第107話 空の旅夢気分
「今思っても、珍しく強引な手を使ったのう主よ」
「しゃあない。あれぐらいインパクトが無いとね。それに武闘会のネームバリューも使っておかないと損じゃん?ノリ的に」
「綺麗だった~♪」
「そりゃあ良かったよ。ほら、次のをお舐め」
「はもっ……にがみ~」
「はむっ……ほんとだ、う~~ん上手くいかないなぁ」
私達はアモーネのギルド職員に書類を渡した後、とっとと馬車とゴーレム馬を出して出発した。アモーネに留まった期間は予想以上に短く済んだのは良かったね。短期間でもシエロは強く出来たし、美香も勇者と戦えるだけの力を手に入れた。
さて、そんなこんなで私達はシエロの故郷、レーベルラッドへ行く道中である。北に近付く程寒さは増してくるけど、妖精の私達には関係ない。ただ、レーベルが寒がっていたので、妖精の姿の私とアリーナで引っ付き、妖精魔法で身体を保温していた。
そして私は飴玉で味の練習をしながらアリーナや他の皆に試食して貰っている。今まで一番ヤバかったのは舌に激痛を走らせた味だったね……味だったのかな?
「甘いのを出そうとしているのに何で辛くなるんだろ……?」
「それは頭の中で対抗する味を思い浮かべてしまうからですな。そうなると逆の味が出易いのですよ」
「ほへぇ……もっと単純に考えられれば良いんだけどなぁ」
老紳士クアッドは御者台で楽しそうにゴーレム馬の手綱を引きながら答えてくれたけど、その馬、手綱引く必要無いんだよね……。
私は何だろう、人間的な感性で考えてしまうから、純粋に1つの事を考えるのが苦手だ。ノリに身を任せればいけると思うんだけど、日常で出せるようになりたのよ。
「みんな~、できた~、たべて~♪」
「ああ、うん………わぁ、超うめぇ……」
「ほんとうじゃ、世界樹の飴そっくりの味じゃな」
クアッドはアリーナにも私と同じように、しかし小出しで妖精魔法の経験値をくれた。それをアリーナは私よりも速くそれ等を吸収し使いこなしてるんだよねぇ……ハイスペック過ぎない?
「「……」」
おっと、勇者と巫女がまた限界のようだ。そろそろ休もう。
遠くに見える雪山をしり目に、まだ草原の見える位置で私達は暖かいスープを飲みながらこれからの話をしていた。話では、あの向こうにレーベルラッドはあるらしい。
「それで、レーベルラッドってどんな国なの?私勇者教の信者だらけって話しか知らないんだけど」
「全然知らないんじゃん……えっとね。レーベルラッドは山に覆われた秘境の国なんだよ。勿論専用の道があるから全然危険じゃないんだけどね?」
「そして、国全てが純白の建物で統一された美しい国ですよ。しかし人々の心は温かく、外から来た人達にも親切に教えてくれます」
それからも2人を話しを聞いていた。勇者教信者のルールや特有の格好。教会の場所、地形、そしてシエロの家もある大聖堂付きの城の場所も。
「剛谷は?今どうしてるか分かる?」
「今は……どうにも分かりません。レーベルラッドの情報は普段そこまで出回らないのです。勇者教としての特色しか知られていませんから。それに、乗っ取りも一瞬でしたし……既に教皇になっている可能性もあります。教皇の顔は国民達には見えないですから……」
「それに、教皇の言葉なら信者は皆その通りに動いちゃうから、下手すると大変なルールが加えられてる可能性もあるんだよね……流石にそんな分かり易い馬鹿はしないと思うけど」
だから乗っ取っていてもバレないってことか。それなら主要人物だけ抑えれば何とでもなるね。国民達が何も知らずに暮らしているというなら、シエロのお父さんを救い出してそれで終わりになりそうだ。剛谷にはレーベルラッドから出て行って貰うけど。
懸念事項はその教皇の言葉による新たなルールかな?こっちに不利な感じでなければ良いけど。
「じゃあ作戦を考えようか。2人は何かある?」
「とにかく私は自分の聖鎧を取りに行くよ。あれがあれば剛谷君にも対抗出来るし、今のステータスなら勝てるからね」
「私はお父様を救い出します。本物の教皇が言葉を紡げば剛谷の乗っ取りも白紙に戻せますから。侵入口は、私達が逃げ出した抜け穴がありますから、それで行けます」
正攻法としては十分だね。私達のグループがそこに入れば安全に遂行出来そうだ。イレギュラーが無ければだけど。
「じゃあ班決めしよっか」
そして暫くの話し合いの結果、それぞれのグループが決定した。
聖鎧を取り戻し、剛谷を打倒しようチーム。
・レーベル
・美香
シエロの父親を救出しようチーム
・クアッド
・シエロ
レーベルラッド探検チーム
・アイドリー
・アリーナ
「よし、完璧だね」
「殴り倒すぞ主よ」
「「ほよ?」」
「ぐっアリーナは可愛いが、主がやるとムカつくのじゃ……」
えー…だって、新しい国探検してみたいんだもん。なんだかんだ上だけで全てを終わらせるってのもあれだし。何より私が介入し過ぎている気がしなくもないからね。それに、やることもちゃんとあるんだよ?
「探検とは言ったけど、基本的にやるのは情報収拾と国の様子を見る為だよ。どんな風に変わっているかも分からないし。後……シエロ、さっきの抜け穴の話だけど、それってどことどこが繋がってるの?」
「え?ええと、教皇の自室と、山の使われてない坑道です」
「多分それバレてるから、使わない方が良いよ?」
「確かにのう」
その言葉を聞いてシエロは落胆する。いや、多分把握されてない筈が無いし、君のお父さんに吐かせない筈が無いもの。まず罠が仕掛けられている筈だよ。
「じゃあ、どうやって侵入するの?門で確認されたら確実にバレるよ?特にシエロが」
「そりゃあ、地上が駄目なら空からでしょ」
「……え?」
私は侵入経路を話すと、立ち上がってゴーレム馬と馬車を収納した。さてさて、夜まではテントで過ごすかな。妖精魔法で保温しとけばあったかいでしょ。
「ちょっと、話すだけ話して準備始めないでよッ!?」
「おい、それ我が凄い寒いんではないかッ!?」
「わ、私死んじゃいますよ~~~」
と思ってたら青い顔した3人が私の肩を掴んで抗議してきた。アリーナ?クアッドとティータイム中だけど?
「大丈夫だって。美香にはモーリスを貸してあげるからクッションになるし。レーベルは着地するまでの間は保温してあげるよ。シエロはクアッドが受け止めてくれるから安全だしね。それに、クアッドは妖精魔法の扱いが私より上だから。私が居なくても上手くやってくれるんじゃないかな?」
「そ、そうかもしれないけどさぁ……」
「んーじゃあ、あれだ」
私は立ち上がって妖精魔法を発動した。
(イメージは、ガルアニアで生み出した時の自分の分身。今回は回復じゃなくて……で、発動ッ!!)
手の平から、私の分身体が妖精として現れた。妖精は広がるようにして更に2体に別れ、それぞれの肩の上に乗った。
アリーナが「ねーアイドリー、私も、私もほしー、出してー?」って言うけど、貴方は本体で我慢してつかーさい。
「す、凄い、愛らしい妖精が……口が達者じゃないアイドリーが生まれた……」
「ヨクモイッタナオロカモノ」
「うわ、片言だッ!!」
私の思考そのままに喋るからね。全部ノリだけど。今回は複数体だから多少片言になっちゃったよ。というか、口が達者じゃないって…そこまで達者なこと言ったかな…?
「美香は後でお仕置きするとして……その分身は『通信』が出来るようになってるから、頼めば私に繋いでくれるよ。ただ、定期的に魔力を補充してあげてね」
「相変わらず出鱈目じゃな妖精魔法……」
「ヤメレ~」
私の分身を弄り回すレーベル。ちょっと夢中になっているようだ。クアッドは分身を頭に乗せながら「面白い使い方ですなぁ」とニコニコと飴玉をあげている。
「えへ、えへへ……」
「……美香?」
「えへへ……っは!!」
人の分身の足を開いて何を見ているのかな?このポンコツは……
真夜中、極寒とも呼べる山に囲まれた国、月明りに照らされているであろう白銀の国レーベルラッド。その遥か上空で、1匹の赤い龍が緩やかに下降しながらその時を待っていた。
「うわぁ……こっから落ちるの?」
「怖いですッ!!これは無理ですッ!!!」
「クアッド、シエロ離さないであげてね。きっと気絶するから」
「承知しましたぞ」
クアッドはシエロの腰を持って持ち上げた。まだ寒くない筈なんだけど、シエロはガタガタ震えが止まらないようだ。こういう時はとっとと行くに限る。何とか抜け出そうともがくけど、クアッドはビクともしない。
さ、逝ってみよっか?
「あ、待ってッ!!まだ心の準備出来てないんですッ!!トイレ、おトイレ行くのッ!!行くから、行くまで待ってて漏れちゃうから、漏れちゃいますか「じゃあ行ってらっしゃい」「では」らあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~…………」
おー落ちてったね。さて、私達も行かないと。美香に顔を向けると、抱き締めていたモーリスを更に強く抱きしめてブルブル震え始める。真っ二つになりそうだねモーリス。その状態で魔力吸ってるけど。
『き、鬼畜じゃのう…』
「……わ、私はやっぱり「じゃあレーベル人化してね」『うむ』いやぁああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~………」
こっちも良い悲鳴だ。さてと、モーリスに『同調』で言っておかないとね。
『モーリス、美香も多分気絶するから上手く受け止めてあげてね?』
『(プルッ)』
『やった我もあれじゃが愉悦入っとるな主よ』
『妖精のパンツ見ようとするポンコツ勇者には丁度良いと思う』
シエロの様子を見て恐怖を抱いたんだろうけど、君もシエロの苦行を味わっておきなって(ニッコリ)。
私はアリーナと妖精になってその様子を見届けると、2人でフワフワと降りて行った。
「アイドリー、私達は~?」
「とりあえず普通に入ろっか」
「はいな~♪」
ほら、私達は冒険者だしね。
「無事着きましたな……暫く起きそうにありませんか」妖精魔法で軽やかに着地
「……」白目で泡を吹きながら気絶
「美香、着いたぞ、起きよ」龍魔法で悠々着地
「……」モーリスの身体にバウンドし顔面から地面に激突