第131話 2人の天使な転入生
ここは学生が集う学び舎。世界最大の知識を誇る『魔導学園都市テルベール』と呼ばれた場所。
そこには老若男女問わず。『学生』として入るならば誰であろうと来る事を拒まない。しかし入れば卒業するまで出られないという厳しい世界である。
それを体現する様に、入った者を学園の外へ出さないようにする神代魔道具の結界が丸々都市を覆われている。ただの結界ではなく、空間の『位相』を区切る様に出来ているのだ。よって攻撃で結界を破壊することは不可能。神代魔道具なので解析して切る事も不可能。唯一の出入り口は、『オリハルコン』鉱石が使われた重厚な門のみである。
門の警備も魔道具が行っており、逃げようとすると即座にアラームがけたたましく鳴るようになっている。誰が逃げたのか分かれば、その生徒の名前と出身地が晒されるようになっている為、生涯の汚点として残ることだろう。
「はぁ……退屈ですわね」
1人の、とても見目麗しい女生徒が机に突っ伏して苦言を吐いていた。
他の生徒と同じように学園の制服を引き締まった括れを強調しており、胸もお尻もそこから綺麗なラインを描いているその身体。サラサラで指に絡まることを知らない金の髪の毛は肩でウェーブが掛かっていてフワッと上がっている。眼は現在ジト目だが、翡翠色の大きな瞳が特徴的だった。
そんな彼女はクラスでも3年間注目の的から外れず、未だに他国の上級貴族に誘われる日々の中で、自分を見失わずに生きていた。
彼女の名はフェルノラ。魔導学園都市の魔法学科3年生。卒業を控えている女生徒である。
彼女は入学する前から将来が決まっている為、焦りが存在しない。なので卒業するまでの時間することが無く、何をしようかと頭を悩ませているところだった。
「ああ、今日は何をしましょうか……」
私がこの学園に入ってから3年。早いものですわね。
魔法学科の派生で魔道具作りや魔法サークルなんてものにも手を出しましたが、どれもさっさと理論を覚えてしまってすっかり暇です。卒業課題も既に終わっていますし、図書館の本も見飽きました。
他の人達は自分の将来の話をしていたり、その目標に向かって動いている人が殆どですが、私は既に色々決まってしまっている身。その為まったくやる気が出ません。
(最初の頃は全てが新しくて楽しかったのですが……まぁこんなものですよわよね。あの方にも最近会えていませんし……)
結局私は『王族』の娘。どう足掻いてもその道から外れることは無いのです。私の行く先はどこかの侯爵家に嫁ぐか、もしくは他国の王子との政略結婚。どこの国でもそれは同じことですわ。
なので、それまでの間、残り少ない時間を如何に有意義に使うかが、今の私の課題と言ったところですわ。
「ねぇフェルノラさん、今日転入生が来るらしいんだけど知ってる?」
「何でも、ガルアニアから来たって話を門で聞いた人が居るんですって。短期だけど3年生らしいよ?」
「…………卒業間近のこの時期に?しかも私の出身国から?」
朝のHR前、クラスメイトの方々にそう言われ、私は耳を疑いました。
1年生だと言うならまだ分かりますが、こんな時期にそんな短期間で来るなんて一体何を考えているのでしょうか?……何かありそうですわね。
そして今日も始まるHR。全員キッチリ席に着き、教師が入って来る時には1つの声も発しない。これがこの学校では当然のことだった。一言でも喋ると教師の手により教室から叩き出されるのだ。しかもほとんどの教師が戦闘慣れしている為、数人で戦いを挑んでもボコボコにされる。
1年生の時からこの光景が日常化すると、3年になれば誰も歯向かう者など居なくなるのだ。フェルノラも一度だけ勝負を挑んだ事があったが、見事に返り討ちに遭っている。
頭の少しだけ貧しい教師が教卓に上がると、名簿を置いて生徒達の顔を見た後、フッと満足そうに笑みを浮かべる。歴戦の勇士達を見ているかのような顔だった。
「よし、今日も素晴らしい態度だな。既に広まっているかもしれないが、この時期だというのに3年生の転入生が来た。しかも、このクラスにだ」
「「「ッ!?」」」
一瞬だけ騒めく生徒達。このクラス、『魔法学科特進』コースは都市内で最も入る事が難しいコースの1つだ。年に1回は合宿による魔物討伐が行われるし、年末には対人試験で冒険者志望とも戦い、勝てなければ何度でも追試が行われるのだ。そうして出来上がっていく精鋭達のクラスに、『何も知らない』転入生がやってくる。
怒りが込み上げて来る思いだった。しかし、教師は苦笑いをしながらもその怒りを否定してくる。
「勘違いしている奴も多いが、転入生はどちらもこのクラスに入るだけの力を……いや、卒業どころか、冒険者としては一流とも言える力を有している。俺達でしっかりと試験を行ったが、歴代の全ての項目を最高得点で、しかも馬鹿げた方法で通過した」
「特進コースのを、ですか?」
「そうだ」
その事実を知り、今度は違う意味で驚いた。何故なら試験内容とは、
・四属性全ての魔法を気絶するまで打ち続け適正を見る。
・座学で現在、どれだけ魔法や魔道具の知識を備えているかを『知っている分を全て』書き出す。
・模擬戦においてどこまで上のランクの冒険者と戦えるか調べる。
・試験官5人対1人の面接
の4つなのだが、1つ目は基準値にさえ届けば問題は無い。座学も事前に勉強しているか、そういう生まれで扱った事があるなら頷ける。だが3つ目、これが鬼門だった。冒険者を魔法だけで勝つというのは至難の業なのだ。しかもこれ、試験当日までは知らされない仕組みである。
「それほど凄い人が、今更学校に?何故?」
「それはこちらとしても知らん。受理したのは学園長だからな。受け入れた以上、責務を全うするだけだ。では紹介しよう。入れ」
生徒達が教室の外から入って来る者に、全神経を向けてる中、その『2人の少女』は朗らかな笑顔と共に歩いて来た。
見ているだけで、脳が震える。そう感じる程、2人の容姿は可憐だった。教師も少し目を逸らし気味に自己紹介を促すと、少女達は決して大きくは無いが、どこまでも響き渡るような凛とした声で始める。
「皆さん初めまして、ドリーです。短い間になりますが、よろしくお願いします」
ピンク色のショートカットの髪、桃色の瞳の少女が人を性別関係無く虜にするような笑顔で言った後、
「同じく初めまして、リーナです。私も短い間ですが、どうぞよろしく♪」
青色のパッツンロングでフェルノラ顔負けのスタイルでドリーと並び立ち、子供のような無邪気な笑顔で言う。2人に共通しているのは、胸に『小人』のような物が宝石を持っている形のブローチを付けていることだった。
対照的な背格好で顔も似ていないが、どちらも魅力に溢れている為に、その場に居るだけで男達は真面な眼を向けられなくなり、女達も高鳴る胸を抑えるのに精一杯になる。
「えー……フェルノラの両隣が空いてるな。そこに今日は座ってろ」
「「はい♪」」
しかし一糸乱れぬ返事のタイミングに((ああ、姉妹))なのか、と勝手に騙される。フェルノラの隣に座ると、挟まれた彼女は、一応冷静な顔で挨拶した。
「よ、よろしく。フェルノラよ」
「うん、よろしくフェルノラさん。良い友人になれると嬉しいな」
「私もそうなりたいな。よろしくね?」
「え、ええ……」
こうして、これ以上無い程不自然に、少女2人はテルベールに潜り込んだ。
遡る事数日前
「こんにちは王様。今忙しい?」
「……いや、構わぬよ」
『妖精の宴』は王都ガルアニアにて、モンドールさんの執務室に訪れていた。話題は盗まれた魔道具の話と、それがテルベールにある可能性の話だった。魔道具は現在、作っている物をガルアニアと取引している。
そして今回は『神代魔道具級』に匹敵する物だった為、決して無関係では無いのだ。
「しかし、一体何の為に……目的は分からぬのだろう?」
「分からないけど、盗んだ人物は大体特定したから、後は確認するだけなんだよね。で、手っ取り早く私とアリーナで転入して、物があるかどうかを確かめて来ようと思って」
「確かに私が紹介状を書けば入れはするだろう。だがこの時期は生徒達は卒業間近だぞ?行けば必ず目を付けられ、怪しまれると思うのだが」
「どうせ見つけた時点で終わりだから関係無いよ。そのまま卒業して何事も無く帰るし。『私達』と分かる痕跡は1つとして残さないから、そっちに迷惑は掛けないよ?」
「……なら、良いが。それなら私からも1つ頼みたい。娘が1人学園に居るのだが、卒業までの間、様子を見ていて欲しいのだ。手紙のやり取りをしている限りだと、どうにも退屈しているようでな」
確かにこの時期に転入するというのは変だが、前例は有るには有った。金持ちが卒業という箔だけを付ける為に息子をギリギリに入学させようといったものだが、大概は試験段階で落ちる。しかし、稀に金の孵り掛けている卵も居るので、向こうも拒否はしないのだ。
「良いよ。名前は?」
「フェルノラと言う」
ということで潜入してみました。
現在私とアリーナはお互いの『複数思考』を『妖精魔法』で本体から切り離し、そこに魔力で肉付けして分身を作り出した状態である。つまり本体じゃないんだよね。
アリーナが『S.A.T』モードの状態で作ったからか、私は見た目そのまんまだけど、彼女は凄いことになった。具体的には制服が胸の部分ではちきれそうになっている。ボタンが飛ぶ前に妖精魔法で固めておこう。
ステータスの方だけど、これは2人してSランク冒険者より多少低い程度のステータスにしておいた。INTはそのまんまだけど、これは『妖精魔法』をスムーズに使う為に必要なので。大体6000~8000ぐらいにしてある。
さて、教室の外から沢山の目線に晒されている中で、私は果敢にフェルノラさんへ話し掛けてみた。
「フェルノラさん、1限目って何?」
「無いですわよ?」
「……なんと」
それで今日の時間割を聞こうとしたんだけど、いきなり出鼻を挫かれた。アリーナも「えぇ~」っと微妙な顔をしている。
「もう3年の冬ですもの。あるのは卒業前にある『学園祭』ぐらいなものよ?今は1.2年しか授業をやっていないし、3年生の殆どは自分の事で手一杯ですわ」
「ふーん……フェルノラさんは?」
アリーナの質問に、フェルノラは「うっ…」と気まずそうな顔になって答える。
「……することは無いわ。私は、ガルアニアの王女だから」
「なるほど、つまり暇なんだね」
「はっきり言いますわね!?私王族ですわよッ!?」
「「……?」」
「だからどうしたのって顔しないでくれないかしら!!?」
いや、だって。私達にしてみればどうでも良い話なんだもん。王族なら王族で、今だからこそ色々アグレッシブに動いて良いのでは?
「何かすること無いの?」
「そう言われても……もうここで教わることは殆ど無くなってしまったし、王族の女としては十分過ぎるぐらいの成績出したんですのよ?」
「じゃあ騎士団長レベルの相手をタイマンで倒したり出来るってこと?」
「どこの超人ですの!?」
「若干8歳の王様だけど?」
ついでに王様の仕事に毎日精を出しているよ。そのケモミミロリ巨乳少女は。なるほど、フェルノラは自分の将来について憂鬱になっている訳だ。
これはいけない。妖精的にいけない。人は楽しくせなアカンよ君。モンドールさんには悪いけど、見ているだけってのは止めておこう。どうせ授業が無くて暇しているぐらいなら、少しだけ協力して貰おうかな。私はアリーナと頷き合って、フェルノラを見る。
「ねぇ、それなら私達にこの学園を案内してくれないかな?」
「私達来たばかりで迷いそうだから、お願いできない?」
「……まぁ、そのぐらいなら」
フェルノラとしては、暇潰しぐらいで済むと思っていたのだろう、割りと簡単に受けてくれた。しかし残念。安請け合いをするべきでは無かったねフェルノラ。
「「ふっふっふっふ♪」」
「本当になんなんですの貴方達……」
「モンドールさん、どこまでフェルノラを連れ回して良い?」
「……け、怪我をしない程度で頼む」
「わかった。足腰立たなくなるまで遊ぶね」
「軽くで頼むッ!軽くでッ!!」