第137話 学園祭 1日目
テルベールで行われる世界唯一の『学園祭』。
今日この日から3日間、生徒達は燃えに燃えて客を出迎える。貴族、商人、王族、冒険者、旅行者。とにかく山の様に来るのだ。祭りを楽しむ為に、将来の人材を見つける為に。
生徒達はその為に、この日の為に用意した作品や、技術や、知識を総動員して自らをアピールする。輝かしい未来を手に入れる為に。生き甲斐ある世界へ旅立つ為に。
「あー……間に合って良かった」
「ああ……ギリギリだったけどな」
「あはは、夜なのに朝日が見える~~♪」
アリーナ、それは朝だからだよ……もう、休んで良いんだよ。私ももう駄目だ。『妖精魔法』を使って大量に作ろうとしたんだけど、多種多様に用意しなきゃだから、とてもじゃないが頭の処理が追い付かなかった。
パッと作ろうとしたらパンッって頭が弾け飛ぶからね。勘弁だね。
「とりあえず今日は寝て、祭りは明日から楽しまない?」
「「賛成」」
うぁ~、部屋帰ってアリーナの胸枕で寝よう、うん。
「お久しぶりです、フェルノラ様」
「貴方も変わりないようですわね、マゼンタ」
フェルノラは修練場に作られた特設来賓席にて、『模擬大会』の光景をマゼンタと見ていた。その隣ではトゥイーレルが「うむ、雑魚だなッ!!」と元気に生徒達を見下している。後でマゼンタが叱る予定である。
「珍しいこともあるものですわね。騎士団は良いんですの?」
「私としても良くは無いのですが、今回は王直々の願いでしたので仕方が無く……時にフェルノラ様、ドリーとリーナという学生とはお知り合いになられましたか?」
その言葉に、やっぱりとフェルノラはマゼンタを軽く睨んだ。ある程度予測していた反応だったので、マゼンタは苦笑いで返す。
「やっぱり貴方達の差し金でしたのね。まったく、もうすっかり友人になってしまいましたのよ?」
「いえ、王は見守るだけで良いと言いましたので、友人になったのは彼女達のノリですね」
「だから何者なんですのあの方達はッ!!?」
王や騎士団長ですら彼女達の行動が制御出来ないという事実に、フェルノラは何度目か分からない驚き驚きを見せた。いつも冷静であった彼女がここまで変わったのは、間違いなく彼女達の功績だと言えるとマゼンタは思った。
「彼女達は本来ガルアニアの人間ではありませんし、今回はこちらが協力している立場ですから。これは来たら言っても良いことになっているのですが、名前も偽名でして。ガルアニアの人間なら聞けば必ず分かりますから」
「えっ……一応、聞いておきましょうか」
ということで、アイドリーとアリーナの名がフェルノラにバレた。気付かなかった本人も自分に呆れたが、ほとんど偽名というより愛称に近い名だったので、それほど怒れる事でも無かった。だが、その名を聞いて戦慄する。
「武闘会……優勝者でしたのね」
「ええ、王都では伝説の存在になってしまいましたよ。なんせ『勇者』を倒した世界唯一の冒険者ですからね」
「で、そんな人がこんな学園に何の御用なのかしら?」
「それは私の口からは……多分、聞けば教えてくれると思いますよ?」
「……それもそうですわね」
ズルをして聞こうとは思わない。友達として、彼女はアイドリー達と話をしたかったのだ。王族としての務めはもう数時間で終わる。来賓と無駄な挨拶が終わったら、フェルノラは真実を聞きに行こうと意気込んだ。
行ったところで、今日彼女達が眼を覚ます事は無いが。
「いやはや、未来を担う若人の集う場ですか。誠に、素晴らしい活気に満ちておりますなぁ♪」
『妖精』は1人でテルベールの街を歩いていた。名はクアッド・セルベリカ。目的はなんてことはなく、ただの観光である。彼自身は本体アイドリーに「向こうで適当に楽しんできて」としか言われていないので、本人もそのつもりだった。
招待状は既にガルアニア名義で貰っている為、決して不法侵入はしていない。
「ふむ、ではでは。まずはあそこに行ってみるとしましょうか」
最初に目に付いたのは、巨大な植物の迷路が形成されているアトラクションだった。
クアッドは係員の生徒ににこやかに話し掛ける。『おじ様』という呼ばれ方が似合うクアッドに話し掛けられた生徒は、背筋をピンと伸ばして緊張する。
「こんにちはお嬢さん。こちらはどのように造られた迷路なのか、お聞かせ願えますかな?」
「こ、こんにちは。えと、この迷路は私達のクラスが総力を挙げて開発した魔道具でして。設置した場所に応じて、予め刻んでいた魔術式を作動させる事により植物を……ほら、ああやって育ててるんです」
指刺された方を見ると、丁度1人の少年が学生の指示通りに魔道具を地面に設置していた。魔道具が作動し、水色と茶色の光を放って地面に吸い込まれていった。
「……おおッ!」
数秒後、地面から数多の蔓が伸びていき、規則性を持って編み込まれていき、一枚の大きな壁になった。少年は壁に突っ込もうとしたが、蔓はビクともしない。
「あんな感じです。いざと言う時の壁にもなりますし、手間も少ないのが売りですかね。ただ火と斬撃攻撃には滅法弱くて……」
「いえいえ、これは素晴らしい発明ですともッ!!失礼、その魔道具、私にも見せて頂いても宜しいですかな?」
「あ、勿論ですッ!!」
クアッドの称賛に顔を綻ばせながら魔道具を渡してくる少女にお礼を言うと、クアッドはその魔道具を『妖精魔法』により構造を読み取った。
(なるほど……術式は三つ。成長、変形、固定ですか。ならば……)
「ふむ、お嬢さん。その欠点は消せるかもしれませんぞ?」
「……えっ?」
クアッドは1枚紙を出すと、サラサラと思い付いた事を書き留めていき、生徒に差し出した。その紙に書いてある説明を始める。
「植物のみの『成長』なら確かに魔力のコストも良いでしょう。しかし冒険者は一般の人間よりも魔力が多い。それならばもう少し消費量を多くするのもありかと思います。そこで、植物と同時に土そのものを混ぜ込んでみてはどうでしょうか?この場合術式には『構成』が必要になりかなり複雑化しますが、強度も耐熱性も上がる筈です。魔法を覚えていない冒険者には重宝されるでしょうな」
そして、その紙を女生徒に渡すと、彼女は一心不乱にそれを読み、ギョッとする。
「え、え、えっと。えッ!!凄いッ!!術式が全部書いてあるッ!?」
「どうぞお使い下さって構いませんよ。是非クラスの皆様にお伝え下さい」
「け、けど……どうしてこんな?」
「いえ、老人のお節介ですよ。若い人が頑張っていると、無性に応援したくなるのです」
そう言ってクアッドは一礼して『迷路』の中に立ち去った。女生徒は、紙を大事に抱えて、深々と、姿が見えなくなるまで頭を下げ続けるのだった。
「いやぁ、迷路も中々入り組んでいて有意義な時間でしたな」
クアッドは迷路の中で色んな人間と触れ合いながら進み、20分少々で出て来た。その時。彼の姿を見つけたそのクラスの生徒一同が整列し、全員でお礼の言葉を言って来たが、クアッドは何も言わず、ただ一礼だけするとその場から去った。
楽しむのと導くのを同時にやってしまう為に、こうして目立ってしまうのだが、妖精である彼に他人の目線は特に気にするべきものではなかった。
話し掛けられてもニコニコと対応するだけであり、下心で彼の知識を貰おうとすれば、難解過ぎる説明を始めるだけで、理解出来ずに逃げて行くだけである。
そして次にやってきたのは、『ティータイム広場』と銘打たれた花畑の場所だった。花畑は人為的に手が加えられており、左右対称の模様が表現されている。
そして開けた場所では、彩り様々なお菓子と優雅な香りを感じる事が出来る喫茶店となっていた。女生徒はメイド服、男学生は執事服での接待だが、クアッドがそこに入った瞬間、何故かテーブルに座っていた1人の貴族の男に呼び止められた。
「おい、紅茶のお替りだ」
「?……はい、承りました。少々お待ち下さいませ」
「……ん?あ、しまった、待て……」
クアッドはいつもの服装の為、明らかに生徒ではないのだが間違われた。普通の執事服ではないのでちゃんと見れば直ぐに店員ではない事は分かるし、現に命令した男もそれに直ぐ気付いた。
だがクアッドは、なんてこともなく普通に了承してしまう。
しかし普通に『妖精魔法』は使わない。作り出す事は容易だが、ここでは周囲の眼に付く。正規の方法で彼は紅茶を淹れる為に、生徒達が扱っている道具をお願いして貸してもらった。
払うのは貴族の男なのだから問題は無いし、生徒達もクアッドの『本職』に見える仕草を見て勉強したいと思い了承してしまう。
そしてクアッドは慣れた手つきで作業し、ティーカップとガラス製のティーポットを持って男の前に現れた。
「お待たせ致しました。只今淹れさせて頂きます」
「あ、ああ……」
堂々と奉仕する謎の老紳士に頼んだ貴族の男はタジタジだが、注がれていく紅茶のなんとも言えない良い香りに顔が緩んでいく。無言で差し出されたティーカップの中には、透き通った琥珀色の茶が……一口飲んでみると、ほうっと息が漏れ出る。
「……見事な仕事振りだ、紳士殿」
「お褒めに預かり光栄の極みにございます……」
「うむ。私はリンシターニアという国の貴族だが、君は誰かに仕えている身かね?」
「いえ、私はただの冒険者でございます。今回は観光を目的としてこの学園に参りました」
「ほう……中々に面白い。もしも仕事に困ったら私の所に来い。是非雇いたい」
「それは良き申し出と存じます。そうなった場合には、よろしくお願いしましょう……」
深く一礼すると、クアッドは一言残して、空いているテーブルの席に座ると、そのやり取りを見ていた店員の1人を呼びつけ、
「すいません。私にも紅茶とお菓子を」
何事も無かったかのうように注文し始めるのだった。貴族の男は大爆笑である。
執事服の生徒が紅茶とお菓子を持って現れた。彼はクラスで最も上手い生徒なのだが、緊張で盆がカタカタ音を鳴らしている。
しかし表情は真顔を保ち、丁寧に紅茶を入れて、お菓子と共にクアッドの前に差し出した。
「ありがとう……では、頂きます」
一言礼を言うのも忘れない。固唾を呑んで見守る全店員の中で、クアッドは紅茶を香りと共に、一口飲んだ。
「「「……ゴクっ」」」
しばらくその場の時間は止まり、更に彼への注目が増す。そして……彼は笑みを浮かべて淹れてくれた店員を見た。
「さぞ練習なされたことでしょう。とても良い御手前でした」
「あ、ありがとうございますッ!!」
それから今日1日は、彼の紅茶が一番人気になった。
「ドリー、リーナ、お話があるのですがッ!!起きて下さいませッ!!」
「「……ふぇうおあ?…………すぴー♪」」
「……ちくしょうですわぁ」