表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精さんが世界をハッピーエンドに導くようです  作者: 生ゼンマイ
第十章 里帰りと龍騒動
193/403

閑話・19 剣術指南役

いつもよりは長めになります。

「こんちわ~、ここで『剣術指南役』が出来るって聞いて来たんだけど?時間まだ大丈夫かい?」

「ああ、志望者の方ですね。では控室の方に案内しますのでどうぞ」

「あいよ~」



 ラダリアの城内受付に案内されていたのは、バンダルバの元師匠。怠け者のマチューだった。今日も無精ひげを気にすることもなく、ボサボサの髪を掻きながら彼は欠伸をしながら歩いている。


 しかし、堕落人生主義の彼がどうしてラダリアに居て、どうして仕事をしようとしているのか。それには単純で、それ故に深いような訳があった


(くっそ……やっぱ足らなかったなぁ)


 あの日、ガルアニアでバンダルバと飲んでいた時、なんとバンダルバが酒場で秘蔵とも呼べるギルド長の酒をかっぱらって行っていたのである。その為連帯責任でその酒の金を渋々マチューは払おうとしたのだが、その値段がいけなかった。


(まさか、全財産の3割が消し飛ぶとはなぁ……はぁ。今度会ったらボコそうあいつ)


 ギルド長のその酒は、馬鹿みたいに高い値段だったのだ。曰く、『様々なドラゴンの血を蒸留して作った酒』らしく。一口飲めば全回復すると言われているらしい。


 それで、「ああ、あの地獄で使うのか」と納得してしまった彼は、泣く泣くそれを全額負担してやった。下手すれば数分で死ぬ場所だし、仕方ないと割り切って。



 だが、その所為で自堕落で生涯を終える為の資金が足りなくなり、今に至る。ラダリアに来たのは、給金が良く、剣術ならまず負けないし楽だろうという事で受けた。それだけだ。



 そして控室に通されると、何人かの人間と目が合ったが、特に気にすることなくマチューは席に座り、持っていた酒瓶を景気良く煽いでいた。いつものスタイルなのだが、周囲からの視線が痛かった。


 それからしばらくすると、係員の獣人に呼ばれて修練場に案内された。



「えー、それでは。今より試験を始めたいと思います。試験官は我がラダリアの警備隊長のオージャス様です」

「うむ、後は私が引き継ごう。さて人間族の諸君、今回はラダリアで働くという気概を見せてくれたこと嬉しく思う。今から行う事は、ラダリア王国のフォルナ殿下の剣術指南役を決める為の試験だ。無論の事、それは1人のみの採用である」



 その内容に何人かは騒めいた。何故なら、依頼板に掲示されていたのは『城の剣術指南役』だけだったのだから。


「ランクの上限はA以上とさせてもらった意味はそういうことだ。国王の指南役に自信の無い者は悪いことは言わん、ここで降りろ。ラダリアまで来た馬車代や宿泊代は請け負うつもりだから安心すると良い」


 そう言われて、半分以上が退場した。オージャスはその者達は歯牙にもかけず、次の説明をする。


「では残った諸君。試験内容について話をしよう。まずは総当たりで国王の前で制限時間付きで戦ってくれ。そして次に、1人ずつ『国王と戦ってもらう』。これを2日間で行う。以上だ」


「……へぇ」


 誰もが困惑する中、マチューだけは面白そうな笑みを浮かべた。よく観察すれば、オージャスという男の顔は、不本意だという雰囲気を僅かだが醸し出している。だとすれば、この『剣術指南役』というのもその王の独断ではないか?と彼は思った。



「国王と戦う際は真剣だが、致命傷を避けて攻撃をするか、もしくは参ったと言わせれば良い。気絶させるのも有りだ。決して罪は問わぬので、それは安心して欲しい。質問は?」



 手を挙げる者がいないことを確認すると、オージャスは試験の開始を告げた。





 まずは総当たり戦だが、その前にラダリア国王からの挨拶があった。噂でしか聞いた事が無かったが、本当に8歳の子供獣人であったことにマチューも含めて驚いた。


 そして何より、容姿が犯罪的過ぎて目を逸らしてしまう。


(こりゃあ、戦う時も大変そうだなおい……)


 幾ら歳を重ねたおっさんと言っても、やはり女性の豊かなシンボルに目は行ってしまう。なるべく無心でやろうと彼は誓った。



 そして総当たり戦が始まると、マチューはとことん手を抜いて戦う。


 攻撃は適当に剣で受けた。躱すのも流してカウンターを取り一撃で決めるのも、そもそも初手で参ったと言わせるのも簡単だが、単に他の志望者の力量を判断したかった。


 なので攻撃もしない。全ての戦闘を息一つ漏らさずに引き分けで終わらせたのだ。これには途中から意図に気付いた者も居て真面目にやれと言われたが、マチューはまったく気にしなかった。



 その理由としては、国王の視線にある。



 少女の身でありながら、その眼は武人のそれであり、1つの試合の中でも瞬きなど1度かあって2度程度。それを彼は明らかに警戒した。『動きを読み取られている』と。だから手加減し、国王との闘いに備えたのだ。


(絶対にただのお嬢ちゃんじゃねぇ。可愛い顔しておっそろしい眼光してやがるなぁおい)


 その眼は正確に全てを射抜いていた。一挙一投足が分析され、丸裸になっていく感覚を覚える。それ程少女の観察眼は優れていた。




 なんとか1日目はまったく力を出す事なく過ごし、マチューは一息入れた。総当たり戦は計18回。意図に気付いていなかった他の者達は皆全力で動いたので、終わる頃には満身創痍となっていた。


 その日は城への宿泊を許され、豪華な飯と風呂が用意されたが、マチューは酒を数本だけ貰うと、城から見える街の景色を見ながら飲むだけにした。





「それでは、今日は国王との試合をしてもらう。そして今此処に採用条件を提示しよう。国王に勝った者が、その時点で合格となる」


 次の日、顔見た瞬間そんな事を言われて、呆気に取られている間に去られてしまった。だがマチューはギリギリまで寝ていたので、その条件は聞いていない。どちらにしろ彼には関係は無い。



 どうせ自分以外の者は負けると分かっていたから。



「昨日はお疲れ様でした皆さま。改めて自己紹介といきましょう。私の名はフォルナ・フォックス・ミーニャント・ラダリア。私に勝った暁には、是非師匠と呼ばせて頂きましょう。そして私の事はフォルナと呼び捨てにして頂いて構いません。それでは早速、くじ引きで対戦相手を決めていきましょう」


 そうして差し出された18本の棒を引き抜き、赤い印の付いた者から戦うという、運の絡む決め方が採用されていた。だが、マチューはまったくもって興味が無いという風にそれを辞退する。


「俺は最後で良い。だから飯をくれないか?ずっと寝てて朝飯まだなんだ」


 場違いな事を言って周囲から冷たい目線を浴びるが、マチューは気にすることなくオージャスを見た。鼻息を鳴らしながらも彼は顎で部下に指示を出す。間もなく適当な果物と水が渡されると、マチューは意気揚々とそれを食べながら端に座って空を眺めるだけになった。最早試合を見る気すら無いらしい。


 あの痴れ者を叩き出さないのか?と志望者達は疑問に思ったが、フォルナは笑みを深めて「さぁ、始めましょう」と言うのみ。周りの兵士も何も言わないので、渋々それは開始された。




「はじめッ!!」


 オージャスの開始の合図と共に先手必勝とばかりに1人の冒険者が攻撃を繰り出した。剣による単純明快な振り下ろし。ステータスに物言わせた速いだけの攻撃。彼に言わせれば、「ゴーレムの方がまだ良く動く」と言わしめる程稚拙だった。


 そしてフォルナもまた、その攻撃方法は『知っている』。


「せぁあッ!!」

「な、嘘ッ!?ぐぁあッ」


 スキルランクに差があるにも関わらずその剣を受け流し、脚を捌いて尻を付かせた。そのまま切っ先は冒険者の咽喉元に添えられてしまった。


 余りに華麗な、教本にでも乗ってそうな身のこなしに、騒然として空気が流れる。Aランクと言えば、冒険者では正しく一流と呼ばれる者達だ。大ベテランとも言える。


 数多の魔物を相手にし、そして残らず勝って来た実績があるのだ。



「では次です」


 フォルナは変わらず、ただ微笑を持って佇むのみである。差し出されるクジを見て、彼等は思った。



 まるで、処刑場に上がる気分だと。



 次々に倒されていく冒険者達の声を耳にしながら、マチューは果物を齧り、水を飲んで空を見ていた。正確には大樹に覆われたその隙間、空を飛んでいるレッドドラゴンの群れを見ていた。


「すっげぇもんだな……属性を持つドラゴンが警備隊ってのは」


 昔アースドラゴンを相手に死闘を繰り広げた事はあったが、あれだけの数を相手にするとなると、自分が10人程必要だろうと彼は思った。だがそれほどの戦力がありながら、何故剣術指南役など欲しがったのか。


 考えられるものとしては、国王が望んでいるのは『魔物』を想定した戦いではなく、『人間』を想定した技術なのではないかということ。


 でなければ、初日であれだけ高ランクの冒険者達を集めて観察したりはしない。そう思い始めれば、そもそもこの試験は、そういう者を選ぶものではないとも言えた。ただ王の糧となればそれで良い。そんな風に感じるのだ。


(だとしたら食わせもんだなぁ。8歳児の考える事かねぇ……)




「おい、起きろ」

「んが……?うぃ~~っと。もう終わったのか?」


 太陽が真上を登った辺りで、オージャスに起こされたマチューが目を擦って背伸びする。既に始まってから3時間。休憩を挟みながらの試合だったので、彼はすっかり寝てしまっていたのだ。


 オージャスはそんな彼を呆れた顔しながら見る。


「まったく、私の部下ならば顔を踏み砕くところだ」

「そりゃあ残念で。で?全員終わったのかい?」

「貴様が最後の1人だ」


 見れば、全ての冒険者が既に姿を消していた。フォルナは肩で息をしてはいるが、怪我1つ負っていないところを見ると、無傷で全勝したというはやはり想定内だった。


 だからこそ、彼は確認した。


「飯は?嬢ちゃん喰ったのか?」

「まだだが、直ぐに終わるのだ。問題あるまい」

「馬鹿野郎。育ち盛りに何言ってんだテメェは」



 眉間に皺を寄せてオージャスを横切ると、マチューは汗を拭いていたフォルナに近付いた。こちらに気付いたフォルナは、一本だけ残ったクジの棒を渡そうとしてきたが、マチューの不機嫌そうな雰囲気を感じて首を傾げてしまった。


「嬢ちゃん。昼飯喰わねぇのか?」

「え?けど試合が(きゅ~~)…………」


 はぁ、っとため息を漏らしてマチューは聞かなかったことにした。


「強いのも試合の意図も全部把握してっから焦りなさんな。ちゃんと全力で負かしてやるから、全力になれるように飯を食いな。俺は逃げんよ」

「……わかりました」


 驚いた顔したフォルナは、赤らめた頬をそのままに城内に去って行った、フォルナの後ろ姿を見て満足したのか、マチューはそこら辺の兵士に自分の昼飯もくれと勝手に命令するが、その後ろからオージャスが物凄い不快な顔をしながら首を縦に振ったので、その兵士はおっかなびっくり従うのだった。



 そして更に数時間後、食後休みを終えた双方が、修練場にて相対する。



「先程は気を使って頂きましてありがとうございました」

「なーに、最初はただ給金が良いからやろうと思って来たが、嬢ちゃんが余りに面白い事しているもんだから興味が湧いちまったんだよ。気にしなさんな。で、そのついでと言ったらなんなんだが」


「なんでしょう?」



「『全力』……出して良いからな」

「―――ッ!!」



 身体にぶつかる威圧感は、マチューの本気の戦意だった。更に剣に籠る気は、一切の容赦が感じられない。笑って済ませるつもりなど微塵も無かった。マチューの気合は、武闘会のアレイド戦以上に昂っているのだから。


 あれが全力など言わせない。全てを賭けて掛かって来いという強者の挑戦状を叩きつけられた気分だった。



「……ああ、分かったぜ命知らず」



 八尾の炎が生える。マチュー以上の戦意、いや、殺意が修練場を包んだ。フォルナの最強が顕現したのだ。苛烈な口調に変わるが、彼はそれを心地良く感じているのみ、むしろ更に獰猛な笑みが深まる。それを待っていたんだと歓喜すらした。



 空気が圧力となってその場に居る全員を押し潰していき、オージャスはガタガタ震え始める。あれを此処で使うつもりなのか?と正気を疑った。


 だがそれだけの相手だとフォルナは思ったのだ。だからこそ『慈悲』は消した。今より彼女は『暴君』に成り代わる。



「テメェの力を、俺に見せて見ろ。さぁ、名乗れッ!!」


「おうとも。俺はマチュー、ガルアニアに住む酒が大好きなおっさんさ」


「かっは、最高だぜ馬鹿がぁッ!!!」



 合図も何も無く、その戦いは始まった。だがそれで良い。これはもう試合ではないのだから。誰もが困惑する中で、フォルナは最初から全力で行った。


 八尾の炎が生えたということは、それは全力を出さなければ勝てない相手ということ。今までの冒険者は1本すら出す必要が無かったというのに。だからこそ楽しくなってきた。


「さぁ燃え踊れッ!!豚のような悲鳴をあげなぁッ!!」


 巨大な炎の尾が形を変え、槍となって高速射出された。全てが嫌らしい方向から襲い時間差で逃げ道を無くすように撃ったそれは、



「おお、アレイドのじいさんみたいだな」



 それ以上の速さで全て叩き落とされた。燃え移るように炎が叩き落とされた場所から形を無くして襲い掛かるが、まったく揺るがず、一振りで霧散させられる。


「……あの者」

「っは、やぁっぱりだぁ♪テメェ……」



 実力を隠していた。フォルナと、それを見ていたオージャスは同時に答えに辿り着く。そもそも初日の時点で2人は彼に目を付けていた。総当たり戦で実力が全員違う者達と戦っておいて、その全てと引き分けたのだ。その相手の力量に合わせて。


 そんな明らかな余裕を見せて手を抜かれれば、その力量は測れない。フォルナの『学習』では分析しきれなかった。まるで霞を掴まされたような感覚だった。


 そして今日のくじ引きは無論細工を施していた。マチューと最後に戦えるように。残り17人の『ウォーミングアップ』という糧を得て挑めるように。それすらも彼は分かっていたからこそ辞退していたが。



 アイドリー並みに底の読めない人間に、フォルナは既視感と共に喜びを感じていた。


「どうしたお嬢ちゃん。早く俺を倒さねぇと。俺はお前を斬っちまうぞ?」


 音も無く、真後ろに現れたマチューが剣を振るう。


「こんな風にな」

「ちぃッ!?!?」


 咄嗟に手に持っていた剣で後ろに迫ったマチューの一撃を受けて高々と打ち上げられたフォルナ。体重差があり過ぎるので、城壁の天上付近まで飛んでいったが、


「おっとっと。ちっ、やっぱりフィジカルじゃどう足掻いても敵わねぇか」


 クルンっと回ってその天上に降り立った。マチューとしてはやはり獣人の身のこなしと勘は皆天性のものなんだと再確認する。


「まぁ、それならそれで戦い方がある。さぁ、じっくり見せて貰うぜぇ……いけッ!!!」


 掲げた手が振り下ろされると、即座に八本の炎の尾が生まれ、あらゆる武器となって殺到する。オージャスがやられた手段だが、やはり笑みを浮かべたまま剣を構える。その戦い方も経験しているからこそ、絶対の自信が彼にはあるのだ。



「いいぜ、何時間でも付き合ってやる」





 そこからは一方的とも言える攻防の嵐。だがどちらが勝っているのかなど見ている者には判断出来ないレベルの戦いが始まった。


 一定の距離からひたずら『九尾』の燃え盛る炎があらゆる攻撃方法を模索し、最善手でマチューを詰ませようとしている。それに対して行うマチューの行動は常に一貫したものだった。


 どこからどんな攻撃を来ようと、その剣1つでマチューは全て捌いていく。ただそれだけ。最適な型で、最小限の微動で、彼がただ1つ誇る絶対にして最強の剣術捌き。


 それを超えるには同じランクに到達したところでまるで足りない。何故なら彼の剣は『対人』においてなら勇者の聖剣すら受け流すからだ。そこに力など必要無い。

 

 だからこそ届かない。どんどん猛攻は過激さを増して行くのに、一向にその穴は見つけられなかった。


(なんて凄まじい……まるで磨き抜かれた最高級の宝石のように美しい……)



 頭の中ではフォルナはそんな風に彼を評価していた。アイドリーの強さとはまったくの別次元、正しく集約された『基本』を極めた技。それはシステムすら超えている。


 時間にして6時間、本当にそれだけの時間まったく同じ鬩ぎ合いを続けた。



 だが遂に、そこでフォルナの『九尾』モードが限界を迎える。



「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……やっと止まったな。とっくに限界だったろうに、よく持ったよお嬢ちゃん」


 複雑な攻撃をより複雑に、深み入る思考で集中力が極限にまで高められた状態を数時間ぶっ通しで、息継ぎ無しで攻撃し続けたのだ。頭から滝のような汗を流して、荒い息を必死に整える事しか出来ない。


 それを何をするでもなく見守るマチュー。その表情に限界は未だ見えていない。


 端から見ればロリ巨乳のケモミミ少女が汗だくで頬を上気させながらこちらを見上げているという、アイドリーならば愛が溢れる事案なのだが、彼にしてみれば所詮は8歳児、子供を見る眼である。



「ふぅ……はぁ……素晴らしい技の数々、感嘆の極みです」

「これしか誇れるもんが無いってだけだ。俺にとってはただ食い扶持稼ぐ為のもんだよ。それより、もう終わりで良いのか?」



 そんなわけが無いと分かっていてそう言う彼に、狐の少女は笑顔で答える。


「いえ、いえ……『学習』はお腹一杯になる程見ましたから。ここからです、よ……」


 フラッと立ち上がると、再び戦意の意志をその眼に宿して剣を強く握り込んだ。最初のように相対する2人。夜の帳の中で、家臣の前で、フォルナはやはり強く、強く、



「ふー………――――行きますッ!!」


 踏み出すのだ。



 最小限の力を、最小限の動きを持って最大にする。ステータスを超え、スキルのランクを超え、『技』を持ってフォルナはマチューの動きを完璧に『模倣』した。というか、その技しか盗み見れなかったのだ。


 ただそれだけでもフォルナにとっては重畳。そしてこの最後の一撃に体力全てを託してしまったが、一理の後悔も在りはしない。



「ああ、それで良い」


 それに合わせて、マチューは子供のように笑う。狂いの無い剣筋は、同じく最小限の力を、最小限の力を持って対抗した。そしてまったく同じ動きで合わさった剣は、



 バキンっと、双方折れてしまった。



『引き分け』。フォルナの頭を過ったその言葉と同時に、緊張の糸がプッツリと途切れてしまった。意識を失い倒れる少女を、マチューが地面に付く前に受け止める。その顔はとても満足いっているようだった。おそらく数十年振りに出た笑顔だと本人でも思う。



 その場に居た獣人達は、人間にこんな馬鹿げた者が居るのかと驚愕しっぱなしだった。彼は勇者ですら無い。どこにでもいる一冒険者だと言うのに、その力は研ぎ澄まされた意志を持った至高の刃だった。


 見た目からは想像がまったく掴めない、まるで狐に包まれた気分だった。そんな事を思いながらも、オージャスはフォルナを受け止めるべく近付いた。


「ご苦労だったな……受け取ろう」

「ああ、はいよ。あー、結局『引き分け』に終わっちまったんだが。どうするかね?」

「……とりあえず泊って行け。王もそう言うだろうしな」

「じゃあ飯よろしく~♪」


 やはり彼は何も変わらず、折れた剣を鞘に納め、「あ~良い運動だった」と言って城内に去って行った。


 マチューは、今日からあの人間はこの城の住人になるのだなっと、オージャスは王を抱えながらそう思う。





 そして次の日、狐耳の少女に生まれて初めて人間の『師匠』が出来た。

「指南は1日2時間。3食昼寝付きで、給料は月銀貨30枚でどうだ?」

「10枚増やすので3時間になりませんか?」

「仕事大丈夫なのか嬢ちゃん?」

「1時間早く起きてやれば問題ありませんッ!」

「寝ろ馬鹿弟子2号」


 バンダルバとは違う意味で面倒だと思った瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ