ああもう」
震えているのが見てられなくて、指で優しく頭を撫でてやると、その指に抱き付かれてしまった。
そのまま撫でてやると、あっという間に機嫌を良くして顔を擦り付けてくる。ったく、ズルいんだよお前は……。
「……俺は、今のとこお前さえ居ればやってける。だから、あいつ等は静かにさせてやりたい。きっと俺が居たら危ないんだからよ……」
昔の自分なら、こんな恥ずかしい事は絶対に言えなっただろう。こいつと一緒に居ると、どうも気持ちが素直に口から出て来るし、自覚出来るんだよな。これも妖精ってやつの効果なんかね?
「~~♪」
「くくく、面白れぇなぁ……お前はよ」
明日からアライナの討伐の手伝いだ。今日は飯食ってとっと寝よう。久し振りのベッドだしな……
「あ、あの、エイスッ!!飯、喰いに、いこ、う、ぜ?」
「……ああ、分かった」
「ほ、ほんと!?よっしゃぁーーッ!!やったぞお前等ッ!!」
「……はぁ」
(((駄目だこれ……)))
以上、アイドリー達の2週間の間に起きた出来事でした。次回から本編戻ります。これからも閑話は随時入りますが、お付き合い頂ければ幸いです。