閑話・9 あったかもしれない一瞬の幸せ
お酒の魔力にはご注意です。
『レーベルラッド奪還祝勝会』という文字の殴り書きを紙に書いて張り付けてあるシエロの自室の扉。
その中で、酒とつまみに囲まれた3人の若者と老紳士がお酒を交わしながら話していた。
「うぇ~い剛谷ィ……今日は完全に潰れるまで飲んでもらうわよぉ。あんたの所為でこっちは半年以上酒飲めなかったんだからねぇ……あぁうんまい♪」
「何でこいつ、こんなに堂々としてられんだ……散々酷いことした筈なんだけど。シエ、巫女様は良いのか?あんたも俺と一緒に居るは嫌だろ?」
「え、な~に~?」
「……」
既に出来上がっていた。2人供ベロンベロンだった。酒に強くないのに酒が好きな美香と、初めてまともに酒を飲んだシエロ。美香に関しては久しぶりだったのもあり、かなりのハイペースで飲んでいる。今もワインをラッパ飲みしていた。
「げぶぁ……あんたさぁ、あれよ。女に幻想抱き過ぎたのよ。幾らファンタジーの世界だからって、生きてる人達はリアルなのよ?確かにシエロは向こうじゃ見ないレベルの可愛さだけどさぁ……可愛いなぁシエロはッ!!女神だよなッ!!!」
「あはははは、美香が3人です~~~♪」
「言っていることはもっともなのに素直に受け止められねぇ……」
「ほほ、楽しそうですなぁ」
「じいさん。あんたも少しは止めろよッ!!」
「駄目よクアッドさんッ!!こういうのが良いんだからッ!!!」
「だそうでございます」
「ちくしょう、あっち側かッ!!」
更に数時間後
「俺は自分が馬鹿過ぎて死にたい……」
「らめれすよぉダメゆうしゃ~しんじゃらめれす~~……あっひゃっひゃっひゃっひゃッ!!」
「そうだぞ~~2代目ポンコツ~、あんたはこれから一生罪を背負って生きていくんだらぇっぷッ!!」
「美香殿、こちらをどうぞ」
「あ、ありがとうクアッドさウロロロロロォ……」
真夜中に差し掛かると、今度はシエロが笑いながらひたすら酒を煽るようになった。一升瓶の酒瓶を宝物のように抱きしめて離さない。時折美香と一緒に「ヒック♪」となるのが可愛いが、酒臭さでそれどころではなかった。
美香もまだ自分を見失っていないが、女性がしてはいけない危険な眼でシエロを見ていた。
「えへへ、シエロ可愛いなぁ~~♪」
「……すげぇ酒臭いけどな……やっぱ人間なんだよな」
「そうよ~純粋で綺麗なんて言葉、人間に求めちゃ駄目よ~~?……ふぅ、クアッドさんおつまみ~♪」
「ええ、追加いたしましょうか。お菓子もいかがですかな?」
「あ、しょっぱいのちょ~だ~い♪」
クアッドもお酒を飲んでいるのだが、一向に酔う気配はない。というか、彼の場合3人の世話がある為、そこまで強いお酒は飲んではいないし、ペースもかなり遅かった。
そろそろ美香も危ないのか、頭がグワングワンしながらもクピクピと飲んでいる前で、クアッドは剛谷に話し掛ける。
「剛谷殿。お聞きしたい事があるですが」
「え、あ、ああ。なんだ?」
「貴方は最早2人との完璧な関係の修復は不可能だと私は思っていました。しかも、明日にはその『奴隷の首輪』を付けた状態で国を追い出される身だというのに、一向に焦りを感じない。何故なのでしょうか?」
そう言われても、と彼は思う。2人とも自分を殺したい程恨んでいる筈だと本人も思っていたのだから、この状況になっている時点で彼には不可解だった。
本当なら牢屋の中で、明日の朝まで慟哭しているのがお似合いの身なのだから。
「クアッドさん、教えてあげるよ~♪」
「ほう」
だからその質問は美香が答えるこそ相応しかった。
「私達はさ~……な~んも知らないお子ちゃまだったのよ。こっちの世界で変な地位与えられてさ……『勇者』なんて、要らなかったんだよ。それでさ?剛谷って馬鹿やったじゃん?ちゃ~んとこれから罰を受ける訳だけど、それで終わって納得するの?って感じ。私達はそんなんじゃ許さないよ?だってあやふやなんだもん。こいつ、何も決めてないんだもん」
「うぐっ……」
「ちゃらんぽらんじゃん?だから特に何も考えてないんだよ。そんなじゃ、また何かあったら嫌じゃん?だから、今こうやって飲んでんのよ。クスクス……剛谷、あんた今楽しいでしょ?」
ギクっと、心臓を鷲掴みされるような気分になった。剛谷は、笑うのを耐えていた。先程からずっと。
「あんたは、この一瞬を『思い出』にして行くのよ。強く噛み締めて、絶対に忘れないようにね。分かる?もう見られないと思っていたシエロのあんな良い笑顔と、私達のやり取り、クアッドさんの最高のお酒とおつまみ……どれを取っても、今のあんたにはこれ以上無い程の幸せ……」
「…………」
「……これを、あんたは自分で捨てたんだよ」
「……ああ」
黙って剛谷は泣いた。馬鹿みたいなやり取りなのに、こんな時間を過ごしてみたかったのは事実だ。だが自分は、最初から美香を見下していたし、シエロを恋愛の対象にしか見ていなかった。
2人と『友人』になれるチャンスを、彼は自ら捨てたのだ。そしてそのチャンスは、未来永劫、2度と訪れる事は無い。
「ってことよクアッドさん。ほら、もっとそいつにも酒を飲ませて。剛谷?こんなんじゃまだまだ許さないわよ~、少なくとも一発芸を百発やるまでは終わらせないんだからッ!!」
並々と注がれる度数の高いワインを目の前に、剛谷は泣いたまま一気に飲み干し、グッと立ち上がる。
「やったろうじゃねぇかちくしょうッ!!一番から百番全部俺ッ!!一発芸やりますッ!!!」
「おお良いぞッー!!脱げ、踊れ~~ッ!!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃッ!!」
「いやぁ、お酒の場とはこんなに愉快なものなのですか。今度アイドリー嬢達とも飲んでみましょう。おっと、これも忘れていましたな」
クアッドは静かに『録画水晶』を起動させ剛谷が映るように置くと、またお酒をチビチビ飲み始めるのだった……