第150話 コーラス
数時間の議論を重ねた結果、無事名前は決定したんだけど、次の日になっても一向に我が子が起きなかった。寝坊助さんなのん?頬をツンツン突いてみても、起きる気配は無い。
お腹とか空かないのかな?って思ってたんだけど。
「んく……んく……♪」
「ん……くしゅぐったい……けど、可愛い♪」
(絵面が……絵面が犯罪的過ぎる…………ッ!!)
色々試してみた結果、なんとアリーナと私の胸に吸い付いて魔力を吸い始めたのだ。今はアリーナのを吸ってるけど、これ、大丈夫なのかな?何が大丈夫かは分からないけど、凄い不安になる。
「フォルナよ。我は女神なんぞ糞喰らえだと思っているが、この光景を見ると聖母ならば崇められると思うのじゃ……」
「そうだね……妖精教のシンボルに相応しいと思う」
「やったら泣くかんね?……はぁ。早く起きて、自己紹介させてね?…………『コーラス』」
『コーラス』、それがこの子の名前だ。意味合いは、私とアリーナの名前の意味に合わせたんだよね。
私が『歌い歩む者』で、アリーナが『輝かせる者』。その二つの意味に合うように、この子の名の意味は『夢想う声』というものにした。それを現す名が『コーラス』である。
「ふふ、コーラス~♪」
「……んみぃ」
「あー……可愛いなぁ」
名前を呼ぶと、少し口元を上げて笑ってくれる。多分、朧気だけど分かってるのかな?
「そうだ、この子のステータスまだ見てないや。ちゃんと名前定着したかな?」
「見てみて~」
「はいよ、それでは………おん?」
「どうしたのじゃ?」
「いや……あれ?…………見えない」
何度『妖精の眼』を行使しても、『表示出来ません』というパネルしか出て来ないのだ。どういうこと?バグってるの?
「クアッドもちょっとやってみてくれない?」
「分かりました…………確かに見えませんな……こんな事は初めてですぞ」
クアッドも眼を凝らして使ったようだけど、やっぱり見えないらしい。どういうことだろう?そういうスキル?魔法?けど、そんな雰囲気少しも感じなかったしなぁ……
「……んぁ…?」
「起きたッ!!」
そしてコーラスは眼を覚ました。彼女の眼に映るのは、目の前で見ていたアリーナの顔だ。近い近い、興奮するのは分かるけど。
「……ママ?」
「おはよう、コーラス♪」
コーラスの頬に手を添えてアリーナがそう言うと、コーラスは二パっと笑った。
「おはよ、ママ♪」
「うん、んふふ~~♪」
「んふぅ~~♪」
「「……」」
お互い陽だまりのように暖かい笑顔になってほっぺをスリスリし合う。何故かその光景を見てフォルナとレーベルが少し涙ぐんだ。ああ、まぁ、感動的だよね。
お、こっちに気付いた。
「パパッ!」
私の顔を見ると、起き上がって胸に飛び込んできた。ポスっと当たるけど、見た目に反して軽く感じる。私も同じ妖精状態で大きさ同じくらいなんだけど、楽に持ち上げられるなぁこれ。「お~?」って顔して手足をワタワタしているのが面白くて笑ってしまう。
なんにせよ、私は娘と対面した。
「おはよう、コーラス?」
「おはよう、パパッ!」
さっきよりも元気良く挨拶してくるコーラス。我が子ながらなんと眩しいことか。頭を撫でてやると、「んふ~♪」と喜びながら胸に頭を擦り付けてくる。永遠にやってられそうだよ。
と思ったら、離れてその場でクルンと回ったりジャンプしたりして身体の調子を確かめ始めた。やっぱり身体が軽いようで、まるで風船のように軽やかに動く。
「ん~大丈夫な感じッ!」
「コーラス、折角起きたんだし、ご飯食べながらお話しない?」
「うん、する~♪」
ってことで、私達はコーラスがどんな感じの子供なのかを把握しようとした。娘の事はよく知っておかないと受け止めてあげられないからね。
コーラスはまずある程度の知識を持っていた。けど身体がそれを定着しきっていない為か、そこまで詳しいことは分からないらしい。これは時間さえ置けば平気だろう。ご飯も好き嫌いが無いとは良い子だなぁ。
次に私達に対しての認識だけど、
「レーベルは?」
「おばあちゃんッ!」
「フォルナは?」
「お姉ちゃんッ!」
「クアッドは?」
「おじいちゃんッ!!」
「家族構成そのまんまか」
人間の家族そのまんまみたいな感じだった。まぁ確かに年齢的に言えばそうなるよね。レーベルはアリーナに母と呼ばせていたんだから、そのアリーナの娘から見ればおばあちゃんなのは明らかだ。クアッドは見た目そのまんまだしね。
他にも美香やシエロもお姉ちゃんと呼び、テスタニカさんやノルンさんは親戚の人という扱いだった。ちゃんと身内として見ている辺り、私達の子だなぁと改めて思う。
そうして話して行く内に、コーラスの精神性も分かった。どうやら、私よりの思考を持っていて、アリーナよりの感性の持ち主だった。つまり、今こうやって私みたいな考えで、時にはノリで動いたりネタでツッコミを入れさせてくるんだけど、アリーナのように愛を振り撒きながらそれをするってことだね。
「なんだそれ天使か」
「妖精だよパパ?」
「そうだよ~アイドリー?」
「そうだったね。ユートピアだったね」
「「?」」
さて、コーラス自身については分かったけど、問題はある。それは、コーラスが『どれくらい強いのか』ということだ。
ステータスは表示されていない理由が何なのかは分からないけど、ある程度の基準が分からないと危険だからね。間違って本気で動いて大惨事になったらアカン。
だから試しに皆で鬼ごっこをしてみた。全員ステータス的にはかなり早く動けるので草原で実施する。周囲の魔物は私とクアッドの共同で結界を張って締め出した。これで危険も無く動けるよ。
「じゃあ始めるよ~。コーラス、全員にタッチしたら勝ちだからね」
「お任せッ!豚箱に入れるッ!!」
「それは勘弁して欲しいかなぁ……」
「えっと……い~ちっ、に~いっ」
そうしてコーラスが10数え始めたので、私達はある程度の距離を離した。隣に立っていたレーベルも結構真剣な顔をしている。
「どうしたの?そんな顔して」
「いや……もし転んだら即座に助けてやらぬと、なぁ?」
「なぁじゃないよ。それは私の役目だからね?」
「ぬぅ、我は孫を守りたいんじゃッ!」
「なら全力で捕まりに行くと良いよ」
「~~~~~~ッ!!」
そんな頬ぷっぷくされても。負けたくないけど心配って面倒だなぁ。
「きゅ~うっ、じゅうッ!ママ、行ってくるねッ!!」
「うん、行ってらっしゃ~い♪」
そしてコーラスがアリーナに見送られて、駆け出s「パパタッチッ!」「ふぉぁッ!?」
一瞬で距離を詰められて触られそうになったんだけどッ!?え、走る動作が見えた瞬間には目の前に居たよ?何が起こったの?咄嗟に避けて短距離転移で跳んで離れたけど。
あ、レーベルがタッチされてる。デレデレしてるなぁ……
「やったーッ!」
「あー捕まってしもうたのう~~♪やるのうコーラスは♪」
「えっへん♪」
捕まえられた過程は無視っスか。まぁ良いけどさ。
多分だけど、今コーラスがやったのは短距離転移だ。しかも無意識で発動してると思う。ってことは『空間魔法』を持っていることは確定したね。
「ん~パパ逃げちゃったぁ……じゃあ、クアッドおじいちゃんでッ!!」
「おお、お手柔らかにお願いしましょうぞ、コーラス嬢」
クアッドに狙いを定めると、今度は転移ではなく爆風を巻き上げてクアッドに走り寄った、一瞬で接敵し触ろうとしたが、
「おっと危ない」
「ふぇ?」
それをクアッドは限定的な『妖精魔法』を行使して空間ごと反らした。いや、相変わらず凄い使い方するんだね貴方。
「おぉ~~♪」
「ほっほ、楽しんで頂けてますかな?」
「うん、面白いッ!♪」
「それは何よりですな」
それに驚きの声をあげたコーラスが、クアッドに何度もアタックしていくが、クアッドはそれを全て同じようにして避けていく。
「……ふふ」
チラっとこっちを見る老紳士。なるほど……『妖精魔法』をコーラスに見せて使わせるつもりなのか。どこまでもこちらの思惑にノッてくれるなぁ、紳士め。
「むぅ~…………よし、出来たッ!いっくよ~♪」
お、何かやったみたいだね。また突っ込んでいった。
「さて、どうなりますかな?……おっと?」
「タッチ~~えへへ~♪」
「おやおや、してやられましたなぁ」
コーラスは、クアッドの周囲1m以内だけを空間掌握して『妖精魔法』を使えなくしてしまった。なのでクアッドは避ける暇もなく捕まるという結果になった。多分本人も気づいているので、捕まったのはわざとっぽいな。
けど、あんな短時間でクアッドの妖精魔法を打ち破るんだね。まるで『S.A.T』モードのアリーナみたいだ……
「後はパパだけ~♪」
「おっしゃあ、来い娘よ。ノリの申し子に勝てるかな?」
「いやぁ~、親子の遊びにしては規模が大きくなったのう」
「もう妖精ってなんだろうね……」
「いやはや、パないですなぁ~♪」
「2人とも楽しそう~♪」
アイドリーとコーラスの追い駆けっこは、それこそ攻撃以外何でもアリアリな勝負になっていた。
コーラスが一瞬で10人に増えて取り囲もうとすれば、アイドリーはそれをステータスをSPDに全振りして躱し、アイドリーが短距離転移で離れようとすれば、コーラスがピッタリその隣に転移して逃げられない。空間を掌握しようものなら、同じスキルを持つ者同士なので、拮抗するのみ。
遂には地面を変形させて巨大立体迷路のようにして逃げ始めるアイドリーと、それを喜々として追い回すコーラスの姿があった。迷路は高さだけで300mはある。
「主も主じゃが、コーラスは凄まじいのう。あれだけ『妖精魔法』を使っておるのに、疲れている様子が無い。逆に主はもうヘトヘトではないか?」
「どうやら、コーラス嬢は魔力が減らなければ疲れないようですなぁ。先程から使っているのは全て『妖精魔法』ですから、持久力ではアイドリー嬢の不利かと」
「だが、そろそろ制限時間じゃからな。ギリギリじゃろう」
「2人とも~~、後1分だよ~♪」
アイドリーは最初からずっと妖精のまま動いているが、そろそろ限界だった。かれこれ20分飛び回りながら『妖精魔法』を使いヘトヘトである。
「はぁ……はぁ……我が娘ながらなんと頼もしいことかな。けど、まさかこんなにパワフルだったとは思わなかったなぁパパは」
「パパの方が凄いよ?」
「そう言ってくれると嬉しいかなっとッ!」
「あ、惜しい~~」
唯一助かっていると言えば、まだ身体の動かし方に慣れていないのか、動きが比較的単調であることだった。そのお陰で逃げていられるというのも大きい。
そして、惜しくも終わりの合図が鳴る。アイドリーは紙一重で逃げ切ったが、羽がプルプル痙攣していた。
余裕の勝利とまではいかなかったが、なりふり構わず逃げればまだまだいけると本人は思っていた。
「ふぃ~……危なかった」
「あ~負けっちゃったぁ」
「けど、凄かったよコーラス。ほら、行こう?」
「うん、パパッ!!」
アイドリーは娘と手を繋いで飛びながら考える。
(コーラスは、絶対に戦闘には出させないようにしないとなぁ……)
今回の鬼ごっこで、コーラスは容易にアイドリーに追随する程度の力はあるということが分かったが、その全てにおいてまだ慣れていない。
だとすると、生まれたばかりの子供が莫大な力を持っているというのもあるが、それで娘が誰かを傷付けてしまうというのが一番の問題だった。クアッドの捕まえ方を見ていると手加減は出来るようだが、感情の揺さぶりでどう動いてしまうか分からない。
もしも暴走してしまったら、アイドリーが『限定幼女』になってようやく止まるぐらいの筈だと、本人は考えていた。だとしても、
「ま、その時はその時か……」
「なーに、パパ?」
「ん、いや。可愛い娘の事を考えてただけだよ」
「ほんと?んふふ~~嬉しい♪」
(……この子とアリーナの為なら死ねるしなぁ~私。後レーベル)
その後は、草原で皆で作ったサンドイッチを食べて、食後のシエスタをするのだった。
「くか~~」 草葉の上で仰向けに寝ているアイドリー
「すぴ~♪」 その上に騎乗位で抱き付いて寝ているアリーナ
「ス~……」 その頭に乗って寝ているコーラス
「あー録画水晶をまた買いに行かねばのう……」
「フォルナ嬢、ハンカチはこちらに」
「うん……多分足りないけどありがとう」