第133話 勇者が2人と子犬が1匹
なんてことなく時間は過ぎた。
あれから2週間、アイドリーもアリーナも『生徒』らしく学園に溶け込み暮らしていた。偶に妖精となって誰にも見えない中飛び回る事もしたが、それ以外は暇な時は日向ぼっこをするか、ボードゲームをするかである。
そんな2人の容姿はフェルノラが霞むレベルで都市の井戸端ネットワークによって認知されたが、それだけだった。
皆しっかり忙しいのだ。自分の事で精一杯で、他に構っていられる余裕など無い。それぐらい自分達の人生を大切にしているし、未来に向かって歩いていけている。
その姿勢を2人は妖精として堪らなく愛おしく思っていた。
だから困り、悩み、苦しみ、足掻いている人を見ると助けたくなってしまう。
「ありがとうございますッ!これでどうにかなりますッ!!」
「うん、なら良かったよ。良い冒険者になってね~」
「応援してるよ~♪」
「はい、この御恩は忘れませんッ!」
そして、また1人うら若き青少年の悩みを解決した2人を、フェルノラは見ていた。今のは、1年生の冒険者学科の少年。中々Dクラスの強さに上がれず伸び悩みしていたのだが、2人と模擬戦を数時間経験し、無事に剣術スキルを上げる事に成功したのだ。
少年はお礼を言って手を振りながら走り去っていった。嬉しそうな笑顔になってくれれば、それが2人にとっての報酬である。良い運動も出来たので一石二鳥だ。
「お人好しなのですわね……」
「そう?何かこの世の終わりみたいな顔してたし。切っ掛け1つで前に進めるなら、後押ししてあげるのが先輩?の役目じゃないかな」
「……ドリーさんはなんちゃって3年生でしょうに」
「ついでにあの少年より年下なんだよねぇ」
建物の外観はそこらへんの、それこそハバルと変わりないぐらいだが、とにかく生徒がそこら中に居る。学園と銘打っているが、ここは異世界、学生達は日々の糧は自分達でどうにかしているのだ。
特に冒険者学科は毎日教師と雇われ冒険者達と一緒に平原の魔物を勉強しながら狩りに行っているので、食べ物にはまず困らない。お抱えの商人達にそのまま売れるのでお金もある。
それで魔道具を買ったり野菜を買ったり日用品を揃えたりしているし、売っている商人もそれで自身の勉強をしている。魔道具職人達も売れた魔道具の代金で生活しているのだ。
そして魔法学科。ここは他の学科と比べて全てが支援金による生活になっている。何故かと言えば、魔法に特化した存在というのは非常に稀だ。だが極めると冒険者も圧倒出来る程の存在になるので、国のお抱えとして就職する者がほとんどだ。
そうなると、どこの国にアピールするかも重要。その国に行く為に毎日の修行は欠かせないのだった。その中で、フェルラノは正しくイレギュラーな存在になる。
「そういえば、フェルノラの友達は何してるの?全然見ないけど」
「当然その方達も忙しい身ですわよ。皆良い人ですが……卒業すれば、もう会えませんし」
そう言って「はぁ……」と気品も糞もない溜息を零す。これはどうにかせねばならないと2人は思い、両側から彼女を抱き締めた。
「私達って友達じゃないの?」
「寂しかったんだねぇフェルノラ~♪一杯遊ぼうね~♪」
「強引ですわね……」
しかし全然嫌な気分にはならない。彼女達には一欠片の悪意も感じられないし、媚らしいものなんて昨日の時点でお察しだった。純粋にそう思っているとフェルノラは感じていた。
自分の友人達もそうやって友達になったことを思い出し、今度は違う意味で溜息を漏らしてしまう。緩やかな笑みを見せると、静かに頷いたのだった。
「あ、あのッ!!」
「ん?」
3人でギュッとしていたら、1人の少年が現れた。小さいね。身長は140㎝ぐらいかな?黒髪黒目で、ローブに隠れているけど、白い鎧を着ていた。いきなり話し掛けてきたみたいだけど、顔が真っ赤だ。…………まぁ、やっと接触してきたってところかな。
私とアリーナは少々呆気に取られたけど、フェルノラはその少年を見た途端。頬を赤らめて立ち上がり、アワアワと髪を直し始めた。え?……え?
「えっと、フェルノラさん。見かけたんで話掛けました……その、こんにちは」
「は、はい。こんにちはですわ及川様ッ!!」
「い、いつものように普通に呼んで頂ければ、い、良いですよ!?」
「そ、そうも参りませんわッ!あ、貴方は世界を救った勇者なのですからッ!!」
「そんな、僕なんて全然……」
なんが甘酸っぱい空気が流れだした。どっちも目線が合ったり合わなかったり手の動きも激しい。
よしアリーナ、私達も対抗しよう。とりあえず私を抱き締めて耳元で愛の囁きプリーズ。
「……」
「……アリーナ?」
どうしたんだろう。2人を見つめたまま手を胸に当てて不思議そうな顔してる。もう一度呼びかけると、ハッとした顔になってこちらを見た。
「どしたの?」
「え、あ、ううん、なんでもないよ。それよりほら、話しに行こうよッ!」
「あ、うん」
なんだか珍しく様子がおかしいけど、今はこの人について聞かないとね。後でアリーナと話をしないと。
「えーっと。例のお友達かな?フェルノラ」
「あ、はい。あ、いや、私が一方的にそう思っているだけかもしれないのですが」
「い、いえッ!!僕の方こそおこがましいって感じでして……その」
「あーうん。分かった。落ち着いて?リーナが聖母のような笑みで君達を祝福し始めたから。すっげぇ艶のある声で喜び始めちゃったから」
「あはぁ……♪」
「ひぃうぃっ!?」
お願い、私を抱きしめたままそんな声を出さないで我慢出来なくなっちゃうから。
改めて自己紹介。彼の名は及川君。私達が追っていた『消失の勇者』だ。実はずっと何かがこちらを見ているような勘がずっと働いていたので、2週間ずっとフェルノラから離れなかったんだよね。それでもって自分達のやりたいこともしてたんだけど、そしたら今日、その勘が実体になって現れた訳でして。
その相手が勇者で、しかもガルアニアの王女と何だか良い雰囲気なんだけど。ここで空気全部ぶち壊して突っ込んだら私の負けかな?……負けだな、うん。
「久しぶりに会えたみたいだし、4人でご飯でも食べに行かない?」
「「えッ!」」
「ということでリーナさん。やっておしまいッ!」
「あいさーッ!!」
はい、2人を抱えて学生レストランへレッツゴーよ。抱えられても尚お互い視線も外さないとか盲目的というかなんというか……
それでレストランのメニューを選んで……安いな。ああ、そういえば学費が馬鹿高いんだっけね。こういうところでリーズナブルにしないとか。美味しそうだから良いけど。
「決まった~?」
「え、えと。このオークのテリヤキを1つで。ふぇ、フェルノラさんはッ!?」
「はいッ!私も同じ物にいたしますわッ!!」
「だから落ち着けっちゅーにッ!!」
どうやらこの2人が一緒に居る状態だと、大抵どこでもこんな風になるらしい。そこらに居たボーイに聞いてみたら、日常でもよくああなんだとか。そうかぁ、学園内公認かぁ。
今は核心に迫る質問はしたくないし、とりあえずは普通に観察ぐらいにしとこうか。さぁて私もサボラティって名前の魚頼んだんだよね~どんなのかな~♪
物凄い厳つい顔した魚でした。美味しかったです。
『で、リーナ。彼どう思う?』
『普通の男の子だね。2週間まったく見えなかったし、『妖精魔法』でも捉えられなかったけど、それは私達の事を警戒していたからだろうし。何を探っているのか突き止めたかったんじゃないかな?あの様子見ている限りじゃ、フェルノラに話し掛けたくて我慢出来なかったって感じだけど』
「密偵役がそういうので良いのかな……」
実際今もフェルノラとチョコチョコ話しながらむずがゆい雰囲気を出しているから、リーナの言っている事は間違いじゃないんだろうけど。……まぁ良いか。
実際彼はほとんどこちらを気にしていなかった。余裕?とも取れるかもしれないけど、どちらかと言えば警戒を安心して解いたって感じだ。きっと何が目的かは知っていても、それを受け入れているんだろうね。
「で、及川君で良い?良いよね?そう呼ぶね」
「あ、貴方及川様になんて口をッ!!」
「ならフェルノラもそう呼んだら良いじゃない。及川君もそんな感じで来て欲しいんでしょ?」
「え、あ、いや、その、確かにそう来てくれたら嬉しいかなぁ……なんて」
「そうなのですかッ!?……ど、どうしましょうドリーッ!?」
「私の話そっちのけかいちくしょう」
どう足掻いてもラブコメには勝てないぜい…………だが、ラブコメなら当然壁が存在する訳でして。
私達の隣のテーブルに人相の悪い2人組が座って来た。私達女性組を見て鼻を垂らしながら。
どちらも『黒髪黒目』の男だ。ってことは……
「よう及川?今日はご機嫌じゃねぇかよ」
「しかもいつもより女が多いな……見ない顔だし、すっげ可愛いじゃねぇかッ!!」
「……ちっ」
おっと聴き逃しませんでしたよアイドリーさんは。フェルノラが2人の顔を見た瞬間に小さく舌打ちしたね。流石恋する乙女だ、揺るぎない。
ではでは、揃った事だしステータスを見てみようかなっと。
相澤 雄二(21) Lv.450
種族:人間(覚醒)
HP 22万3876/22万3876
MP 34万6680/34万6680
AK 3万5607
DF 2万9005
MAK 4万8822
MDF 4万0020
INT 1000
SPD 5万5699
【固有スキル】自動回復 聖剣 自動翻訳 マジックボックス
スキル:剣術(A+)手加減(C+)鑑定(―)四属性魔法(S+)
称号:勇者 転移者 女神に祝福された者
森田 鉄(21) Lv.446
種族:人間(覚醒)
HP 21万9900/21万9900
MP 33万0054/33万0054
AK 3万0010
DF 2万1601
MAK 4万0354
MDF 4万2147
INT 1000
SPD 4万8053
【固有スキル】自動回復 聖剣 自動翻訳 マジックボックス
スキル:剣術(S)手加減(C)鑑定(―)四属性魔法(S)
称号:勇者 転移者 女神に祝福された者
及川 奏太(21) Lv.243
種族:人間(覚醒)
HP 9万7519/9万7519
MP 16万2555/16万2555
AK 1万2663
DF 1万2663
MAK 2万5784
MDF 2万6636
INT 3400
SPD 1万6789
【固有スキル】自動回復 聖剣 自動翻訳 マジックボックス
スキル:剣術(A+)手加減(S+)鑑定(―)四属性魔法(B+)
称号:勇者 転移者 女神に祝福された者
2人は多少高い程度か。及川君が少しだけ低い。正義感は強いって聞いてたけど、そこまで鍛えはしなかったんだろうか?けど当の彼は、私達の前に立って、座る彼等を睨み付けていた。
「奇遇だね森田君、相澤君。けど、前みたいに手を出そうとするなら許さないよ?」
「っは、許さないだってよ?」
「ぶはっ、前にあれだけやられて元気だねぇ~及川?なに?やるの?」
2人も席を立つが、そこで手首のリングが赤い光を放ち始める。途端に憎々しくそれを見る2人。『前』のこともあり、リングは更に縛りがキツくなっていた。
「……っち、この程度で光るのかよ。手出す瞬間に鳴るなこりゃあ……」
「やってらんね……行こうぜ」
「あ、そうだ……及川」
「なn「おらぁッ!!」あぐぅッ!!?」
「及川様ッ!!」
立ち去ろうとした瞬間、後ろ蹴りが及川君の腹に突き刺さり、机に叩きつけられる――
「おっと」
瞬間にリーナが『妖精魔法』を行使して受け止める。そのまま吹っ飛んでいれば、レストランの外まで色んな物を巻き込みながら転がって行った事だろう。ナイスキャッチだ。
ブーッ!!ブーッ!!ブーッ!!
「ああうるせぇ……ぐぁ、森田ぁッ!!」
「へいへい、じゃあな女ども。また来てやっからなぁ~~」
けたたましいブザー音を鳴らし動けなくなる森田を抱えて、相澤は走り去って行った。周りの学生達は我関せずを貫いてそのまま自分達の昼食を忙しなく食べ続け、さっさとレストランを出て行く。
残された私達は、及川君のダメージを回復させて改めて椅子に座った。
「前もあったの、あれ?あ、はいこれ」
「「へ?」」
なぁアリーナさんや。話振るのは良いんだけど、フェルノラの膝に及川君を置いたのはどういう了見なんだい?え、これが一番幸せになる?あ、はい、そうですね。けど進まなくなるから止めようね?
渋々降ろさせて改めて聞くと、前に起こった出来事をフェルノラが話始めた。
「丁度このぐらいの時間の時に、このレストランで私が昼食を取っていた時のこと。あの2人の下種……いえ、畜生?……虫が入って来ましたの」
「お、おう……うん、続けて」
「その虫達は私の座っていたテーブルに、挟み込むように座ってきたのですわ。下卑た顔、下半身でしか物を考えていないかのような言動で私に言い寄って来ました。彼等に通常のステータスで勝てる者は居ませんでしたから、誰も私を助けはしなかった……そんな時ッ!!」
「え、あれッ!?」
はい、ここでスポットライトを及川君に当てます。何かそんなノリだったので。上からはアリーナの紙吹雪である。大盤振る舞いだね君。
「現れたのですわ。私の前に立ち塞がり、巨悪(勇者)に立ち向かわんとする勇者様がッ!!それが及川様だったのですッ!!!及川様は2人の決闘を受け、修練場にて戦いとなりました。2人で襲うという卑怯な戦いの中、及川様はそれこそボロ雑巾のようにされてしまいましたが、決して諦めなかったのですッ!!!」
つまり、その時に惚れたのね。そして一応その巨悪も勇者だからね。
その後は理事長が来て、専用の権限で2人を無理やり沈めたらしい。負けると分かっていても、無謀な戦いでも、女の為に戦ったって言うなら美談なのかな?よくわからないけど。
「その頃から交流があった訳だ」
「「……はい」」
「ドリー、どうしよう。2人が可愛い過ぎて私凄いドキドキする」
「私はリーナが可愛い過ぎて毎日ドキドキなんですけど」
そんなはぁはぁしながらこっち見ないで本当に。色っぽくて男でもないのに前屈みになっちゃうんだから。
「そういえば、及川君どうしてそんな身長が低いの?」
「うっ……」
「何言ってるんですのッ!!可愛いから良いのですわッ!!!」
「えッ!?」
「なるほど、理解した。そっちかフェルノラは」
「確かに可愛いよね~♪」