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現代・東京~AIノ微笑~

 ――何で、こんなことになってんだ!?

 

 創からのメールを閉じた瞬間、謎のウィルスが起動し、スマホに正体不明なアプリが物凄い勢いでダウンロードされ始めたのだ。


  ハッキングだと気づいたときにはもう遅かった。数秒後には、見たこともないアプリがホーム画面を占拠していた。


 家のチャイムが鳴り響く。

「あらまあ、うち来るの久しぶりねぇ~」

玄関口から、母親の声が聞こえてくる。


 ドタバタと階段を跳ね上がる音が聞こえ、勢いよく俺の部屋のドアが開かれる。

 空手着の結月がノックもせずに飛び込んできた。


 よほど急いでいたのか、乱れた空手着の下から、緩やかな曲線を描くTシャツが覗いている。

――いつのまにか、育ってる。


 結月は大きくため息をつく。

 考えが見透かされたのかと思わずぎくっとしたが、結月の視線は床に放り出された俺のスマホに注がれている。


「あー、やっぱ遅かったかぁ。手を振って伝えたのに……」


 ――どうやら、さっきスマホを指差して手を振っていたのは、“ウィルスに気をつけろ”というメッセージだったらしい。であれば、完全に逆効果だ。


「いやー、油断したよ。まさか創ちゃんからのメールに、ウィルスが仕込まれてるなんてね」


 そう言って、結月も自分のスマホを床に置く。画面には、俺のと全く同じアプリが現われている。


 「そもそも、これって本当に創からのメールなのか?」

 創の名を語る誰かのメールという可能性も捨てきれない。


「たぶん、創ちゃんで間違いないと思う。こんな完璧なウィルスを仕込める人、日本に数人しかいないだろうから」


 当然、俺たちのスマホにも当然ウィルス対策ソフトは入っている。だが、そんなものは創の手にかかれば、クッキーで出来た城壁並みの強度しかない。


「となると、このアプリ自体が何かのメッセージということなのか?」


「そうだと思うけど……。ちょっと貸して」

 結月は突如俺のスマホを奪い、躊躇なく正体不明(その)なアプリをクリックする。


 ――ちょ、ま、お前!

 慌てる俺には気にも留めず、結月は自分のアプリも起動する。


「考えてもしょうがないでしょ。それに、あの創ちゃんが、わたしたちを攻撃するわけないじゃない」

優柔不断な俺と違って、結月の決断はいつも早い。


 すぐにアプリが起動し、スマホの画面いっぱいに世界地図が展開される。やがて、その地図上に、次々と青白い光点が現れる。


 北米大陸の北端から始まり、ヨーロッパ大陸の南端――あればトルコのあたりだろうか――、ドイツ、スペイン、そしてあれはスコットランドあたりか。


 そして最後の点が灯ったのは、中国大陸の長江流域だった。そこだけ、赤い点が点滅し続けている。――そう、あれの場所はちょうど……。


「もしかして、赤いところが赤壁?」

 地理や歴史の知識は殆どない結月だが、勘だけはやたら鋭い。


 ――つまりこういうことか。

 この地図には、過去、創が訪れた場所がマッピングされている。恐らく、過去送られてきた5枚の画像が、青い光点に重なるはずだ。俺はパソコンを立ち上げ、詳細な場所を検索する。


 1枚目の雪原の画像はカナダと北極の間だった。原住民がかろうじて住めるくらいの極寒の地で、決して旅行で行くような場所ではない。


   2枚目の海の写真はエーゲ間に突き出る、トルコのガリポリ半島。そして3枚目の赤煉瓦の都市は、ドイツの――。


 都市名が画面に浮かんだ瞬間に、背筋に寒いものが走った。


「ハーメルンって、あの笛吹きの?」

 結月が後ろから覗いてくる。


 額に汗が滲んでいくのを感じながら、4枚目の冠雪を抱く山脈の写真に急ぐ。スペインとフランスの中間、ピレネー山脈。そして5枚目の灯台は、スコットランドのアイリーン・モア島だ。

 ――あの、3人の灯台守が唐突に消えたことで有名な。


 つまり、いままで創が送ってきた画像は全て、“過去に集団失踪事件が起こった場所”だった。


 カナダのアンジクニ村では30人の原住民が、ガリポリ半島では66人のイギリス兵が忽然と姿を消している。


 ハーメルン笛吹きによる、子どもの集団失踪事件は、日本でも有名だろう。そして、ピレネー山脈では、スペイン継承戦争中、何と4000人もの兵士が行方不明になっている


 規模も場所もバラバラだ。だが、偶然の一致というには、あまりにも出来過ぎている。


「真理を見つけた。赤壁で待つ」

 このメールが正しければ、創は今、赤い点が点滅する点の場所――中国の赤壁にいるはずだ。いきなり物騒な予感を漂わせ始めた”真理”とともに。


 しばらくの沈黙の後。


「行こっか、赤壁?」

 結月が呑気な声で、言い出した。

「本気!?」

 俺は結月を見つめ返す。


「俺の話聞いてた!?」と思わず問い詰めたくなるが、臆病者(チキン)の俺とは違って、結月にはこういう思い切りの良さがある。


「創ちゃんが見つけた真理、知りたいしね」

 それに――と、結月が悪戯っぽく笑う。

「赤壁って、三国志マニアには聖地なんでしょ?」


 ―――図星だった。生粋の三国志ヲタ、特に劉備ファンの俺にとっては、夢にまで見た場所だ。それに正直、ほんのひと時でもいいから、この終わりの見えない就活から逃げだしたい。


「――あ」

 俺の返答を待たずに、結月が間の抜けた声を上げる。

「なんかまた動きだした」


 地図に再び目を落とすと、赤壁周辺の地図の横に、2017年6月25日13時25分という文字が浮かびあがっている。恐らく、この時間に落ち合おうという意味だろう。


「――って、三日後か。無茶だろ!」


「正確には3日と5時間7分後です。大丈夫、十分間に合います」

 結月の声より僅かに高い、それでいてどこかで聞き覚えのある声が部屋に響いた。


 ―――誰?

 俺と結月の声が重なった。


「申し遅れました。シャオと申します」

 俺のスマホに、絶世の黒髪美女が映っている。


   声に聞き覚えはあっても、その顔に見覚えはない。こんな美人、一度でも見たら絶対忘れないはずだが……


「あ、記者会見の時のAIさんの声だ!」

 俺より少し早く、結月が答えを見つけ出す。


 ――そうだ、創の記者会見のとき、見事な受け答えをしていたAIの声とそっくり、というよりもそのものだった。


   その時は声だけで“中の人”は映し出されなかったので、見覚えがないのも当然だ。


 画面の中のシャオは、引き込まれるような魅惑的な笑みを浮かべ、こう宣言した。

「はい。創様のめいにより、お二人を赤壁までお連れいたします」


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