第146話 溶け合い溢れる想いの器
及川達の少し頭上。本体の私達は妖精の状態で『ふわふわ飛行雲』に乗り、モーリスを2人で抱えながら綺麗な極彩色の華が散っていく様を見ていた。
「いやぁ、本の通りに作れて良かったよ」
「うん、とっても綺麗……」
花火自体は知っていたけど、生で見るのは初めてだからね。写真は本の中に載ってたからそれを参考にしていた。
いや、本当に。バゴットの発明が無かったら『妖精魔法』のみでやるから大変だった。多分1時間もたなかっただろうなぁ。
で、下の方では2人が幸せなキスをしてハッピーエンドを迎えている。あーこの為に頑張ったからね。盛大にやらかしたからバゴットが後で大変だと思うけど、有名税ってことで1つよろしく。多分フェルノラが手伝ってくれるさ。
「アイドリー……」
「んー?おっと」
そんな事を思いながら花火を見ていたら、アリーナが私の手をキュっと握ってきた。どしたん?もしかして2人の熱に当てられた?と、そう思った……
けど、その眼はとても冗談では済まない程真っ直ぐだ。
少しだけ、彼女が震えているのが分かる。寒さとか妖精には関係無いから、これは緊張からくる震えだ。いつも暖かい手も、少しだけ冷たくなって汗ばんでいるのだが分かる。
そんな状態で、少しだけ声を震わせながらアリーナは私に問いを投げた。
「好きな人には、『キス』するの?」
最初の質問に、私は一瞬頭が真っ白になる。
「うぇ?ああ、えと。そうだね、恋人同士ならそうなるんじゃないかな?」
「コイビトって……どんなの?」
「恋をすると生まれる……大切な存在、かな?」
「恋って……なに?」
「……あーっと」
前世で恋愛経験の無い私には明確に用意出来る答えが無い。何かアリーナがいつもと、いや、あの時から雰囲気が違う。及川君とフェルノラの仲睦まじい『恋』の形を見ていた時から。
いや、もっと言えば、私がレーベルラッドでやってしまった時の頃からか。
アリーナは、何となくだけど私に対して態度を変えた。なんというか、とても女の子らしくなった。朝起きるとほんの少しだけ私より早く身支度を整えたり、スキンシップが増えた変わりに、口数が減って顔が赤くなったり、その鼓動が速い事に気付いたり、それを誤魔化したり。
とにかく、少しだけ『人間』の女の子に近くなっていた。僅かな差異……そう片付けていたと言えば嘘になる。
今だってそうなのだ。その眼が私を映すと、顔がどんどん上気していくのが分かる。
何だかよく分からない恥ずかしさが増していく。
私が変わっていた事を自覚させ始める。
アリーナは、自分の胸に手を当てながら私を見た。何かを訴えたくて、伝えたくて、知って欲しくて。
そんな感情がありありと浮かんでいるのが分かる。
「なんかね?なんかね?……2人を見てると、凄い、トクンってするの。ドキドキするの。それで、アイドリー見てると……もっと凄いの。止まらないの……」
「……」
「アイドリー……なんでかな?」
アリーナは、恋する女の子の顔をしていた。不安そうに。けど、その変化を嬉しそうに受け入れているように思える。言葉の1つ1つが想いの欠片となって心に伝わって来る。
そんな顔で言われたら……眼が……離せないよ。
「今ね……凄い、好きって言うの……恥ずかしいの。なのにね、どんどん好きが止まらないの。前より、ずっと……もっと感じたいって、なるの……」
顔が近付いてくる。元々近かった距離が、ほぼゼロ距離まで近付く。
今までも色んな原因があってアリーナとキスをしたことはある。けど、それは『親友』の範囲内の筈だ。不可抗力な時だって沢山あった。
「キス……しても良い?」
けどこれは?……違う。これは簡単に受け取ってはいけないものだ。だって、これは『告白』ですらない。分からない『何か』を行動で表そうとしているだけだ。
ならどうする?逃げていたのは私の意志だ…………なら、
「――――――――――待った!」
それは、私が言わなければならない。
「ふぇ?」
「今すぐ……返事するから、ちょい待ち」
土壇場で止めた。暴走した『想い』を止める事が出来ないなら、私もそこに行き着くしかない。だって、相手は私のこの世で一番大切な存在なのだから。
私は思い出す。この数年間のアリーナと重ねて来た想いの数々を。過ごしてきた時間を。
アリーナは、生まれた時からずっと一緒に居てくれた妖精だった。そして、1日も離れた事は無い親友。
笑いかける陽だまりの笑顔も、いつだって私を見てくれる優しい眼も、毎日の他愛ない会話の1つ1つも、私の経験した全てを凌駕する『幸せ』を彼女は与えてくれている。今この瞬間ですらも。
だから、失えば生きる希望すら無くしてしまうかもしれない。それぐらい唯一無二だと思える。
それ以外に表現出来る言葉は見当たらない。いやあっても言葉にしきれない。
じゃあこれは何だろう。恋?、愛?…………いや、違う。
そんな垣根なんてとっくに通り越して私達はお互いを想い合っている。しかも、私達の想いは、もはや『恋』や『愛』という形には当て嵌められない。
感情を共有した幸福を『恋』だと言うなら、それは既に日常だ。
人生を共有し、絆を結ぶのが『愛』だと言うなら、それも既に日常だ。
何故なら、私達はもう溶け合ってしまっているのだから。
もう2度と、元には戻らない。欠けもしないし、どこまでも無限に広がり続けて行くだけのものなのだから。
だけど、私とアリーナはそれすらも溢れてしまっているとしたら?
なら、私にとって、アリーナは………――――――――――ッ!!!!!!
ボォンッ!!!
「アイドリーッ!?!?」
過去最高の爆発が私の頭に発生した。クアッドの1万年の経験値を叩きこまれた時以上の威力。けど、私は踏ん張ってその場から動かなかった。意識も、瀬戸際で繋ぎ止める。
ここで気絶して終わらせるなんてオチにはさせない。
絶対に応えるんだ、アリーナの想いに。
「……アリーナ」
「え、あ………んぅっ……」
衝動のままに引き寄せて、私からキスをした。お互いに眼を合わせたままで……ゆっくりと両手で恋人繋ぎになり、モーリスの上に押し倒した。動揺はなくされるがまま、成すがままにそれは続く。
胸が触れ合えば、アリーナからの鼓動が伝わる。私の鼓動も、伝わっている。
触れ合っている全てが、『同調』すら必要とすることなく気持ち良い。
絡め合う唇は、突き合う舌は。狂おしい程に甘美で、1秒が永遠に感じると本気で思える。
そして改めて思う。
なんて純粋な瞳をしているんだろうと……
お互い、息が苦しくなる前に顔を離した。けど離れたくなくて、鼻をぴっとり付き合って見つめ合う。溢れ出た行動の結果は、白い吐息の激しさと混ざり合った唾液が一筋。
私は爆発しそうだって錯覚するぐらい激しい鼓動を何とか抑えて、気恥ずかしくも今の自分の状態を口に出した。相手もきっと、そうだから。
「んぅ……ふぅ、私もドキドキしてるなぁ……凄い身体が熱いや……ふふ」
「アイドリー……うん」
大丈夫、想いは通じている。なら、後は言葉にするだけだ。だから、抱きしめてその耳に口を近付けた。私の吐く息が耳に当たると、フルっと身体がビクついているのが可愛い。くすぐったそうな声が私の耳にも至近距離で届いた。胸が締め付けられるように苦しくなる。
「ふぁ……あぅ、アイドリー?」
おっと、待たせちゃいけなかった。早く安心させてあげないと。
「聞いて…………アリーナ、私はアリーナが好きだよ。何よりも、誰よりも。けどこれは『恋』じゃない。これは『愛』じゃない。だって、私にだって分からないんだもん。けど、けどね?これは純粋な『想い』だけで繋がってられる私達だけの絆だから……だから、何よりも愛おしいんだ。もうそんな『言葉』では言い表せないぐらいに」
「……うん」
何も変わりはしない。私達の関係は親友以上の『何か』になっただけで、それ以外はきっとこれまで通りだと思う。私達はお互いの気持ちを確かめ合えたのだから。
「だから、いつまでも貴方と私の想う日々を過ごそう。傍に寄り添い合って、心のままに生きていこう。いつか、私達が世界に溶け行くその瞬間まで……ね?」
そしてきっと、これが私達『妖精』という種族の『恋』よりも甘い『何か』だから。
未来に残せる子は生み出せないけど、それでも、『愛』よりも深く想えるのだから。
答えは未だに出ず。その『想い』に名前は付けられないけれど、そう信じている。
だから彼女の返事は、微笑みだった。
私達は、生まれて初めて互いの気持ちを求めるようにキスをする………
―――――――――――――――――ヒュォ
だが今此処に、器から溢れ出した『想い』が、私達の想像していなかった奇跡を巻き起こした。
花火組のアイドリーとアリーナ
「アイドリー……ん」
「んぅ……アリーナ、もっかい」
「うん♪」
「おい先生……不純異性交遊ってやつじゃねぇのか?止めねぇと俺達が糖分過多で死ぬぞ?」(ヒソヒソ)
「……彼女達は同姓だからセーフ。後尊いので私的には永遠に見ていたいですね」(ヒソヒソ)
「それでも監視していた教師かあんたッ!?」(ヒッソォォォォッ!!)
注意:次回からタグの『百合』に(濃厚)を追加いたします。