第110話 落ち込み笑って扇動する
日の出を迎えると同時に、レーベルラッドの国民は眼を覚ます。そして一斉に外に出ると、まずは日の出に向かって祈りを捧げる。日の出の太陽は、レーベルラッドの巨大な門から見える配置となっており、日当たりが全ての建物に届くようになっている。
そして祈りが終わると、今度は教皇が住んでいる城の方向を向いて皆祈りを捧げ始めた。しかし捧げる相手は教皇ではない。
この世界を救った英雄、勇者にである。
「ようようシエロちゃん?俺は驚いてるんだぜぇ?そりゃあもうとびっきりだ。なぁ~んでシエロちゃんに付けた筈の『呪い』が綺麗さっぱり消えちまってんだ?おかしいよなぁ?俺の精一杯の愛が消えちまうなんておれぁ悲しいんだぜ?」
「……」
シエロは、自分の部屋のベッドの上に座らされていた。その前には、膝を付いてシエロの手の甲に頬摺りしながらそんな言葉をのたまわっていた。
「……魔物を発情させて襲わせるのが…貴方の愛なのですか?」
「ああ?ああそうだともさ、そうだともよ。魔物に襲われるいたいけなシエロちゃんは、役立たずのゴミを見て思う筈さ、ああッどうか助けて下さい私の勇者よッ!私には貴方様しか居ないのですッ!!ってな?そうして初めて俺の愛が伝わるのさ……で、実際どう?伝わったかい?」
「……」
「あ~~~んもう焦らすんだからぁ~シエロちゃんはよぉ~~~」
先程からこんなやり取りを永遠と繰り返していたシエロは、怖気が背中を走るばかりで、まともな会話が成立しない剛谷に生理的嫌悪だけを感じていた。
コンコン
「あぁッ!?誰だ俺達の時間を邪魔する奴はッ!!!」
のノック音を聞いた瞬間怒髪天を突く勢いで怒り狂う剛谷。聖剣開放しギラついた眼をドアの向こうに居る相手に向けた。だが、その相手の声を聴いて、直ぐにそれを治めることになる。
「僕だ」
「……ッチ、入れよ」
「ああ、そうさせて貰おう」
入って来たのは、もう1人の勇者である日ノ本だった。剛谷の序列は日ノ本に比べれば遥かに下な為、決して言葉を聞かない訳には行かなかった。シエロとの時間を邪魔されて腸は煮えくり返っているが、努めて冷静に対応する。
「いつもの時間だ」
「ああ?……お前が行けよ」
「僕には僕の仕事がある。君も勤めを果たすべきじゃないかな?自分で望んだ地位なのだからね」
「……わぁったよ」
そしてまたシエロにグリンと笑顔で振り返り、両手を握ってきた。
「ごめんねシエロちゃんッ!!俺はこれから糞面倒なお仕事をしなきゃならないんだ。けど直ぐに終わらせて帰って来るから寂しいだろうけどこのつまらねぇ女と暇潰しながら待っていてくれよッ!!じゃあまたねッ!?」
そう一方的に言い残してさっさと部屋を出て行ってしまった。
残ったのは女2人。日ノ本は溜息を吐きながらシエロに近付いていき、苦笑いをしながら頭を下げた。
「すまない、私にはあれを止める術が無いんだ。君には辛いだろうが……国民達に悪いことはしないつもりだ。それだけは信じて欲しい」
「……どうして、止められないのですか?」
「んー……そう命令されているから、かな」
「……まさか」
シエロは、ゆっくりと日ノ本の首元を調べた。すると、そこには人の尊厳を奪う為の装置が付いていた。
「奴隷の……首輪?」
「……」
「……わかりました。ごめんなさい、貴方も辛いのですね……」
日ノ本は何でもないと言うような顔で手を振る。
「私を同情する必要は無いよ。それより現状報告だ。君のお仲間だが、あれは現時点では助けられない。剛谷が殺す気でいるからね」
「ッ……そう、ですか」
「それともう1つ…」
日ノ本は膝を付いて、シエロの手と取る。
「1週間後、君は剛谷と結婚式を挙げる」
「……」
「……平常ではいられないか。当然だ」
静かに涙を流し始めたシエロの頭が、ゆっくりと撫でられる。だが涙は止まらない。
「君は今、国民から『洗脳された巫女』として扱われている。剛谷がそう流させた。そしてあの3人は、その主犯格に仕立て上げられるだろう。当初は桜田さんだけをそうするつもりだったらしいんだが、数が増えればそれだけ国民が納得するだろう……とね」
「……どうしてそんな酷いことが出来るのでしょうか」
「まぁ、彼も『壊れている』ということだなんだろう。皆、あの戦争が切っ掛けなのは確かだ……だけど、君は悪くないよ」
それは、ラダリア侵攻の話。シエロが予言をし、滅びた国の話。そして、滅ぼした勇者達の話。
「結局のところ、誰も悪くないんだよ。あの戦争は。問題なのは、その後の勇者達の行動だけさ。諦観していた僕も含めてね……そういう意味では、桜田さんは他の勇者の誰よりも勇者らしいことをしたんじゃないかな?」
そう言うと、日ノ本は立ち上がって部屋を出て行く。そして去り際に、
「もし、まだ国内に仲間が居るなら逃がすんだ。もし助け出そうとすれば、僕は動かなければならない。剛谷に認識されない限りは協力をしようと思う。だから……」
「良いんです」
シエロは、精一杯の笑顔を浮かべて、日ノ本を見た。
「私は、負けませんからッ!!」
「はっはっは、いやぁ、聞いていた通りの糞野郎じゃったのうあやつ。お前達が逃げ出す訳じゃわい。」
「はっはっは、こういう囚われ方も初めてですなぁ」
「「はっはっはっはっ」」
「呑気に言ってる場合じゃないでしょう~~~ッ?」
一方その頃、ドラゴンと勇者と妖精は仲良く城の地下牢に入っていた。全員両手に両足に枷を付けられ、その首には奴隷の首輪が付けられている。クアッドは『人化』を解けば余裕で抜けられるのだが、それをすると問題なので大人しく捕まっていた。
ただしレーベルもクアッドも余裕を崩さない笑顔なので、美香が1人だけ焦燥感に駆られているのだった。
「う~~どうしよう、まさかセッちゃんが居るなんて思わなかったよ~~~」
「おう、知っておるのか美香よ。その化け物染みた勇者のことを」
「化け物とは随分な言い様だね」
「うわッ出たッ!!」
「やぁ桜田さん。お化けを見たような言葉を吐かないでくれると嬉しいな」
和気藹々としていた空気の中、牢屋の外から日ノ本が現れた。レーベルは「よう、お主ちょっと戦わん?」とコンビニ気分で誘い、クアッドはニコニコと孫を見るかのような眼で頭だけの会釈をする。
そのどちらにも日ノ本は苦笑いで帰した。
「まったく、こんな状況なのに君の仲間は愉快だね」
「だ、大丈夫……もっと愉快なの知ってるから」
「ああ、そうなんだ……」
と言っても、それは人間ではないので口には出さないが。日ノ本は軽く「コホン」とわざとらしく咳をすると本題に入った。
「さて、これから君達は国民達の前で国の宝である巫女を誑かした、という罪で1週間後に処刑される、ということになっているんだけど」
「そんな淡々と言わないでくれないかな!?」
「そうは言っても、あの頭の悪い男が言っているのだから仕方ないじゃないか。私としては不本意極まりないし。それに、どうして戻って来たんだい?あのまま他国に亡命してひっそり暮らしていれば、誰も何もしなかったんだよ?」
「ほっとける訳ないじゃんッ!!シエロは私の友達なんだよッ!?」
美香は日ノ本の発言に瞬時に噛み付いた。その言葉を聞いて、日ノ本は美香のステータスを『鑑定』で確認して感嘆してしまった。数年前の美香からは想像も出来ない程のステータスの上がり、そしてスキルのランク上がりが軒並み大幅に上昇していたのだから。
このステータスで聖鎧があれば、美香が剛谷を倒すことは不可能ではないと日ノ本は思った。
「……なるほどね、異世界の友の為に死に物狂いで強くなったのか。確か、そちらのクアッド殿がダンジョンの出身だと言っていたね。そこで鍛えたのかい?相当無理やりなレベル上げをしたみたいだけど」
「……そうだよ、皆が手伝ってくれたから、私はここまで強くなったのに……セっちゃんに来られたら、もう無理だよぉ~……」
そう言って泣き出してしまう美香。序列3位という強さを知っているからこそ、美香は絶望していた。5位以内の勇者の強さは、魔王を倒したことにより遥か格上の強さを獲得していた。昔派遣の切っ掛けになった美香の事件でも、助けに来てくれたのは日ノ本だった。
相手は柄の悪い事で有名だった不良の3人組だったが、日ノ本は涼しい顔して全員相手にし無傷で退けているのだ。聖剣特性すら使わずに……
そんな日ノ本がレーベルラッドに来ていた事が、美香の大誤算だった。
「美香よ、とりあえず主が何とかしてくれるじゃろうからそう気を落とすでない」
「おや、やっぱりまだ居るのか」
「ちょ、レーベル何で言っちゃうの!?」
残る仲間の名前を出して焦り出す美香だが、レーベルとクアッドは楽しそうに話しを続けてしまい、また場が和み始めた。
「どうせ主のことじゃ、派手にやるじゃろう。それに、多分じゃが主はこうなることを何となく分かっていた筈じゃ。そうでなければ自分達だけ外れるなんて美味しいことせん筈が無いしのう」
「ええ、同意いたしますぞ。アイドリー嬢はまた面白いことをしてくれる筈です。なればこそ、私達はその時まで観客の気分でいれば良いのですよ、美香殿」
「え、えぇ……」
「くっくっく、愉快だね美香の仲間は」
「わ、笑わないでよぉ~本当に仕出かしそうなんだから~~~」
敵同士でありながら妙な空気の中話が続くが、そこに勇者教の信者が顔を出す。日ノ本に耳打ちをして一度美香を見ると、またすぐに出て行った。
日ノ本は牢屋の扉を開けて美香達の足だけ自由にして外に出す。
「これから、教皇の朝の言葉がある。そこで君達の発表がされるから一緒に来て欲しい。奴隷の首輪で声は出せないようになる。ただ、あいつが何を言い出すか分からないから、それだけは覚悟しておいてね。多分笑いそうになるから」
「わ、わかった……」
城には、国民から見えるように外にせり出すように姿見せの場が存在する。ただし教皇の姿は仕切られており、その影しか見せない。
そして今日も、その場に影だけの教皇が姿を見せていた。国民達は皆頭を下げ、その姿を眼に収めることは許されていない。いつもはその横に勇者が黙って立っているだけなのだが、この日は違った。
「国民よ、信者達よ。今日は勇者である私から、貴方達にお伝えしたいことがあるのだ。どうか、今日は顔を上げて欲しい」
勇者の言葉ならと、信者達は続々と顔を上げていき、剛谷の姿を見た。その顔は張り付けた仮面により、優しい笑みでその光景を見下ろしている。
「実は先日の夜、私は遂に巫女様をお助けし、その洗脳を解く事に成功した」
「誠にございますか勇者様ッ!!」
広場の信者達が絵に描いたような喜びの表情を浮かべ真偽を問う声が飛び交った。それを剛谷は手で制止する。
「勿論だとも。皆で我等の巫女様を迎えよう。シエロ・フォルブラナド・レーベルラッド様を」
「……」
無言のまま、シエロは愛すべき国民達の前に姿を現した。半年以上振りに見たその姿に、多くの者が膝を付き、無事を喜び祈りを捧げ始める。剛谷はその中で更に狂気の発言を続けて行く。
「ありがとう、巫女様も喜ばれている。さて、そして更に喜ばしい報告を私はしたい。今から1週間後に行われる。私、剛谷 千次とシエロ・フォルブラナド・レーベルラッドによる婚姻式を行うことをッ!!そして、今回の巫女拉致事件の首謀者であるこの者達の処刑をッ!!」
宣言と同時に、国民達は湧き上がった。勇者と巫女の結婚。それは信者達にしてみれば喜ばしいことこの上無い。誰もが2人の結婚を祝福する言葉を投げた。それを満足そうに見る剛谷と、無表情を貫き俯き加減に見つめるシエロ。
そして、台の前に備え付けられた十字架に、3人の布袋を被らされた者達が括り付けられていく。
「さぁ、これが大罪を起こした者達の顔だッ!!」
一斉に取られた布袋、そして顔を見せた3人の仲に、信者達が知っている人物が入っており、騒めきが起こった。
「ゆ、勇者様……?」
「何故美香様が…」
数年前に剛谷と共に来た美香が、罪人として捕らえられているという事実を確認させると、剛谷は怒張を強めて言葉を発する。
「勇者美香が今回巫女様を誑かした大罪人だ。そして、その協力者達と共に教皇の暗殺を企んだのだ。自分達がこの国の支配者になる為にッ!!私は血は望まない。だが、魔王や魔族のように血も涙も無い愚者を生かしておくことは出来ないのだッ!!」
全て丸っと嘘なのだが、思いのほか剛谷の演技が上手く、日ノ本の言っていた事を思い出す一同。レーベルは頬を膨らませて笑うのを耐えていた。美香も顔を必死に横に向けて肩を震わせている。
「なればこそ、聖なる剣の一振りにより、断罪されなければならない。その日を婚姻式の日に執り行い、新たな『勇者教』を胸に、そして『巫女』と『女神』の導きの下に、我々は再び安定を取り戻すのだッ!!!永久の平和をッ!!」
「「「永久の平和をッ!!」」」
聖剣を掲げ、聖属性魔法を使い大空から光を差し込ませると、その称賛の嵐は更に暴風となって国を駆け巡っていく……そんな中で、
『やっほーレーベル。昨日振り?』
『おう、待っておったぞ主達よ』
『おはよ~レーベル~』
妖精が2匹が、いつもの調子でやってきた。
『しっかし演出美味いね。うちの演技指導とかしてくんないかな?』
『主は見境無いのー……』