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妖精さんが世界をハッピーエンドに導くようです  作者: 生ゼンマイ
第九章 魔導学園都市テルベール
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閑話・15 腐れ縁の特権

 28歳、人に物を教えるという経験の全く無い男が教師をする。



 彼は思った。「自分には絶対に出来ない」と。


「おや、ブジス君。浮かない顔してどうしたね?ゴブリンだってもう少し良い顔するんじゃないかな?」

「……マートン」


 その理由に1つに、このマートンの存在が挙げられる。彼は魔道具学科担当の教員だが、同時にこの学園で最も優秀な魔道具研究家でもある。一言で言えば、自分とは格が違うのだ。



 マートンは元々有象無象の学士だった。それこそ、小さい国の施設機関の、隅っこで魔道具を1人で弄り回している程度の人間だった。


 逆にブジス自身は、冒険者の魔法士だった。ランクはBと高いが、頭打ちになっていた実力に悩んでいたところ、この教師になる依頼を受けた。



 まったく境遇の違う2人で、接点もまったく無かったのに出会ってしまった。そしてジブスは出会った当初からこんな調子のマートンに常日頃から絡まれていた。


 近くに居た同僚がブジスだけだった、という理由だけだが。



「まったく、まだ赴任して数ヶ月だろう?どうしてそんなに痩せこけているんだい?」


「そうもなるよ……君は良いよね。理路整然とした言葉で生徒達にちゃんと教えてやれてるじゃないか。教科書の言葉ではなく自分の言葉で効率良く教えてるし、実習だってよく生徒の良いところを見つけては、そこを伸ばすように指導出来ているし……自信を無くすよ僕は。元々無いようなものだけど」


 そんなに自分の姿を見ていたのか、とマートンは口に手を当てて笑った。


「よくもまぁそこまで僕を褒められるものだ。君の眼は大丈夫か?良いところだけに目を付けるのは君の特技なのかい?」

「そりゃあ君が授業時間にズボラなのも知ってるし、3日間研究室に籠って全てを忘れていたり、それこそ僕に寮部屋の掃除を押し付ける馬鹿野郎って事は知っているさ。むしろ褒めるところが無ければ僕が君の尻を蹴って学園から追い出すまである」


「そうだ、よく知っているじゃないか」

「……」


 ため息しか出て来ない。ついさっき褒めた自分の口を縫い合わせたくなったブジスだが、とにかくそういう話ではないので、口は動かした。呆れ半分、尊敬半分、といったところだ。


「つまりだ。君は研究肌のどうしようもない奴だけど、君は生徒達に対しての教え方がとても上手い、という話しなんだよ。それが、僕は何より羨ましい」

「そんなもの、慣れてしまえば君だって出来るだろう?」

「僕は君程教養に長けている訳じゃないんだ。自分の知らないことを分かり易く教えるなんて出来ないよ。ほんと、何故依頼を受けてしまったんだろうね僕は……」

「良いじゃないか、これも経験と思えば」


 結局、そう思う事でしか自分を保てない自分が居て、更に陰鬱な気分になる。持たざる者というより、持つのが遅過ぎる自分の所為だからこそ、羨む事でしか言い訳を作り出せない。


「ほら、僕は理事長になって自由に研究がしたいしね。出来ることならさっさと教員から繰り上がりたいのさ。君も嫌なら校長とか目指したらどうだい?」

「いや、そしたら理事長になった君に毎日ペコペコ頭を下げる日々になりそうだから遠慮しておくよ」

「それは残念だ」


 どこまでも余裕なマートン。そして、そんな未来が本当にありそうだと少し顔を青くするブジス。


 こんな何気ない会話を、2人は楽しんでいた。こういった人間と話すのもまた一興だと言うように。



「……クスクス」

「あ……なんだ冗談か」

「いや、本気で頭を下げさせてあげよう」

「よし、辞めよう」



 こんなやり取りが、在りし日の彼等の過去だった。しかしマートンは魔道具研究でドンドン功績を残していき、10年後にはスピード出世で理事長になってしまってた。ブジスは未だに平教員。


 差が出るは早く、しかし本人としては妥当なところだろうと諦めていた。だが、別段彼との関係は変わらない。



「まったく、またですか理事長?」

「ん?ああブジス君か。いやぁ、すまない。神代魔道具の解析が楽しくてつい……」

「貸出期間中ずっとではないですか?塔の生徒も使うのですから返さないと」

「……うん、そうだね。では、よろしく頼んだ」

「……はい」


 権力差で全く敵わないので、むしろ昔よりもこき使われる度合いが増えた気がするが、逆らおうとは端から思わなかった。どちらにしろ彼はこんな奴だと知っているからだ。




 だが、そこから更に26年。お互いが老年になった頃、ジブスは未だに平教員。しかし昔のマートンの教師として良いところを自分が出来るようになった頃の事。


「どうされたのですか理事長?」

「いやね、今各国にもっと神代魔道具の貸し出し期間を延ばせないかと申請を出しているんだけど、君にもこれを読んで欲しくてね」

「はぁ……?…………これはッ!?」

「ふふん」


 年甲斐もなく自信満々に胸を張っている目の前の研究馬鹿は無視して、ブジスは渡された手紙を読み込んでいた。



 内容は、『新しく出土した神代魔道具の優先研究権の契約』についてだった。




 最近テルベールには優秀な生徒が多く入って来るようになった。その上、来年からはあの名高き『勇者』が入って来るということで、それに合わせて是非新たな取り組みを、という書き出しになっていた。


 明らかに媚売りのように見えた。おそらくこれは、各国で『勇者』を手に入れたいという意味なのだろうが、それでもこれを見る限りでは今までの3倍は長い貸し出しが約束されている。



「これは素晴らしいではないですかッ!」

「そうか、君もそう思うかッ!?いやぁ、勇者様々ってやつだね。これで長年癖のある神代魔道具を、完璧に解析出来るだけの時間を得られたぞッ!!」



 まるで子供のようにはしゃぐマートンに、ブジスも自分のことのように喜んだ。マートンは、なんだかんだとこの学園から離れない男だった。大国の機関にでも行けば、きっと幾らでも研究出来ただろうに。


 その理由として彼は3つあげた。


・他の仕事が多過ぎて研究に裂く時間が取れない。偉くなればなるほど融通が利くが、その分研究は部下に任せることになる。それは許容出来ない。


・命令された物しか研究出来ないし、自由に行動が出来ない。


・各国に狙われる可能性がある。



 以上だ。だからこそ、彼はこの学園に居付いている。そうして神代魔道具を思う存分研究する日をずっと狙っていたのだ。


 神代魔道具は、人間が解析するにはおよそ10年掛かると言われている。それほど術式が複雑であり、パズルのように難解なのだ。何の為に付いているのかすら分からない物も多々あり、しかも全ての神代魔道具が違う型になっている。



 そんな摩訶不思議な物を、彼は1つで良い。完璧に解析し、それを改造し、改良し、自分だけの神代魔道具を作りたかったのだ。


 そして彼は恐ろしく優秀だった。普通なら10年掛かるところも、彼ならば3年。いや、2年半あれば間に合う。そうなれば、夢は目前だ。年齢的にはギリギリだが、最後にチャンスがしっかり訪れるあたり、やはり彼は持っているのだろうとブジスは心底思った。


 でなければ、その約半生をテルベールの理事長の椅子で大人しく待っている男ではないのだから。



 そして1年後、テルベールに3人の『勇者』が入学することになる。






「最悪だ…………」


 この世の終わりだと隈のある眼をユラユラと何も無い空間に投げてマートンは精神が死にかけていた。


 勇者の内の1人。及川奏太は正しく『勇者』と呼べる品行方正な若者だった。


 冒険者学科に属してはいるが、彼はどの分野においても一定の理解を持ち、ステータスによる驕りも無く友人を大切にしている。マートンやブジスから見ても非の打ちどころの無い生徒だった。



「私も……あの2人は止められませんでした。すみません、理事長……」


 ブジスもまた、辟易とした表情で疲れ果てたように息を吐いた。気分はマートン程ではないにしろ最悪だった。


 残りの2人の『ゴロつき』は最悪を通り越していた。森田と相澤は2人で行動する生徒だったが、およそ生徒らしき行動など一度としてやった事が無い。何より、日常的に生きていればまず鳴らないリングのブザーを、あの2人は絶賛記録更新中で鳴らしているのだ。


 既に歴代の問題児の記録は全て塗り替えられている。『勇者』とは、色んな意味で『勇者』だったのだと2人は悟った。



「授業のサボりだけなら可愛い物だ。暴行、恐喝、盗み、強姦未遂、これをローテーションでやるゴブリン以下の低能がこの世に存在しているとは思わなかったよ。ああ思わなかったッ!!」


 拳を机に叩きつけ、苛立ちを隠そうともしない。そんな彼が恐ろしくもあったが、同時にとても新鮮に感じたジブスだった。


 だが、今はそれより遥かに大きな問題が起きてしまったのだ。



「本当に……よくもやってくれたものだよ」


 憤怒とも呼べる声色に身を震わせながら、彼もその通りだと頷く。


 机の上にあった、いつかの手紙と同じ便箋の物。その中身の内容は前回と違い180度違うものだったが。


 そこには短く、『契約破棄』の四文字が最初に並んでいた。



 勇者達は大いに各国を落胆させていた。あまりにも人間性が乏しく、また、魔物よりも遥かに危険な存在として認知されていたのだ。

 勇者は、確かに朝比奈の件もありどこも財政的にはキツイ。しかし勇者という戦力と肩書は、それを覆せる程に大きい。


 なのに実際は、飼いならせないドラゴンよりも尚質が悪かったというのだから笑えない。


 期待していた真逆の結果を知ると、勇者達を恐れた各国は、神代魔道具は今まで通り『1年間』だけという決定にした。なってしまった。



「「……」」


 言葉など出ない。散々説得をしてこの結果なのだから。


「……ブジス君。私は暫く考える事が出来た。君は帰りたまえよ」

「……わかりました」


 言葉を交わすのも億劫だったので、ブジスは大人しく下がった。しかし部屋を出る際、ブツブツとうわ言を言っているマートンの口から、気になる単語が出たのを彼は聞いてしまっていた。



『ラダリア』『勇者』『盗む』



「……」


 それでも、ブジスは扉を閉めた。きっと彼は実行してしまうだろうが、誰がそれを止められると言うのか。彼がどれだけその日を待ち侘びていたか、ブジスは誰よりも知っている。あの時、どれだけ喜び、自分の夢を話していたのかブジスは知っている。



 あの研究馬鹿が、自分の研究を置いて自分を酒に誘うぐらいなのだ。


「……私も、背負うさ」


 それを自分が知った時、供に罪を背負ってやろう。それぐらいは腐れ縁の範疇だと、彼は今日も教師として働くことにした。


 これ以上の問題はもう起こらせない。どうせ老い先短い人生だ。友の為に使って生涯を終えると言うなら、喜びも一入だろう。



 ブジスという教師は、今でも自分が教師に向いているとは思っていない。しかし、人付き合いを大切にする程度には、素晴らしい人格の持ち主だと誰もが密かに称えている。



 彼は人生においては優秀だったようだ。それを知る日は来ないだろうが。

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