閑話・8 新たな仲間達
「今日も暇っスねぇ~」
「……もっと真面目にやりなさいよ。一応仕事なんだから」
「見た目の雰囲気が真面目じゃないリサリーさんに言われてもっス」
「喧嘩売ってんなら買うわよ?」
「さーせんっス」
ずっと同じ場所の警備が1週間近くも続くと、リサリーとブレアはこの状況にも慣れ始めていた。毎日ご飯は出るし、同居人とは上手くやれていた2人は、自分達はもっと過酷な汚れ役をさせられると思っていたのだが、
「新入隊員にそんなことさせられるか馬鹿者。もっと人が多くなれば仕事も増える。お前達が今すべき事は他にある。異常事態が発生してもすぐ動けるように、準備だけは怠るなよ」
なんてことを言われていた。とりあえず言われた通りに2人で訓練するということもし始めている。もしも勇者が来た時、2人でコンビネーションを活かして戦えるようにするという意味も込めて。
「けど、今のところ平和なのよね……奴隷商人は称号もあるから『鑑定』一発で分かるし。これじゃあ贖罪になっているのか分からないわよ」
「良いじゃないっスか。平和ならそれで」
「……まぁね」
お気楽なクエントの物良いに、こいつに自分が勇者だとバラしたらどんな顔をされるのだろうかと、少し微妙な気持ちになりながらも頷いた。
そして、昼下がり中隣で提灯作って転寝しているクエントを足蹴にしていると、遠くからやけに多い集団が現れたのを目にする。よく見れば、全体的に……というより、身長が高い者達は皆紅い衣服を身に纏っており、前を歩いている子供達とオヤジだけが普通の身形だった。
子供達全員が大きなバックを背負っているのは謎だったが。
一番先頭を歩いていたオヤジと子供には目を向けず、後ろを歩く者達に『鑑定』を発動して見た瞬間、リサリーは剣を持って詰所から飛び出した。門を越えてその集団の前まで来る。
オヤジは眼をギョッとするが、子供は慌てずに挨拶してくる。大人への対応が多少慣れている感じがして高坂は違和感を感じたが。
「こんにちわ。僕達アモーネから来たんですけど、此処はラダリアで合ってますか?」
「アモーネ?……ああ、ダンジョン都市の。後ろの奴等って、人間じゃないわよね?そんな集団で何しに来たのよ」
「えっと、ほらジェスさん。あれ出して見せないと」
「お、おう。嬢ちゃん、これを預かってんだ。嬢ちゃん黒髪黒目の警備隊員だろ?渡されてるように言われてんだ」
そう言って腰から1枚の手紙を出す。ピンク色の妖精が描かれているその手紙を見て、リサリーは猛烈に嫌な予感がしながらも受け取り、中身を見た。手紙はピンク色の魔力を密かに放っており、感じたことのある魔力だった。
『アモーネから勧誘した新しい警備隊員と孤児院への移住者及び管理人です。もう1枚同封してある手紙はフォルナに渡して下さい。 アイドリーからリサリーもしくはブレアへ』
「……じ、事情は理解したわ。ちょっと待ってなさい」
またあれは何かやったのかと頭を抱えながら詰所に行ってクエント叩き起こすリサリー。彼女もこの国に来てから、アイドリーが何をやっていたのかは街の喧騒の中から聞き及んでいた。
というより、クエントに案内された妖精教の教会であまりに面白かったので自分も入信してしまっていた。そこで今までのことを全てを知るところとなったのだ。
最近では『幼獣グループ・エネクー』という存在にドハマりしてしまうぐらいになってしまい、週の休みには必ず見に行く程だ。
「な、なんスかいきなり?敵襲っスか?」
「逆よ、客人。ちょっと城まで案内してくるから、此処は任せるわよ」
「了解っス。ってうわ、凄い大人数っスねッ!?」
集団で移動するのは非常に目立ったが、国民達の眼は全て『人化』しているレッドドラゴン達に注がれていた。2本の長い角に、所々から出ている紅い鱗と身に纏っている衣服。眼はどこか爬虫類という感じを残しており、中には太い爬虫類の尻尾を生やしている者も居た。
どう見ても人間ではなく、そして獣人にも見えなかった彼等だが。子供達を固い言葉で愛でながら抱っこしていたり肩車をしている姿を見ると、とてもほっこりする。
そして城付近で、リサリーはブレア達と遭遇する。
「うわ、凄い数っスね。敵襲っスか?」
「兄妹揃って同じこと言うのね。って、あんたが此処でそれ言うと、私が反逆者みたいな感じに見られるでしょうがッ!!」
「で、何者なんだそいつらは」
「あのピンク髪の関係者よ。ちょっと城まで行って来るからあんたも来なさい、一応ね」
「……そうか。ネムレア」
「良いっスよ。今日は何も無さそうですし。私そこらへんブラブラしてるんで~」
ネムレア手をヒラヒラさせながら許可を出したので、ブレアもそれに同行することにした。『肩車』を止めてネムレアは金を握り締めて走り去っていく。
「……あんたやっぱり」
「言うな……勘弁しろ」
日野はロリコンでは無いのだ。ただ、相手が合法だっただけである。
城に入ると、既に騒ぎを知って駆け付けていたフォルナが入口で待っていた。今日は魔道具研究の進み具合を見る予定だったのだが、門からの連絡が入ったので直ぐに戻って来たのだ。
リサリーとブレアに連れて来てくれたお礼を言うと、ジェス達と対峙する。
「初めまして皆さん。私は現在このラダリアを統治しているフォルナと申します」
「は、へ?君みたいな可愛い女の子が……?」
「かわッ!?」
あまりにも直球な子供の言葉に思わず照れるフォルナだが、気を取り直して再度問い掛けた。
「それで、アイドリーの紹介……という形で来られたのでしょうか?」
「そうだ、い、いえ、そうです。こちらの手紙を預かってます、はい」
ぎこちないジェスの言葉を受けながら、手紙の表紙に描かれている妖精の姿にクスリと笑うと、丁寧に開いて手紙を見た。
そこにはアイドリー達がアモーネで一体何をしていたか等の大まかな内容が載っており、魔道具の件に目が通った瞬間、ニヤリと口元を上げた。色々あったようだが、無事完遂されたことを確認出来てホッと一安心するフォルナ。
そして手紙を読み終えるとまた、大切に仕舞い込んで、隣に立っていたメーウにそれを渡す。フォルナは改めて子供達とジェス、レッドドラゴン達を見た。
「お話は分かりました。私の名に置いて、貴方達を受け入れましょう。今日からは、此処が家であり、拠点となります。色々と説明しなければなりませんが、今は一先ず、皆さんの住む場所を案内しましょう」
子供達がワッと湧き上がった。まさか王様に直接住む許可を与えられるとは思わなかったようで、嬉し泣きまでする子も居た。アシアはわたわたと治めようとするが、見てられなかったのか、レッドドラゴン達が泣いている子を抱き上げて宥めたり、はしゃいでいる子供をしかったりしている。
その中でレッドドラゴンのリーダーがフォルナに挨拶をしてきた。
「お初にお目に掛かる、獣人の王よ。私の名はラブル、この紅き者達の統括者なり」
「ええ、初めまして。フォルナと申します。えっと……レッドドラゴン、なのですよね?。レーベルと同じ」
「うむ、貴方の事は聞いている。我等は全員尊き方の眷属だ。こちらに着いたら貴方の言うことを聞くように言われている」
「そうなのですか……やけに子供達への面倒見が良いのは、何でなんでしょう?」
「……実は我等にも分からん。しかし、人間の童達を見ていると、何故か心が温かくなるのだ。弱き者故の保護欲……なのだろうか」
なんとなくフォルナは分かった。手紙にも書かれていたことだが、レーベルはこのレッドドラゴン達にもっと『自分』という物を見つけて欲しいということだった。この様子を見ている限りでは、それほど個体にまだ差が無いのだとフォルナは思った。
「これから見つけていけば良いのですよ。折角戦う以外の機会を見つけたのですから、楽しんでみては?」
「楽しむ……楽しむか。力を追い求めるよりも良ければ良いのだが」
それから、子供達のバックから大量の魔物の素材が入っているというので、まずは冒険者ギルドに行き、買い取りをして貰った。受付をしていたマーブルがレーベルに微妙に似た存在を複数目撃し禁断症状が出そうになっていたのが印象的だった。
更にフォルナにとってはこちらが本題。ダンジョンから手に入った魔道具である。空飛ぶボードに魔力で物理攻撃を得る剣。どちらも今までにない物なだけに、心の中で勝利のガッツポーズをするフォルナ。これは売れると確信した。
「メーウ、早速工場から人を呼んで運ばせて。研究所に運んで量産体制を整えさせましょう」
「心得ました。何とかなりそうですな」
「うん、間に合いそうで安心した。アイドリーには返しきれない程の恩が増えるばかりだね……昔の人達も、こんな気持ちだったのかな?」
「……かもしれませんな」
ジェスと子供達は孤児院まで来ていた。孤児院は共同住居なのだが、土地の広さが教会の3倍はある為、相当広いのだ。それこそアシア達が入ってもまだ余りあるぐらいである。
獣人の子供達は既に孤児院の庭で日課の稽古や小道具作り、演奏練習に奮闘していた。1人として止まらない獣人達に呆気に取られるジェス達だが、獣人達がこちらに気付くと、全員今やっていることを止めて集まって来た。
全員が集合し、クリクリとした眼がじーっと見ている。沈黙にはとても耐えられないので、アシアが意を決して自己紹介を始めた。
「今日から皆さんと一緒に住む事になりました。僕はアシアッ!!……仲良くしてくれる?」
「「「よろしくッ!!」」」
ノータイムで子供達は獣人に抱き着かれた。それぞれが自己紹介を開始し、瞬く間に仲良くなり、自分達のやっていることを喜々として説明し始める幼獣人達。碌に知識も無い子供達はその勢いに押され、しかし想像するだけで楽しそうなそれに皆が眼を輝かせていく。
既に彼等は術中に嵌っていた。『新しい団員勧誘』という罠に。
「おじさんが管理人さん?」
ジェスはそれを見て何とかやっていけそうだと思っていたところに、獣人の子供の1人に話し掛けられた。眼鏡をクイっと上げている熊獣人の女の子だった。
「え、あ、ああ……嬢ちゃんは?」
「私はニュアンです。今まで管理者として孤児院の経営をしてました。『幼獣グループ・エネクー』のマネージャーも兼任していたので、おじさんには孤児院の管理だけをお願いしたいのですが」
とても子供とは思えない流暢な敬語を使って来るニュアンに、ジェスは狼狽えながらも頷くと、手を引かれて管理者の私室まで連れて行かれるのだった……地獄が待っているとも知らずに。
「人間の次はレッドドラゴンですか、王よ」
「駄目ですか?」
「……いえ、問題はありません」
場所を変えて、警備隊員達の寄宿舎には、総勢300人のレッドドラゴン達が住む準備をしてた。彼等は全員素のステータスが高く頼れる者達なのだが、生活用具を何1つとして持っておらず、また、人の社会をしらない為に基準となる者が必要だった。
無論白羽の矢が立ったのはオージャスだが、彼は自分の仕事以外ではあまり褒められたものではないので、リサリーとブレアが任されることになった。凄く嫌そうな顔をしていたが、彼等に拒否権は無い。
「まずはお金の使い方からかしらね……」
「死ぬほど面倒そうだ……」
「まぁそう言わずに。レッドドラゴンの皆さんが居れば国の警備は万全になりますし。彼等と絆を結べれば、貴重な足としても使えるようになるかもしれません。魔道具開発により飛躍的な利益向上も望めるようになりましたし、今だけですよ」
「だと良いんだけどね……」
げんなりと肩を落とし、こんな面倒な仕事を押し付けたアイドリーに拳骨を一発くれてやりたくなった高坂と日野だった。
「リサリー殿。あれは何だ?」
「風呂場よ。あっつい水の中に入る所」
「あれは?」
「ベッドだ。夜はそこで寝ろよ。床で丸まると同居人の邪魔だからな」
「あの……何か心がほわほわする者達は?」
「天使達よ」
「娯楽だ」
幼獣グループ・エネクーは今日も絶賛稼働中。更に見習いが53名増加。