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現代・赤壁~趙雲ノ演武~

「おおっ、シャオちゃん!ぜんっぜん、AIっぽくない!!ほんとの人間かと思っちゃったよ」

結月が感動の声を上げる。

「ありがとうございます、結月様」

 

 確かに、“美人過ぎる”という点を除けば、創が作り上げたAI――シャオ――は極めて人間に近かった。


 もちろん、“能力”だけ見れば、むしろ殆どの点で人間を遙かに凌駕している。だが、何というか、存在感が“人間らしい”のだ。


 例えば、一般のスマホに搭載されている汎用AIは、近くの人が発した言葉全てに反応し、聞き取れない場合は無機質に問い返す。――申し訳ございません。何とおっしゃったのか分かりません――といった風に。

 

 だが、シャオは“沈黙”を知っている。相手の発言が問いかけなのか、そうでないのかを識別し、不要な時はしゃべらない。


もちろん、語尾の発音さえ認識できれば、疑問形かどうかの判別自体は可能だろう。驚くべきなのは、何が正しいかの判断を自分自身で出来る(・・・・・・・・)ということだ。


俺の「3日じゃ間に合わない」という発言に、シャオは「間に合います」と言い返してきた。


 これは、単なる音声認識の範疇を超え、正誤判定さえも同時にこなしていることになる。


 ――シャオが俺の代わりに面接に出たら、一発合格だろうな……。どこかで読んだ「AIが人間の仕事を奪う!」的な記事が思い浮かんでくる。


「それでは、赤壁までのルートをご案内いたします。失礼ですが、アキラ様のパソコンをお借りしてもよろしいですか?」


 シャオが俺たちに問いかけてくる。

「あ、ああ……」


 ――それ、借りるというより、ハッキングっていうんじゃ……。


 そんな俺の心のつっこみをよそに、シャオは無線で俺のPCにアクセスしたかと思うと、瞬く間に、赤壁までの最速・最安ルートを調べ上げる。

 ついでに、流暢な中国語でホテルとの金額交渉までしてくれる有能っぷりだ。


 ――冬休みのバイト代をはたけば、何とかできる金額だ。


 気にかかっていた親の説得も、意外にもすんなり進んだ。普段は放任主義のうちの親も、流石に一年も家に戻ってこない創のことは心配なのだろう。「じゃ、食事作って待ってるわね」と相変わらずの調子で快諾した。

 

 また、最大の関門の結月の父親も、溺愛する娘のことを気にかけつつも「ま、アキラくんとなら何も起きないよな!!!」と、信頼とも脅しとも取れる言葉で送り出してくれた。


 ――そして三日後。約束の時間のきっかり三十分前。

 シャオの完璧なナビゲートの下、俺たちは、曹操孟徳と孫権ー劉備連合軍が激突した地、赤壁に立っていた。


 「え!ここが赤壁なの?」

 結月が、驚きの声を上げる。映画と漫画で予習してきた結月は、「つわものどもの夢の跡」的な、もっと殺伐としたイメージを持っていたんだろう。


 三国時代の激戦地・赤壁は、今やすっかりテーマパークと化していた。英雄たちの銅像や、歴史資料館、レストラン、果ては土産物店まで整備され、完全に観光地になっている。


 かつての面影を残しているのは、眼下に流れる雄大な長江だけかもしれない。

 

 周囲には、いかにも歴史マニアっぽい老人もいたが、休日だけあってその大半は家族連れのようだ。


 俺たちの傍らには、麦わら帽子の少年が、小枝を振り回しながら言う。

「ぼく、早く趙雲見たい!」

 

「本日、趙雲様が劉備様のご子息を助け出したシーンの実演があるようですね」

 シャオが解説する。

 

 ――あの伝説の!


 三国志好きなら誰でも知っている名シーン。曹操軍に取り囲まれた劉備の息子、阿斗を胸に巻きつけた趙雲が孤軍奮闘し助け出す。三国志演義屈指の胸熱展開だ。


「阿斗のお母さんは、井戸に飛び込んで亡くなっちゃうんだっけ?」

 ほとんど一夜漬けの結月も、そのシーンは覚えているらしい。


三国志演義(・・・・・)では、そうだけど……。正史(・・)では助かっている」

「演義?正史?」


「三国志には、実はいくつものパターンがある。陳寿が正史を書いたのは三世紀の晋の時代。その後、口頭伝承も含めていろんなバージョンが出ている。その中で一番有名なのが明時代の羅漢中が記した三国志演義なんだ」


 よりディープなオタク知識を披露したいところだが、ドン引かれないようにぐっとこらえる。


「ふーん。その二つは何が違うの?」

「ざっくり言えば、正史は歴史書で、三国志演義は読み物と言えるかな。それと正史の方は魏の曹操と後継王朝の晋にフォーカスしているけど、三国志演義は劉備が主人公になっている」


「じゃ、正史の方が正しいってこと?」

「いや、そうとも言い切れない。正史といっても、陳寿が晋に仕えていた以上、自分の国に都合の悪いことは書けないから」


「つまり結局、何が正しいかは分かんないってことね」


 ――残念ながらその通りだった。三国志マニアの俺でさえ、全てのバージョンを把握しているわけじゃない。


 何て言っても、日本では卑弥呼が活躍していたころのお話だ。真実は、千八百年前(当時)の人みぞ知るということだ。


「あっ趙雲だ!!」

 隣で小枝を振りまわしていた男の子が歓声をあげた。


 目の前を、三国時代の武具で身を固めた長躯の男が横切った。右手には、鋭利に光る長槍が握られ、胸には布が巻き付けられている。


 本物かと一瞬驚いたが、どうやらこれから行われる実演の趙雲役らしい。


 興奮した男の子が、母親の制止も聞かず、大はしゃぎで彼に向かって突進する。気配を感じた趙雲が振り向いた。


 不意に。

 段差に足を取られた男の子が体勢を崩し、趙雲の方にダイブする形になった。

 その手に握られた槍の切っ先に向かって。


 ――刺さる!

 思わず、目を逸らす。


 数瞬後。視線を戻した時、男の子は、なぜか趙雲の腕の中にいた。

 本人も、何が起きたか分からずぽかんとしている。


「あの人、すごい」

 隣にいたはずの結月が、なぜか斜め前の位置で突っ伏している。男の子が転んだ瞬間、反射的に男の子の方に手を伸ばし、勢い余って倒れたようだ。

 

 結月の説明では――。

 あの瞬間、趙雲は槍を反転させ、刃の平面部分を男の子の下腹部に潜り込ませた。そのまま槍のしなりを利用し、身体を宙に浮かせて胸で受け止めたらしい。


 凄まじい槍(さば)きだ。それを見極めた結月の動体視力も半端じゃないが。


 慌てて駆けつけてきた母親が、趙雲に深々と頭を下げる。甲冑を取ったその顔は意外にも若く――まだ十八歳くらいだろうか――くっきりとした整った顔立ちをしている。


 「お母さん、全然大丈夫っすよ!」

 母親の丁重なお礼に、青年はノリ良く応答する。


 こうして声だけ聞くと「体育会系の、イケメンだけど無駄に熱いにーちゃん」って感じだ。クールなイメージの趙雲とのギャップに思わず苦笑する。


 だが、槍術や武術の腕前は本物だ。あの歳で、趙雲役という主役級の演武を任されるだけあって、相当の鍛錬を積んでいるはずだ。


「男の子なら、お母さんを守るんだぞ」――。そう言い残して彼は颯爽と歩き去った。男の子は憧れの眼差しでその背中を見ている。それこそ阿斗を救った、“本家”趙雲であるかのように。


 それに比べて俺は……。ただただ目を逸らしただけだった。結月のように、手を伸ばすことさえできなかった。不甲斐なさで自分が嫌になる。

 

「あの趙雲っぽい人、最後何て言っていたの、シャオちゃん」


 中国語を専攻する俺と違い、結月はほとんど中国語が分からない。シャオが、彼そっくりの口調で日本語訳する。


「へー。本物の趙雲もあんな風に喋ってたのかなぁ」

「趙雲様は河北省の出身で、あの方は南方出身のようですので、訛りが違います。もちろん、部分的には通じると思われますが」


 風が強くなってきた。雲も厚みを増している。

 約束の時間まであと三分。創の姿はまだ見えない。

 

「そういえば創ちゃん、今どこにいるの?」

 シャオはいつもの微笑みでこう答えた。


赤壁(ここ)にいます。西暦208年(・・・・)の、ですが」


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