第97話 死を誘う足音 51階層
「……ん~~~~ッ………あー、切れてたかな」
朝、私は起きて直ぐに水の結界クーラーを張った。腹時計的にまだ5時くらいだけど、空は一点の曇りも無い青空とギンギラな太陽が姿を見せて地上を熱している。皆寝苦しそうな顔してたけど、今は健やかな寝息を立てて始めた。危ない危ない……
流した汗で風邪を引かないようにする為に、私は皆にウルフの毛皮を掛けていくと、私と同じく早起きな子達が朝の挨拶をしてくれた。
「あ~♪」
「おや、おはよう……」
子供達が運んでいた赤子達が、笑顔で私に手を伸ばしていた。おーどした。乳は出んぞ私は。
なので指を与えてみると、赤子はそれを掴んで自分の口元に持っていき、ちゅぱちゅぱと吸い始めた。ああ、ご飯じゃなくておしゃぶりが欲しかったのね。
しばらくその様子を見ていると、他の2人の赤子も手を伸ばし始めた。いや、私の手は2本しか無いんだけど……妖精魔法で手を生やしたら泣くよねきっと。
「……しょうがないなぁ」
「で、朝から何してるんじゃ主は」
「あ、おはようレーベルんッ。良ければあっ、指を1本貸してうひゃっ、くれないかな?」
「あー……まぁ良いが」
珍しく早く起きたレーベルが私の恰好を目を細めて見ている。私は両手の指を2人の赤子に、そしてもう1人の赤子に耳をハムらせていた。ちゃうねん……グズり始めてしまってん……他に咥えさせても大丈夫そうなのなかってん……
「むしろ我が寝ているアリーナに咥えさせるというのはどうじゃ主よ?」
「どうだじゃないよ早く代われ駄ドラゴン」
51階層に入ると、またガラッと雰囲気が変わった。
「……室内だね」
「……屋敷のようじゃな?」
「ダン……ジョン?」
「豪華な廊下だね」
「砂どばー♪」
「「「どばー」」」
場所は屋敷内の廊下だった。高い位置からぶら下がっているシャンデリアは通路の遥か先まで行ってるし、地面も赤い絨毯で触り心地も良い。埃も全然舞ってない。まるで建ったばかりのようだ。壁にも所々調度品があるし、そのどれもが細かい細工が施されている。
そしてそんな中でブーツの中に溜まった砂を盛大に子供達とぶちまけていくアリーナ。それ、外のお屋敷や城の中でやらないようにしなね……
「で、これはダンジョンのフロアってことで良いのかな?屋敷フロア?」
「魔物はその場合何になるんじゃ?」
「……まぁ、歩いてみましょうよ」
そうするしか無いか。私達はとりあえず最大限身を寄せ合いながら慎重に廊下を歩き始めた。
しかし、一向に変わる事の無い景色が数時間続くと、段々と変わらない廊下の景色に気持ち悪さを感じる子供が出て来たので、一端止まって会議を開く。
「廊下が長過ぎるだけかな?けど階層を降りた感触無いよね?」
「何かギミックがあるのかもしれないよ?魔物も一体も出て来ないし」
「罠ならぬトリック部屋ということかのう?」
「かもしれませんね。けど……こう何も変わらないと、不気味に思えてきます」
「あ、それ分かるよ。何かホラー映画とかでありそうだもん」
ホラー映画か。西洋の屋敷にはありがちだよね……そっか、なら魔物も……だとすると、
「シエロ、歩いている間、調度品の中に振り子時計ってあったよね?」
「え、ええありましたね」
「何時だったのか覚えてる?」
「……いえ、思い出せま「12時だったよ?」アリーナ?」
アリーナが自信満々にシエロの代わりに答えてくれた。よし、流石私の親友。
「針は動いてた?」
「んーん」
「そっか。美香、さっきの意見採用ね。1ポイント」
「何で加点されたの私?今何ポイントなのそれ?」
「聞きたい?」
「……聞きたくないです」
私達は、しばらく休んだ後、今度は時計が見つかるまで歩き続けた。今度は子供達が視覚酔いをしないように、ゆっくりと歩く。そして目的の物を発見した。
「お、あったね。さて時間は……やっぱり動いてない」
振り子は動いているのに、針は1秒も進まず以前として12時を指していた。
「どういうことなのじゃ?」
「この屋敷は、今12時で時間が止まってるって設定で考えてみると、このフロアの時間は現在物語外なんだよ。つまり、『屋敷内の物語』はまだ始まってないことになる。それを始めないと進まないんじゃないかなって」
「「……?」」
シエロとレーベルは言っている意味が分からないのか、首を傾げるが、美香は察したのか顔を青くする。アリーナに至っては、
「おばーけやーしき♪おばーけやーしき♪」
後ろから私の両肩に手を置いてピョンピョン跳ねていた。アトラクション気分かな?君に恐れは無いんだねアリーナ。ならば共に開演の鐘を鳴らそうじゃないか。
「よーしアリーナ。短針を1回転させちゃえ」
「りょッ!!」
アリーナが時計のガラス扉を開け、人差し指でグルンっと短針を回した。
ッフ
「「「ひぃッ!?」」」
「お~♪」
シャンデリアの灯りがまず消える。廊下内は真っ暗に染まり、お互いの顔さえ見えなくなる完全な暗闇となった。悲鳴はシエロと美香だね。子供達からの悲鳴が無いので心配になった。
「子供達、点呼」
で、一応数えたけどちゃんと全員居たね。よく驚かなかったと思ったけど。聞いてみたら、全員口を抑えて耐えたらしい。いや、怖かったらちゃんと言いな?
とりあえず暗さをどうにかする為に、レーベルに火の玉を出して空中に浮かべて貰うと、
そこは先程の屋敷ではなくなっていた。
「何かおどろおどろしいんだけどッ!?」
美香の言う通り、廊下なのは変わらないが、絨毯は赤黒く変色し所々敗れており、側面には板が乱雑に打ち付けられた窓が配置されていたが、外の様子は真っ暗で何も見えない。シャンデリアも幾つかが床の隅っこで落ちて朽ち果てているのが見えた。
そしてありとあらゆる場所に付着している血の跡。どっからどう見てもホラーハウスである。ならば当然現れなければならない物があった。
ザッ……ザッ……
闇の先から、足音が1つ……2つ…
板張りの間から何も映さない虚ろな眼が、ポツポツと現れては全ての視線が不気味な光を放ち子供達へと向けられる。
調度品はカタカタと震え始め、ひとりでに中に浮き始めた。
そして、廊下の奥からは、人の形を辛うじて保っている、死を否定し続ける亡者達が群となって殺到してきたのだ。
悍ましい姿。恐ろしい狂気の姿を目の当たりにして、子供達は全員腰を抜かす。けどそれで良い。パニックになって逃げだすより何百倍もマシだからね。
名無し Lv.126
種族:インサニティグール
HP 5333/5333
MP 0/0
AK 3591
DF 4735
MAK 0
MDF ―
INT 0
SPD 3800
【固有スキル】腐食 不死体(呪)
スキル:狂化(B)
名無し Lv.102
種族:イビルガイスト
HP 10/10
MP 10/10
AK 4500
DF 10
MAK 0
MDF ―
INT 0
SPD 4000
スキル:浮遊(A)
なんてことは無い。異常ではあるし初めて見たけど、アンデット系ってだけなら何とかなる。レーベルや美香が連携し、アリーナが『S.A.T』モードで指示を出せば十分戦える。美香の『聖剣』スキルで聖属性魔法を使えば楽に対処出来るだろう。動けない子供達も私が結界を張っている限りは攻撃は通らない。
けど……こいつだけは話が別だった。
「美香、確か確認されてる階層は50層までだったよね?」
「う、うん…」
「理由が分かったよ」
後ろの通路に現れた魔法陣の中から、その『鎧』は現れた。
名無し Lv.500
種族:エルダーアーマー(覚醒+)
HP 6000万0000/6000万0000
MP 0/0
AK 5080万0000
DF 6000万0000
MAK 0
MDF 8900万0000
INT 7000
SPD 1億0000万0000
【固有スキル】狂気(呪)不死付与 真・聖鎧(呪)
スキル:狂化(EX)剣術(SS+)盾術(SS+)
・狂気(呪)
『元々あった意志や理性を失う』
・不死付与
『殺害した者をグールに変える』
・真・聖鎧(呪)
『ステータスを10倍まで引き上げ、状態異常を全て無効化する。この固有スキルを獲得した場合、聖剣特性の媒体として補正が掛かる』
・狂化
『ランクが高い程ステータスに補正が掛かる。現在の補正:100倍』
少し前の私なら成す術なく瞬殺されるレベルの強さじゃないか……
ふざけるなよこのダンジョン作った奴。あれはどう考えても勇者ですら勝てない強さだ。此処で確実に殺す事しか頭に無いっていうかあいつだけダンジョンで長く一つのフロアに留まり続けると出て来る執行者みたいなバグキャラだよ。
シエロは酷く狼狽えて震え出し、美香も鎧の放つ粘り着くような殺気に当てられ怖気づく。
「な、なんで勇者の聖鎧が……こんなところに」
「ていうか見たこと無いぐらい強いんだけど……」
私は静かにレーベルとアリーナに指示を出した。アリーナは即座に『S.A.T』モードに移行する。
「……レーベル」
「分かっとる。あれはヤバい。『超同調』を使うぞ」
「うん、出し惜しみしたら確実に死ぬからね。アリーナも」
「大丈夫、油断はしないよ」
「なら、前のは全部任せて大丈夫だね?」
「……1人でやるのか、主よ?」
なーにーレーベルさんや。私1人じゃ心配かい?ならそれは子供達の為に使ってくれると嬉しいかな。
「あれは、私をご所望みたいだからね。ちょっと久々にガチ勝負してくるよ。レーベル、20階層の時みたいに通路塞いどいでね」
さっきから兜の中の視線が私にだけ向いているのを感じたからね。おそらく、力量が見えてるんだろう。でなきゃあんなステータスの奴が出て来る訳が無い。
「……わかった。死ぬなよ主よ」
「あたぼうさ。アリーナ」
「なに?」
「終わったら私を抱いて寝てくれる?」
「いつだってしてあげる。いってらっしゃい」
ならもう憂いは無い。さぁて何の意志かは知らないが、思惑には死んでも乗ってやらないよ。私のノリと妖精魔法の神髄を思う存分味わうと良い。
エルダーアーマーの兜、その深淵から2つの眼が再度私を見た。そうだ、私を見ろ。私だけを見ろ。
「踊ろうか、亡霊」