第141話 学園祭 3日目 ②
「では、5人分の外出許可書を確認しましたので、外へどうぞ」
「失礼しまーす」
「行ってきまーす♪」
やって参りましたテルベール外。あー……空気美味しい。結界に囲まれているからか、外に出ると全然違うね。アリーナも沢山深呼吸しているよ。具体的には仕事後のビール一気飲みぐらいの勢いだよ。
「ぷは~美味いッ!!」
「空気でそれだけ喜べる奴初めて見たぞ俺は……」
「はいはい、それじゃあグルっと回ろうか」
テルベールは草原の中にポツンとある都市だけど、壁を伝って回ろうとすると普通の手段では数時間は掛かる。
既に設置の仕方は頭の中に叩き込んでるけど、朝から移動して昼過ぎくらいには着いておきたいよねぇ。
で、どうするかって話になった時、もうバゴットにはどうせガルアニアに来て貰うし、その内ラダリアにも工場研修しに来てもらう予定なので、『妖精』であることをバラす事にした。
というより、レーベルラッドでバラした時点でいずれは広がるからね。早い内にやってしまおう。
「バゴットバゴット。ちょっと後ろ向いてて」
「あん?こうか?」
「そうそう。ほら、アリーナはこっちで……」
「え?良いの?じゃあ……」
「…………よし、もうこっち向いて良いよ~」
「まったく早着替えでもした………の、か……?」
「「ぱんぱかぱ~ん♪」」
パタパタと羽を揺らしながらお披露目してみた。おー固まってる固まってる。2人で耳やら髭やらクイクイしていると、ハッとした表情になって猛烈なスピードで後退さりしていった。なんだよ~逃げないでよ~。
「いやいやいやいや、どういうことだおいッ!!?」
「いや、こういうことだから落ち着いて。魔物じゃないから安心だよ?」
「そういう問題じゃないと思うなぁ俺ッ!!?」
「ほら、こうした方がバゴット持ち運べて早く済むじゃん?じゃあ元の姿に戻るじゃん?」
「軽いだろッ!!もっと隠しておくべきものだろ絶対ッ!!?」
「いや、ノリで結構な国にバラしちゃったし。もう良いかなぁって。けど個人で一般人にバラしたのはバゴットが初めてかな。やったねッ!」
「すげぇッ!!まったく嬉しくねぇぞッ!!!」
その割にはしっかりツッコミを入れてくれるから嬉しいね。荒い息で汗を拭いながらこちらを見るけど、警戒心とかそういうのは無かった。
まぁこんなに愛らしいアリーナさんがいらっしゃるんだもんね。既に君の頭が定位置になってるし。
「ほら、バゴットには色々協力して貰ったから。それにそろそろ危険な眼にも遭遇するし、事前に正体バラした方が守り易いと思ってさ?」
「……危険なことって何だよ?」
「今日、馬鹿2人組が及川君を襲う予定らしいのよ。で、その及川君はフェルノラさんを連れてこっちまで来るの。特等席で見てもらう為に」
「馬鹿って……しかも及川って……じゃあ馬鹿2人ってあの馬鹿勇者達じゃねぇかッ!!」
学園の公認の馬鹿として認定されている森田と相澤の事は、バゴットも知っていたらしい。いや、うん。私達も色々と聞いてたけど、本当に酷いらしいからね。主に成績面で。
だって、バラドクス先生から聞いたんだけどさ。彼等、どうやらこの世界の文字が書けないらしい。もう転移してきてから結構な時間経ってるだろうに、それぐらいは出来るようにならないと日常生活で不便にならないのかな?どうやって看板とか本の文字読んでるんだろう?
「タダ者じゃねぇことぐらいは分かっていた。だけど、そんなにヤベェ奴等とやり合うのに何でこんな事してんだテメェ等?」
「無論、ノリです」
「私もー♪」
「ド畜生ッ!!理由がまったく重くねぇッ!!俺の危険が『ついで』だこいつ等ッ!!」
ふっふっふ、今更後悔しても遅いのだよバゴット君。君は既に私達からお金を受け取ってしまっているからね。どんなに騒ごうが、最後まで付き合って貰うよ。
けど大丈夫、今回は及川君も居るし。何よりアリーナが君を守ってくれるんだから。
バゴットは結局、アイドリー達『妖精』をキチンと理解する事に努めた。
『妖精魔法』による低空飛行をしながらだったが、2人はバゴットに対して可能な限り『妖精』という種について話し、彼はその1つ1つに補足説明を求めたりツッコミを入れたりなどして時間を潰した。
結果、彼の認識では妖精とは『ノリが大好き・人間大好き・遊ぶの大好き』の三拍子が揃ったとてつもなくお人好しな種族、という感じに脳にインプットされる。
「世の中には不思議な存在が居るもんなんだな……」
「そういうもんだと思って接してね?」
「といっても何も変わらないんだけどね。私達分身だし」
「それは初耳だよッ!!」
そうこう言っている内に、目的の場所まで着いたので、アイドリーはバゴットを降ろして自分達も『人化』する。その光景を間近で見ていたバゴットは、2人が人間の姿になる一瞬の間に、少しばかり肌の露出が多い事に気付いて、咄嗟に顔を背けた。
アイドリーはまだしも、アリーナの姿は男には余りに刺激が強過ぎる。その影響を受けるのは、普段は魔道具にしか目の行かないバゴットとて例外では無かった。
だが、改めて2人が『人間』ではない存在。しかもこれまで国の最重要機密の者だと知ると、やはり彼は心配だったようで、
「まさかとは思うが……」
「死なないから、大丈夫だから」
「そん時は死ぬ気で守ってあげるって」と言う彼女に、彼は全てを任せる事にした。
「よっと」
パコンっと、景品を射的で落としていく及川。狙いは最大点数で貰える大きなヌイグルミだった。射的屋の横を通った際にチラっとフェルノラが見ていたので挑戦したのだが、どうやら勇者のステータスが予想以上に活躍したようで、一発も外す事なく撃ち抜いていく。
ちなみにこの銃は過去の勇者が造った物で、魔力を込める事で弾が打ち出せるようになっている。ただし弾自体を込める機構が貧弱な為、多量に詰める事は不可能。数値にして1~3程度なので、子供に当たっても多少跡が残るぐらいの威力しか出せない。
(こういうのも転移者の弊害だよね……まぁ、この学園の生活が他の国と比べれば高水準なのは間違いないけどさ………っと。よし、取れたッ!!)
見事に最後の得点数の一番高い置物を落としたので、店員から涙を流しながら「流石及川先輩ですッ!!持ってけ泥棒ッ!!」と言われながらヌイグルミを渡された。
それを及川は、嬉しそうに受け取りそのままフェルノラに差し出した。フェルノラは先程から、いや、最初からずっと顔が赤いが、小さな少年が大きなヌイグルミを持って自分を上目遣いで見上げているという光景に頭が沸騰しそうだった。
「ほら、欲しかったんでしょう?」
「……なんだかズルい気分ですわ」
「お祭りだし、デート相手の為に格好良いところ見せたかっただけだよ。受け取ってくれる?」
「…………謹んで」
「良かった」
「ッ!!け、けど持ち運ぶのは困難なので、貴方の『マジックボックス』に仕舞って頂いても宜しいかしらッ!!?」
「うん、喜んで」
「~~~~~~~~~ッ!!!」
しかも、ホラーハウスを抜けてからどうも及川が緊張に慣れたようで、こうして会話もスムーズに行えるし、言動もかなり紳士的なのだ。彼女は色々と堪らなかった。
可愛い見た目の男が格好良いことをすると、こうも心が奪われるものなのかと。
全部忘れてゴールインすらしたい気分になりそうだった。
「うぅ……最近はしてやられてばかりですわ」
「あー…もしかしてアイドリーさん達?」
「ええ、それが1割を占めますわね」
「後9割は?」
「無論、貴方ですわ」
「……」
「顔、真っ赤ですわよ?」
「……フェルノラこそ」
お互い様で、甘々で、眼を背けたいのに追ってしまう程のやり取りを『大通りのど真ん中』でやっている訳だが、当然見られている。数多の人々に。
「及川~お幸せになぁ」
「フェルノラお姉様~~~どうじょおじあわじぇに~~~~ッ!!」
「貴方は泣き過ぎ、祝福すべき」
っと2人のクラスメイトも見ていたりしているのだ。しかし祝福がほとんどである為に、生徒達は拍手をするばかりである。
「……に、逃げようッ!!」
「賛成ですわッ!!皆さんごきげんようッ!!」
故に走り出した。ここまで素晴らしく仲睦まじい姿を見せる2人だが、間違っても付き合っている訳ではない。互いに想いを伝え合っている訳ではない。
それでも、互いがどう思っているかなど、誰が予想しているよりも分かっていたことだ。
『2年』、お互いが確認し合う為に費やした歳月。若い者としては遅過ぎる程の期間だ。
その集大成が今日、この学園祭で華開こうとしている。
「たのしそ~だなぁ……あいつ」
「ったく、まだねみぃぞ俺は?お前も好き者だな森田。俺的にも殺してやりたいが」
「っせぇよ……」
その様子を、建物の上から見ていた森田と相澤。元はクラスメイトだった男が、自分達の目の前で美少女と青春している姿を見ていて、腸が静かに煮えくり返っていた。
今すぐにでも台無しにしてやりたい気持ちで一杯だったが、それは今じゃないと分かっている。だからこそ眼に焼き付けていた。
「お前、いつも笑っている奴を邪魔したくなるよな」
「当たり前だろ?馬鹿みたいに笑っている奴が、泣きべそ掻いて許しを請うまで謝る姿を見たいんだよ、俺は……どん底に突き落としてやりてぇんだ」
「ひゃー、おっそろしい。まぁ面白いから付き合うんだけどよぉ~……」
2人は及川を殺すつもりで、いや、その前に女を及川の前で犯してから殺すつもりでいた。泣き喚き、呪いの言葉を吐きながら泣く姿を心底見たかった。暴力しかしたことの無い2人にはそれはそれは甘美な響きである。
そもそも、本質的に2人は前の世界の頃から見えない所で人を傷付けるのが好きだった。理由などそこらへんに居るゴロツキと変わらず、『ただそうしたから』だが、それでも『暴力』だけで抑えていたのだ。
だが、この学園に来てからはもう耐えられそうになかった。周りには若い女生徒がそこら中に居るのだから。しかも及川と一緒に居る女は、この学園でも屈指の美貌を持っている一国の王女なのだ。
それを手に入れたいと思うのは2人にとっては当然の欲求。例え相手の男を殺してでも奪いたかった。だからこそ、理事長の提案は渡りに船。卒業の件も含めて一石三鳥である。
「楽しみだよなぁ♪どっちもどんな顔で泣くんかなぁ?」
「知らねぇ、スッキリ出来れば良いんじゃね?」
「確かに」
彼等は、アクセル全開で倫理観を振り切っていた。
それが、どれだけ愚かな行為なのかも知らずに。
「ちなみに私達の年齢は3歳だよ」
「蒼い嬢ちゃんは1万歩譲って本当だとしても、テメェは絶対に嘘だぁッ!!」