閑話・17 『呪い』の行く先
「ッ!(タシタシタシタシ)」
「おぉ、あっちか。つーかまだ森を抜けねぇのかおい……まさか迷わせたりしてねぇだろうな?」
「――ッ!?(プルプルプル)」
「あ、いや、今のは冗談だって……ごめん、泣くなよ悪かったよ……」
「~~ッ!(タシタシタシタシ)」
「その状態でも方向修正してくれんのかよ……はぁ」
あれから大分経つが、未だに剛谷は森を抜けられないでいた。単に方向に迷う回数が多いのもあるが、度々この妖精が色んな回り道をさせてくるのだ。なので時折人が通る道に出て仕舞い、その度に誰かが何かに襲われている現場に遭遇する。
それが一度や二度なら何も言わなかったが、流石に10を超えた辺りで本格的に彼は妖精を疑いだしていた。こいつは自分に人助けをさせて更生させようとしているんじゃないかと。
しかし実際は、妖精にとってそんな考えは無かった。ただ命の危険に晒されそうな気配を感じ取って、ほっとけないからそっちに行かせているだけである。だからそんな気が一切無い雰囲気を醸し出され、問い質しても首を傾げるだけの妖精に、剛谷は溜息しか出ない。
「お前……人をなんだと思ってんだよ」
「?」
「ああ、いや。俺が言えたもんじゃねぇけどよ……クソ」
そして、また何度目か分からない人助けをした時だった。珍しく森の中で。
その商人は、5体のレッサーキマイラに囲まれていた。キマイラの容姿は、彼の知る一般的な物と変わらないが、その体長は人間と同じぐらいなので、Cランク冒険者程度なら容易に相手に出来る程度のものだった。
しかし、その商人は『護衛』を連れていない。今までは必ず冒険者と共闘していたのだが、今回は少し様子が違うことに剛谷は内心嫌な予感を感じていたのだ。
しかし、妖精はとっとと助けろと頭を叩いて来るので、仕方がなくとっとと残滅しに行く。
「ひ、ひぃ~~」
「ぎゅぐるるるぅうう~~~グカァアアアッ!!!」
「させっかッ!!」
「ゴギィッ!?!?」
寸でのところでギリギリ間に合った剣は、レッサーキマイラの首を切って絶命させた。その切り口から飛び散った血が彼と小太りの商人の顔に掛かるが、今はお互いそんな事を気にしている暇は無い。
「おいあんた、死にたくなけりゃ……おい、それ」
「あ、あんたが『聖人』かッ!!助かったよッ!!」
「あぁ?……っち、話は後だ」
諸々の事情は置いといて、まずは残り4匹になったレッサーキマイラを処理していった。
助けた男は、商人は商人でも『奴隷商人』だった。それも非正規の。
「で、お前は何で街道を外れてこんな森に入って来た?しかも何だ『聖人』って?」
自分には限りなく似つかわしくない名だと、不機嫌さが増しながらも剛谷は冷静な顔で聞いた。場合によってはこのまま森の中に放置という選択肢も視野に入れる。
「い、いや。噂になってたのさ。最近この街道沿いで危険の迫った商人を無報酬で助けている奴が居ると聞いてね」
「……だから『聖人』か。安直なもんだな」
「俺はそれを聞いて、もし何か訳在りってんなら雇おうかと思ってこの森に立ち寄ったんだよ。で、あんたもしかして『奴隷』なんじゃないかってよ?」
「……まさかとは思うが、俺を従わせようってんじゃないだろうな?」
「そのまさかだとしたら?」
商人のその不敵な笑みに、剛谷の怒りのボルテージが徐々に上昇し始める。『奴隷商人』という輩は、正規の者ならば手順を踏んで奴隷を扱うが、非正規の者は無理やり自分の物にしようとしてくるのが多い。
この男もその類か、と内心斬り殺そうかと考え始めたが、それは首輪の効果で出来ないので耐えた。態々死ぬ程の激痛を味わう必要など無いのだから。
「ッ!ッ!!」
(あんだよ……)
妖精が剛谷の目の前で荷馬車の中をひたすら指差して訴えかけているのだ。奴隷商人には見えていないみたいで、とある魔道具を出してきたのでそちらを見る。
「んだそりゃ?」
「へへ、これは奴隷の主従権利を無理やり奪う魔道具さ」
「そりゃ『神代魔道具』じゃねぇのか?」
「馬鹿が、劣化品さ。それでも能力は折り紙tげふぉッ!?!?」
「じゃあ使わせる前にやんないとな」
顎と鳩尾に手加減した攻撃を当て、商人を失神させた。そのまま荷馬車に乗り込んで中を見てみると、
そこには首に『奴隷の首輪』を付けた、手足に枷を付けられた女性達が居た。数は4人。
「……おい、こういうパターンはまったく望んでねぇんだけど」
「――ッ!!(ふふんとした顔)」
見た感じ村娘や冒険者だけのようだが、皆年齢は10代といったところだった。剛谷は不意にシエロの顔が頭に浮かんでしまうが、頭を振って直ぐに切り替える。今はこの女達をどうにかしなければならない。
女達は剛谷の姿を見て硬直するが、お構いなしで彼は話始めた。
「お前等攫われか?今こいつは意識を失っている。逃げるなら街道までは案内してやるがどうする?それが嫌なら、そっちの冒険者の女に剣だけ渡して俺は立ち去るが」
「け、けど首輪が……」
「ああ、そうか……っち、どうすっかな」
首輪の外し方を剛谷は知らない。聖剣特性の『呪い』さえ使えればなんとでも出来るが、彼には今聖剣も聖鎧も無いのだ。そこに妖精が、先程男が持っていた魔道具を拾って来た。
ただ、剛谷以外にその姿は見えていないので、魔道具がひとりでに動いているように見えた事だろう。
「ああこいつがあったか。えっと……どう使うんだこれ。誰かやり方知ってるか?」
「……あ、ああ、私が分かる」
「じゃあ教えてくれ……」
女冒険者に指示されて四苦八苦しながらも、彼はなんとか魔道具の操作方法を覚えて彼女達の主従権利を自分に移す事に成功した。これで剛谷は彼女達の奴隷の首輪を普通に外す事が出来る。
そしてその手で1つ1つ彼女達の首輪を外していくと、その者から糸が切れたように泣き出してしまう。それを剛谷は黙って見ていた。
妖精に頭を撫でられながら。
落ち着いてくると、多少頬を染めた女冒険者がこれからの話を始めた。
「す、すまない。首輪の効力で感情の抑制もされていたものだから……」
「ああ、いや。気にしてねぇし……で、どうすんだ?」
「私は……冒険者だからな。どこかの街に行けばそのまままた登録すれば問題無い。理由を話せばペナルティも軽く済むだろう。だが、そっちの3人は……」
残りの3人は村娘。戦う力は持っていなので、自力で自分達の住んでいた場所まで帰るのは不可能だった。女冒険者が護衛で送るという手もあるが、たった1人では無茶に過ぎる。お金も無いので他に雇うことも出来ない
「……私は、元々は普通の奴隷でした。村で不作が続いて、何人かの子供が奴隷として奉公に出たんです。けど、荷馬車に運ばれている途中で盗賊に襲われて……今の奴隷商人に売られました。この2人は、同じ村の出身です」
「マジかよ……」
つまり、帰る場所が無いということになる。これでは村に戻ったところでまた売られるのがオチだ。孤児……というにも、少し育ち過ぎている。引き取ってくれる所は少ないだろう。
どちらにしろ奴隷として生きて行くしかない。それが現在村娘達に残された道だった。
「……また奴隷になるのは嫌なんだろ?」
「正式な奴隷商人に引き渡してくれるなら、我慢は出来ます……」
「だから、嫌なんだろ?」
「……」
控えめに、少女は目に涙を浮かべて頷いた。他の2人も同じようにしている。
剛谷は、少女達を助ける手段を持ち合わせてはいなかった。しかし、どうにかしてやりたいとは思ってしまった。こんなことが贖罪になるとは思ってはいないが、それでも彼には、放っておくという気持ちは持てない。
こうなるのが嫌だったから人と関わる事を避けていたのがだが、今となってはどうでも良かった。
「あの……」
「あん?」
「ひぅ……えっと。実はワドウという国に行ければ、そこでなら身よりの無い移民を受け入れてくれるっていう話を聞いた事があるんです。人手が足りないから奴隷とかもよくそこに買われるとかで……」
「ワドウに……?」
聞くと、ワドウにはまだまだ土地が余っているそうで、開拓地に畑の世話人が足りてないらしい。元々はそこに売られる予定だった少女達も、奴隷ではなく移民として行けるなら待遇も多少は良いのではないかと思った。
(つったって雀の涙だろ……どうすっか)
自分の目的地もまた『ワドウ』だ。しかし、それで安易に少女達の護衛をするのも嫌だった。何かする気など毛頭無いが、勝手に感謝されてるのも嫌なのだ。そもそも関わり合わない方法で救い出したかったのだから。
「あの、もしかして……」
「……ああ、俺もワドウを目指している。けど、俺は人間関係を結ぶのが嫌で、逃げて来た人間だ。だから、お前達の護衛には……正直なりたくない」
「なら、私も行こう」
「は?」
渋る剛谷に、女冒険者が名案だという顔になって言う。
「良いじゃないか。目的地は同じなんだろう?普段は私が少女達の護衛をして貴方に付いて行くが、用があったりピンチな時以外は話し掛けないし、助けは求めない。それじゃあ駄目か?」
「お前……何が目的だ?」
「私は、奴隷になった時に結構荒れていたんだが、この少女達に励まされてな。礼がしたいだけだよ」
感情論だが、上手い話しだと彼は思う。それなら自分の贖罪もどきも出来るし、少女達も救える。妖精は……賛成しているようだった。なら、彼に断るという選択肢は無い。
「……分かった」
「よし、私はアライナ。元Cランク冒険者だ、よろしく」
「わ、私はレナですッ!」
「リムルです」
「モール」
「「「よろしくお願いしますッ!!」」」
次はお前だと眼で促されるので剛谷も名前を言おうとした時、彼は気付いた。
(俺……名前ねぇじゃん)
すっかり忘れていたことだったので、自分の馬鹿さ加減にまた呆れる。咄嗟に良い名前も思いつかないし、適当に名乗ろうかとも思ったのだが、やはりそこにも妖精が出張って来た。
「…………キュピーンッ!(カキカキカキカキ……サッ)」
何事か思い付いた顔になると、取り出した小さな紙に書いて見せて来た。しっかり『妖精魔法』で拡大して見えるようにしているので、彼の眼にもしっかり見えたその名を、彼は特に考えることなく、そのまま言ってしまう。
「あー、俺の名は『エイス』だ……まぁ、よろしく」
ちゃんと名乗った事に妖精は気を良くして、また頭の上に乗って鼻歌を歌い出した。
エイスは知らない。その名前の意味が、『聖人』だということを…………
「ところで、君は何故こんな森の中に?」
「……迷ってた」
「「「……」」」
「言いたいことがあんなら言えやッ!!」