第103話 一万年の経験値
此処は49層、その端っこである。例の如く辺り一面砂の海であり、巨大なワーム系の魔物や、砂漠に特化した足の速い鳥系の魔物等が今日も弱肉強食の世界の中に身を投じていた。
しかし今日、そこに魔物達が予期していなかった事態が起こった。先程から砂に埋もれていた少しだけ顔を出している岩壁。そこから何かを砕き割るような轟音と振動が先程から鳴り止まないのである。
その岩壁は魔物達が幾ら攻撃しても壊せなかった物だったので、その音を奏でる主に恐れを成して逃げ出してしまっていた。そして……
ドゴォォォォンッ!!!!
「いやー……やっと出れたねッ!!」
「何で拳なんじゃ主よ。聖剣使えば良かろうに」
「そういうノリじゃなかったからかな」
「意味が分からん……」
「わからーん♪」
「私の聖剣じゃ傷も付かなかったのに……」
「み、美香ッ、アイドリーがおかしいだけですから元気出してッ!」
「はは、中々に豪快ですな」
「「「あっついッ!!」」」
ということで脱出しました。あの神殿入るのは出来るけど出るのは何故か無理だったんだよね。欠陥過ぎるでしょ。けど階層内に存在するフロアだって言うから、じゃあ壁破壊して出ようってことになった。けど美香の聖剣じゃ傷も付かないから私が拳で殴り砕いたという訳さ、爽快に。
私は前と同じように水と風の結界クーラーを張り、壊した壁を魔法で塞ぎながらレーベルに訪ねる。
「さて、砂漠フロアってことは階層的に最後辺りかな?レーベル、レッドドラゴン達はどこに居るか分かる?」
「む?むーそうじゃな……多分、分かると思うぞ。微妙にじゃが魔力の集まっている箇所を感じる。おそらく招集し終わっているのであろう」
「よし、じゃあまた飛んでくれるかな?」
「お任せあれじゃな」
レーベルをレッドドラゴンにして子供達を皆乗せる。また空の旅が出来ると知って子供達が興奮気味だったので、私達はその姿に癒されていた。クアッドもその後ろをウキウキしながら付いていく。少し目頭が熱くなった。
「いやはや、何かもが初めての体験なので、興奮しきりですよ」
「いっそ妖精になって子供達と一緒に見てなよ。多分楽しいよ?」
「おお、そうさせて頂きましょう」
クアッドは妖精に戻って子供達の座る座席へ飛んでいった。クアッドって妖精状態の時は普通の男の子の姿なんだよね。緑髪のオールバックなのは変わらないけど。なんで人化すると老紳士のダンディおじいさんになるんだろうか。やっぱり精神年齢に引っ張られてるのかな?
美香とシエロはまたアリーナと一緒にレーベルの頭の上を陣取り、私は一番後ろに座った。レーベルが飛び上がった時一番声を上げてたのはやっぱりクアッドさんだったね。
『お待ちしておりました尊きお方よ。我々レッドドラゴン一同、旅立つ準備は出来ております』
『うむ、聞くがお前達。全員『人化』は問題あるまいな?』
『無論です。待っている間に皆で練習をしておりました。全員スキルとして獲得したので問題はありません』
レッドドラゴン達は30階層手前で見つかった。数は約300と多いけど、全員『人化』をスキルとして獲得したなら問題無いね。ていうか気が利き過ぎてるね。全員『人化』のランクはDランクぐらい。多少魔物の特徴は残るけど、新しい獣人だと言い張れば良いさ。フォルナなら分かってくれるだろうし。
「レッドドラゴンの皆、外の人達に騒がれないように……まぁどっちにしろ騒がれるんだけど、悪い方向に取られないようにする為に従魔契約用の首飾りをして欲しいんだけど、大丈夫?」
『従魔契約?それは振りということか妖精よ』
「察しが良いね。人化している時は外していいからさ」
『それくらいならば一向に構わぬ。我々は元より尊いお方の眷属なのだから』
一発オーケーを貰いました。皆特に嫌な顔せず身に着けてくれたので安心したよ。もっとプライド高いと思ってたけど従順だった。けど多分、レーベルにとってはこれが一番「つまらない」ってやつなんだろうね。気持ちは分かるけどさ。
「それで、出て行く時に子供達を乗せてって欲しいの。地図は描いて渡しておくからさ」
『そこの童達か…尊いお方が乗せていたのだ。我々が乗せない道理は無い』
「そっか。ありがとうね」
ということで、全員騎乗して空に上がった。子供達は2人組で年上の子が年下の子を支えてあげるという風にしていったよ。頑張ってお兄さんお姉さん。
それと、ダンジョンを出る時は真夜中にしようということになった。昼間に大量のレッドドラゴンが空に消えて行ったら周辺諸国も警戒するしね。皆が寝静まった時間を見計らって一斉にダンジョンの外に出て、都市の外までは人の姿で行って貰おう。出たらそこからレッドドラゴンになって子供達を乗せラダリアまでということで同意した。
20階層?扉の外から妖精魔法で空間を掌握して魔法使えるようにしたよ。数分でサソリが滅びたね。全員超スッキリした顔になっていた。罠は子供達がスイスイと解除していき一瞬で通り過ぎたし、いやぁ帰りがよいよいになるとは。
19階層からは草原だ。10階層までは冒険者はほぼ来てないからね。それでも一応『妖精魔法』で探知を開始する。万が一見つかれば、その冒険者が報告してしまう恐れがあるから、昼間は全員人化した状態で静かに動こう。
「まだ尻尾は隠せんか」
「申し訳ありません……」
「いや、しょうがないって」
レッドドラゴン達の『人化』は、とりあえず人の形にはなっていた。けど頭から角が出てるし、お尻からは長い尻尾が生えてるし、ついでに腕や足には薄いながらも赤い鱗が見えていた。眼も爬虫類特有だしね。
けど身体はスレンダーで中性的で非常に綺麗だった。とりあえず裸だったので最低限鱗でそこは隠して貰ったよ。シエロや美香が男連中を見て顔を赤くしてたしね。
それで、昼頃に1回長い休憩を取った。子供達に深夜動いて貰う為の処置だからね。子供達には昼寝をさせておいて、レッドドラゴン達もなるべく固まって休んで頂いた。
アイドリーは、その間にあることをクアッドに教わっていた。それは、知識や記憶の中から『食』を再現する方法だ。
あの紅茶やお菓子の味は素晴らしいものだった。なので前世の味が再現出来るなら是非とも出来るようにしておきたいと思ったようだ。
だが、クアッドは申し訳なさそうな顔になってしまう。
「私も一万年練習して出来たことなので……アイドリー嬢のご期待通りになるかどうか……」
「まぁ流石にクアッドみたいには出来ないと思うけど、ある程度の再現が出来ればそれで良いからさ。どんだけ掛かっても良いからお願いッ!」
「いえ、教えるのはまったくもって吝かではありませんから。私では良ければ是非」
やったねッ!と喜び彼女はアリーナを振り回して喜ぶ。普通の女の子ではなかった前世のアイドリーは、もし材料があっても食べたことの無い料理は作れない。この世界特有の料理も最高だが、前世の知識にある料理と一緒に食べられたら最高だと思っていた。改めてクアッド仲間にして本当に良かったと思うのだった。
「では、妖精魔法を使って私のイメージの作り方を直接伝えましょう。その方が習得が早いでしょうから」
クアッドがアイドリーの頭に手を当て、妖精魔法を発動させた。
ボンッ!!
「「「えっ」」」
そして、アイドリーの頭が爆発し吹っ飛んだ。ヒュルヒュルと音を立ててレッドドラゴン達の集団の中に落ちていく。その様子を見ていた一同は、呆気に取られてただ見守るのみである。
クアッドがやったことはシンプルで、ただ自分が練習した経験をそのままアイドリーに与えただけ。一万年以上の経験値を……その結果、理由が分からないが、アイドリーの身体が爆発して飛んで行った。原型は留めていたが、怪しい痙攣をしているのが見て取れる。
暫くして、ようやく事態を理解した一同が騒ぎ始めた。
「アイドリー!?」
「しまった……小出しにするべきでしたか」
「言っとる場合かッ!というかお主結構ハチャメチャなことするんじゃのッ!!??」
老紳士の恰好をしているが、やはり本質は妖精なのだと改めて認識をしたレーベル。
「え、えっと、えっと。神に祈れば良いのでしょうか?」
「シエロ、死んでないからッ!!多分ッ!!」
おかしな痙攣をしているアイドリーにドン引きしたレッドドラゴン達が距離を空ける中、そこにアリーナが走って来て、アイドリーの横にチョコンと座る。そのまま抱き上げて膝枕をすると、いつものように頭を撫で始めた。
何故かみるみる頭から出ていた煙が消えていき、アイドリーが痙攣を止める。
「アイドリ~おきて~?」
「………………………っは、死ぬかと思った」
(((どうなってんのそれッ!!!???)))
あー危なかった。アリーナに癒されていなかったら黄泉の門を潜るところだった。クアッドの蓄えて来た経験を一瞬で全て転写されたので、脳がパンクしかけたね。いやぁ危なかった。
「主よ、妖精云々に関わらず不思議生物過ぎんか?」
「すいませんアイドリー嬢、加減を間違えてしまいました……」
「ああ、良いよ。御蔭で早めに出来そうだし。レーベル、私にとってアリーナは万能薬だから」
本当にね。アリーナに甘やかされているだけで私の疲れは一瞬で癒されていくから、この程度は造作も無いのさ。さて、死にかけてまで手に入れた膨大な妖精魔法の経験値だ。早速練習していかないとね。まだちょっと定着してないから、慣らしも兼ねていこう。
「目指すは和洋中の制覇だね。アリーナ、楽しみにしてて」
「うんッ!!」
試しに使ってみた。
「……なに……なん、なんなんじゃこれは?」
「……あむっ……うん、苦いッ!!」
「ゲル~?」
結果:とてつもなく苦い不規則に痙攣するゲル状の何かが完成。