第13話 護衛の長い一日
「くそ……独り身だからって油断していた。まさかこんな死に方が待ってるなんて思わなかった!パッドの野郎…受理されたら逃げられねぇって分かってんのに何でこんな頼りなさそうなのしか紹介出来ねぇんだ………ああ死んだ。絶対死んだ。死ぬは良いが、魔物に喰われるのだけは勘弁だってのによぉ~」
「あーお弁当多めに作って貰ってよ良かったなぁホント。オーク肉うまっ♪」
「俺だってパッドの野郎みたく可愛い奥さん欲しいけど、俺みたいな毛深い男が結婚するには金が必要だってのに、こんなチャンス中々ねぇんだぞ? レブナント鉱石の専売商業の資格は貴重だってのに誰も護衛につかね―――――」
「野菜もシャキシャキだし。流石野菜商人だ。ソースの味もさいk」
「テメェ聞けよ!!?」
「……?」
「ムグムグしながら首傾けるんじゃねぇ!!」
泣きそうな顔で私をディスりながらパッドさんを罵倒して荷馬車の運転とは中々器用な人だ。それでも腕がブレないから仕事人である。
「そう泣かないでよ。暇潰しに面白い話でも聞かせてあげるからさ。昔の学者さんが調べた『妖精』っていう存在の生態とか興味無い?」
「バカ野郎、そこらへんのガキじゃねぇんだぞ!?」
1時間後
「でね、妖精ってみんな宴好きなの。記念日であれば何であろうと全員呼んで朝までバカ騒ぎした挙句二日酔いでそこら中が虹色のと吐瀉物だらけっていうね」
「がっはっはっは!!なんだそれ!ドワーフの劣化種族じゃねぇえか!!」
大ウケしていた。どうやらこの時代の人間にとって妖精って存在自体伝説になってるっぽいね。一応本当のこと言ってるけど、まったく疑わずに聞いててくれるし。
「後はほら、妖精ってごっこ遊び…まぁ遊ぶことそれ自体が大好きなんだけど、役割的なものも全部ノリで決めてるらしくて、しかも本気なんだよね」
「どういうこった?」
「例えば女王っていう役割もごっこの延長戦で、長に成りきる為に修行したりするの。それでレベルが300超えたりすることもあるそうだよ」
「そりゃあ人間様じゃ敵いっこねぇな!!がっははっは!!」
更に1時間後
「少しは落ち着いた?」
「ああ……すまんな嬢ちゃん。なんとか持ち直せたぜ……」
腹筋を痛そうに押さえるアルバさんは、青い顔でも無いし、身体の震えも止まっていた。さて、じゃあそろそろ聞いてみようかな。
「アルバさん。私は田舎の出だからこの街で初めて獣人を見たんだけど、どうして彼等は奴隷なの?」
「ああ?知らねぇのか。数年前に数ヶ国が連合を組んで獣人の国を滅ぼしたんだよ。ほとんどの獣人は捉えられて、戦争に参加した国に均等に奴隷として分けられたって話だ」
「どうして滅ぼしたの?」
「さぁな。下々の俺等はそうでもないが、貴族や王族には獣人嫌いの奴がかなり多いって話は聞いた事がある。だが、それだけの理由で滅ぼすとも思えんしな……ただ、ここ数年の間獣人の国への行商は許されてないらしいぜ?」
「ふーん……」
理由がハッキリしてなくて国民に伝えられてないとか怪しさ満点だね。これはちょっとテスタニカさんの書簡を渡せる人がかなり限られそうだ。間違っても人間至上主義の人とかに渡す訳にはいかないし。
「奴隷の居ない国とかってあるの?」
「勿論あるぞ。西にずーっと行くとマルタっていう海に面した国があってな。航路の玄関と言われた国で、気候も穏やかだし、何より綺麗な街並みでな。ただ他国を受け入れない閉じた国だから、あそこで生まれた人間は皆羨ましがられるんだ」
「へぇ……っ! 馬止めて!!」
「あ? 何か居たのか!?」
「良いから!!」
前方から複数の魔力を感知した。アリーナがちゃんとアルバさんの肩に居るのを確認して私は馬車の前に飛び出る。
(……近づいてくる速さと数的にこれは人だ。重なってるのはおそらく馬に乗ってるね)
姿が見えてくると、お世辞にも綺麗な身なりとは呼べない男達が現れた。
「やべぇ……盗賊じゃねぇか!!?」
「そうみたいだね。数は13人に馬6頭か」
「落ち着いて数えてる場合か!?嬢ちゃん逃げろ!!捕まったら何されるか…」
「護衛が逃げてどうすんのさ。それに、もう来ちゃったよ?」
馬に乗った先遣隊が目測10mの位置で止まる。こちらの戦力を確認したかったようだが、私1人だと分かって浮かれてるなあれは。
「ハバルの冒険者全員レッドドラゴンの討伐で出られねぇんじゃねぇのかと思って焦ったが。なんだガキの、それも女の冒険者が1人かよ? こりゃあうめぇな! しかも後ろに積んであんのはレブナント鉱石じゃねぇか!!」
私は喋っている盗賊のステータスを見た。
バジル(38) Lv.43
種族:人間
HP 484/484
MP 312/312
AK 421
DF 302
MAK 283
MDF 225
INT 52
SPD 252
スキル:剣術(C+)鍵開け(C-)火属性魔法(D)
称号:盗賊
称号なんて欄初めて見たよ。そういうシステムあったんだ。何か補正付いてたりするのかな?それに全体的にステータスが高めなところを見ると、元冒険者かな?
「やべぇ……『猛攻』のバジルだ。マジで逃げろ!!あいつは昔ハバルでCランクまでいった名のある元冒険者だ!!」
「はっ、知ってんなら分かってんだろ? 逃がしゃしねぇぜ」
後ろから更に7人の盗賊が姿を現した。どうやらこいつがボスみたいだね。他の盗賊達はこの男より倍近くレベルが下だし。
「私達を襲うということで良いのかな? それならとっとと終わらせるね」
私は地面に手を突き差し、呪文を唱えだす。バジルはそれに気付いたのか、直ぐに短い詠唱で妨害しようとしてくる。
「させっかよ! 燃やし尽くせ、ファイヤーボール!!」
え、なにその名前。詠唱にそんな技名必要だったの? 知らなったよ。火球は三つ程出ると、地面を滑るように迫ってきた。このままだと私に直撃するが、そうはいかない。
「巨水よ、洗い流せ」
地面に突き刺していないもう一つの手で巨大な水壁を出し、火球を一瞬で消し流す。バジルは焦ることなく部下と短剣を手に、囲うように広がりながらこちらへ走り出す。狙いを付けさせないようにしたいんだろうけど、それが命取りだよ。
「素人が!!」
「そりゃどーも、入ったね?」
「死ねぇ!!」
「渦巻け」
残り数歩でバジルの剣が私の頭に届きそうなところで、馬車と私以外、全員”泥沼”に落ちた。一瞬何が起こったのか分からない顔してるけど、そんな悠長にしていて良いのかな?
早く出ないと、沈んじゃうよ?
「な、なんで沼がぁ!? どんどん沈んで……か、かしらぁっ!?」
「ちくしょう……てめぇ何しやがった!!」
なんで敵にそんなこと教えなきゃならないの? 話すのも面倒なんだけど。とりあえず首まで埋まったあたりで、土を固めてしまう。これで捕縛完了だね。
「嬢ちゃん、これは一体……何やったんだ?」
アルバさんも聞いてくる。もう危険は無いし良いか。
「最初に水の壁を出して、それを周囲に撒いたの。その後、土と混ぜ合わせて泥を作って、範囲に入った敵を全員沈めたってわけ。首まで埋めたら水を抜いて、はい完成」
まともに戦うつもりなんて無い。数が多い敵には範囲攻撃が一番だし、地の利さえ得てしまえばどんなに強い相手にだって勝てるからね。昔の映画は偉大だった。
「にしても、こんな規模を1人でやったのか? バジルの魔法も防いでたしよ。嬢ちゃん、本当に強かったんだな……」
「これで大丈夫だってわかってもらえた感じ? ならこの人達をどうにかしたいんだけど」
地面に埋まっているバジル達を魔法で土ごと引っこ抜いていく。身体を固めている土はそのままなので、達磨状態で転がる形になった。
「ああ。盗賊は奴隷として売り渡すことが出来るからな。通常は捕まえた奴がその権利を持ってる。ただ連れて行くとなると、今日1日じゃ難しくなるぞ?」
確かにこれらを歩かせてたら、とてもじゃないが間に合いそうにないな……
「鉄の馬車に括り付けるっていうのは? あの土は私が魔法で固めている限り絶対に出られないし。1日だったら全然持つから良いでしょ?」
アルバさんは少し悩んだ後、渋い顔しながら頷いた。まぁ納品物の上に乗せろって言われたらそんな反応も分かるけど、今は一分一秒は惜しいからどうか納得して欲しい。
話は決まったので、私はさっさと盗賊達を鉄馬車の上に転がし、ロープで全員縛り付けた。6頭の馬は更にその後ろに繋いで走らせる。
数時間後、中継地点としてよく使われている小さな湖があるというので、そこで昼食を含めて休憩を入れた。アルバさんは私に干し芋と干し肉、そして湖で汲んだ水が入った木のコップをくれる。ザ・旅の食ってやつだね。
「俺が他人に飯を別けるなんて早々無いんだ。嬢ちゃんは特別だぜ?」
「それは光栄の至りだね。有難く頂くよ」
どっちも噛み応えがあって、噛めば噛む程味が滲み出てくる。味は塩見だけど普通に美味しいな。
「焼き固めた黒パンもあるが、あれは食えたもんじゃないからな。最終手段として残しといてはいるが……」
「どんな感じなの?」
「ほれ、こんなんだ」
袋から出されたそれは、なんでそんなに黒いの?ってぐらい黒いパンだった。触ってみると、押してもへこまないし叩くとコンコンと音がする。
「……石?」
「と見間違うぐらいの焼き固めたパンってことだな。だが馬鹿に出来ない。こいつには栄養がたっぷり詰まってるからな。1つ喰えば3日は生きられる」
「へぇー……」
そうやって話しながら食べてると。鉄馬車の方から複数の腹の音が聞こえてきた。アルバさんはその音にうっとうしそうな目を向ける。
「ったく。盗人の癖に腹鳴らしたってなんもやらねぇよ!!黙ってろ!!」
「無茶言うんじゃねぇ!!」
バジルが叫び返すが、空腹で元気が無いのが、仲間と供に呻いている。縛られたまま揺られていた所為か、顔色も少し悪い。
「ちょっと行ってくる」
「え? おい嬢ちゃん!?」
私は鉄馬車の方に歩いていき、バジル達に近寄った。皆石の上に縛り付けられているからか、窮屈そうな顔していた。
「おう小娘、何の用だ」
「どうして盗賊になったのとか聞いたら答えてくれる?」
「はぁ? ……ああ答えるぜ。美味い飯と水をくれたらな」
バジルは挑発的な顔で挑発してくるが、私は背中からある物を取り出して黙らせる。
「な、おい、なんだそのクソ美味そうな臭いの肉は……」
「オークの焼肉。私一人だと食べきれない量があるからおっそわけしてあげる。だから、暇潰しに何か話して」
後ろでアルバさんがあんぐりした顔になる。
「盗賊に自分より良いもん食わせるって正気か!? ていうかそれどっから出した!!?」
「背中から。方法は企業秘密。で、どうなの?」
男達は即座に頷くことになった。ひぎぃ、オーク肉には叶わなかったよってやつ。
馬車に揺られながら、私はバジルの話を聞いていた。完全に自由には出来ないので、食べさせる時は腕の部分だけ自由にしたけど、彼等に逃げ出す気はとっくに失せているようだった。余程良いものを食べていなかったのだろう。
「俺が元ハバルの冒険者だったってことはそこの商人から聞いてると思うが、俺は一度奴隷に堕とされてんだよ。だから街にも戻れなくてな。しょうがなく盗賊やってた」
「何で奴隷に?」
「指定依頼でな。領主のだったんだが失敗しちまって。領主主導の荷の護衛で王国の道中、俺等みたいな盗賊に襲われたんだ。俺の仲間は俺を残して全員死んで、荷も全て奪われた。依頼未達成で罰則金が発生して、それが払えないから奴隷堕ちさ。後は檻から抜け出して今に至る。こいつらはその時に付いてきた」
つまり、罪を犯して奴隷になった訳じゃなく、仕方がなくって感じか。
「奴隷は嫌だった?」
「そうだな……昔は純粋に嫌だった。誰に買われるか分かったもんじゃないし、惨めなもんだからな。だが、盗賊になったらなったで街には入れねぇから魔物に狙われる日々だ。いい加減疲れてたよ」
「その割にはひゃっはーしてたよね?」
「それはもうノリだ。腹減って頭働かねぇし」
その言葉だけ聞けば私達に近いんだけどなぁ…まぁ始まりは同情出来るけど、その後はこの人も犯罪行為をしていた訳だしね。こうなったのは自業自得だよね。本人もそれを納得しているなら何も言う事は無い。
「まぁ奴隷になるんだろうけど、頑張って、としか言えないね」
「わかってる。最後に良い物喰わせて貰ったんだ。もう無駄に足掻きゃしねぇよ……」
後悔の念だけが今の彼を包んでいた。これで外道な言い訳してきたらその場で首を切り落として捨てていくところだったよ。
「まぁいいや。それでねバジル。貴方はこれから奴隷になる訳だけど、その奴隷の定義について教えて欲しいの。具体的には獣人の奴隷として扱い方と、人間の差を」
「はぁ? そんなの聞きたいのか?」
そうだよ。その為にオークの肉あげたんだからキリキリ話してね。
「人間は基本男は労働源だな。鉱山、冒険者、下働き、大概の事はやる。女なら奉仕系がほとんどだ。一から教育して下級メイドってのが相場らしいが。共通しているのは、強い奴ほど危険な場所に行く可能性が高いってことだ。獣人の場合、男はほとんどそっちに持ってかれる。あいつらは種族柄身体能力が高いからな。女は愛玩奴隷だ。毛の多い獣人に家事をやらせる訳にはいかんからな。冒険者として役に立たんし」
適材適所で分けていくってことか。筋は通っているけど、胸糞悪さは半端ないね。ああムカつく。私のイラついているのが雰囲気で分かったのか。盗賊達の顔が引き攣っていた。ああ、ごめんごめん。漏らさないでね?それ売り物だから。にしても、
「獣人が不憫だなぁ」
「敗戦国だからしょうがねぇって言っちまえばそれまでだ。どこの国もそれで正当性を保ってんだしな。暗黙の了解。よくある話。俺達下の人間はそこまで嫌いじゃねぇんだけどよ……」
「何でそんなに嫌われてるの?」
「さぁな」
ここら辺が限界か。引き出せた情報としては、獣人はやっぱり人間よりも扱いが低いってことだけだけど、国を判断する上ではまぁまぁである。私はお礼を言ってアルバさんのところへ戻った。
「嬢ちゃん、本当に変な奴だな……言動全てが変だ」
「それって魔法の使い方とか背中から料理出したりそれを盗賊にあげたりってこと? はたまたずっとフードとローブで顔とか隠しているところかな?」
「全部だ。未だに顔すら見れてないしな」
それはパッドさんにも見せてないから安心していいよ。まぁあまり色んな人に顔覚えられるのも嫌だからさ。そこから目立ってしまう可能性もあるし。ちゃんと意味もあるんだよ。自分ルールみたいなもんだけど。
「ん、んんっ、げぶへっ! ……ところで後どれくらいで着くのかな? そろそろ夕方だけど」
「話の逸らし方下手か!まぁ事情があんなら良いけどよ。この分だと夜になった辺りで着くだろう。今日来るのは向こうは知ってるから、すぐに受け渡しになるだろうよ」
「じゃあ後はここで警戒だけしてるね」
「おう」
そこから日が落ちて1時間後、ようやく街の光が見えた。名前はカナーリヤというらしい。
門前に行くと、何人のもおっさん達が中から見える。全員こっちを見つけると大歓声を巻き起こす。どうやら本当にギリギリだったようだ。アルバさんの顔にも笑みが零れる。
「お前がアルバか。こいつら朝からずっとここで待ってたんだ。早く渡してやってくれ。ほら、身分証」
アルバさんが商人ギルドのカードを見せるので、私も自分のカードを見せた。
「え、Fランクだと?おい娘。まさか1人で護衛依頼していたのか? 命知らず過ぎるぞ」
「しょうがないでしょ。ハバルは今ドラゴン退治で冒険者が居ないんだから。それより盗賊捕まえたからこっちで引き取ってくれる?」
「おう、門兵さんよ。その嬢ちゃんが全員掴まえたんだ。金は全部そっちに渡してくれよ」
アルバさんのフォローも入って、疑わしそうな目を向けられながらも引き取りは無事終了した。土を解いてもバジル達は暴れず、粛々と引き渡しは終了。
依頼は達成、臨時収入もゲット。アリーナもお疲れ様ッ!!
「ういふー♪」
「アリーナ~……ほほほほほほいっ!」
「あももももももっ!!」
「飴、美味しい?」
「もみみー♪(おいしー♪)」
ご褒美は世界樹の蜜で作った飴玉×6個




