第16話 カナーリヤのギルド
「あー……くあぁ~……あ~~~~~…………寝た」
外を見ると空が白んでいる。見事に丸一日寝てしまったようだ。あ、アリーナにご飯出すの忘れてた!?
パチッ
「え?」
そう思ってガバッと起き上がると、駒の鳴る音が直ぐ近くからした。見れば、枕の横で正座で将棋を打っているアリーナの姿があった。
「あ、アリーナ?」
「……んあぁ~? あ~アイドリ~~♪ おはよぉ~~♪♪」
「う、うん。おはよう」
あれだけおもいっきり起き上がったのに、今気づいたかの様にこちらに振り向き、ぺかーと笑う。隈は出来ていないけれど、糸がプツンと切れたかの様に頭がフラフラしていた。
「昨日どうしてた? 私ご飯出さなかったよね? ごめん!」
「あー……? コレしてたからわからない感じー? 今なんじー?」
え、ずっと将棋してたの? マジで? 24時間時間を忘れる程嵌ってたの? 将来プロになりたいの? 盤を見れば、なんかもうどっちが勝っているのか分からないほど難解な状態になっていた。
「アイドリーごはーん」
「あ、うん。今出すね」
この子は将来大物になるかもしれない。何のとは言えないけど……
コンコン
「ん?」
まだ朝早いというのに、宿屋に止まっている私に誰だろうか。商人の誰かかな?
「はーい、どなた?」
「冒険者ギルドの者です。入っても?」
「え? うんどうぞ~」
「では失礼します」
急いだ様子の声の人物は、若い男の人だった。職員の人が何の用かな? って、心当たりがあるとするならアレしか無いよね。
「昨日大勢の商人を1人で護衛したというのは貴方でよろしいでしょうか?」
「そうだね」
「なら申し訳無いのですが、今すぐギルドにお越し頂けませんか?」
えー…朝ご飯まだなんだけど。だけど何か急ぎみたいだしなぁ。いや待て、要件をまだ聞いてなかったよ。
「結局何の御用なの?」
「あ、ああすいません。その、ランク昇格についてなのです」
「……え?」
カナーリヤはこの前来ただけだったからそこまでよく見てなかったけど、街の構造はハバルとほぼ同じだった。ギルドも同じ位置だし、建物も同じように見える。中に通されると、こっちはハバルには無い光景は広がっていた。
「おいその依頼書のランクはこっちだろ、よこせ!」
「馬鹿、お前パーティ頭数が足りてねぇだろうが!!」
「ねぇ受付さーん、この初心者指導の依頼受けたいんだけどー?」
「今日は薬草の依頼無いんだぁ、しょうがない。魔法薬のにしよかなぁ~」
ギルドには依頼を奪い合う冒険者でひたすら騒がしかった。受付の人も職人技なのか、どんどん冒険者を捌いていく。
「こっちは凄いんだねぇ」
「これが普通の光景だと思いますよ? さぁ、こちらです」
普通かぁ……素晴らしい響きだね、普通。
(こういう光景見たら今度揉まれに突っ込んでみよっか?)
(楽しそう~♪ いっぱいぎゅむぎゅむするの~♪)
ギルド長室に通されると、一人の若い男が椅子に座っていた。こっちを見た瞬間二枚目の笑顔になったけど、嫌~な予感がする。
「おぉー君か!!待ってたよ~」
「ステイ」
「え?」
パヌア(25) Lv.57
種族:人間
HP 855/855
MP 392/392
AK 541
DF 558
MAK 263
MDF 175
INT 150
SPD 309
スキル:槍術(C+)魅了(C)
ステータスはそこそこさんだ。それより『魅了』ってなに? どうやって取るスキルなのそれ?
・魅了
『指定した相手を確率で魅了しコントロールする。相手との魅力の差によって成功率が変わる』
うわぁ……女泣かせだこの人。映画とかドラマでもよくお母さんとチクチク言ってたなぁ……人をやたら魅了しようとしてくる男は即断で股蹴りだって。
兎に角あんまり関わりたくなさそうな人種な気がする。
「よし、帰っていい?」
「おっとそうはいかない。君には今回こちらの街で昇格試験を受けて貰う必要があるんだ」
「なんで? 私これからハバルに帰ってから昇格試験を受けようと思ってたんだけど。そういうのを与える側の面子っていうの、少しは分かってるつもりだよ?」
「別にそんなのハバルのギルド長は気にしないよ。こっちで受けてから帰れば良いじゃないか」
確かにあの大雑把なおっさんなら渋い顔で舌打ちぐらいで許すかもしれない。けどまだだね。
「というか何でいきなりCランクなの? 私はEランクなんだから、まずはDランクに昇格なんじゃないの?」
「ああ、勘違いをしているね。君は商人護衛の依頼を達成した時点でDランクだよ。その上ですぐCランク昇格試験を受けて欲しいと言っているんだ」
つまり、飛び級ではないということか。形式上飛び級しているように見えるだけで。けど、それでもまだここでで受ける理由にはならないよね。
「結局何が目的なの? ただ私に昇格試験を受けさせたいって訳じゃないよね?」
じーっと訝し気に見つめ返すはい一緒になってやりましょう。じぃぃ~~~~
(じぃ~~~~)
数秒すると、観念したのか両手を上げた。降参したらしい。
「……あー、君はどうやら僕の『魅了』のスキルが効かないようだね。顔が見えないから君の魅力がどれほどの物か気になるよ。結構自分の顔には自信あったんだけどなぁ」
やっぱりスキルを発動していたね。殴りたいけど問題は起こせないし。よし。
「帰るね」
「あー待ってごめんごめん。ちゃんと理由はあるからどうか帰らないで!!」
「指定ランクの依頼?」
「そうなんだ。今この街には中級ランクが居なくてね、初級と上級は居るんだけどさ」
「Dランクの人に昇格試験受けさせれば良いんじゃないの?」
「それが、依頼上普通のCランクが受けても失敗は確実なんだよ」
見せられた依頼内容を見るけど……どういうことだろうこれ?
・決闘請け負い・ 指定依頼
報酬 金貨130枚
内容 伯爵家で起こった決闘の請負人求む。相手はカナーリヤ騎士団長。
達成目標 騎士団長への勝利
指定ランク 単体でCランクに昇格した者
定員 1人
「ピンポイント過ぎでしょ。それに凄い報酬金額だね」
「まったくもってその通りだと僕も思う。通常冒険者のランクというのは、パーティでの強さの指標として見られることが多いんだが、今回は違う。一人でCランクパーティを相手にして勝てるCランクの冒険者が必要なんだ」
冒険者一人で活動する者はとても稀らしい。一人で魔物討伐をしても、持ち帰れる物は少量だし、囲まれたら逃げる他無いからだ。だからこそパーティを組む人間は多いんだろうね。私みたいにソロなのはよっぽどの理由が無い限りデメリットしか無いしね。
それに私のような者はよっぽど人付き合いが苦手か、それとも性格的に問題がある者だけだそうで、そういった輩はまず中級には上がれないんだとか。
「そんな中、昨日街中で聞いた話では、たった1人で80人もの商人を護衛してロックリザードすら倒してみせた冒険者の少女が居るなんて話を聞いて、これは天からの助けだと本気で思ったんだよ。頼むなら今しか無いってね」
「それで、昨日から私の特徴を頼りに部下に探し回らせてたって訳?」
「おっと、悪かったよ……ごめんねカルミラ、今日はもう帰って寝ていいよ」
「は、はい……」
私を連れて来たカルミラは、そそくさ部屋から逃げて行った。おいてかないでー
「でね、君がこの依頼を受けてくれないと、漏れなく僕はこの街の領主をしている伯爵様にギルド長を降ろされてしまうんだよね。それだけならまだ許容出来るんだけど、その次にギルド長になる男が、その騎士団長になるって言う話なんだ。それだけは阻止したい」
「なんで?」
「何でって……当たり前だろ?自由を売りにしている天下の冒険者ギルドが、貴族主体になったらどうなると思う? 待ってるのは搾取思想による圧政さ」
そんなことが許される世界なのだから、と言ってバヌアは少し俯いてしまった。この人もこの人なりに街のことを考えていたのか。会ったばかりであれだが、屑野郎かと思ってたよ。
「そういう事情があるなら受けるのは吝かじゃないよ。けど、依頼証明書はどうするの? ハバルの方に持っていかないと、追加日が発生するよ?」
「それについては、これを使って解決しよう」
そう言って指を指した先を見ると、一台の姿見の鏡が置かれている。そういえばあれ、ドロアのとこにもあったな。
「これはギルド長だけが使える『通信鏡』というものだ。それでハバルのギルド長にお願いして依頼達成の報告を済ませてしまえば良い。こういう使い方は本来許されないけど、ドロアさんなら大丈夫だろう」
何が大丈夫か知らないけど、まぁやってみる価値はあるのか。バヌアは鏡で何かしらの操作をすると、鏡の中にドロアの後ろ姿が映った。
「もしもし、こちらカナーリヤの冒険者ギルドです。ドロアさん居ます?」
『あん?……なんだこのクソ忙しい時に鏡使って通信してくる馬鹿はって、バヌア? 何の用だ? いや待て、今このタイミングだとあの嬢ちゃん関係だろテメェ』
「勘が鋭くて助かるよ。貴方にお願いがあってね」
私とのやり取りと、依頼達成証明書についての話をしたら、ドロアさんは深い溜息を吐いて首と縦に振った。
「ちっ、しょうがねぇなぁ……そこを貴族に管理させる訳にもいかんし、認めてやるよ。そこに嬢ちゃんは居るか?」
「居るよ。ごめんね? 帰るの少し遅れるよ」
「嬢ちゃんは悪くねぇよ。精々そいつに貸しときな。ギルド長に貸し作っとけば色々楽だぜ? 俺が言っちゃあおしまいだけどよ」
「わかったよ。精々より良く使わせてもらいまーす」
「うわぁ……悪魔と交渉した気分だよこれ」
「じゃあな、急がなくて良いから頑張って来いよ」
「うん」
それで鏡の映像は消えてしまった。まだ数日の関係だけれど、やっぱりドロアさんは信用出来るね。なんというか、軽いけど暖かくて好きな部類だ。
にしてもコレ、どういう原理? 魔導具はこれまでも少しは見たけれど。まだよく分かってないんだよね。
「これ、もう動かないの?」
「1回の起動に限界時間あってね。使うと1日は動かないんだ。さて、それじゃあ早速昇格試験を受けて貰いたい。良いかな?」
「良いけど、相手は?」
「勿論僕さ。他の人がやっても相手にならないだろうしね」
地下訓練所
「これで良い?」
「おぼ、ぼ……つっよ……」
始めの合図と同時に顔にグーパンして終わった。回復係りの人が大慌てでバヌアに回復魔法を掛けていく。お疲れ様です……しばらくすると、少しだけ腫れた頬を抑えながらバヌアが復活した。
「まさか、まるで相手にならないとは思わなかったよ。もしかしてドロアさんより強いのかい?」
無言でステータス表を見せると、青ざめた顔をしてこちらを見る。
「人が悪いな本当に……勝てる訳ないじゃないか」
「最初に『魅了』をしてこなければ腹パンで済ませたよ」
「そしたら上から下から垂れ流しだよ……それじゃあCランクに更新するからカード貸してね。なるべく早く行かないといけないから」
ここ数日でトントン拍子に上がっていくギルドランク。それは嬉しいけど達成感低いなぁ。どれも他人の事情で上がっていってるし。ああ、どんどん巻き込まれていく気がしてならないよ……
「アイドリー大丈夫?」
「うん、ちょっと頬にチューしてくれたら元気出るよ」
「ちゅー♪」
元気百倍です、ありがとうアリーナ。
「バヌアって女泣かせのさんだよね? 潰していい?」
「いや、僕妻子持ちだし浮気したことないからね!!?? ってあぶなっ!!?」
1日の仕事が終わったと同時に帰宅するマイホームパパだった。