第125話 血の宿命
結局のところ、剛谷が計画していた結婚式は当然のこと中止、いや、白紙に戻った。教皇に『奴隷の首輪』を付けていた真実、そして協力者だった枢機卿は国民達の税を貪る豚だったこともある。
だが、剛谷自身が自分の覚悟の無さを認識してしまったのが大きかった。
美香達は全員無実だということで教皇が謝罪。美香は『勇者』としての本来の力と地位をレーベルラッドで取り戻し、シエロは『巫女』としてレーベルラッドに正式に戻った。
日ノ本の存在は国民達には知れ渡っていない為、最初から存在が無かったこととして処理されている。
そして枢機卿及び司教達は、引き続きレーベルラッドの重役として働いて貰うが、その監視として24時間交代で騎士達が張り付く事になる。
肝心の剛谷の扱いだが、これはシエロと国民達の間で言い争いが起こった。
国民達の言い分は『勇者』らしからぬ言動を繰り返す危険人物なので即刻排除すべきだというものだった。しかしシエロは、その言葉に対して逆に叱咤する。
「貴方達は何を見ていたのですかッ!!あれが本当に剛谷様だけの罪だとお思いなのですかッ!?…………今回の件の一端は、私が彼と本当の意味で向き合えなかった弱さにあります。力に屈してしまい、恐怖に打ち勝てなかった私の過ちに等しいのですッ!!」
アイドリーの放送によってあれだけ干されていた剛谷を擁護する言葉に、国民達は信じられない眼をするが、シエロは構わず続ける。
「彼には心の闇がありました。当時17の少年でしたが、争いの無い世界から召喚されたただの一般市民だったのです。そんな子供達が有り余る力を手にし、巨悪と戦い自分と同じ形をした生物を殺せば、元は人だった者を殺せば……心が壊れそうになるに決まっています」
この世界の人間は、人の『死』があまりにも身近に転がっている。だから心を痛めても、ある程度の耐性はあるのだ。だが、勇者は違う。全てが理不尽から始まった生活の中で、魔王を討伐する為だけに力を得て異世界に放り出されたのだ。
そして流されるままに殺して、殺して、殺して心が壊れそうになっていた。それが歪みになって出てしまっていたことに気付けていなかった自分の落ち度だとシエロは言う。
「確かに、彼はこのまま行けば歪みのままに動き続け、いずれは国に災いを齎す可能性もあったことでしょう。しかし、『勇者』教とは、誰であったとしても、照らせる光。その光に照らされるのが勇者であっても良い筈です。私達は彼等を神聖視するあまり、とても大切なことを忘れていたのだと思います」
勇者もまた、弱気心を持った『人』であること。過ちを犯す生き物だということを。
シエロは、傍らに両膝を付いてその言葉を聞いていた剛谷の前に膝を付く。剛谷は、教皇のしていた首輪をそのまま付けられており、身動きが取れない状態だったが、シエロがそれを解く。
「貴方の『国に関する』全ては、私の名に置いて許します。そして、今一度問わせて下さい」
「……なんだよ」
「貴方は私を愛してくれると言いました。その覚悟はあると言いました。そこに違和感を私は感じていた……剛谷様。貴方は巫女のスキルがどのようにして受け継がれていくがご存知ですか?その方法を知っているのですか?」
「……方法?……生んで、そのまま移るんじゃないのか?」
その答えに、やはりと首を振るシエロは、悲しみの笑みを浮かべて答えを言った。
「巫女のスキル。『予言』と『神眼』は、母体の命と引き換えに子へ継承される仕組みなのです」
「――――――嘘だろ?」
「事実です。子が生まれた瞬間に母親は息を引き取り、スキルが継承されます。つまり、子の顔を拝むことすら許されないのです。それが、『巫女』という血の宿命です」
秘中の秘である話を、堂々と、真顔で言いきって見せたシエロに、剛谷は気圧されてしまった。本来なら教皇になる候補の者だけが知ることが出来るのだ。そして、覚悟しなければならない。
愛を込めて生まれた子供を得て、愛する者を失う覚悟を。
「その覚悟が、貴方にはありますか?」
「…………すいません……俺には……無いですッ!!」
愛する人間が、自分と子を成せば死ぬという確定の未来。それを背負う覚悟をするぐらいならば、大抵の人間は拒むだろう。だが、シエロはそうしなければならない『巫女』という血の下に生まれてしまった。どれだけの世代か重ねられてきたのかも分からないぐらいの年月の間、何人もの母親が、父親が、血の涙を流すように決断してきたことだ。
当然、シエロの母もそうだ。父もそうなのだ。
剛谷は、シエロに死んで欲しくなかった。血の運命に心の底から同情した。だからこそ泣き呻き、頭を下げて懺悔する。
「……ごめんっ……ごめんなさい」
「私もごめんなさい……ちゃんと受け止めてあげられなくて……」
お互いが謝る中、教皇はその様子を見ながら国民達に話し掛ける。
「人は大いなる力を持つには、強い心が必要になる。彼は、最後は人を思いやれる人間だった。それでも力は人を変えてしまう。彼の場合は、『勇者』という力が変えてしまった。心が耐えられずに力に縋れば、後に待つのは大きな罪と破滅のみ。過去の勇者の記録にもそういった事は幾度となく起こった。その度に国は滅びたとも伝えられている」
だからこそ、自分達は信じる対象を見誤ってはならないと、教皇は言った。
「我々が信じるのは『勇者教』の教えそのものなのだ。初代の『巫女』と『勇者』が作り上げた未来への導として残した想いを、『勇者』という力で歪ませてはならない。皆改めて聖書を読み、そして今一度考えよ。我々は勇者という少年少女達の心の犠牲の上に成り立った『平和』の中を生きているのだから……勇者には然るべき罰はあるが、命までは取らぬ。さぁ……解散せよ」
教皇の言葉を皮切りに、皆がそれぞれの住む家へ、泊まる宿へと帰っていく。教皇は国民達に考える時間を与える為に、暫くの間は日課のお言葉を休む事を決めた。彼も相当疲労が溜まっておりフラフラだった。
それをアリマニが横から支えた。
「すまんな……」
「いえ、どうかご自愛下さい。後の事は私が」
「うむ、頼む……シエロよ」
「……はい」
父と子の眼が合う。悲哀か、喜びか。それは表情からは読み取れないが、確かに何かを感じ合っている眼だった。
「私自身は勇者を恨みはせん。だが彼をレーベルラッドに置く事は出来ん。ああは行ったが、皆が納得せんだろう。落ち着いたら、速やかに国外退去させよ。良いな」
「……はい。お休みなさいませ、お父様」
「ああ、お休み……」
教皇がアリマニに支えられながら去っていく後ろ姿を見届けると、シエロは剛谷の手を取って立ち上がらせた。そして美香の前に連れて来る。
「剛谷……」
「桜田……俺が馬鹿野郎って事が良く分かった……すまん」
「いいよ。クラスメイトだし、一発お見舞いしたし、シエロの分もぶん殴ったし。私は全部チャラにしてあげる。もう馬鹿なことしないでしょ?」
「……ああ」
「うん。シエロ、今日は3人で朝まで酒盛りしようよ。レーベルはアイドリーの所行くんだよね?」
「うむ、様子を見に行くつもりじゃ」
「私は美香殿達の所へご同伴しましょう」
美香は頷くと、剛谷の肩を組んで小声で耳打ちする。
「私もさ、貴方に謝りたかったんだよ、いや、他の勇者全員にさ……私の分まで戦ってくれてありがとうってさ。だから、狂った馬鹿が居たら、私が殴ってやることにしたのよ。正気を取り戻せるようにね」
「……俺に、勝ったしな」
「そういうことッ!!」
笑って剛谷の背中を叩くと、そこにクアッドが妖精魔法で作り出したワインを数本持って笑いかける。
「さて、何分昔の知識故、年代物ではありますが。是非ご賞味下さい」
「マジでッ!?ほらシエロ、剛谷、早く呑もうッ!」
「はいはい、美香はレーベル並みにお酒好きですねまったく」
「半年ぐらいはほとんど訓練に当ててたもん、ひゃっほー♪」
「もう大丈夫そうじゃのう……お、半身が戻って来おったな」
4人が睦まじく歩いて行く姿を後ろで眺め終わると、半身アイドリーが妖精のままレーベルの下へ飛んできた。
「結局シエロはあの場で『妖精教』に全員改心させなかったね」
「妖精という姿とあんなインパクトある映像流しといて、その上そんなことやったら国民全員頭が沸騰するぞ主……Ⅲ世よ」
「Ⅲ世……まぁいいや。私もう消えちゃうけど、最後にレーベルを向こうに送ろうか?何か本体が凄い存在感になってるからそれぐらいなら出来そうなんだよね」
「おお、なら頼むとするかのう」
「了解」と半身は言うと、レーベルに触れて、そのまま『空間魔法』を使い本体の下へ転移させた。それを確認すると、半身の姿は煙のように消えていき、後には何も残らなかった……
レーベルがお菓子の森に着くと、甘い香りと共に巨大なスライダーが眼に入る。そしてそこから日ノ本が『幼女』と一緒に流れて来た。これまでに無い笑顔を見せる日ノ本に、レーベルは一週間前の彼女とは偉い違いだと驚いた。
「また馬鹿みたいに平和な場所じゃのう。遥か下の地形は悲惨なことになっとるというのに」
「全部アイドリーがせっちゃんの願いを感じて作ったからね」
そこにアリーナが近付いて来て、レーベルの肩に頭を乗せる。『S.A.T』モードのアリーナは、何故かレーベルにこうしているのが好きらしい。少し頬を赤らめてしまうレーベルだった。
「なるほどのう……で、当の本人は、絶賛幼女と一緒に夢の世界ということじゃな。何とも羨ましいことじゃ」
「私達も行く?さっきも3人で遊んでたんだよ?」
「いや……今はいいじゃろう」
「あッ!!」
「おや?」
そして幼女アイドリーが、レーベルを見つけて指差した。それに釣られて日ノ本もレーベルの姿を確認する。レーベルがとりあえず手を振ってみると、アホ毛をブンブンさせながら走って来た。
「れ~~~べる~~~~♪あぷっ」
「おっと。またチンチクリンな姿になってしもうたのう我が主よ。愛いなぁ♪」
「なったった~~♪」
「うむ、尊い」
レーベルの胸から顔をガバっと上げて、陽だまりのような笑顔を浮かべるアイドリーの頭を撫でると、気持ち良さそうに頭を擦り付けて来た。レーベルはそのまま抱き着いているアイドリーを片手で抱えると、日ノ本の方を見る。
鎧も剣も装備しておらず、こちら側の世界の一般的な私服の彼女に、思わず苦笑いした。
「お主も、この前とは雰囲気がガラッと変わったのう」
「その子の御蔭で、絡みついていた物から解き放たれたからね。思春期を全部『勇者』に持ってかれた分、今こうやってはしゃいでいるのさ」
そう言ってニッと笑う日ノ本。彼女にしてみれば、戦う理由が1個残らず消えてしまっているので、何もすることがないというのもあった。奴隷の首輪から解放されたのも数年振りだった故に。
くぅ~~
「……にへへ、ぽんぽん空いた~♪」
「ああ、もうこんな時間か。日もすっかり傾いていたようだね」
「時間忘れる程遊んでおったのかお主ら……」
「うん♪」
「よし、じゃあ皆でご飯にしようよ。アイドリー、料理は作れるかな?」
「お任せあ~れ~♪」
レーベルが肩車をして、両隣のアリーナと日ノ本に両手を繋がれると、「んふー、さいきょー、今さいきょー♪」と鼻をフンスさせながら自慢気になっている。それを3人で笑いを堪えながら「そうだね」と言ってあげると、心底嬉しそうな顔でアイドリーは笑った。
4人は夕焼け小焼けの歌を歌いながら、お菓子の家でご飯を作って食卓を囲み、暖かいシチューに舌鼓を打つ。暖かな団欒に日ノ本が少し泣いてしまったが、皆でナイショ、ということにして貰い、また笑みが零れた。
「お空見て寝たいの~♪」
「どの主でも、やはり星を見るのが一番好きか。ではそうするかのう」
「アイドリーは中々ロマンチックなんだね」
「そこも良い所の1つだよ」
小屋に置いてあった布団を芝生の上に引き、4人で川の字に寝転んだ。アイドリーはレーベルの上に乗った状態で寝ており、やはり両サイドから手を繋がれていた。
その日見た星々は、雲一つ無い快晴になったことで、これまでで最も美しいものだと感じながら、夜が更けるまで下らない話で盛り上がっていた。
「主よ、これは何の肉かのう?」
「わかんない♪」
「いや、そんな満面の笑みで言うでないぞ……」
後で聞いたら、『空間収納』から適当に取り出した肉でした。