邪竜の姫と変態魔王
木漏れ日の差し込む森の中、俺は多数の騎士たちに追われていた。鋼と鋼がこすれる音が少しずつ近づいて来る。抜き身の刃が煌めくたびに俺の鼓動は早くなる。
魔族狩りを得意とする聖堂騎士の部隊が、隠れ潜む俺を取り囲む。
“この世界”へ来て以来、何度もこういう状況に陥ったことでさすがに慣れてきた。
そう、ここは俺の生まれ育った世界じゃない。異世界、と言っていいだろう。
ある日突然この世界に紛れ込んでしまった俺は、その時発現した能力のおかげで追われる身となってしまった。
「変態野郎め……どこ行きやがった!」
なんて人聞きの悪いことを言うんだコイツらは。事情を知らない奴が聞いたら誤解を招くだろう。
「向こうを探すか……」
「無駄だ。一回見失うとどうにもならん……。奴は変態だからな」
だから、誤解を招く言い方をやめろ。事実だけど。
言っておくが、いや誰に言うとか言う相手はいないけど……。とにかく、俺は変態だが変態ではない!
聖堂騎士たちが俺を探すのを諦めその場を離れる。念のためにしばらく隠れたままでいることにする。以前、立ち去ったと思ったら待ち伏せされていたことがあったからだ。
すると、そう時間が経たないうちに足音が聞こえてきた。
また待ち伏せか。
ため息をつきたくなるのをこらえ、その足音に耳を傾ける。そこで、違和感を覚えた。待ち伏せにしては騒々しいな、と。
「――――た、たすけ……」
かすかに聞こえた少女の声を、助けを求める呼び声を聞き逃さなかった。
先ほど聞こえた足音がどんどん近づいて来ると、その数が増していくのが分かった。
追われているのか? 聖堂騎士たちか……、いやそれにしては足音が軽い。
そう考えていると、隠れている俺の目の前で足音が止んだ。
「へへ、もう逃げられねぇぞ」
下卑た声の男、つられて何人かの男が不快な笑い声を上げた。
恐る恐る様子をうかがう。何人かの野盗のような男たちと、そいつらに追い詰められる少女の姿があった。
それも、ただの少女ではない。人間離れした青白い肌、漆黒の竜翼と長い尾を持つ彼女は魔族であった。長い白髪が乱れ、肩を上下させ呼吸が乱れていた。
「や……いや……、助けて……」
「助けなんかこねーよ。誰がお前ら魔族を助けるってんだ」
野盗たちが手にした武器をチラつかせた。曲剣や手斧を少女に向けると少しずつ近寄る。
襲われている。
そう判断した瞬間、俺は動く。
まだ近くに俺を追う聖堂騎士達が居るだろう。ここで俺が出ていけば奴らを呼び込むことになるかもしれない。
けどさ、見捨てられんだろ。
だから俺は、授かった能力を使う。
“変態”を。
変態した俺は少女と野盗たちの間に立ちふさがる。
「な、な……なんだ、と――――」
突如現れた俺の姿に盗賊たちは絶句する。自分たちの倍以上はあろう巨大な人狼の姿は脅しには十分であった。
俺の能力は変態。己の肉体を別の形態へと変化させることができる。
この能力故に俺は魔族と間違えられ、聖堂騎士達から追われる身となったのだ。
大の男が見上げるほどの巨躯、鈍く光る鋭利な爪と射貫くような視線を発する金眼。
人狼の姿に変化した俺は、人ひとり飲み込める大きな口をあからさまに開いて見せる。
「う、あ、あ……」
効果は絶大だった。
圧倒的優位な立場にあった男たちは唐突な命の危機に愕然とする。
魔族と人間の圧倒的な力の差が、男たちの恐怖を増幅させた。
――――咆哮。
大きく息を吸い込み、天に向かって吼える。
張り詰めた恐怖が決壊し、野盗たちは手にした武器を放り出し逃げ去った。
それを見送った後、俺は再び変態する。
人狼の姿から人の姿へと変態した俺は後ろを振り返る。
「あ、あの……」
突然の出来事に魔族の少女は地面にへたれ込んでいた。
驚かせてしまっただろうか? 怖がらせてしまっただろうか?
いや、それは杞憂だった。魔族の少女にとって、人狼は同胞と言えるのだ。その顔には安堵の表情が浮かんでいるのがわかる。
「ケガはないか?」
気取りすぎてしまったかもしれない。
魔族の少女に手を差し伸べると、彼女はその手を掴んだ。
冷たい色の肌と違い温かい手だった。彼女の手を握り締め、そのまま体を引き上げる。
「きゃっ!」
引き上げるまでは良かったものの、足に力の入っていなかった少女はそのまま前のめりに倒れ込む。
「おっと」
体を使って受け止める。
大きな竜翼を持つ魔族の少女は軽かった。変態せずともおさまりそうな華奢な体の少女は見上げるようにして俺を見た。
「――――っ!」
不覚だった。
妖しさと艶やかさを併せ持った青白い肌、魂ごと飲まれそうに深く、紅い瞳に見つめられた俺は、蛇に睨まれた蛙。いや、竜に睨まれた犬か。
ともかく、魅了の魔法にでも掛かったかのような感覚は一瞬の出来事だった。
静寂を破ったのは彼女の言葉だ。
「ありがとうございます。人狼さん」
「いや、俺は変態だ」
「は?」
しくじった。
事実だけど、変態なのは事実だけど。
「いや、えーと。俺は人狼じゃなくて……えーと」
なんて言えばいい。
人間なんだけど、ちょっと変わった人間なんだよな……。
「俺は人間だ」
「え、でもさっきは人狼に……」
「ただの人間じゃないんだ。人間だけど、変態なんだ」
「え?」
うわぁぁぁぁ!!
変態なんだよ! 仕方ないじゃないか! 変態なんだから! それ以外になんて言えばいいんだよ!!
頭の中が混乱してきた。
どうしてこんなに焦っているんだろうか。
片手で頭を掻きむしる俺に少女は言う。
「では、あらためて。ありがとうございました、変態さん」
「お、おう」
これはこれでありだ……。変態でよかった。
アホなことを考えるのは終わりだ。気を入れ直す。
こんなところでのんびりとはしていられない。すぐ近くには俺を追っていた聖堂騎士達がいるのだから。
「とりあえず移動しよう。話はあとで聞く。歩けるかな?」
「はい。もう、大丈夫ですから。……その」
青白い頬を赤く染め少女は視線をそらした。その仕草を可愛いと思いつつ、気付くのだ。
倒れ込んできた少女を体で支えたあと、そのままでいたことに。
「す、すまない!」
慌てて少女を支えていた片手を離す。
抱き合うように身を寄せていた俺たちはそれぞれ一歩後退る。名残惜しさを感じるが振り払った。
「さぁ、行こうか」
気恥ずかしさを誤魔化すように先導して歩く。
走りはしない、しかし素早く移動する。なるべく森の奥深くを目指して歩き続けた。時折、後ろを振り返り少女の姿を確認する。そのたびに見せた彼女の笑顔を目に焼き付けながら進む。
無言のまま進み続けた俺たちは、森の奥に枯れた巨木を見つけ、その樹洞に身を隠した。
「ケガはないか?」
同じ質問を繰り返す。どう声をかけて良いのかわからなかった。
「はい。大丈夫です」
少女は気にせず答えてくれた。少し心を落ち着けた俺は別の質問を発することができた。
「君は、魔族だな?」
見ればわかることだ。
「はい。あなたは、違うのですか?」
「これでも人間なんだ。人間のはずだ……」
自信が持てない。
聖堂騎士に追われ続ける日々を過ごしてきた俺は、自分が何者なのか分からなくなってきていた。この世界に紛れ込んでしまったあの日、俺は人間ではなくなったのではないか? そう考えていたのだ。
変態は能力なんかではなく、そういう種族になってしまったのではないかと。
種族、変態。
うわぁ、嫌すぎる。
「どうしたのですか?」
肩を落としてうなだれる俺を少女は覗き込んだ。
「い、いや。なんでもない!」
心臓が高鳴る。
決して広くはない樹洞のなかで、俺たちは身を寄せ合っているのだ。
否応なく、意識してしまう。相手は魔族でも、その、美少女と言っていいほどの容姿だ。
こっちに来て以来、殺気だった騎士たちに追いかけまわされ続けていた俺はこの状況に戸惑っている。
「名前を」
一人そわそわしていた俺は、彼女の言葉に現実に引き戻された。
「お名前をお聞かせくださいませんか?」
名前。
自分の名を呼ばれなくなって久しい俺はすぐに自分の名が出てこなかった。
「私はレーネと申します」
そんな俺を不思議に思った少女は自分から名乗るのだった。
レーネ、か。良い名前だ。
そんなことを考えていると不安そうな瞳は俺を見ているのに気づいた。レーネだけに名乗らせてそのままという訳にはいかない。
「リンと呼んでくれ」
それは、元の世界でのあだ名であった。本名はあまりにも不釣り合いだ。そう思いこう名乗ることとした。
「リンさん、ですね」
少し、目頭が熱くなった。
ここに来て以来、こうして優しく話しかけてくれる相手なんていなかったのだ。感謝の気持ちを、素直に伝える。
「ありがとう。レーネ」
俺がそう言うと、レーネの紅い瞳が揺れる。
あたたかな雫が彼女の頬を伝い、一筋の光を見せた。
「ど、どうした!? やっぱり、どこかケガを!」
「違うんです……。ただ、うれしくて」
彼女の言葉聞き俺は思った。
レーネもまた、俺と同じなのかと。
俺の持つこの世界に関する知識は少ない。だが、追われる身として最低限の情報収集の結果、知っていることもあった。
この世界には魔族と呼ばれる者たちがいて、かつて人間たちと争ったことがあったのだ。
しかし、魔王が人間族に討たれたことにより魔族たちは戦いに敗れた。
その結果は語るまでもない。
魔族は人間の敵、ならば生き残った魔族は……。
「レーネ。辛かったな」
いまだ止まらぬ涙を手でぬぐい、彼女を抱き寄せた。
右手で彼女を支え、残った左手で彼女の髪をそっと撫でる。輝くように美しい白い髪はサラサラで、柔らかかった。
久しぶりの温もりを俺たちは分かち合った。
しかし、それも長くは続かなかった。
「――――っ!?」
追われ続けていた俺の感覚が、全力で警鐘を鳴らす。
静かな森の木々の奥から、耳障りな金属音がいくつも聞こえてきた。
「聖堂騎士か……!」
聞きなれたそれを知覚した俺はレーネの体を引き離す。
「すまない、君を巻き込んでしまった」
俺を追ってきたであろう聖堂騎士達がレーネの姿を見たらどんな行動に出るか。簡単だ。殺すまで追い続けるだろう、俺みたいに。
レーネの姿を見られるわけにはいかない。なんとしても彼女だけでも逃がす。
「レーネ、俺が奴らを引き付ける。その隙に逃げてくれ」
突然のことにレーネは戸惑っていた。しかし、聖堂騎士という存在、その意義を魔族の彼女は知っているはず。ならば、どうすればいいかわかるはずだ。
いや、知っているからこそ、正しく理解しているからこそ彼女は戸惑っているのか。
「俺のことはいい。逃げてくれ」
「で、ですが!」
「俺一人だけなら囲まれていても逃げ切れる。俺は変態だからな」
いざとなれば、別の何かに変態して逃げるなり隠れるなりすればいい。俺にはそれができると、彼女に理解させる。
しかし、遅かった。
「見つけたぞ!」
聖堂騎士の声が森の中に響く。
逃げ遅れた。今からレーネだけ逃げ出しても逃げ切れない。やるしかなくなった。
そう考えた直後、俺はレーネを樹洞の奥へと押し込み身を隠させた。
「今度こそ、今度こそ逃がさんぞ!」
統率の取れた乱れのない動きで瞬く間に囲まれる。ここ数日の逃亡劇にしびれを切らしていた奴らが、いよいよ本気になったということだ。いつもの俺ならさっさと逃げ出すところだが……。
「今日は俺もやる気なんでな」
俺の言葉に聖堂騎士達が警戒の色を見せた。その直後に動く。
まずは変態。体を狐の姿に変え駆け出す。
「来るぞ!」
最初の獲物はこいつからだ。
素早い動きで聖堂騎士の背後を取る。この世界に来て以来の付き合いとなる聖堂騎士達。その強さも、弱点も熟知している。俺は常に逃げ続けてきたわけではないのだ。
「まずは一撃!!」
人狼への瞬間変態。決して軽くはない装備の聖堂騎士は背後からの一撃に対抗する手段はない。
「がっ――――!!」
人狼の巨躯、その重みを乗せた一撃は聖堂騎士を吹き飛ばす。だが、……。
「とった!!」
みすみす仲間を見殺しにするわけがない。聖堂騎士は魔族狩りを専門とする。仲間の犠牲さえ利用し獲物を仕留める。
不意を突いた俺の、わずかな隙を奴らが見逃すはずがなかった。魔族殺しの銀の剣が俺の腕を裂く。
「ちっ、さすが……!」
俺は変態だが魔族ではない。銀の持つ退魔の力、その影響は受けない。銀の剣では肉を裂けても骨は断てない。
切り付けられた腕を変態させ流血を最小限にする。しかし、その行為は体に負荷をかける。ダメージは確実に蓄積するのだ。
すかさず追撃が入る。
だが、今の俺は人狼だ。姿かたちも、その能力さえ。
「遅い!」
聖堂騎士の追撃は届かない。その前に叩き潰した。
風を切るように早く俺の腕が敵を捉えた。人狼の膂力は大木さえなぎ倒す。
二人目。
攻撃後の隙をなくすため、再び変態する。再び肉体は狐の形をとった。
直後である。銀の剣が頭上を交差した。
「くそっ!!」
良い位置だ。
三度の変態をし肉体は人狼へ。
剣を交差させた騎士二人を全身を使って吹き飛ばす。
「つ、強い!」
必死なのだ。
今の俺には守らなければならないものがある。だらかこそ、戦える。
普段と違う激しい抵抗に聖堂騎士達に動揺が走ったのが分かった。そして、俺の体もそろそろ限界である。連続での変態は体への負荷が強い。緊張状態のいま、これ以上は逃げ出す余裕が無くなる。
レーネが一人で逃げ出せるだけの隙は稼げなかったが、今ならまだ人狼の体を維持したまま彼女を連れて逃げられる。
そう判断してからの行動は早かった。
――――咆哮。
痛みすら覚えるほどの雄叫びの後、レーネの隠れた樹洞まで一気に駆ける。
「行くぞ!!」
「は、はい!」
差し出した右腕に彼女が抱き着いた。片手にレーネを抱え、強靭な脚力で跳躍する。
普段とは違う俺の動きだったが、聖堂騎士達はすぐに対応してくる。何人かがクロスボウを構え放った。
「逃がすか!!」
レーネを己の体で隠し、放たれボルトは肉体で受け止める。一瞬の激痛と、続く鈍痛が俺の思考をかき乱す。考えることを放棄し、ただただ前に向かって逃げ続ける。
「リンさん!」
レーネが悲痛な声を上げた。それに応える余裕はない。聖堂騎士を振り切るまで、俺はひたすら森を駆けた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
日が落ち、森の中は闇に包まれた。逃げ続けた俺はついに力尽き、倒れ込んだ。背中の傷を変態で塞ぎ切ったところで、俺の意識は途絶えていた。
「リンさん……」
意識を取り戻したとき、俺の目に移ったのはレーネの泣き顔であった。
木々の隙間から洩れる月明かりに照らされた彼女の姿を見上げる。頭の後ろに柔らかな感触を覚えた。膝枕だ。
「……ケガは、ないか?」
三回目だ。
絞り出すように出した言葉。もっと気の利いたことを言えないのかと己の語彙の無さを呪う。
「わたしなんかよりも……、自分の心配をしてください!」
怒られてしまった。
彼女の頬を伝った雫が、俺の頬をうつ。
「どうして、リンさんはわたしを、わたしなんかを……。どうして、そんなに優しく……」
どうしてだろうか。
酷い倦怠と深い脱力、水底に沈んでいくような感覚の中でふと気づく。
「俺が、そうして欲しいから……だな」
簡単なことだ。
欲しているから、求めているから、わかるんだ。
「レーネ。君は、俺と同じだろう……」
何かに追われ続け、一人で逃げ続け、傷つき、悲しみ、それでも一人で。
「優しくしてほしいんだよ……。俺は」
――――助けて。
初めて聞いたレーネの声。絞り出すように発していた彼女の言葉は、俺の言葉でもあった。
だから、俺はあの時……。
「一人は嫌だ……。もう、一人は……」
見知らぬ土地に一人で投げ出された俺と。人の世に生きる魔族の彼女。
一人と一人。
偶然の出会いと、ほんの少しの時間だが分かち合った温もり。
失いたくなくなった。
「リンさん……、わたしは……」
「レーネ……」
吐息のかかるほど近くにレーネの瞳が見えた。
深い真紅の瞳が俺を見つめている。
口元の柔らかな感触が心地よい。
鉛のように重い体の奥に熱が灯る。通い合う心。早鐘のように鳴り響く鼓動が、俺の体を覚醒させる。
上半身を起こし、レーネと向き合った。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
そろそろだった。
聖堂騎士は獲物を逃がさない。戦力を立て直し、必ず追いついて来る。
「逃げてくれ」
もう一人は嫌だ。だけど、レーネを失うのは……怖い。
今度こそ、彼女だけでも逃がす。俺には、それしかできない。俺の力では、俺だけの力では、これしかないんだ。
「リンさん。お願いがあります」
何かを決意した。そんなことを思わせる声でレーネが言った。
「あなたの命を、わたしにください」
拒む理由は無かった。
俺にはもう、レーネしかない。
レーネの求めに、ただただ頷いた。
「ごめんなさい……。いえ、ありがとう」
その直後、俺の意識は再び失われた。
暗闇の中、突き刺すような痛みが俺の体を苛む。
叫び声なんて出ない。
肉が爛れ、骨が焼けるようだ。
痛み、痛み、痛み。
それしかない。それだけを感じ続ける。永遠ようで、一瞬でもある。
暗闇の中、俺を噛み続ける痛みの中、一筋の光が差し込んだ。
「レーネ……」
目の前が紅く染まった。
否、紅く染まっていた。
「これは……」
鼻を衝く鉄の香り。深緑の森を染め上げる鮮血。体に纏わりつく血肉。見覚えのある鎧、その破片。
理解した。俺がやったのか。
見渡すまでもなかった。感じるのだ。俺を追い続けていた騎士たちの命、その残り火を。体に纏わりつく、彼らの残滓が物語る。
「リンさん……」
紅い世界に、彼女は居た。
月光に照らされた白い髪、俺の心を飲み込んだ真紅の瞳。
変わらぬ姿で、変わった俺を迎えてくれた。
「俺に、何をした?」
聖堂騎士を皆殺し、緑の森を血の色に染め上げる。そんな力は俺はもっていない。ならば……。
「君は、何者だ?」
俺をこうしたのはレーネで、彼女は……。
「わたしは、邪竜の娘……。かつて魔王と呼ばれた邪竜、その娘」
「なら、これは……」
知覚する。俺の口に広がる血の香りが、世界を染めている鮮血とは別のモノであると。
「リンさんは、わたしと契約を交わしたのです。血の契約を」
「血の契約……」
「あなたの体には今、わたしの血が、魔王の血の一部が流れているのです」
体の奥底から湧き上がる衝動。力の傍流の正体を見た。
「リンさん。魔王になってください。わたしたちを、魔族を導いてください」
その願い、答えるまでもない。
俺はもう、頷いているのだ。
俺の命はレーネのモノだから。
「レーネ……」
彼女の名を呟き、俺は己の体を変態させた。
邪竜の血、魔王の名、それを継ぐにふさわしい器へと肉体を変質させる。
「これでいいか……?」
蒼白の肌、漆黒の対翼と天を穿つ竜角。邪竜の姫と並び立つに相応しい肉体へ。
変態した俺の姿を見てレーネが涙を浮かべながら微笑む。
「禍々しさが足りません」
「今はこれでいいさ。後からどうにでもなる」
レーネの肩を抱きよせる。
姿は変われど、分かち合った温もりは変わらない。
「俺は、変態だからな」
血塗られた大地を踏みしめ、進む。
その先にさらなる流血が待っていようとも、俺はもう一人じゃないから。