第115話 子供の嘆き
「お、どわッ!!っとと、……む?」
あれから徹夜で戦い続けたレーベルが、鼻孔に入ってくる良い香りに戦いを止めた。アイドリーズ達もそれを不思議に思い戦闘を止めると、レーベルラッドから飛んで来る見慣れた妖精が3匹と人間が1人。
「おお、アリーナッ!!」
「れ~べる~お疲れ様~~。これ、おべんとう~♪」
「な、なんと……アリーナが作ってくれたのじゃな?」
「うんッ!!アイドリーと作った~♪」
「おぉぉぉお~~~何と母想いの子なのじゃぁ~~~~~ッ!!」
「母親なのですか?」
「いんや、そういう設定。けど多分、もう本当になってるかな」
久しぶりに使ったよねその呼び方。感無量って感じに2人で抱き合ってるけど。あ、弁当の中身見て泣き出した。アイドリーが言葉を込めたいって言うからソースで文字書いたら?って言ったら『レーベル大好き』って書いたんだよね。
それ、一応私の気持ちも入ってんだからね?と『同調』で言っておいた。聞いてないけど……
「……妖精に空中を運ばれるのって恐怖だったんだね。妖精の力で飛ぶ緑の少年の気持ちが分からないよ私……」
美香が1人項垂れていたけどしょうがない。山を越えての移動だとどうしても高度が高くなるからね。飛んでる時も微動だにせず変な顔で運ばれてたよ。
「レーベル、どのくらいいけた?」
「むぐ?……ごくっ、うむ。今朝でやっと2体といったところじゃ。レベルが上がったことには驚いたぞ主よ」
「身体は魔力の塊でも、一応は生物だからね。私がやられるってところはあまり想像出来ないけどさ」
「やられ方がふわふわしとるからあまり心は痛まんかったな」
「分身と戦ってんだから当たり前でしょうに」
「む、そうか」
これがアリーナの姿だったら一方的に殴られる方を選ぶでしょうがあんた。まぁ私の分身はやられる判定が出るとピンクの雲になって固まっていた魔力が霧散するように出来てるからね。血生臭いことにはならないよ。
けど2体か。2日目だけどペースが速いね。
「何か新しい戦い方でも身に着けたの?」
「そんなところじゃが、お披露目は後のお楽しみじゃな」
あっという間にアリーナと私の作った弁当を食べ終えると、満腹と言った様子で立ち上がるレーベル。食休み無しで始めるつもりなのかね君は……
「感覚を忘れぬ内にやりたいのでな。すまぬアリーナ、また弁当を持って来てくれると嬉しいのじゃが……」
「絶対持ってくッ!!」
「主よ、アリーナを我にくれ。これ我知ってる。通い妻というやつじゃ」
「今ここで引導を渡されたいのかなこの駄龍は?」
冗談(本気)を交えた後、私は追加のアイドリーズを出した。それを見てレーベルが笑みを引き攣らせるが、私は「これは違うよ」と言って美香の方を振り向く。
「美香、此処に3人分身体を残すから、1対1で勝って。勝つ度に強さが上がっていくけどまぁ頑張って」
「わ、わかった。聖剣は使っちゃ駄目?」
「むしろ使わないと絶対に勝てないと思うよ?」
「そんなにつよ……強いッ!!?」
分身体を『鑑定』で見て驚いたようだ。そうだね、レーベルが戦ってるのと同レベルの強さだからね。工夫しないと勝てないと思うよ?
「はい、じゃあまずは剣術オンリーの私ね。そっちは何しても良いから。はい始め」
「うわぁああああん聖剣かいほぉぉぉおお~~~~~ッ!!!!」
問答無用の残虐ファイトが幕を開けた。勿論こっちは寸止めするんだけどね。レーベルみたいに無限残機じゃないんだし。
「なるほど、美香もこっちで修行か」
「そういうこと、2人で頑張ってね」
「うむ、そっちは任せたぞ。アリーナも、主が無理せんように見張っとるのじゃぞ?」
「まかせいな感じッ!」
ちくしょう、信用されてないぜい。
はい、シエロです。半身さんが居てくれる御蔭で大分気持ちが楽になりました。半身であってもステータスが2人の勇者を軽く凌駕しているので、頼り甲斐があり過ぎて逆に怖いぐらいです。
そんな半身さんは今もまた、録画水晶を指でクルクル回しながら私を見守ってくれています。後でお菓子を挙げたいと思います。
「だからよぉ~シエロちゃん。ドレスのデザイン早くきめよ~~ぜ~~~?」
だからこんな状態にも耐えられます。
剛谷は先程から私の膝を枕にして、何枚もの素材の良い真っ白な紙に描かれている私が着るのであろうドレスの数々を見せてきます。どれも職人がデザインしたのでしょう、綺麗なものですが、心にはまったく響いてきませんでした。
多分美香とは違って彼のドス黒く濁った眼の所為だと思います。
「……剛谷様。それよりも、今日のお昼の教義はどうなって……いえ、これまではどんなことをされていたのでしょうか?」
「はぁ?俺との婚姻式の話より大事なのそれ?」
「いえ、こ、婚姻するのでしたら、お……っとになる方の日頃の仕事振りは聞いておきたいなぁ……と思いまして」
「なるほどッ!!そうだよなぁ、夫の仕事振りをちゃぁんと把握しておかねぇと妻は心配だよなッ!!よし、教えてあげるよシエロちゃん付いて来て~~」
「え、あぅっ!」
そう言って私の手を掴み、自分のペースで歩き始めてしまいました。私はそれを小走りに追い駆けます。後ろの半身さんが良い笑顔で「良い絵が取れてるよッ!!」て感じでした。可愛かったので小さく手を振っておきました。
連れて来られたのは教皇室。お父様の部屋に何の御用なのでしょうか?中に入ると、あの夜の時のように日ノ本さんがお父様の横に立っていました。
「ん?何の用だい?未来の奥方と一緒に来て」
「おうッ!!ちょっと俺の仕事振りを見せて欲しいって言われてなぁ。だから、ちょっと俺の現在進行形の功績を聞かせてやろうって思ったんだよ」
「……なるほどね」
それを聞いて、何事も無かったかのようにまたお父様の方を向く日ノ本さん。というより、お父様が今何をしているのかが非常に気になります。
「あの、お父様は……?」
「あ?「ああ彼は今新しい聖書を作っている最中なんだ。それを僕が彼から渡されたメモを元に直させているのさ」……勝手に答えんなよ」
「それはすまない。君の口を煩わせる必要は無いと判断したのでね。何か問題があったかな?」
「……別に。けどもう喋んな」
「そうしておこう」
剛谷の扱い方を熟知しておられるのですね日ノ本さんは。しかし首輪の力なのか、命令をされると直ぐにお父様の方へ首を戻してしまいます。
「気になる?ああしょうがない。君のお父様だもんなぁ?けど安心してくれ。彼がしているのは俺達という夫婦がより良く生きる為の手助けをしてくれてるのさ。だよなぁ~?」
「……」
「答えろよ」
「お父様ッ!」
椅子を蹴り上げて、お父様が椅子から転げ落ちた。私は直ぐにお父様に駆け寄ろうとしましたが、剛谷に手を掴まれてしまいます。離して下さい、眼玉抉りますよ?
「……その、通りでございます」
「ほらなぁ~?」
ケラケラと笑う剛谷を私達は睨み付けますが、どこ吹く風だと彼は流してしまいます。私は、お父様が転げ落ちたことにより見えた机の上の物を見て、驚愕しました。その、1枚の紙に書いてある冒頭の、内容には、
『この国の勇者に等しき者存在せず、威光を持って世を制す者勇者に他ならず』
「……は?」
それは『傲慢』という言葉をそのまま書き記したような内容でした。これを、読ませるのですか?国民達に?信者達に?
「これは……これは何です?こんな書き出しが聖書なのですか?」
「『こんな』?おいおい酷い言い草だな?これは……そう、大事なことなんだぜ?世界中の人間は俺達勇者のことなんざ毛ほども知らない。俺達がどれだけ尊く、世界に貢献し、身を粉にして働いたのかを知らないッ!!」
両手を挙げて不自然に目を開いてこちらを見る剛谷。その眼は、とても正気とは思えませんでした。
「俺はあの地獄を経験して思った。あの『人殺し』を、『大量虐殺』を経験させられて思った。人々はもっと知るべきだと。この世界の人間はもっともっともぉ~~~~っと勇者様に感謝して、頭を下げ、俺達にこの世界を救って下さってありがとうございますって金も物も女も貢ぐべきだとさぁ~~~ぁあッッ!!??」
光輝く聖なる剣を持つ勇者は、1人の哀れな男として私の前に立っています。
「だからよぉ、こうやっていっちばん分かり易い方法を選んだのさ。とっても平和的だと思わないか?本当なら、武力で一国ずつ潰して従わせたかったんだぜ?けど、シエロちゃんと出会ってその考えも変わった。素晴らしいぜ『勇者教』ってのはよ?この国来た時、俺がどれだけ嬉しかったと思う?シエロちゃんみたいな絶世の美少女に笑顔で迎えられ、感謝された時の俺の気持ち分かる?国民達に向けられたあの憧れの眼、賛美、さいッッッこうだったねッッ!!」
高らかに笑う。子供のように笑う。嗤い狂っている、
「心底思った。この女こそが、俺が頑張ったご褒美として女神が用意してくれたんだってなぁッ!!お前こそが、俺がこの世界で生きる為の希望だってなぁッ!!だからもう我慢しねぇッ!!クラスの奴等が羨む程の全てを手に入れて幸せに生きるんだッ!!これがその第一歩なんだッ!!」
まるで嘆きだった。しかしそれを予言した私です。それを知っていながらさせたのは私です。私だけの責任ではないのかもしれません。しかし、これが今の『勇者』なのでしょうか。だとしたら、私達の世界はどれだけの狂気を彼等に背負わせてしまったのでしょうか。
今や私が恐ろしいと心の底から思っていた彼は、私の足に縋り付いて子供の我儘を言うだけの、哀れな子供でした。
「だから、聖書で優しく教えてやるのさ。俺達が、俺が、どれだけ偉大な存在なのかってな。し、シエロちゃんも、俺、俺の功績……認めて、くれる、よな?なッ!?」
「………」
それでも、私は答えを持っていません。彼の今していることは善行じゃない。自らを棚に上げて『蛮行』と『虚言』を吐いているだけの子供なのです。だから今私が出来ることは……ただ、その子供の頭を撫でるだけ。
「…眠ったのかい?」
「……えぇ。ちょっと……勘違いをしていたのだと分かりました。彼が求めていたのは、私ではなく。救いそのものだったのですね」
「誰もが僕や朝比奈達のように心を強く保てる訳じゃない。当時の僕達は、向こうの世界では血の色すらまともに見ない子供だった。こちらの世界のそこらへんで遊んでいる子供達とほぼ同じさ。過去の勇者達の世代で言うなら立派な戦士にもなれただろうが、僕達の時代は違ったんだ。半分ぐらいの勇者は少し、ね」
お父様も私も、言葉が出ませんでした。そんな弱い精神力で魔王や魔族と戦っていたことに。
「だからって、同情は出来ないけどね。誰もが彼のように『わざと』狂っている訳じゃないんだ。彼が特別、心が弱かっただけの話だ。ほら教皇様、そこはもっと誇張表現激しくだってさ。急がないと駄目だよ?婚姻式の日に間に合わせるらしいからね」
「う…ぐ…了解、しました」
「君も、彼をそこに置いて部屋にお帰り。そしてじっくり考えることだ。これからの国のことを。そして、彼のことをね。許せない人は許せないものさ。君と桜田さんは、特にそうだろう?」
「……そう、ですね」
私は彼の頭を優しく床に降ろし、2人に一礼して自分の部屋に戻りました……ごめんなさい半身さん。今日は、お菓子をあげられそうにないかも……
「はいはい……え?……ああ、うん。分かった、行くよ。行くから騒がないの」
「どしたの~?」
「エマージェンシーだってさ。行こう、お菓子の危機らしい」
「?」