第151話 初心が一番楽しい
めっきり冷え込んだ冬空は今日も青々としながら遠くに雲を浮かばせている。ラダリアも流石に寒くなってきったのか、地面に霜柱がちらほら見えるね。けど獣人達はモッフモフなぐらい毛に覆われているので、服装が変わらない。種族によってはマリモみたいになっていた。
さて、最近はとんだ幸せハプニングがあったけど、私には他にすることがあるので今日は趣味全開のお仕事よーって感じで城を出た。いや、私もまさか通るとは思わなかったからさ。フォルナのノリが良過ぎて最近怖い。
「パパー、ママとお弁当作ったよー♪」
「アイドリー、自信作ー♪」
「おお、ありがとうね」
「2人とも、我のはッ!?」
「「これー♪」」
「ぬぉおおおやったんじゃぁああーーーッ!!」
お弁当を高く掲げながら喜びの咆哮をあげるレーベル。良かったねレーベル、幸せ2倍だね。
コーラスだけど、娘は何故か『人化』が出来なかった。『妖精』の子供だからかな?自然を媒介にして生まれた訳じゃないから、ステータスと合わせて何かしらの不具合なのかもしれない。もしくは、端にまだ『人間』を知らないから、か。アリーナも未だにレーベルのイヤリングで『人化』してるしね。似合ってるから良いんだけどさ。
でもま、本人はまったく気にしていない様子で今もアリーナの顔に抱き着いているから、心配は要らないと思うけど。なるべくは妖精の姿で接しようとはアリーナと話していた。
いつかの彼女のように泣かれでもしたら今度こそ罪悪感で死んでしまうからね、私が。
「よし、じゃあ今日も張り切って行ってみよー」
「「おー♪」」
最近、ラダリアの温泉街の隣に、また新しい建物が建築され始めていた。しかもこの場所は1つの建物で温泉街が丸々入るような広さがある。
その建物の用途はった1つ、『レース』である。
まだ朝日が昇って間もないというのに、獣人達はせっせと建材を運んでいく。その作業員達に目を光らせていたのは、視察に来ていたフォルナである。
彼女は日中はいつも城の執務室に缶詰めなので、こうして朝の数時間だけ新しい建築物等の視察を行っているのだ。そしてその隣には、いつもメーウとオージャスが付いている。フォルナとしては別に大丈夫だからと毎回断りを入れるのだが、一国の王が単体で視察に行くなどありえないと怒られていた。
そして今日も、彼女は真剣な顔で図面を見ながら傍らのメーウに質問していたのだが、そこに私達が来るのに気付くとパッと顔を上げて笑顔になった。活き活きしてるなぁ。
「おはようフォルナ。朝からお疲れ様」
「おはよう。これも王様の仕事だからね」
「「おはよ~♪」」
「ふふ、2人もおはよう、皆も。今日もお願いね?」
「勿論。その為に来たんだしね」
「パパ、何するのー?」
「ふふ、娘よ。それは見てのお楽しみさ」
ということで、私の今やっているボランティアな仕事を紹介しようと思う。お金貰ってないしね。
「はい、皆おはよう。今日も一日よろしくね」
「「「よろしくお願いしますッ!!」」」
「それじゃあ、全員搭乗してね~」
そう言って、『量産型レブナントボード』に『商人獣人』達と『選手候補』達が乗る。私も乗って直ぐに飛んだ。
そう、私がやっているのはレブナントボードの運転教習である。
これをやる利点は3つ。
1つ。売る際に扱い方を説明し、尚且つ扱える人を育て上げることでその利便性を広く知らせる事が出来る。
2つ。運転する際の危険性を十分知っている人間が居れば、それだけ安全性を保てる。
3つ。如何に面白いかを知ってもらえる。
一番大事なのは3つ目である。楽しくなければ何事も続けられないからね。
ガルアニアには先行販売する予定だけど、乗っている様子を録画水晶で見せながらデモンストレーションしたら、馬鹿みたいな量の注文を受けてしまった。よって、今現在ラダリアではレブナントボードは『量産』のみに時間を費やしており、『開発』が出来ない状態にある。
なのでそれを私は理事長に任せた。向こう40年は働いて貰う予定だけど、本人の眼がイカレた感じに「……素晴らしい」と言いながら了承したのが忘れられないね。あれは絶望と希望が混在しているような顔だったよ。
と言っても、各国で流行ればいずれは競争相手も出て来る。その時こそ理事長達の真価が発揮されるんじゃないかなぁ。
そういうことで、商人達が扱えるような乗り物でも作ってくれるよう最初に頼んでおいたので、その内試作品が届く筈だ。
私の今やることは、一刻も早くこの獣人達を一人前のレブナントボーダーにすることだ。といっても、商人達も獣人なので、体幹が素晴らしく良いんだよね。だから教えるのは魔力の消費効率の上げ方と、よりアクロバットな動きの練習ぐらいだ。
「ほら、もっと身体倒さないと落ちちゃうよー」
「は、はいッ!」
「お~い、これはどこに持ってけば良いのじゃ?」
「おお、レーベル殿。それはあちらの建材になりますな」
「うむ、分かったのじゃ~」
レーベルとクアッドは、冒険者の依頼を受けて会場の建築仕事をしていた。レーベルはかなりの力持ちだからかなり捗るし、クアッドも妖精魔法でひょいひょい持ち上げて運んでくれるので、現場が大助かりなんだとか。
といっても、レーベルの目的は金稼ぎではなく、現場で働いている獣人達と仕事終わりに酒を飲むことだ。だから一緒に汗を流して仲良くやっているらしい。どんどん人間に対して友好的になるなぁあのドラゴン。
クアッドはまた別で、彼は単純に物が形作られていく過程を間近で見ていたいんだとか。本人達は楽しそうなので私としては嬉しい限りだ。ただ、そろそろ『妖精の宴』としてパーティ依頼とかやってみたいなぁとか最近は思ってる。
で、アリーナとコーラスなんだけど。
「パパ~見て見て~~ほら~~♪」
「アイドリ~こんなの出来るようになった~♪」
「凄いよ2人とも~~、でも気を付けてね~~」
「「はーーい♪」」
2人仲良く(元祖)レブナントボードに乗っていた。コーラスがレブナント鉱石への魔力供給、アリーナが操縦をしているのだが、次々に新しいトリックを連続で決めるようになっていた。
にしても、コーラスの魔力供給が絶妙だね。トリックに必要な出力を瞬時に出している。アリーナも、まるで身体の一部かのようにボードを操っているし。
さっきも螺旋を描きながら上昇していって、そのまま縦回転したりフリップを複数決めたりしていた。トリックで点数付ける大会とかも良いかもしれないなぁと密かに思っている。
「うわぁ……なんスかあの変態軌道……」
「凄すぎっスね聖母様は」
「え、それもう広まってるの?早くない?」
「「「いただきまーす」」」
昼食の時間は、皆でシート広げて、その上で食べていた。ご飯は各自自由だけど、『妖精の宴』は全員分アリーナとコーラスが今日は作ってくれた。クアッド監修の下に作られたので完成度が非常に高いね。しかもそれぞれのお腹に合うように量も調節されている。だからレーベルのは5段箱なんだろうか。
「パパ、あ~ん♪」
「アイドリー、あ~ん♪」
「あむ、あむ……うん、愛情が凄い沁みる。アリーナ、コーラス、とっても美味しいよ」
「「じゃあ、もっとあーんしてッ!」」
「その前にレーベルにもしてあげなさい。嫉妬で人殺しそうな顔してるから」
「「レーベル、あーん♪」」
「わかったのじゃ~~♪」
まったく、顔が蕩けそうになってるよ誇り高い古龍さんや。
けど、これはお世辞を抜きにしても美味しい。うーむ、完全に私抜かされてしまったなぁ。
「クアッドも、見てくれてありがとうね」
「いえいえ、私がやったのは量の調整と味見、後は見てくれの整理ぐらいなものですよ。実際の料理は全てアリーナ嬢とコーラス嬢がやったものですからな。純粋にあの2人の実力ですな」
「マジかぁ……成長してるんだなぁ」
もう妖精郷を出てから1回目の年越しも近い。なんだかんだラダリアの件でかなりの足止めを喰らったけど、それなりに色んな国でてんやわんやしてたからなぁ。旅といえば旅していたのかもしれない。
それに、結構訳わからないことも起こってるしなぁ……ああ、そうだよ。
「コーラスを妖精郷に連れて行きたいな…………里帰りって手もあるよね」
会場の方はもう大分出来上がってるし、ボーダー達の練度も問題無い程度にはなってきている。この調子だったら、2週間程私達が留守にしても大丈夫の筈だ。
何より、コーラスを妖精達の中に放り込んで故郷を認識して欲しいからね。
「うん、そうするか。ねぇアリーナ?」
「なーに?」
私の呼び掛けで応えて、降りて来るアリーナの前で妖精となり、フヨフヨと飛んでコーラスを抱っこして私は言う。
「明後日ぐらいに、妖精郷に帰らない?コーラスに私達の故郷を見せてあげたいなって思ってさ」
「パパ、ママ、妖精郷って?」
「コーラスやパパ達みたいな妖精がそれはもう沢山居る所だよ」
「とってもとっても、楽しいところだよ♪」
「……ほぇー」
おお、身体が輝き始めた。どうやら楽しみに成り過ぎて感情がキャパオーバーしてるっぽいな。私は人差し指でコーラスの頭を撫でながら笑う。
「友達、沢山出来るから楽しみにしてな?」
「……ふへへ、楽しみだぁ~♪」
喜びのあまりパタパタ飛んで踊り始めるコーラスを、皆で水晶を持ちながら鑑賞するのだった。娘の成長記録は大事よ、うん。
「クアッド、妖精郷行くけど来る?」
「ッ!!―――――――ッ!!」
「わっと建材を乱舞させるでないわコラッ!!」
「それほど嬉しかったか」
「おっと……コホンこれは失礼を」
「あとレーベル、コーラスと契約しない?」
「おばあちゃん、い~い?」
「ブホァッ!!」
「あ、噴き出して倒れた。勝者、コーラス~~」
「わほ〜い?」
クアッドもコーラス並みのリアクンションでした。
レーベルは孫の可愛さに負けました。