閑話・18 タウチマンな空間の中で
今回は短めになります。
「「「……すぴー」」」
場所はラダリアの城。フォルナの執務室での事だった。遊び疲れたアイドリーとアリーナ、そしてコーラスは、フォルナの尻尾を借りてシエスタの真っ最中である。
フォルナは『妖精魔法』によって大きくなった尻尾を床に垂れさせ、書類処理をしながらその3人をチラチラ見ては頬を朱に染めて見惚れそうになっていた。しかし、それが同時に活力となって仕事のスピードが極限まで速くなっているのだ。
(ほんと。目の保養どころか、いつまでも働ける癒しだよ……)
口には出さず、ただ静かにペンを動かずのみである。
尻尾を上手い具合に変形させソファーにして座っているアイドリーに、対面座位でアイドリーを抱き締めるアリーナに、その頭で丸くなっているコーラス。
まるで愛し合っているかのような様子だが、彼女達は寝ているだけである。
2人は何の躊躇もなくその体勢になったが、それは2人がより近く、出来るだけ肌を重ね合わせてお互いの温もりを感じていたかったから、ただそれだけの純粋な理由だった。
だからこそ、その空間は聖域。親子の何でもない一時なのに、それすらも周囲からすれば愛しさと尊さを感じさせる。その状況が全てを癒してしまっていた。
「……ん……くぅあ~」
数時間後、まずアイドリーが目を覚ました。自分の状態を認識すると、フォルナに顔を向ける。彼女も一段落したようで、隣に居たメーウに丁度紅茶を注がれているところだった。
2人の眼が合うと、ニコっと笑う。アイドリーの無意識の笑顔は、フォルナ曰く「抗えない強制力」が発動するという。魅力というよりは、魅惑といった表現が正しいのだとか。
「おはよう、フォルナにメーウさん。尻尾ありがとうね」
「おはようアイドリー。良いの、ぐっすり眠れたようで良かったよ」
「アイドリー様、よろしければ皆さんも紅茶はいかがでしょうか?」
「うん、貰うよ~」
ともなれば、アイドリーは未だ自分の布団になっているアリーナを起こすべく、そのほっぺを持ち上げてコネコネし始めた。もち~っとした感触でほっぺを持たれ「うぶ~~」と呻くアリーナをアイドリーが更に可笑しそうに笑いながらコネコネする。
「ほらアリーナ~~?メーウさんが美味しい紅茶淹れてくれるってさ。起きなって~」
「ん~~や~ぁ~……ちゅう」
「あらあら、しゃあないなぁ……ん」
「っ♪……んん……んく……ぷはっ。えへへ~~おはようアイドリ~~♪」
「はい、おはようー」
「「……」」
自然に、本当に自然にキスをしてしまう2人に、フォルナとメーウは顔を反らして鼻を押さえた。
キスをする際、2人は互いにしっかり抱き合って眼を合わせる。
アイドリーは腰に手を回して、アリーナは首に手を回して、眼は想いを伝え合い、キスはそれを繋げる為の橋だと2人は言った。
それが一番手っ取り早くお互いを認識するのに重要な手段で、これが一番2人が心が満たされているというだけなのだ。だからと言って最初からディープなものを見せられては、乙女としてフォルナは顔を真っ赤にする他無い。
「アイドリー……大人になったんだね」
「こら8歳、何母親みたいなこと言ってんのさ」
それからコーラスに2人でほっぺにキスをして起こした。これも最早習慣である。一応どちらかのキスでも起きるのだが、この方が寝起きが良いのだ。
そして、その様子を見てメーウが苦みのある果物をフォルナに差し出し、フォルナはそれを口に含んだ。なるべく苦みの多い物を選んだのだが、効果は薄かったようだ。
「……駄目だ、甘いよこれ」
「申し訳ありません。今度何か準備しておきましょう……」
暫くの間4人で紅茶を飲みながら他愛ない話をしていると、そこにレーベルとクアッドも来た。来て早々、その状態に驚く。
「おう主よ、何故そんな状態で紅茶を楽しんでおるのじゃ?非常に羨ましいので我も混ぜよ」
「んー、だってさ?」
「来て~レーベル~♪」
「おばあちゃ~ん♪」
アイドリー達は先程とまったく同じ体勢だった。
レーベルはそれを見て混ざる方を選び、2人を持ち上げて自分の足の上に乗せた。そして纏めて抱き締めて幸せに浸る。これもデフォの体勢なので、最早見慣れた甘い光景だった。
「ほっと、危ない危ない」
「おぉ……お見事」
「「「ヒュ~♪」」」
飛んだカップはクアッドが器用に受け取り、紅茶も空中に華麗に掬い取って見せる。それにメーウが感嘆の声を漏らした。どこまでも幸せな空間しか創り上げないその人物達は、はたして、全員揃って人間では無い。
「レーベル~一緒に紅茶飲も?」
「お~、しかしアリーナよ。我は今既に口の中が砂糖でジャリジャリになりそうな程一杯でのう。それはまた今度にするとしようぞ」
「超希少じゃん。ちょっと口から出してよ、妖精魔法で洗浄して仕舞っとくから」
「アイドリー嬢、比喩でございますれば」
今もノリに任せた会話で1つの空間を変わり無く形成している。それぞれが最適な位置で互いに何の軋みも生む事なくほんわかだった。
思えば、彼女達が本気で怒っていたり、本気で喧嘩している場面を周囲の人間は一度も見た事が無い。
なので、獣人、人であるフォルナは少しだけ嫉妬してしまう。あの輪に入りたいと思ってしまう。というか、自分の尻尾の上でそれがされているのだから、入る権利がある筈だと腹も立つ。
「「「フォルナ~」」」
「えっ?」
だが、そこは『妖精の宴』のメンバー。
「「「おいで?」」」
勿論のこと、残さず余さずハッピーエンドしか用意していない。
まるで大口開いて餌を待つ狼のように、アイドリー達は手を広げてフォルナを待ち受けた。
「あ……―――――皆ッ!!」
そして餌は、満面の笑みで飛び込む以外の選択肢を選べはしなかった。
パクっと食べられ、思う存分モフモフされ、愛でられ、ふにゃふにゃにされていく光景を、メーウは鼻を押さえ、クアッドは微笑みを浮かべて見ているのだった。
「しゃくしゃくしゃくしゃく」
「コーラス、頭に降り掛かってる。クッキーのカスが超降り掛かってるって」
「もが~~?」
「コーラスよ、こっちのスコーンはどうじゃ?」
「も~~♪」
「いや、だから頭の上なんだって止めい」