第100話 絶対に見捨てはしない
「おじいさん、聞いて良い?」
「なんですかな、アイドリー嬢?」
「どうしてあんな鬼畜仕様のダンジョンだったの?」
私は椅子の上でおじいさんの膝に乗りクッキーをポリポリ食べていた。妖精魔法って極めるとこんな美味しいの作れるんだね…練習しよ。
「私は管理とは言いましたが、出来る事と言えば天候と生態系を保つぐらいなものなのです。後は、攻略者をこの場に呼び出すこと。ダンジョンに対してはそれしか許されていません、実際に作ったのはこのダンジョンの創造主様達になります。此処に来るまでに沢山の像があったのは見ましたかな?」
私はこの部屋に入るまでに見た魔女っぽい人達の像を思い出す。「それのこと?」と聞くと、おじいさんは満足そうに笑った。
「あの全ての魔女がそうなのですよ。何が目的だったのかは定かではありませんが、彼女達がダンジョンコアを核にしてこのダンジョンを造り上げた。私はその際に生まれたシステム的なものです。後でコアを通してそれを知りました」
じゃああの鬼畜仕様は魔女達の仕業か。もう生きてはいないだろうから口惜しい。文句の1つでも言ってやりたかったよ。
「51層のあの聖鎧は?」
「あれも魔女達が持って来た物ですな。51階層まで来た人間はたったの1人でした。その人間も旅団でダンジョンに挑んだ中の最後の生き残り。だが彼は51層の謎には最後まで気付けず探索を諦めてしまいまして。それが2000年程前の話になります」
やっぱりそれが理由だったのか。人海戦術で攻略しようとしたんだね。それならあのサソリ地獄も何とかなるけど、砂漠でほとんど脱落したんだろうなぁ。
そうなると、やはり魔女達は攻略させる気が最初から無かったことになる。今となってはどうでも良いけどさ。クリア出来たんだし。
「帰りは空を飛んでいけば20層以外の全てのフロアを素通り出来ますよ。確かレッドドラゴン達も連れ帰るんでしたか、彼等をよろしく頼みます」
「おじいさんは?」
「私は離れられないので無理ですな。身体も此処にある。この身体は『人化』と『妖精魔法』を使って作った仮初ですから。何度か抜け出そうとも考えましたが、私の『妖精魔法』では無理でした。身体が完全にダンジョンコアと魂ごと癒着してしまっているようでして」
「なら、私が試してみて良い?」
「お嬢さんが?」
「難しいかもしれないけど。私はおじいさんをこんな場所で1人きりにするなんて絶対に嫌だ。同じ妖精として放っておくなんて出来ないよ」
「しかし……」
私はおじいさんの膝から降りて、自作転移石を作り出した。ステータスが馬鹿みたいに上がった今となっては、これを作り出すのも容易い。そして、その石をおじいさんに渡して『同調』開始。
『アリーナ』
『はーい、どうしたの?』
『ちょっと力が必要になったから、魔道具全部レーベルの指輪に仕舞わせて。それで全員こっちに転移で連れて来たいんだ。石に魔力を通してくれる?』
『わかった。ちょっと待ってね』
「おじいさん。私1人じゃ難しいけど、有難いことにこっちにはそっち方面のエキスパートが居るんだよね。その子達と一緒なら可能性があるから、ちょっと皆で来るね」
「はぁ、そうなのですか?」
「そうなの。良いからその石に魔力流しといてね」
「え、ええ。分かりました」
少しだけ戸惑うおじいさんだが、私は構わず転移し、円卓の上に降り立った。何故か円卓の上に皆乗っている。
「これで机ごと一気に飛ばせるでしょ?」
「ナイスアリーナ。皆、ちょっと跳ぶから足元注意」
私はすぐにまたおじいさんの所に円卓ごと転移した。地面から少し浮いた場所に転移したので、盛大な音を立てて着地する。
とりあえず皆におじいさんの事を話すと、子供達が大号泣しておじいさんに纏わりついた。自分達よりも遥かに可哀想だと思ったんだろうけど、おじいさんは子供達の泣き声をどうにか収めようと困惑するばかりだった。アリーナは私を抱き締めて泣いている。身長差があって胸に埋もれちゃうんよ。
「ということで、ダンジョンは無事攻略したけど、おじいさんはこのままにしておけないの。アリーナ、レーベル、ちょっと助けるから手伝ってくれる?ラダリアを作った時みたいな感じで補助をしてくれると嬉しい」
「グス……任せてアイドリー。私もおじいさん助けたい」
「しかし主よ。翁を助けるというならば、このダンジョンはどうするのじゃ?その妖精が核なのであろう?」
そこだ。幾らおじいさんを助けたいと言っても、このダンジョンが無くなると今度はアモーネに暮らしている人間が困る。核が消えてもダンジョンが自然に動き続けるようにしなきゃならない。
「そこら辺も気を付けるよ。じゃあ、やってみようか」
「ほ、本当に出来るのですか?」
自分の身体のことなので心配なっているおじいさん。大丈夫だよおじいさん。妖精のノリに不可能の文字は今のところ無いから。
私とアリーナはダンジョンコアに手を当てた。
「レーベル。妖精魔法でダンジョンコアの情報を『同調』の中に流すから、レーベルがパイプになってそれをアリーナに流して。後『超同調』も使ってINTに振っといてね。辛いと思うから」
「うむ、心得た」
「アリーナは私が流した情報の中から、おじいさんと癒着してる部分を割り出して少しずつで良いから剥がしていって。いけそう?」
「それぐらいなら何とか。アイドリーはどうするの?」
「おじいさんの代わりになる物を作り出すつもり……それじゃあ、挑んでみようか」
「「了解ッ」」
最初に『妖精魔法』でステータスを全てINTに回した。これで合計値が1兆を越えたが、対抗出来るかどうかと言われれば……うん、やってみなきゃ分かんないや。けど全力を尽くす。
「始めるよ」
(イメージ、流れる情報を全てこちらに引き寄せる。システムの根幹まで根こそぎ……そこにフィルターを掛けるようにして……流すッ!!)
5分間の戦いが始まった。
「ふっ……~~~~~ッ!!」
(複数思考全部使ってこれか~~~~~ッ!!!)
ダンジョン内のありとあらゆる情報全てが頭に流れ込んで来た途端、アイドリーの頭に激痛が走った。その衝撃で膝がガクガク震え出すが、根性で持ち直す。
だが最大の痛みは最初だけで、その情報の渦が次々にレーベルを通してアリーナに流れ込んでいった。アイドリーがフィルターも掛けているので、アリーナの顔色はそこまで変わらない事に安堵する。
自分の頭痛は治らないが、それでも十分耐えられそうだと判断したので続行。
「……主よ。『超同調』の持続限界時間まで後4分じゃ…」
苦し気なレーベルの声が耳に入った。『超同調』が切れるとレーベルがダウンする為、早めに勝負を決めなくてはならないと判断したアイドリーは、情報のスピードを速めていく。アリーナも歯を食い縛り始めたが、確実に解析は進んでいった。
そして、反撃の合図が上がる。
「……見つけたよ。剥がしてくね」
「……りょう、かいッ!」
私とアリーナは最低限それだけ言って、翳していない手を握り合った。2人の妖精魔法を使い、
その手をダンジョンコアの中に―――――押し込む。
「「――ッ!!!」」
ドボンッという水の中に入ったかのような音と供に、腕がダンジョンコアの中に侵入した。途端にコアに蓄積されている途方もない魔力が溢れ出す。室内が濃密な魔力で押し流されそうになるが、ダンジョン妖精が『妖精魔法』でそれを反らした。後ろに居た子供達やシエロ、美香は無事である。
「無茶をなさる…」
「あ、ありがとうございます……」
「……いえ、どういたしまして」
シエロがお礼を言うが、後ろに振り返って妖精は一つ返事をすると、また自分を救い出そうとしている彼女達を見ていた。
(何故、同じ妖精というだけでそこまでして頂けるのだろうか…)
彼には分からなった。妖精という種がどんな生物なのかを。どういう本能の下に生きているのかを。彼女達が特別優しいのか?とも考えたが、それだけなら自分達の身を会ったばかりの自分の為に危険に晒す程ではない筈だと。今までの人間達を見ていてもそう思っていたのだ。だから分からない。その想いはまだ伝わらない。
だが彼女達にはそんなことは関係無い。やると言ったらやるのだ。
「は~~が~~れ~~ろ~~~ッ!!」
「は~~い~~~れ~~~ッ!!」
ダンジョンコアのシステムに介入したアリーナがその根幹で根のような物に同化している妖精の姿を頭の中で発見しており、頭の中でその根を剥がしていくイメージをしながらダンジョンコアの中の妖精を引き摺り出そうとしていた。
反対にアイドリーは、その剥がれた部分に代わりとなる機能を一つ一つ植え付けていくイメージでダンジョンコアに手を入れ続けていた。だが根は妖精を離さないようにと中々に剥がれないし、逆にアイドリーの精神を取り込もうとしてくる。
(上等だよ、取り込めるもんなら取り込んでみろッ!!!)
ノリと根性で耐え続ける2人に、子供達がひたすら祈りを捧げる。シエロと美香も祈っていた。2人が成功するように、妖精を助けられるように。
「後……2分じゃッ!!急げ主達よッ!!!」
「ぐぬぎぎぎぃ~~~~ッ!!!」
アリーナはもう少しで妖精を引き剥がせそうだった。私は私で剥がした場所から穴埋めをしていくが、ちょっと時間が足りないかもしれないと冷や汗が流れ始める。だが、ダンジョンコアは足掻き続ける。そして、
「うわぁッ!?」
「アイドリーッ!!?」
ダンジョンコアはアイドリーを物理的に取り込もうと魔力で出来た触手で身体を掴んだ。物理で対抗してくるとは思わず完全に無防備だった為に、アイドリーはダンジョンコアの中に引き摺り込まれた。
(油断したッ!!そんな防衛機能聞いてないってッ!!しゃあないなぁ~~~)
「アリーナッ!ちょっと行って来るッ!!」
咄嗟に妖精魔法でギリギリ魔力の紐を出してアリーナがそれを掴む。同時に妖精をダンジョンコアから完全に引き摺り出すことに成功した。
「レーベルッ!!」
「わかっとるッ!!!美香も手伝うのじゃッ!!」
「わかったッ!聖剣開放ッ!!」
レーベルは『超同調』でリンクしたまま美香と一緒に全力で紐を引っ張り始めるが、向こうの引っ張る力が強過ぎて現状維持がギリギリだった。アリーナはその紐に妖精魔法を使い『同調』でアイドリーに呼び掛けるが、返事も返って来ない。
(多分アイドリーは直接決着を付けるつもりなんだ。なら、私がやることは……)
「おじいさんッ!!身体に戻ってッ!!」
アリーナの手の中に居る妖精を見せると、おじいさんは深く頷き『人化』を解く。
そして、妖精は1万数千年の歳月の中、初めての目覚めを経験した。
「おぉ……おぉッ!!これがっ…!」
震える身体を動かし、自らの身体の感触を確かめていく。だが、アリーナの声で正気に返った。今はそれどころではないのだと。
「お願い、ダンジョン妖精の貴方しかこの中に入れないのッ!この紐を伝って、アイドリーを引っ張って来て欲しい………」
自分を縛っていた物の中にもう一度入って欲しいという願いを頭を下げて頼むアリーナ。だがやって貰わねばアイドリーを救えないと判断したアリーナが、自分の中に天秤を置くという事態に苦しみながらも選んだ答えだった。だが、
「是非も無い。お任せ下さいお嬢さん」
喜々として発せられる自分の本来の声と供に、妖精は指を振ると、一筋の光となって、紐に入り込んだ。そのまま猛スピードでダンジョンコアに突っ込んでいく。
「ごめん……お願い」
「まったく。意地汚いというか、往生際が悪いというか。私は全年齢対象だよ?そういうの要らないんだけど。人化も勝手に解けたし、お人形さん遊びでもするの?」
場所はダンジョンコアの中心、システムの根幹に私は居た。周囲はコードのような物が所狭しと並んでおり、一本一本が自我を持っているかのように私を囲んでいた。もう『同調』も切れて、今私とアリーナ達を繋いでいるのは、左手首に巻き付けてある細い紐が1本だけ。
そんな空間の中で、唯一眼を引かれる物があった。空間の奥で鎮座している、人の姿を象った魔力の塊のような存在。
「ようこそ、小さな妖精さん」
そして、彼女は私に語り掛けて来た。