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新本格部シリーズ

魍魎の箱

作者: DF946

「〝好奇心は猫をも殺す〟って言葉があるじゃん」

「ああ、あるな」

「あれってさ、なんか意味わからないよね」


 昼休みにスマホゲームをしていたら、ふいに友人の多嶋良樹に、そんなことを言われた。

「なんでいきなり猫が死ぬんだろう。っていうかなんでいきなり猫が出てくるの? かわいそうじゃん、って」

「たしかに……。いや、あれは確か、猫が九つ命を持ってるっていう話から来てたはずだ。そんな猫でも好奇心に任せて行動してたら、命がいくつあっても足りないぞ、って意味だ」

 俺は語源を知っていたので解説する。

「うん、まあそうなんだけどさ。僕はなんか、シュレディンガーの猫を先に思い浮かべちゃってね。箱の中に猫がどうなってるか好奇心にかられて蓋を開けちゃうと、せっかく生きてる可能性もあったのに、観測したせいで殺しちゃうかも……って意味だと思っちゃった」

 なかなかアクロバティックな誤認だ。

「……でも、なんかそっちの方がしっくりくるな。最初にそっちで説明されてたら、騙されて納得してたかもしれない」

「でしょ」

 良樹が無邪気に笑った。

下らない話を終えてゲームに戻っていたら、また良樹が話しかけてくる。

「あ、葉太郎。箱と言えばさ、箱型のゲーム機といえば何だと思う?」

「箱型……。えー、……Xb〇x」

「箱〇かよ。ゲー◯キューブでしょ普通! 椎茸は四角くないし」

 普通って言われても……。


「ゲー〇キューブはいいよー。面白いソフト多いもん」

「Xb〇xだって、DMCとかCODとかあるし……」

「大勢でできるゲームはやっぱり任〇堂だよ。ス〇ーフォックスとかスマブラDXとか……」

 ゲー〇キューブの人気ゲームを挙げるだけ挙げてから良樹が言った。

「で、今度友達の家でスマブラしに行くんだけど、一緒に行かない?」

「そういう流れだったか」


      *


 遊ぶ約束をしたのは、学校の創立記念日の休日だった。

 久しぶりに平日に昼間までごろごろしたあと、昼過ぎに集合場所の公園へ向かった。

 春らしくよく晴れた、いい天気だった。

「やあ葉太郎」

 良樹と合流し、自転車を走らせ他の場所に向かう。

「そういえば、そのお前の友達ってどんな奴なんだ? 俺らと違う学校って言ってたけど」

 自転車で良樹のマウンテンバイクに並走しながら聞いてみる。

「ああ、関口くんと中善寺くんね。いい奴らよ。本が好きで話が合うんだ。スマブラDX勢でね。春陽小学校の二年生」

「小学生!?」

 しかも低学年……。




      *




 春陽小学校の校門前に着くと、小さな生徒たちが下校している時間だった。

 低学年は四時間終わりの日だったんだろう。

 良樹は校門のそばではしゃいでいる小さな男の子4人衆のところまで自転車を飛ばすと、ギャリッと砂を噛むドリフトの姿勢で急停止した。

「おまたせっ」

 その途端、良樹の登場を見た男の子達が「わー!」っと歓声をあげた。

「すげえ!」「ねっ! ゆったでしょ! 高校生のともだちいるって!」「こいつね! マジね! スマブラつえんだよ! 神だよ!」

 小学生にもてはやされ、良樹は楽しそうだ。御山の大将といったところか。

「友達を連れて来たんだけど、いいよね? ほら葉太郎も、こっち来て」

「おぉ……」

 とても混ざりづらい……。



      *



 その関口くんの家に遊びに行くまでに、自転車を押しながらわいわい喋った。

 関口くんは一人だけ眼鏡の子だった。見た目はしっかりもので頭のいいのび太くんといった印象だ。みんなから「たっちゃん」と呼ばれているので俺もたっちゃんと呼ばせてもらおう。

 「アキヒコくん」はたっちゃんの親友らしい。襟足の長い長髪黒髪で、目が切れ長で挑戦的だ。こういう子はきっとAB型で勉強ができて、常に教師を見下しているこまっしゃくれたやんちゃ小僧だろう。

 「レイジくん」はふわふわした長髪で、線の細い美少年といった感じだ。ランドセルにジラーチのポケ◯ンシールが貼ってあるけど、すごく彼のキャラと合っている。たぶんピアノとか習ってる感じの子だろう。

 もう一人「シュータくん」は、坊主頭で一番元気な、小学生らしい小学生だ。たぶん勉強は苦手で体育が一番好きな感じの子だろう。

 良樹の交友関係は本当に謎である。



      *



 しばらく小学生たちと一番強いスーパーヒーローが誰かについて談義していたら、たっちゃんの家の前に到着していた。

 新築らしい一軒家で、二階建ての瀟洒な家だ。

「みんなオレがぶったおしてやるぜ! オレのクッパ超つよだから!」

「オレのピットの方が超強だから!」

「DXはピットいないよ!」

 たっちゃんが首から提げた鍵でドアを開けると、みんな急いでスマブラをしに向かって行った。〝俺〟の発音がみんな、抹茶オレのオレの発音だな、と思った。

俺達もたっちゃんの後に続いてお邪魔する。俺も、使い手キャラの強さを小学生共に見せ付けてやりたくなり、うずうずしてきた。生意気な少年たちを格闘ゲームでぼこぼこにぶちのめし尊敬と畏怖の眼差しで崇められる未来にわくわくしつつ靴を脱ぎ、みんなと共にたっちゃんの部屋に向かいながら、ふと、自分が場違いな存在であることに気づいた。

 たっちゃんやシュータくんのテンションに混じってしまって忘れかけていたが、俺らは高校生なのだ。不安になって良樹にさりげなく言ってみると、

「大丈夫だよ。僕らはただ友人として誘われてゲームしに来ただけなんだし」と、能天気な返事が返ってきた。

 そりゃあ良樹なら小さい子達と混ざって遊んでいても違和感が無いかもしれないが、俺のように180cm近い大きなお友達が部屋に侵入しているところを親御さんに見つかったら、不審な目で見られるのが普通じゃないだろうか……。

「たっちゃんのご両親なら仕事に出かけてるから大丈夫だよ」

 見かねた良樹がそう言った。

「そうなのか?」

「たぶんね。だってたっちゃん、首からかけてた鍵でドアを開けてたでしょ? 鍵っ子って事はそういう事だよ。あと部屋の様子を見る限り、ご両親は教職関係の人だね。だから学校が終わる時間までは帰ってこないと思うよ」

 言われてみれば、壁やドアには九九の表や漢字や地図がたくさん貼られている。教育熱心なのは教師だからだと言われれば納得だ。

「って、たっちゃんがさっき言ってたし」

「お前の推理じゃないのかよ!」



      *



 たっちゃんの部屋は一階の奥だった。

 中に入るとシュータくんとアキヒコくんが変身ベルトをつけてベッドの上で跳ねていた。無駄にリアルな効果音を口で再現しながら戦っている。

 結構広い部屋だ。明るく、庭につながる大きな窓があって、ゲーム用のテレビもある。一人部屋のようだ。羨ましい。

 たっちゃんはゲー○キューブの前に座って、配線の準備をしていた。テレビのラックの中には

 W!iとW!iUもある。任〇堂が好きなのか。

「めっちゃゲーム持ってるね」

 俺もテレビの前にしゃがみこみ、話しかけてみる。

「うん。これね、ぜんぶオレがあつめた」

「ふーん。……あ、スマブラだ。説明書読んでいい?」

 スマブラDXの箱があった。懐かしい……。紙のケースの中からプラスチックの箱を抜き出してみる。ディスクは空だった。もう本体に入っているのだろう。説明書を眺めながら、ノスタルジックな気持ちになった。

 他にもいろいろなソフトがあった。クラッシュバン〇ィクー……懐かしい。

 ゲーム〇ューブのメモリーカードスロットには、赤と青で半分に色分けされた半透明のメモリーカードが刺さっている。あれはたしか……ポケ〇ンボックス・ルビー/サファイアのソフトにだけ入っている付属のメモリーカードだ。たっちゃん、こいつ……かなりのゲーマーだぞ。

 セッティングに時間がかかりそうなので、俺は一旦良樹の方に戻った。

 部屋の後ろの窓際近くで、レイジくんがスマホでゲームをしている。レイジくんは大人しい子なのだろう。良樹はiP〇dを持ちながら、レイジくんのスマホの画面を後ろから一緒に見ていた。

「何やってんの?」

 俺が話しかけるとレイジくんが「……ドラポっ」と呟いた。

「何それ」

「ドラ〇ンポ―カーだよ。葉太郎知らないの? これアプリゲームの中で一番面白いと思うよ。今レイジくんとフレンド登録したとこ」

「へー」

 どうやらゲームの趣味が合って、お互いのモンスターボックスを見せ合っているらしい。

「アプリゲームなんてどれも一緒だろ」

 俺が適当なことを言うと、二人にムッとした顔をされた。

「違うよ。ドラポはチャット機能がついてるんだよ!」

「どのゲームでもできる気がするけど……」

「違うよ! ゲーム中に会話ができるんだ。パズドラみたいなメールじゃなくて、グループチャットもできるんだよ。ダンジョン中に会話できるゲームなんてこれの他に無いと思う。モンストなんてグッジョブだけだもん」

 と、良樹とレイジくんがマイナーなゲームの話で意気投合していた。



      *



 そうこうしていると、たっちゃんの準備が終わったようだ。

 その途端コントローラーの奪い合いが始まった。スマブラは4人用なので、おっとりしていた俺とレイジくんがあぶれた。

 負け抜けで交代らしいから、一戦目は観戦しておこう。

「レイジくん、何使うの?」

「うぅんとね。……ミュウツー」

 そうだ。古いほうのスマブラにはミュウツーがいるのだ。

(フッ、素人め。ミュウツーは見た目はカッコいいけど、使いづらさトップレベルでキャラランクは最弱だ)

「……小ジャンからぺチコンつながるし」

「えっ?」

 ……何だその単語は。もしかしてレイジくん、物凄いガチ勢なのか……?


「みんなZボタン押してね! いくよー」

 たっちゃんが呼びかけた。たっちゃんがゲームキューブの電源を入れると、起動音が和風のアレンジに変わっていた。

「おお、すげえ!」

 友達が4人居ないとできない、音が変わる裏技だ。初めて見た。なんだかワクワクする。長らく味わっていないこの感覚が、胸にこみ上げてきた。

 真っ黒の画面が明るくなり、ロゴマークと共にマ◯オの甲高い声が響きだす。

『ニーン、テンドー!』

(ん?)

 画面を見てみんながざわめき出した。テレビの中では〇リオパーティーが始まっていた。

「えっ、スマブラは?」

「あ、ディスクまちがえた!」

 慌ててたっちゃんが電源を止め、〇リオパーティーの箱を開ける。

「ん?」

 たっちゃんが別の箱を開け始めた。マリパのケースに入っていたのはピク〇ンだった。

 ピ〇ミンの箱に中にはマリ〇サンシャインが入っていた。

「あれ。ちょっとまって!」

 慌ててマ〇オサンシャインの箱を開けると、〇リオカートが入っていた。マ〇オカートの箱の中にはマリ〇ストライカーズが。マリ〇ストライカーズの中には風のタクトが入っていた。

 たっちゃんの額に、物凄い冷や汗が浮いていた。

(あれ……何だこの感じは。似たような絶望を俺も小学生のときに味わったことがあるような……)

 たっちゃんがこっちを振り返ると、申し訳なさそうに口を開いた。


「やべえ。モリヒコにエアライド貸したんだけど、その箱の中にスマブラ入れちゃってた」


 突如、現場は阿鼻叫喚の渦となった。

「うそだああああああああ!」

 シュータくんが叫びだした。アキヒコくんは白目を剥き、良樹はコントローラーを取り落とす。レイジくんは床に頭を打ち付けた。

「スマブラXは?」

「DXしかもってない……」

「DXがいいのに」と誰かが叫んでいた。

「俺はマリパでもいいよ?」

「それ1ゲームがめっちゃ時間かかるから、余った二人が暇になると思う」と良樹。

「ストライカーズは?」

「それはディスクに傷入っちゃっててできない」とたっちゃん。意外とディスクの扱いが雑なのか……。

 ほかのゲームも1p~2p専用だったりと、スマブラの偉大さを改めて痛感する事態となった。

 みんながいっせいに意気消沈し項垂れていると、アキヒコくんが呟いた。

「スマブラしないんだったらオレ、ほかのゲームとかやりたくないし。外いかね?」

 みんなが顔を上げる。

「いいね! 行こう!」

「しょうがないね」

 シュータくんと良樹が立ち上がると、俺らも外に行く準備を始めた。

 落ち込んでいたたっちゃんもレイジくんも、すぐ元気を取り戻し、外で遊ぶモードになった。

 小学生らしく切り替えが早くて、こっちも元気になる。



      *



「あ、オレ、トイレ行ってくる!」

「あ、オレも!」

 玄関まで来ると、アキヒコくんがたっちゃんに続いてトイレに戻っていった。

 俺たちだけで外に出ると、レイジくんがランドセルを背負っていた。

「レイジ、ランドセルもってくの?」

 シュータくんがそれを指摘する。

「え、置いてきてもよかったのかな……」

「もっかい戻ってくんじゃね?」

「そっか。まいいや。ここ置いとこ」

 レイジくんが玄関前の柱の下にランドセルを投げ置いた。

「財布とか危ないから中入れといたら?」と良樹が言うと、

「だいじょぶ。サイフはもってるから」とレイジくんはポケットを叩いた。



      *



 程なくしてアキヒコくんも出てきて玄関の前の道でたむろっていると、会議が始まった。

「で、なにする?」

「鬼ごっことかは?」

「いいね鬼ごっこ! 何鬼する?」

 普通に遊びのメニューの中に〝鬼ごっこ〟があることに、俺は懐かしい新鮮味を感じた。

「鬼ごっこだったらさ、僕が考えた新しいルールの鬼ごっこがあるんだけど、やらない?」

 良樹が小学生に会議の中に普通に混ざって提案する。

「なにそれ!」

「やろうぜ!」

 みんなが良樹の提案に興味を示した。良樹は自分でゲームを作るのが好きなので、よく俺に創作したアイディアを披露してくる。俺も良樹ルールの鬼ごっこには興味を持った。

「どんなルール?」

 アキヒコくんが聞くと、良樹は嬉しそうに説明しはじめた。

「小野不由美さんのホラー小説で『屍鬼』っていうのがあるんだけど、それをモチーフにした鬼ごっこだよ。名前は……『殲滅生存ゲーム』」

「「『せんめつせいぞんゲーム……』」」

 かっこいいゲーム名に少年たちが沸いた。俺は、何か不穏な印象を受けた。

 良樹が続ける。

「まず屍鬼っていうオニの役をくじ引きで決めるんだ。でも、誰が屍鬼だかは、本人以外わからないよ。屍鬼はゾンビみたいな動く死体なんだけど、見た目は人間と変わらないから、人間たちに紛れ込むんだ。人間役のプレイヤー達は誰が屍鬼か判らないから、疑心暗鬼になって逃げまくるっていうゲームだよ」

「おおー、おもしろそう!」

「オレぜったい、にげきってやる!」

 たっちゃんとシュータくんがわくわくして飛び跳ねる。

「屍鬼はプレイヤーを捕まえることで仲間を増やせるよ。両手で同時にタッチしたら、触られた相手は死んだ事になって、屍鬼になるんだ。制限時間までに一人でも人間が逃げ切れたら、生き残った人間側プレイヤーの勝ちだよ。人間が減るごとに鬼は増えていくから、だんだん難しくなっていくんだ。プレイヤーはフィールドの範囲内ならどこに隠れてもいいから、とにかく逃げまくるってゲーム」

 良樹の説明が終わった。

 ルール的には「秘密警察」と「隠れ鬼」と「増やし鬼」のミックスか。

 みんながルールを理解できたのか分からないが、やる気は満々のようだ。

「制限時間は今から3時まで。終わったらここ集合。動いていい範囲は、この一丁目の中だけね」

「一丁目ってどこまで?」

 レイジくんが聞く。

「えーっとね、1番地から4番地の間まで。ほら、地図を上から見て、田んぼの「田」の形だとするでしょ。そうしたら1番地がたっちゃんの家のある所。右上が1番地、右下が2番地。左上が3番地、左下が4番地だよ。この1~4番地の周りを囲ってある道路を越えたら失格負けだからね」

「ふーん」「へー」「ふぅん」

 なるほど。

 この町内を鳥瞰すると田の字で表せる。4コマ漫画の読み順で、右上から1番地だ。1コマ目の内側の角あたりにたっちゃんちはあって、ちょうど今俺たちのいる四叉路の中心だ。右下のコマはケーキ屋さんや民家が建っている。左上のコマは郵便局やコンビニがある3番地で、左下はアパートや駐車場がある大きな4コマ目だ。

「で、鬼はどうやって決めるんだ?」

 とオレが聞くと、良樹はポケットから元々入っていたらしい何かを取り出した。

「このサイコロを使うよ。一人づつ振ってもらって、時間差でスタートしてもらうね。で、奇数の目――「1」「3」「5」が出た人が鬼!」

「おっけー」

「やろうやろう! はやくやろう!」

「あ、オレやっぱ鬼がいいかも!」

「シュータ鬼なったらこえー」

 と全員飛びつくようにサイコロを振りに集まった。

 勝って何があるわけでもないのに、少年というのは勝つことに本気になるものなのだ。スマブラしかり。

 まずはレイジくんから、みんなの見えない位置でサイコロを転がす。

「うん」と頷いてサイコロを返した。

「そしたらレイジくん先に隠れていいよ」

「わかった」

 レイジくんはダッシュすると、1番地と3番地の間を駆けて行き、右に曲がって消えた。

「つぎオレつぎオレ!」

 一人目が見えなくなった後、シュータくんがサイコロを振る。「えー」と残念そうにニヤニヤしながらサイコロを返すと、レイジくんと反対の方へ駆けて行った。

 続いてたっちゃんが、その次に俺がサイコロを振った。

 俺の出目は――――「2」だった。

 屍鬼じゃない。獲物側か。

 俺は「はい、あっきー」と、アキヒコくんにサイコロを手渡した。

 アキヒコくんは何か考え至ったような顔でフッと大人っぽく笑うと、小さい声で呟いた。

「このゲーム……鬼になったら負けだ」

 そりゃそうだ。

 俺はその場から離れると、北の方、レイジくんの行ったのと同じ方向に走った。

 道の端まで来ると、俺は左手にある郵便局のところで、左に曲がった。


 一丁目の北側は、大きな国道が通っている。

 ここまで来ると俺は良樹達から見えなくなり、今からこのゲームのプレイヤーとなったらしい。

 俺はしばらく3番地の外周を歩きながら、アキヒコくんの言った言葉を考えていた。

 どういう事だろう。……屍鬼になっても、屍鬼として勝てば屍鬼チームの勝ちじゃないか。まあいいけど。


 左手にコンビニが見えてくる。ここは、3番地の左上角だ。

 そのまま直進して横断歩道を渡ったら一丁目から出て失格になるので、必然的に左へ曲がる。

 こうやってずっと広い歩道を歩いていたら、鬼に丸見えだ。

(早く隠れないと……)

 俺は若干早足になって、3番地の西側を南下して歩く。しばらくすると4番地に左上に到着した。十字路の「十」の字の左端だ。

 俺が角を曲がると、少年の影がこちらに向かってきているところだった。

 俺はギクリとして立ち止まる。向こうも俺を見て立ち止まっていた。

 あれは……、アキヒコくんだ。

 俺は鬼に出くわしてしまったんだろうか。相手の正体が分からず、俺はじりじりと後退していく。

 すると、アキヒコくんがこちらに向かって歩き出してきた。やっぱり屍鬼だったんだ!

「まって!」

 逃げ出そうと身構えた俺に向かって、アキヒコくんが叫んだ。

 なんだろう。アキヒコくんが警戒しながら近づいてくる。

「お兄さん、鬼じゃないでしょ」

 アキヒコくんが希望的観測を含んだような声で聞いてきた。……もしかしたら、アキヒコくんも同じなのか。

「……そうだよ」

「やっぱり」

 安心したアキヒコくんがオレのほうに駆け寄ってきた。

「よかったー。オレとあったときにうごき止まったからわかった」

 と、屈託無く笑いながら、アキヒコくんが警戒を解いた。

 そうか、正体不明の相手とエンカウントしたとき、屍鬼じゃないやつは一旦動きが止まるんだ。俺は単純な彼の推理に納得した。

「そっか。じゃあ一緒に逃げようぜ」

「いいよ。そうしよ」

 俺とアキヒコくんは同盟を組んで一緒に逃げる事にした。「もっとさ、なかまふやそうぜ!」

 とアキヒコくんがはしゃぐ。確かに誰が人間かは把握しておく必要がある。非捕食者は群れれば、個々の生存率は上がるのだ。

 そう思っていると、4番地右の角から、誰かが飛び出してきた。

「うわっ!」

 俺らは咄嗟に身構えた。向こうの動きも止まる。シュータくんだ。

「待って!」

 逃げ出そうとするシュータくんを俺が呼び止めた。さっき一瞬だけ動きが止まった。シュータくんは鬼じゃない。

「俺たちは鬼じゃないよ!」

「うそだ! だってあっきーいるじゃん!」

 シュータくんはわき目も振らず逃走して行く。どういう事だ。

 シュータくんを追う俺の後ろで、アキヒコくんが走って来ていた。だがその目は俺を向いている。先に強い獲物を狩ろうとするハンターの目だった。

「マジか!」

 俺は全速力でアキヒコくんから逃げ出した。アキヒコくんは屍鬼だ! 初めに安心させておいて油断したところを狩るつもりだったんだ! 

 俺はぎりぎりのところで加速すると、距離を離した。でも速い。気を抜いたらつかまる!

 俺とシュータくんはほぼ並走してアキヒコくんから逃げていた。4番地の左辺から下の角を曲がり底辺を2番地へと駆け抜ける。4番地と2番地の間の角を曲がり十字路の中間へ走りながら俺はシュータくんに叫んだ。

「二手に分かれよう! 俺が右行く!」

 シュータくんは「うん」と頷いて左の角を曲がって行った。俺は右へ駆け込む。

 振り向くとアキヒコくんは、左へと曲がってシュータくんを追い駆けて行った。年上の俺の脚には追いつけないと悟って目標を変えたんだろう。

 俺は歩速を緩めると、1番地と2番地の角を右に曲がって、息を整えた。

 向こうでシュータくんの叫びが聞こえた気がした。おそらく、捕まってしまったのだろう。



      *



「フッ」

 俺は悪い笑みを零してほくそ笑んだ。俺さえ生き残ればいいのだ。悪いなシュータくん、身代わりにさせてもらったぜ。

 俺は思い出す。小学生の時の体育の時間、クラス全員で体育館で鬼ごっこをするというバトルロワイヤルみたいなのをした事があった。その日に、一緒に逃げていた体育の先生が教えてくれたのだ。曰く、右利きの人間は左には曲がりやすく、右には曲がりにくいらしい。片手を離して自転車を漕いだ時を想像するとわかりやすいだろう。複数仲間がいる状況で狭い範囲を逃げる時、左回りで逃げたほうが生存率が上がるという事だ。変身ベルトで遊んでいた時から既に、アキヒコくんが右利きなのは把握済みだったのだ。


 逃げ切ったはいいが、アキヒコくんは相当の策士だった。きっと「正体不明の相手とエンカウントした時、屍鬼じゃない奴は一旦止まる」というセオリーを理解した上でそれを利用したのだろう。あぶないところだった。


 俺は大通りの横、2番地の右辺を南へ歩いていた。

 ケーキ屋さんの角を曲がると下辺に来る。やはり俺はさっきから大きな道しか通っていない。そろそろ隠れなければ、屍鬼が二体以上もいるこの状況では自殺行為だ。

 俺はしばらく真っ直ぐ進み、また2番地と4番地の間の角まで到着すると、角から顔を覗かせ、誰もいないことを確認して飛び出した。すぐに4番地の建物の間に駆け込む。

 4番地は一丁目の中で一番広い。ここに隠れよう。

 4番地の十字路に面した所にアパートがあった。そこの裏手に入って行く。もちろん建物内はルール違反だから、敷地内に隠れ場所を探す事にした。

 アパートは階段が張り出す構造で、階段の下のスペースにゴミ捨て場がある。

 隠れやすそうだ。高校生がごみステーションに隠れている状況は少し格好悪いが、まあいい。

 俺がそこに入り込むと、先客が居た。

「あ」

「あ」

 レイジくんだった。

 ごみステーションのコンクリートの壁に座り込み、本を読んでいた。煉瓦のように分厚い本。

「コロコ◯コミックじゃん」

「うん。捨ててあった」

「一緒に隠れてもいい?」

「いいよ」

 俺はレイジくんと一緒にここに身を潜めることにした。コロコ◯コミック懐かしい。

「何読んでるの?」

 と後ろから覗き込むと、物凄い形相のポケ◯ンが「ギェピー!」と叫んでいる絵で、思わず噴き出した。

 なぜか俺も読みたくなってくる。ごみステーションを見てみると、まだ数冊捨ててあった。俺もそこにしゃがみこんで、コロコ◯コミックを手にとって見る。

 適当にページを開いてみると、これもまたおぞましい劇画タッチでイった目をしながら鼻水とヨダレを垂らしているでんぢゃら◯じーさんの見開き1ページが目に飛び込んできて、また俺は盛大に噴き出した。

 なんだこれ。面白すぎる!

 俺は次のページを捲る。そこには全く同じ絵のでんぢゃら◯じーさんの顔が待ち構えていて俺は鼻水を飛ばして噴き出しそうになった。

 手抜きか! 卑怯じゃないか!

 見ると次のページも同じ顔で何か言っていた。じーさんの孫が「その顔で何か言っとけばとりあえず面白いと思ってるだろ」とツッコんでいて笑いそうになった。

 危ない危ない。夢中になって笑い声でも上げれば屍鬼に居場所が知られてしまう。

 それでもページを捲る手を止められなかった。面白すぎる。笑ってはいけない状況で読むギャグ漫画はこんなに面白いのか。腹筋と口角が攣り痛くなった。



      *



「ねえねえ。もう時間じゃない?」

 気付くとレイジくんの小さな手が、俺の膝を揺すっていた。時計を確認する。

「あ。……ほんとだ」

 つい漫画を読んでしまったが、時間切れまであと1分だった。冷静に考えたら何が面白いのか分からない、小学生みたいなギャグ漫画ばっかりだった。

俺たちは漫画を捨て置き、たっちゃんちの前に戻ることにした。

「俺たち、生き残ったね」

「うん。やったね!」

 レイジくんは嬉しそうにニヤケると、スタミナ回復したらしいドラポを始めた。



      *



 たっちゃんちの前には、既に全員が集まっていた。

 もう雌雄は決したらしい。悠々と俺たちも戻って行く。

「これムリゲーじゃん!」

「オレね! むっちゃおしかったんだよ! あそこでコケなかったら勝ててたし!」

「瞬足はいてくればよかった!」

 みんな興奮冷めやらぬ様子で思い思いに感想戦を繰り広げて騒いでいる。

 俺とレイジくんが漫画を読んでいる間に、さぞ劇的な展開があったのだろう。

「みんな揃ったね。じゃあ結果発表しよう!」

 良樹がみんなを集めて手を挙げさせた。

「屍鬼の人ー!」

 シュータくんアキヒコくんたっちゃんと、次々に屍鬼の手が挙がる。

 驚いたことに、良樹の手も挙がったままだった。どこに隠れてたのかと思ったら、捕まっていたのか。良樹らしくもない。いや、初めから屍鬼だったのかも。

 俺は「やったな」という笑みで後ろのレイジくんを振り返り、笑みが固まった。

 レイジくんはシタリ顔でスマホを弄りながら、手を挙げていた。

「えっ、どゆこと?」

 俺が困惑すると、レイジくんは俺の方を見て、その両手で俺の腕をがっちりとホールドした。屍鬼だったのか!

「いやいやいや、待って、結果発表終わってるから! 駄目でしょ、俺タッチされてなかったし!」

「してたよ。おわるまえに」

 レイジ君の言葉に、俺は思わずハッとした。もしかしてあの時だ。1分前になった時『ねえねえ、もう時間じゃない?』と膝を揺すってきた時。あの時のレイジくんの手は、両手だったんだ!

「マジかよ! うっわ、騙されたー!」

 俺が頭を抱えて叫ぶと、少年たちは笑い出した。それまで一人大人ぶっていた俺が、一番大人気なく悔しがったのが面白かったのだろう。良樹も大笑いしていた。



      *



 久しぶりにやると、鬼ごっこは楽しかった。

 最初の鬼はアキヒコくんとレイジくんだけだったらしい。良樹はと言うと、1番地の右上角にある国道の交差点に架かる歩道橋の上に隠れていたらしい。

「それって反則じゃね? 一丁目から出てるじゃん」

「でも道路を越えてないし、道路の半分より手前に居たから大丈夫!」

 結局それでシュータくんとアキヒコくんに見つかった良樹は歩道橋の上で追い詰められ、あっけなく喰われてしまったらしい。なんとかっこ悪い。

「で、けっきょくだれが勝ちなの?」

 たっちゃんがみんなに聞いた。

「人間がいなくなったから、屍鬼チームの勝ちじゃね?」とシュータくん。

「?」「?」「?」

 みんなが少し考えてから、分からなくなったところで良樹が言った。

「みんな屍鬼チームだから、みんな勝ちだね」

 意味が分からなすぎて思わず全員から笑いが出た。なんなんだこのゲームは。意味が分からない。負け組みを増やしまくって集まったら、みんな勝ちになってしまった。対戦ゲームとして成立していない、良樹が作ったには珍しい非零和ゲームじゃないか!

「いい暇つぶしになったでしょ」

 と良樹が楽しそうに笑いながら、俺の横で言った。

「ああ、久々に無意義な時間を過ごせた」俺も楽しかったのを認めた。



      *



「次なにする?」

 と、たっちゃんがみんなに聞いた。

「つかれたからたっちゃんち入りたい」

「トランプか人生ゲームしようよ」

 アキヒコくんがいい提案をする。

 結局、よしきとレイジくんは二人でアプリゲームをするから、俺たちは四人で「バトルドーム」をしようという話になった。

「いいよー」とたっちゃんがはしゃぎ、みんなでたっちゃんの家に戻って行った。



      *



 レイジくんがドアの近くに置いていたランドセルを忘れないように取り上げる横で、たっちゃんを先頭に玄関からお邪魔する。

「バッ、バッ、バトルドーム!」「ツ◯ダオリジナル!」と騒ぎながら廊下を進み、たっちゃんの部屋に入った。なんで今時の小学生がバトルドームなんか持っているのかは不明だ。


「あれっ?」


 部屋に入るなり、たっちゃんが困惑の声を上げた。みんなはそれぞれ騒いでいる。

 たっちゃんが焦り始め、部屋の中をくるくると見回す。いよいよ慌て出したたっちゃんがバタバタと部屋の中を歩き回り出す。

「どうしたの?」

 俺が聞くと、玉の汗をかきながら、たっちゃんが動揺を見せた。もしかしてバトルドームも見つからないのだろうか。そう思った俺は、たっちゃんの予想外の一言に吃驚した。


「……W!iがない」


「えっ?」

 その一声に。その場の全員がたっちゃんの方を向いた。

「W!iがない! なくなってる!」

 たっちゃんの声が焦りで上ずる。テレビの前を見てみると、本当にW!iは無くなっていた。

「え? うそ!」

「さっきまであったじゃん!」

 みんながテレビの前に集まり、探し始める。だがゲー〇キューブとW!iUの間にあったゲーム機は、外されたAVケーブル端子を残し、消え去っていた。

「ほんとだ……」

 アキヒコくんが愕然と呟いた。残っているのはケーブル類と、メモリーカードスロットの上の蓋の部分だけだった。

 全員が、互いの顔を窺い始める。困惑するシュータくん、状況を飲み込めずにぼーっとしているレイジくん、疑いの目を向けるアキヒコくん、焦るたっちゃん……。


「……だれかが、とったでしょ」


 たっちゃんの一言で、みんなに動揺が走り抜けた。その場は一瞬にして、犯人探しの現場となっていた。

「ちがうよ! 今日さわってないもん!」

「オレも!」「ぼくも!」

 シュータくんを皮切りに全員がアリバイを主張し始めた。見ているだけだった良樹も、俺に目配せしているその目は困惑しているようだった。本当にW!iが盗まれたのだとしたら、これは相当な犯罪事件だ。誰が犯人なのかと、みんなが疑い始める。

「レイジのランドセルは? お前だけランドセルもって外出たじゃん!」

 シュータくんが指摘すると、レイジくんは持っていたランドセルをぎゅっと抱いた。

「まって、ぜったいないよ! W!i重いし、犯人だったらもちっぱなわけないじゃん!」

 アキヒコくんがすぐに疑おうとする彼を嗜める。レイジくんを擁護するわけでもない、冷静さを持っているようだ。

「いいからレイジその中みせろよ!」

 たっちゃんに詰め寄られ、レイジくんが困る。アキヒコくんにも「みせてやれ」と言われ、しぶしぶレイジくんは自分のランドセルを開いてみせた。ポケ〇ンパンのシールが貼りまくられたその中には、W!iは入っていなかった。

「ほらね。そんなバカなぬすみ方するやつなんかいないよ。入ってたとしてもそいつは犯人じゃないよ」

 アキヒコくんが言う。彼が探偵役を買って出るようだ。俺も彼の意見には同感だ。ランドセルに隠すなんて間抜けすぎるし、レイジくんのランドセルの重さが変わっていたようには見えなかった。もし誰かのカバンに入っていたとすれば、それは犯行を擦り付けるための罠だろう。

「みんなもランドセルみせろよ!」

 たっちゃんがいきり立って急かす。みんながランドセルの中を見せたが、当然W!iは入っていなかった。小学生たちの推理が行き詰まる。

「まずは状況をせいりしてみようよ」アキヒコくんが率先して話し出す。

「まずオレたちが家から出たでしょ。そのあと帰ってきたらW!iがなくなってたんだよね。ってことは、オレらが外であそんでる間にとられたってことじゃない?」

「ムリだよ。家、カギかけてたもん」

 アキヒコくんの推理を、たっちゃんが遮った。

 みんながざわめく。鍵開けやピッキングなどの単語が飛び交った。俺の頭の中には、〝密室〟という言葉が浮かんでは消えた。

「ほんとはアッキーが犯人なんじゃねえの? 探偵ぶってて怪しいし」

 シュータくんの告発に「えっ、ちがう!」とアキヒコくんが焦る。

「だってアッキー、外出る前、たっちゃんと一緒にトイレ行くって家の中戻ってったじゃん。たっちゃんがトイレ入ってる間に取ってかくしたんだ!」

 探偵役を気取っていた反動からか、疑いの目が一気にアキヒコくんに集中する。

「ち、ちがう! だってみんな外いるのに、どうやって持って出るの!」

「じゃあ、まどから出したんじゃ?」

 シュータくんが歩いていき、窓に手をかける。大きな窓は簡単に開いた。おお。

 たっちゃんは「あれっ、しめたはず……」と困惑している。

「アッキーはみんなが外に行っててたっちゃんがトイレに入ってるスキに、まどからW!iを外に出したんだ。で、鬼ごっこ中にW!iを取りに来て持って帰った!」

「ちがう!」「まっておかしい!」「でもそれって!」

 全員が次々に意見を捲し立てる。推理どころじゃない。俺らは成り行きを見守るしかなかった。

「まって! それならオレじゃなくてもできるじゃん!」

 アキヒコくんが叫んだ。

「窓があいてたんなら誰だって侵入できるでしょ! だったらオレだけがうたがわれるのはおかしい! 鬼ごっこ中に単独行動してたヤツならみんな盗みに来れるじゃん!」

 その通りだ。シュータくんの仮説は誰に当て嵌めても成り立つ。

「そうやって人に疑わせてるってことは、シュータくんが犯人なんじゃないの?」

 そうたっちゃんに鋭い目を向けられ、シュータくんがたじろいだ。

「ち、ちげーよ! だって、オレ、W!i持ってるし! 盗んでもいらないもん!」

その言葉に、みんな気付かされた。忘れていた、ホワイダニット。マクガフィン。そうだ、この推理にはまだ犯人の犯行動機が考えられていない。

「この中でW!iもってる人は?」

 たっちゃんの質問にみんなが「はい」と手を挙げた。俺も良樹も、一応挙げておく。

 手を挙げていなかったのは、アキヒコくんだけだった。

「ちょっ、まって! ちげーよ!」

 また疑いの目を向けられ、アキヒコくんが焦る。アキヒコくんが犯人だとして、こんな分かりやすいミスを犯すだろうか。嘘でも手を挙げておけば疑われないだろうに。いや、それを理由に自分だけ容疑者から外れようという策略かもしれない。殲滅生存ゲームの時のアキヒコくんの狡賢さが脳裏に過ぎる。

「ほら見てよ! AVケーブルとか、リモコンのセンサーだって残ったままじゃん! W!i本体だけ盗んでもゲームはできないんだよ! それならW!i持ってて、でも〝本体だけ壊れたから取り替えたい人〟の方が犯人の可能性高いじゃん!」

 あ。たしかに。ほんとだ。と、みんなが納得する。俺も、論理的なその反駁に感心した。

 確かにケーブル類は消えていない。でもそれ自体が何かの罠の疑いもある。

「とか言ってさ、本当の犯人はたっちゃんじゃないの?」

 そう言ったのはレイジくんだった。

「は?」

「何言ってんだよ。とられたのはたっちゃんのW!iだぞ?」

 と、たっちゃんとシュータくんが聞き返す。

 レイジくんは続けた。

「だからだよ。本当はあるのに盗まれた事にして、親にあたらしいゲーム機を買ってもらうつもりとか。アッキーがトイレに行ってるスキに隠してね。それならケーブルまで隠す必要も、隠す時間もないし」

 レイジくんの仮説は反響を呼んだ。否定しようがない新たな仮設だった。

 次第に様々な憶測と反論がぶつかり合い、喧々諤々とした議論に発展する。誰が犯人でもおかしくない、まるで人狼を探すかのような疑心暗鬼だった。……いや、屍鬼か。

 そしてついに、俺たちにも疑いが向けられる事になる。

「じゃあよしきとか、そこのお兄さんはどうなの」

 シュータくんから指摘が飛んでくる。

「いや、俺達は……」

「そうだね」

「えっ?」

 どう誤魔化そうかと考えていた俺の隣で、iP○dを弄っていた良樹が何かを認めた。

「確かに僕たちのにも容疑がある。当然の推理だね。じゃあ、僕たちが犯人じゃない証拠を見せないと」

 良樹が前に出て話し始める。声色が、どこかこの状況を楽しんでいるように感じた。

 少年たち四人が、話を聞く姿勢になる。

「まず、僕たちはW!iを持ってる」

 だからそれじゃ理由にならないじゃん。と、アキヒコくんがつっかかった。

「でもね、僕たちはW!iUは持ってないんだ。もし犯人だったら、W!iUの方を盗むはずじゃない?」

 俺はテレビの前を見た。……良樹の言うとおり、W!iがなくなっているのに、W!iUは残ったままだ。俺は何かに気付いた気がしたが、よくわからない違和感だけが残った。

「これはきっと、計画的な犯行だと思うね。最初から犯人は、W!iだけが狙いだったんだ」

 そんな! まさか! と少年達がどよめきだす。

「一方僕たちはみんな、たまたまスマブラができなくなって、突発的に外に出て遊ぶことにしたんだ。つまり、ここまで全てを計画に入れる事なんて不可能。僕らはみんな、計画を立てることすら出来なかったんだ」

 こいつ……何を言い出す気なんだ……。

「まさか……、外部犯ってこと?」

 少年達はその可能性に行き止り、そわそわと顔を見合す。

「うん。そう考えると全ての状況を説明できるんだ。家が他に荒らされていないのも、最初からW!i以外の目的が無かったからさ」

「どうしてW!iだけなの?」レイジくんが聞く。

「それは犯人にしか分からないよ。でもW!i本体の中に記録された何かのデータなのは確かだね」

「ムスカ大佐のM!iかも……」とたっちゃんが動揺を露にする。W!iに入れていた様々なデータの記憶がよみがえっているのだろう。

「犯人はずっと家が留守になるのを待っていたのかもね。だから僕たちが外出して、誰も居なくなってる間に犯行に及んだんだ」

「どうしよう! 追いかけなきゃ!」と慌てるたっちゃんを宥めるように良樹は続ける。

「待って。もし犯人が外部の人間なら、もうとっくに逃げられてるはずだよ。それにまだ、この中の誰かが犯人だって可能性を潰しきれてないからね。まず、みんなの容疑が晴れてから、警察に通報しよう」

 警察という単語が出た途端、みんなの心が浮き足立つのを感じた。剣吞な空気が無くなる。

 そうだ、俺達は今、まさに、刑事事件に巻き込まれているのだ。空き巣を狙った、たっちゃんのゲーム機盗難事件に!

「どっ、どうするの!?」とみんなが自分の潔癖を証明する方法を良樹に求め始めた。

「うん、大丈夫。僕に考えがあるから。一旦外に出よう」



      *



 何をするのか分からないが、俺たちは良樹に連れられ家から出た。

 もう外は夕方近くなっている。

 良樹は紙とペンを取り出すと、一人一人から話を聞き、鬼ごっこ中の行動表のようなものを作り始めた。ゲーム中、いつ、どこで、誰と遭ったか。それを大雑把に纏め終わる。

「……分かったのは、ここにいる全員に犯行可能な時間帯があったって事だけだな」

 俺はみんなと表を見下ろしながら言う。

「うん」「そうだね」と少年達も呟いた。

 そこには何分おきに誰々どこで遭遇したか、全員分のタイムバーが出来ていた。

 確かにこれはエンカウント表なのだから、犯人が嘘をつく事はできない。双方に「遭った」という証言があってこそできる表なのだから当たり前だ。

 良樹は不敵に笑って言った。

「みんな見方が違うよ。これはアリバイ表さ」

 俺たちが顔を上げて良樹の話を聞く。

「要するに、いくら反抗可能な単独行動の時間があっても、次のエンカウントまでの時間にその場所に行かなきゃいけないんだから、犯行が不可能になるところもあるでしょ」

「あぁ……なるほど」

 つまり、例えば俺がスタートしてから3番地の外周を回りアキヒコくんに遭遇するまでの十数分間のブランクタイムは『アキヒコくんに、犯行現場から遠い十字路の左端で遭った』事により『犯行は不可能』と証明されたのだ。こうしていけば犯行可能時間を持っている人を潰していける。

「うーん。……でも、まだ残るね……」

 たっちゃんが困ったように呟いた。初めの方にスタートして隠れたたっちゃんやレイジくんは、初めの三十分くらい、誰とも遭っていないのだ。これでは無実を証明できない。

 俺もアキヒコくんに追われてシュータくんと別れてからレイジくんと遭うまでの時間は、無罪を証明できていない。

「大丈夫。そのために外に出たんだから」と、良樹が自信げに言う。

「まず、自分なら盗んだW!iをどうするか考えて」

 良樹が問いかけると、「かくす?」とシュータくんが聞いた。

「そう! 一番犯行可能時間が長いたっちゃんとレイジくんでも、W!iを盗んでから隠してその場所に行くまで、そんなに時間は無いでしょ。だから、隠せる可能性のある場所をこれから全員で捜索するんだ!」

 急に目的がはっきりし「おおお!」とみんなが乗り気になる。

「2人づつ3組に分かれて探索しよう。俺とタッちゃんが1〜2番地。葉太郎とアキヒコくんが3番地。レイジくんとシュータくんが4番地とその周辺ね。時間的に行けるのは一丁目内かその近くだと思うよ。探すのは今から一時間。時間になったら全員ここ、たっちゃんちの前集合で!」

 良樹の「開始!」の合図で、みんなが散開した。

 俺もペアになったアキヒコくんに呼びかける。

「行こ」

 アキヒコくんが頷くと、俺達2人も3番地に向かった。



      *



「見つからないみたいだね……」「うん」

 俺とアキヒコくんは3番地周辺を探索したが、W!iを隠しそうな場所は見当たらなかった。

 3番地はコンビニや郵便局がある左上のブロックだ。

 左上角のコンビニ付近の交差点には横断歩道があって、一丁目の隣の番地に渡れるが、そっちは見晴らしの良い駐車場や田畑なので、俺が犯人なら行かないだろう。実際探してみたが何もなかった。


「ねえ。お兄さんはどう思うの?」

 アキヒコくんが挑戦的な質問をしてきた。俺への疑いは解いていないが、話したいと言う雰囲気だ。

「どうって、何が?」

「……あっちのお兄ちゃんの言うこと。なんかオレたちをダマそうとしてる気がする」

 俺は微笑ましくて笑った。俺はお兄さんだけど、良樹はお兄ちゃんなんだな。面映い。

「なんで? あいついつもあんな感じだから、俺には分かんないな」

 俺が聞くと、

「だってさ、おかしいじゃん! こんなことする意味がわかんないもん」

 良樹の推理に対して憤懣を露わにする。

「うーん。まあ、確証がないうちに警察呼ぶのはちょっとあれだからな。探すだけ探して可能性を埋めてるんじゃない?」

「意味ないのに」

 まあ、彼の憤りも分かる。白いカラスの存在を証明するには一匹捕まえればいいだけだけれど、不在を証明するには世界中のカラスを捕まえなければならない。犯人じゃない証拠を見つけるのに体を労するなんて、小学生でも不毛だと分かるのだ。

「しかもさ、〝犯行が計画的だったから僕たちじゃない〟ってさ、ヘンでしょ。外部犯なのにW!iしかとらないのもヘン!」

「うぅん……」

 中にチャージされていた任◯堂ポイントとか……? いや、家が荒らされていないんだから、金銭が目当てなはずがない。なら個人情報か、何かのデータ……。目的など、犯人にしか分かるはずもない。

「……もしかしてアキヒコくん。誰かを疑ってるの?」

「うーん……」

 アキヒコくんが、言おうか言うまいか悩んでいる。そして俺を信用することにしたらしく、一遍に喋り始めた。

「だってさ、だってスマブラが無いって言ったのがたっちゃんでしょ? 自分で誘ったのにさ。それでよしきお兄ちゃんが外行こうって言い出して鬼ごっこ始めたじゃん。で、今その二人がペアで探してるんだよ?」

 まさか……。

「二人が共犯だって?」

 アキヒコくんが真剣に頷く。この子……もしかして凄く頭がいいのかもしれない。

「あの表だって二人で裏で打ち合わせればアリバイ作れるし。かってにペア決めたのもヘンじゃない?」

「良樹は犯人じゃないと思うけどなぁ……」

 レイジくんの仮説通りたっちゃんが新しいゲーム機欲しさに盗難事件をでっち上げ、本当は持っていなかったW!iを貰う代わりに良樹が共謀している……。あいつの今までの行いが悪いせいで、無さそうでありそうに思えてしまう……。

 でもあのたっちゃんが、友達に罪をなすりつけるようなことするだろうか。あの反応が演技だとは思えない……。

 そうこう話しをしているうちに時間が経ち、俺達はたっちゃんの家の前に戻ることにした。



      *



 全員W!iを持っていない。やはり、どこにも見つからなかったんだ。

「あった?」とシュータくんに聞かれ、俺も首を横に振った。

 建物の中や、ごみステーションの近くにも、探せるところすべてに無かったらしい。

「じゃあ、ということで全員犯人じゃないことが証明されたね」

 と良樹が言った。まさかの終わり方だったが、本当に外部からの空き巣の犯行という事が確定されたのだった。

 ぐぬぬ、ドロボウめ……。少年たちが歯噛みする。名探偵アキヒコくんも不満そうだ。

「これ以上は僕たちの手には負えないね。警察に言った方がいいかもしれない」

「うん。わかった」

 お母さんが帰ってきたら言う。と、真剣な顔でたっちゃんが頷く。

 これで俺の無罪も証明された。……いや、傍証と言った方が正しいけれど。みんなの疑い合うようなピリピリした雰囲気は無くなっていた。

 事件が一段落した後の、気の抜けたような空気が漂い始めた。

「結局、スマブラできなかったね……」とレイジくん。

「でも俺は楽しかったからいいや」と、シュータくんは満足そうに言った。



      *



 誰かが「もう帰る時間だね」と言い、俺達は解散の流れになった。

 たっちゃん家に再度上がらせてもらい、置きっぱなしだった荷物を手に全員玄関から出て行く。

 良樹はドアの郵便受けに挟まってる、折りたたまれた白い紙を弄っていた。何をしているのか聞くと、「ちょっとね」とだけ返ってくる。

 たっちゃんは最後までW!iを盗った犯人にイライラしながら、俺達を見送ってくれた。レイジくんは「あ、スペダンブースト中だ……」と呟き、またスマホゲームを始めた。

 空はすっかり夕暮れ色になっている。

「じゃあね。また」「おう」「またね」

 淡々と別れの言葉を交わし、少年達がバラバラの方向へ帰って行く。

 楽しかった時間も、あっさり終わってしまうものだと思った。

 帰り道が一緒の俺と良樹だけが、自転車に乗りながら並んでいた。

「……終わったな」

「だね」

 帰るか。と俺たちは自転車を転がす。急に騒がしさを失った心の隙間に、感傷に似た気持ちが充填されていく。

「どうだった? なぜか一日中小学生と遊んでたけど」

 良樹が小憎たらしい笑顔で聞いてくる。

「あぁ。……たまには、いいもんだな」

 スマブラができなかったのは残念だが、何か得難い経験を得られた気がする。忘れかけていた童心が、少しだけ補充されたような気分だった。

「たっちゃんのW!iが無くなったんは残念だったけどな……」

「うん」

 たっちゃんは、本当に残念そうだった。多分アキヒコくんの推理はハズレだろう。でももしあの推理通りであったら、警察の迷惑にもならず、一番いい終わり方だったのかもしれない。今ではもう、真相を知りようもないけれど……。

 俺は心の中に、ハイドンの協奏曲が流れていくような気分になった。実際はどんな曲か知らないけれど。演奏者が一人づつ退場していき、最後には二人だけになる。……それに似た侘しさだった。


「ねえ葉太郎。これから犯人に会いに行くんだけど、一緒に来る?」

「は?」

 良樹に提案の意味が分からず、思わず疑問に疑問で返してしまった。

「まさか、もう終わる気でいたんじゃないよね。まだ犯人捕まえてないんだよ? このまま帰ったりしないでよ」

 いやいや。

「それ以前に、犯人の居場所が分かってるのか?」

「うん」

 浸りかけていたノスタルジーを掻き消して、良樹が言った。

「待ち合わせしてるんだ。いいからついてきて」

 良樹のマウンテンバイクが加速する。訳も分からずそれを追いながら、俺たちは角を大きく曲がった。



      *



 しばらく走って、速度が緩まる。良樹が自転車を停めたのは、春陽小学校の校門前だった。……まるで友達と待ち合わせしているみたいだ。

 歩いて近づいていくと、門柱に小さな自転車が立て掛けられているのが見える。……あれは、さっきまで一緒に居た子が持ち主だったはず……。

「お待たせー」

 良樹が門柱に向かって声をかけた。

 その陰から、しぶしぶと、少年が歩み出てくる。

 ランドセルのベルトをぎゅっと握り、諦めたように目を伏せている、小心そうな男の子。

 ……レイジくんだった。

「えっ、犯人ってレイジくんだったの?」

 俺が二人に聞くと、返す言葉もなさそうにしょんぼりとレイジくんが項垂れた。外部犯を信じていたわけでもないが、犯人が分るとやっぱりショックだった。

「そうだよ。たっちゃんのW!iをとったのは、レイジくん。君だ!」

 良樹が格好をつけて小さな犯人を名指しする。レイジくんは気持ちと共に小さくなっていくようだった。

「なんで……」

 レイジくんは、下を向いたまま答えない。大きなお兄さん二人に問い詰められて可愛そうだ。ここからは、探偵役気取りの良樹の説明だった。

「レイジくんの狙いは、あのゲー◯キューブに刺さってた赤と青のメモリーカードだね。特徴的な色だったから、無くなってたのにはすぐ気がついたよ」

(あれか……)

 俺は感じていた違和感の正体が分かった。メモリーカードが消えていたんだ!

 あの赤と青のメモリーカードは、ポケ◯ンボックス・ルビー/サファイアと言うゲームの付属品だ。 このソフトは携帯用ゲーム機の方のソフトで捕まえたポケ◯ンを、ゲー◯キューブのボックスに保管しておけるというものだ。レイジくんが欲しかったのは、その中に入っているポケ◯ンだったんだろう。今思えば、レイジくんがポケモン大好きなのは明白だ。ランドセルにはシールが貼ってあったし、スマブラの使い手もポケ◯ンだし、コロコ◯コミックで読んでいたのもポケ◯ンだった。

「ポケ◯ンボックスが無くなってる事に目を向けさせないためにW!iも一緒に盗んだんだよね。メモリーカードだけが無くなってたら、君が真っ先に疑われるから」

 レイジくんは頷いて、無言でそれを認めた。

「……たっちゃんが悪いんだし」

 レイジくんが,不貞腐れたように呟く。

「オレが色ちがいのジラーチもってないって言ったらダサって言ったくせにさ。たっちゃんのボックス見せてって言っても、ディスクこわれたとか言って見せてくれないし。もってないんでしょって言ってももってるって言うから」

「うぅん……、そっか……」

 俺は慰めの言葉が見つからず、同情だけすることにした。誰にでも、バカにされて仕返しをしたくなる事だってあるだろう。レイジくんは少しやりすぎたかも知れないが。そういう恨みに限って馬鹿にした本人にそんな気は無く、覚えていなかったりするのだ。

「盗んだW!i、どうするつもりなの?」

 良樹が聞くと、「かんがえてない」とレイジくんが答えた。俺らは困って、少し考えた。

「じゃあ」と、良樹が切り出す。

「もしポケモ〇ボックスを見終わった後、たっちゃんにW!iを返すって約束するなら、僕達は見逃してあげようと思うんだけど、どうかな?」

「え」

 良樹の提案に、少しだけレイジくんが顔を上げる。

「……ほんと?」

「うん。バレないようにでいいから、ちゃんと返す?」

「わかった」


 俺が驚く中、レイジくんが約束し交渉が成立する。逃げるように去っていくレイジくんと別れると、自転車に乗った彼の背中が小さくなっていく。

 大騒ぎした事件の幕切れも、案外あっけないものだった。

 レイジくんを見送ると、俺達も自転車を押して帰った。



      *



「珍しいな。お前にしては」

「何が?」

「意外と優しくする事もあるんだな、って思ってさ。みんなには嘘の犯人をでっち上げたり。あれはレイジくんが犯人だってバレて友情が壊れないようにしたんだろ?」

 隣を歩く良樹は、自嘲的に笑う。名探偵気取りのこいつだったら、いつもなら関係者全員を集めて「役者は揃ったね!」と、大見得を切ってから賢しらに事件の真相を喋り散らかしていたはずだ。タネあかしを俺とレイジくんだけで留めたのは、コイツなりのそういう配慮だろう。

「別に。僕たちは大人なんだからさ、小学生同士の問題に口出しすべきじゃないって思っただけさ」

 そう言う良樹にも、何か思うところがあるんだろう。俺は、少しだけこいつを見直した気分になった。

「たっちゃんのお母さんには犯人について知らせてあるから、警察沙汰にはならないと思うよ。ポストに挟んでおいた書置きでね」

 ああ、あの紙はそういう事だったのか。

「レイジくんはいつ呼び止めたんだ? 校門の前で待ってろなんて言う時間無かっただろ」

「それは、これを使ったんだよ」

 良樹がリュックの中のiP〇dをつついた。

「手分けして行動してた時、レイジくんがドラポ始めた通知が来たから。チャット機能でメッセージ残しておいたんだ」

 なるほどな……。フレンド登録したプレイヤー同士は、通知で相手のログイン頻度がチェックできるんだ。納得して俺は、最後の疑問を言ってみる。

「でも、どうやってW!iを隠したんだろうな。みんな探しても見つからなかったのに」

 何か知っているのか、良樹はふふっ、と楽しそうに笑った。

「あれは、隠してなんかないんだよ」

「え?」

「レイジくんはW!iをね、直接自分の家に送ったんだ」

 良樹が思い出して笑いながら言った。俺は意味がわからない。

「〝定形外郵便〟っていうやつだよ。郵便局では宛名と切手が貼ってあればどんな形のものでも送れちゃうんだ。開けておいた窓からW!iを盗んだレイジくんは、W!i本体に直接住所を書き込んで、自分ちに郵送してもらってたんだ」

「はっ?」

 なんだそれ。分かるはずが無い。

「レイジくんは汚れないようにW!iにセロハンテープ貼って、その上から住所を書いてたらしいよ。あの鬼ごっこ中に財布を持ってたのはレイジくんだけだったし。W!iくらいの大きさなら数百円で送れるんだ」

 俺はあまりに大胆なトリックに、呆れて笑ってしまった。レイジくん、気が小さそうに見えてとんでもない事をしやがる。

「でも、まさかレイジくんが犯人だったなんてな。……結局、あの鬼ごっこと同じように、屍鬼が紛れ込んでたってオチか」

 俺は少し上手いことが言えて苦笑する。良樹は何か違う感情の顔をしていた。

「ねえ葉太郎。あの鬼ごっこのゲーム、人間が一方的に屍鬼に襲われるゲームだと思ってるでしょ」

「違うのか?」

「うん。あれはね、本当は屍鬼の方が、人間からの迫害に立ち向かうゲームなんだ。……やってて分かったと思うけど、屍鬼チームには明確な価値が設定されてない、屍鬼にとってかなり不公平なゲームだしね」

 言われてみるとそうだった。人間側には「自分一人だけでも生き残ればいい」という勝ちのビジョンがあるのに、屍鬼にはそれが無い。ただ屍鬼にさせられると、同じ不幸を撒き散らすように人間たちを追いかけるしか目的を失う、文字通りの生きた屍になるだけだ。

「視点を変えて、屍鬼側に立ってみたら分かるよ。屍鬼は夜が明けたら、翌日には村の人間に呼ばれた大勢の人間達に虐殺されちゃうんだ。だからそれまでに村に居る人間全員を屍鬼に変えて、仲間にしなくちゃいけない。このゲームの正体はね、屍鬼側のプレイヤーが主人公になった、獲物を狩るハンティングゲームだよ」

 そういう事か……。今更ながらにあのゲームの本質が分かる。

人間側に視点をあてた逃走ゲームだとしたら、屍鬼はただプレイヤーを楽しませる為の敵キャラクター的キャストになってしまい、対戦ゲームとしてのゲーム性は崩壊してしまう。アキヒコくんはそういうゲームだと勘違いして、あの言葉を呟いたんだろう。だけど実際には、最初から負け組だと思っていたアキヒコくんが一人勝ちしたようなものだったんだ。

俺はこのゲームのタイトルを思い出した。……『殲滅生存ゲーム』。

始めは不穏に思っただけで何も考えず「殲滅」と「生存」の相対する言葉が、人と屍鬼の双方の目的から名付けられていると思っていた。でもこれは、「殲滅生存」で一つなのかもしれない。人間を倒し尽くさなければ生存できないのだから、これは初めから、屍鬼のほうを主観に置いたゲームだったんだ。

「あと、あのゲームにはね、人間側にだけ必勝法があるんだよ。屍鬼がその方法を知らない場合だけに限定されるけどね」

「へえ、どんな?」

 それは気になる。こいつの考えたゲームなら、イカサマのような勝ち方があってしかるべきだ。

「まずね、人間になった人は、取りあえず出会ったプレイヤー全員に掴みかかろうとすればいいんだ。もしその相手が人間なら逃げ出すだろうけど、相手が屍鬼だったら逃げないで、仲間だと思ってもらえるでしょ? そうやって最後まで自分が屍鬼チームだと偽ってずっと屍鬼に紛れて行動すれば、絶対に捕まる事無く生き残れるんだよ。人間は屍鬼と見分けが付かないから、統率の取れてない屍鬼に見つけるのは難しいからね」

 なんて酷い手口だ……。一番あくどいのは、やっぱり人間の方だったのか。

「つまり、お前が言いたいのは、俺たちが〝屍鬼チーム〟だったってことか?」

「うん。そう言うこと」

良樹が笑った

「必勝法でやられたね。レイジくんは、屍鬼に紛れ込んでた人間、ってオチだよ」

回りくどい。どっちにしろ言いたい事は同じじゃないか。

「それより、よくあれだけの手掛かりで分かったな。レイジくんが犯人だって。どう推理したんだ?」

俺がそれを聞くと、良樹は目を細めて引きつった笑顔になった。

「ええっとね、それは、あの1番地の角に歩道橋があったでしょ。僕が隠れてたところ。あの上からだと道路沿いの3番地までが見えるんだ」

良樹は正直で嘘が下手なので、もう勢いに任せて喋っているようだ。

「鬼ごっこが始まってすぐに、レイジくんを見つけたんだ。何かを服の下に入れてキョロキョロしてたから、こっそり付いて行ってみようと思って。歩道橋に登って観察してたら、郵便局に入っていくのが見えたんだ」

「お前の推理じゃなかったのかよ!」

 期待を裏切られて、むしろ安心した。たまたま現場を見かけただけだったのか。下らないオチに思わず笑みがこぼれる。


 もう直ぐ別れ道だ。

 日の落ちた西の空に、金星が輝き始めていた。こんなに大騒ぎした一日も、いつか忘れてしまうような出来事の一つに過ぎないんだろう。

 楽しかったな。と、一言呟く。

「きっと、レイジくんはいい子だよ」

W!iを返す気が無かったら、住所をセロハンテープの上に書く必要は無かったし。と良樹が空を見上げながらいい感じに呟く。

「箱を開けてみたら、希望が残ってたって事かな」

「……ダメ押しみたいに無理にオチをつけようとしなくていいぞ」


 結局、レイジくんが友達を騙してまで手に入れたメモリーの中に、見たかったポケ〇ンは居たんだろうか。それは、観測されるまで分からない。

 でもその中には本当に、人の心を惑わすような、魍魎が潜んでいたのかもしれない。なんというか……


 モンスターボックスだけに。


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