第7話 初めての『ともだち』
触手君とのお話回です!
キャラを可愛く書くときは特に気合を入れて書くように心がけてます!
「お目覚めか? って言っても、聞こえてないか」
目が覚めると、僕の目の前には喋る触手がいた。
けれど不思議と、僕は恐怖を抱かなかったし、寧ろその逆で親近感をすら覚えてしまっていた。いや、確かに僕はモンスターは好きだし、モンスターズコレクターを始めたのだってモンスター好きが高じたからだし、中でも触手が一番好きではあるが、それでもこれは――――。
「い、いや、聞こえてるけども……」
そんな自分の疑問などお構いなしに、僕の本能は警戒心の欠片もなく彼(?)に話しかけていた。
すると、触手の彼は驚いたように腕を跳ね上がらせ、ずい、と僕の前まで腕を伸ばしてきた。
「おー!? 何お前、オレ様の声が聞こえてんの!?」
「う、うん。はっきりと……」
「うっひょーーーーほほほほ!!!! マジかよ!! 人間と会話が成立したのなんか初めてだ!!」
触手の彼はうにょうにょと踊るように腕をうねらせ、声と体、両方で喜びを表現していた。そんなにも嬉しいこと、だったのだろうか?
「あ、あの……ところでここは一体……?」
「んー? 何だよ覚えてないの? ホラ、お前盗賊に追っかけられてて」
「…………あ」
思い出した――――。
僕は咄嗟に、射抜かれたはずの腹部に手を這わせる。そこには、あるはずの傷など何処にもなく、ただボウガンで射抜かれた証左である小さめの穴と、そこを中心に服に広がってしまった血液の染みだけが残っていた。
「僕は……どうして生きて……それより盗賊達は?」
「んー? いやぁ、ここらへん、オレ様の住処なわけでさ。こんなところで死なれると困るわけなんだよ。オレ様、人間の死体とかあんま見たくないし。だから盗賊は追っ払って、お前さんの傷はオレ様の体液色んな薬になるからそれで治療したってわけ。んで、体の調子はどうなんよ?」
言われて、少し体を動かしてみる。寝起きだからか、多少気だるくはあるものの、それ以外は目立って不調を訴える部分はない。
「うん。大丈夫。元気だよ」
「…………へー? オレ様の体液使えば同じ魔種ならともかく、人類相手なら拒否反応とか副作用とか出るかもーなんて思ってたけどなー……。それに治りも予想してたよりずっと早いし……」
すると触手の彼は何事か考えこむように、その腕の先をもたげた。その動作を可愛らしいと思ってしまったことはさておいて、それよりも僕にはすべきことがあった。
「その、ありがとうね。色々と。傷のこととか、盗賊のこととか、さ」
誰かに助けられたら、お礼をする。ごく当たり前かもしれないが、とても大事なことだと僕は思っている。だから、諸々の疑問はさておいて、僕は彼に心からの感謝の意を伝える。触手の彼は僅かにその体色を赤く変化させると、ぷい、とそっぽを向いてしまった。
「べっ、別にお前を助けたわけじゃねーし!! オレ様がおちおち眠れもしないから助けてやっただけだし!!」
触手の彼は、どうやら照れているようだった。そんな様が愛らしく、そして何より可笑しかったため、僕は思わず笑い出してしまった。
「ぷっ、あははは」
「な、なんだよ!! 笑うなよ!!!! バカにしてんのかコンニャロー!?」
「あはははは、ごめんごめん。うん、バカにしてたわけじゃないんだよ。ただキミの反応がなんか可笑しくって」
「う、うるせー!! ほっとけ!!」
へそを曲げてしまったのか、触手の彼はそっぽを向いてしまった。流石に失礼だったかと僕も反省し、彼宥めようとする。
「あはは、ごめんって。気を悪くしたなら謝るよ。えーっと……」
「……なんだよ」
「その……よければ名前……教えてほしいかなって」
そういえば僕は彼に助けてもらったというのに、未だに彼の名前を知らなかった。触手達に名前をつける文化があるのかは不明だが、意思の疎通ができるのであれば名前かそれに準ずるものは必須だろう。
だから彼にも名前はあるはずと、当たりを付けて返答を待っていたが、しかし返ってきた答えは予想、というか期待に反するものだった。
「……名前っていうか、オレ様、自分のこと何も覚えてねーぞ?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そんなことに……」
それから一時間ほど掛けて、触手の彼は今度は彼の身に起こったことを僕に話してくれた。彼は自分の名前や、それまで自分が育ってきた場所など、過去に関する記憶が一切無く、気付けばこの森に居たのだという。触手という生物は何かしら、生態活動を行っているものに寄生し、そこからエネルギーを得ないと活動できず、寄生先に今僕が前にしている巨木を選んでしまったがために触手の届く範囲を超えて動くことが出来ず、そんな暮らしを二ヶ月ほどしていたらしい。
「大変……だったよね」
「んー……大変っちゃ大変だったけどよー。別に寄生して、寄生先から十分なエネルギーが貰えりゃ死ぬことは無いし、仲間とか生みの親とか、そういうのがいた記憶も無いからノスタルジーとかに襲われることもなかったし……強いて言えば、退屈だったのが一番大変だったな」
「た、逞しいなぁ……」
こういう強さは僕も見習いたいところだった。僕は人のそばにいられない事がわかっているくせに、誰かが傍にいてくれないと簡単に折れてしまうような弱い人間だ。彼の爪の垢でも煎じて飲ませてもらいたい。爪なんてどこにも見当たらないが。
「そーか? 別に大したこっちゃねーよ。綺麗さっぱり無くなっちまってる以上、元々持ってないのと同じだしな」
触手の彼は別段気にした様子もなく、あっけらかんとそう言ってのけた。
僕はその強さに驚嘆しながら、しかし彼の名前がないという事態に関しては、頭を抱えるしか無かった。
「それでも……名前が無いっていうのは……」
「なんだよ? そんな大事かぁ? 名前って」
「大事、だと思うよ。それが大切なものであるっていう証拠の一つだと思ってるから」
「ふーん? そういうもんかねー……」
「それにほら、名前がないと、これから先、呼ぶ時に不便でしょ?」
「はっ? え、何これから先って? まさかとは思うけどよ、お前、これからもオレ様のとこに来るつもりか?」
「あ……や、やっぱりダメかな……? そうだよね、ゴメン。迷惑、だよね」
触手という僕の世界では決して会うことの出来ない生物に出会い、しかも話ができるという事に舞い上がってしまっていたが、触手の彼の言葉に一気に現実に引き戻される。彼の言うとおり、彼には彼の自由がある。当然、どんな相手と関係を持つかも自分で決める自由だって。であれば、こんな面白みも何もない人間など、まとわりつかれても迷惑なだけだろう。僕は彼に対して申し訳無さを感じながら、しかし返ってきた言葉はまたも予想に反するものだった。
「い、いや……迷惑とかじゃなくてよー……。オレ様、こんなナリだろ? 怖かねーのかよ?」
それは若干の怯えを含んだ声だった。そう、よく知った声。僕も、声を発する時はいつもこんな声を出していた。
誰かに拒絶される事を、恐れる声――――。
だから僕は、少しだけ強張った頬を緩めて、怖がらせないようゆっくりと手を伸ばし、そっとその触手の一本に触れた。
「そう?」
伝わってくる熱。スベスベとしていながらぷにぷにとした感触に癒やしさえ感じながら、僕は彼から拒絶されないことを信じて、その触手を優しく撫ぜた。
「確かに、僕達の姿って全然違うけどさ、少なくとも僕は今キミと話していて楽しいって思えてるし、なんていうか、初めてなんだ。気兼ねなく、遠慮することなんて何もなく話せてるのなんて」
そう、初めて。僕は向こうの世界では、常に誰かに遠慮してきたと思う。それは、長年友達として付き合ってきた匡也君や雪姫ちゃん、家族の皆だって例外ではないと思う。
そんな僕が、触手の彼に対してはそんな遠慮をすることなんて無く、話せている。何故かは分からないが、自然とそうできている。僕にとっては、それが嬉しくて楽しくてたまらない。彼にとっては、いい迷惑なのかもしれないが。
だから、僕は勇気を出して一歩を踏み出してみようと思う。彼となら、本当の意味で対等な、僕がずっと求めてやまなかった、そんな存在になれるかもと、そう思ったから。
「ねぇ、触手君。僕と友達になってくれないかい? 何にも取り柄もないし、人の役に立つことなんて何一つできない僕だけど、こんな僕で良ければ」
踏み込み過ぎ、調子に乗りすぎ、大いに結構。そんな風に思われてでも、僕は彼と理屈抜きで仲良くなりたいのだ。
けれど触手の彼は、俯きながら、沈んだ声でか細く呟いた。
「……無理だろ……そんなの……」
「どうして?」
「だってオレ様、触手だぜ? お前ら『人類』的に見れば、只の気色悪い化物だろ……。前に通りかかった『人類』に話しかけようとしたら、すげー目付きで睨まれて殺されかけたよ……。ただ話しかけてみたかっただけなのにな。人ってどんなもんなのか、知りたかっただけだったんだけどさ……」
沈む、触手の彼の声。あぁ、彼だって寂しかったんだろう。ただ誰かと、仲良くなりたかっただけだったんだろう。けれど、あまりにも異なる姿が、それを妨げた。それは仕方のないこと。僕だって、話せていなければ、彼とこんなにも楽しく時間を過ごせる事など、夢にも思わなかっただろう。
そうだ。僕は彼と話せる。だったらもう、障害なんて無いも同然じゃあ無いのか?
僕は立ち上がり、彼の腕をしっかりと掴んで彼が身体を伸ばしている大樹に向かって更に歩み寄る。
「な、何やってん……」
「だったら、今後色んな人とも仲良くなるために、まず僕で知ってよ。人をさ。欠陥だらけであんまり見本にはならないかもだけど、大体同じだからさ。それに、気色悪いとか言わないでほしいな。もしそうだとするとキミを可愛いと思ってる僕がゲテモノ好きみたいじゃないか」
「!?!?!? か、かわわっ!? な、何言ってんだお前!!」
「え? 何? 僕変なこと言った?」
「う、うっせー!! バーカバーカ!! ゲテ好き変態野郎!!」
どうやら僕は触手の彼を怒らせてしまったようだが、しかし僕が握りしめている彼の腕は未だに僕に預けてくれているので、少なくとも嫌われたというわけではないのだろう。
僕は安堵と微笑ましさを混ぜあわせた心持ちになり、握りしめていた彼の腕に再び空いた手を載せた。
「それで触手君。僕がキミと友達になるにあたって、キミを拒絶するつもりが全く無いってことと、僕は触手が大好きだってことは伝わったかな?」
「う、うぅ……」
「だから、今度はキミの気持ちを聞かせてほしいな。僕と友達になるのは、嫌、かな?」
正直なところ、訊ねたくはない事だった。もしここまできて拒否されたら、そう考えると怖くて二の足を踏みそうになる。けれど、誰かと友達になろうと言うのだ。勇気を持たなければ、その関係は築き上げ得ない。だから、僕はじっと待った。触手の彼が返事をくれるのを。そして――――。
「……一つだけ」
彼はそっぽを向きながら、気恥ずかしそうに言った。
「一つだけ、条件がある」
「条件?」
「…………名前」
「え?」
「名前、教えろ」
そういえば、まだ名乗っていなかったっけ。僕はそのことを恥じるように頬を赤らめてぽりぽりと掻いた。
そして、僕は掴んでいた彼の腕をそっと離し、そしてその腕の前に僕の手を差し出した。
「カイト。真月介斗。よろしくね」
「カイト……? ……?」
彼は僕の行為の意味がわかっていないのか、その腕を僕の手の周囲で様子を伺うように踊らせた。僕はその様が可笑しくて、軽く吹き出しながら彼にその意味を教えた。
「握手、しよう」
「アクシュ?」
「友達になるための、儀式みたいなものかな? お互いの手を握り合うんだ」
僕の言葉を聞いて、彼はその意味を理解したのかしないのか、恐る恐るその桃色の腕を僕の手の中に入れていき、やがて巻き付くように僕の手を掴んでくれた。僕もその腕を握り返し、僕が出しうる精一杯の笑顔で言った。
「よろしくね」
「……よろ、しく。カイト」
その時、僕はこれまで感じたことのない、言い得ぬ高揚感と、幸福感に包まれていた。
この日、この時、この場所で、僕らは友達となった――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そんじゃーカイトは別の世界から来たってーのか?」
「うん。だからこの世界のことについてもほとんどわかってないし、クルス達みたいな触手やら何やらっていう魔種を実際に見るのだって初めてなんだ」
それから、僕は自分の事を話すことにした。折角友達になれたのだから、自分のことを知ってもらうのは大事なことだろう。異世界から来た事を言うのは躊躇ったが、特にゼニアグラスから止められていたわけでもないし、ユーリさんからも混乱を避けるため、と釘を刺されただけだ。今後スムーズにやり取りをしていく上で必要だし、結局話すことに決めた。
「僕のいた世界でも、僕って落ちこぼれでさ。なんで僕みたいな無能が生まれたのか検討もつかないってくらい家族や幼馴染たちは優れてて、正直な話、居てもいなくても変わらないような人間だったんだ」
因みに、クルスというのは僕が付けた触手の彼の名前だ。触手の英語読みであるテンタクルをちょっといじっただけの安直なものではあったが、思いの外クルス本人からは好評だったので、まぁこれはこれで良しとした。
「んー、でも、そいつらのことは大切なんだろ?」
「うん。家族だからね。僕の自慢だ。いずれ親孝行もしたいんだけど、何ができるのかなぁって」
「オレ様は親がいたかもわかんねーからなんとも言えないけどさ、そういう風に考えられるんなら、大丈夫なんじゃねーか?」
「そうかな?」
なんだろうか、親しい誰かと思ったことを語り合うと、ここまで気が楽になるのかと、穏やかに驚嘆していた。今まで得たこともないような、名状しがたい温もりに、思わず涙が溢れそうになる。
「そうだろ。ま、どんな孝行っての? するかなんて、考える時間はいくらでもあるって。ゆっくり考えようぜ」
「……うん。そう、だね」
クルスの言葉が、心強い。彼の優しさに、僕も心なしか前向きに考えられている気がする。あぁ、彼と友達になれて本当に良かった。心からそう思える。
「ん、そろそろ時間かぁ」
「え? 何が?」
クルスがそんなことを言ったので、僕が聞き返そうとすると、クルスの動きがだんだん鈍くなってくるのが分かる。
「悪いカイト。オレ様、一日の四分の一は寝ないとなんだわ……」
「そ、そう……なんだ……」
つまり、一度はクルスと別れなければならないということなのか。何れはファズグランへ戻らなければならないだろうから、それは避けられないことではあるが、そう考えると、段々と寂しさがこみ上げてくる。
「んな顔すんなって……ほら」
そんな僕の心境を察したのか、クルスはもぞもぞと腕をうねらせ、そして何やら小さな結晶を吐き出し、同時にその腕から何かよくわからない紫色の液体を盛大にぶっかけられた。
「うわっぷ!!」
それと同時に、僕の脳内に僕の知らない情報が流れ込んできた。
『魔晶:魔種の体内で生成される魔力の結晶』
『魔避薬:魔種のみが嫌う成分を含んだ薬液』
これらは、今しがたクルスが吐き出したものだ。だが、クルスに説明されたわけでも、別の誰かに教えられたわけでもないのに、『全統神の知慧』によって知ることが出来た。どうやらこれは、魔種の使用する道具に対しても有効らしく、その有用性が僕の中でどんどん高まりつつある。
「これは魔晶っつって、オレ様の魔力が込められてる。つっても、できるのはオレ様の位置の確認程度だな。オレ様が出してる魔力の波に反応して光を放つ結晶だ。その光ってる方向がオレ様の居る方向ってわけ。でもって今かけた薬はオレ様の体液の成分を調整して作り出した、まぁ魔種避けだな。過信は禁物だが、それで一時間程度は魔種が近寄ってこない筈だ」
「け、結構なんでもアリなんだね……触手って……」
エヘン、と胸を張るように腕を仰け反らせるクルス。するといつの間にか、クルスはどこから取り出したのか、大きめの瓶に先程僕にぶちまけた液体を注ぐと、しっかり蓋を閉めて僕に手渡してきた。
「次来る時は、それをぶっかけてこいよ。今の時間なら、月を目指してけば街道に出るはずだ。そこまで行けばとりあえず魔種に襲われる心配はねーだろ。あとは街道に出たら魔晶の光が右にずれていくように街道沿いを歩いていけば街に戻れるはずだぜ」
「ありがとう。何から何まで」
「いーからいーから。んじゃ、オレ様もう寝るから。迷ったりすんじゃねぇぞ?」
「あはは。し、死ぬ気で頑張る。それじゃあ、またね」
「おー。またなー」
それだけ言って、クルスはもぞもぞ蠕動しながら大樹の隙間へと帰っていった。
『またね』。匡也くんや雪姫ちゃん以外に言ったことがなかった言葉。どこか懐かしささえ覚えながら、僕はだらしなく緩む頬を引き締めることが出来ず、街道を目指して歩き出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!
自分で言うのも何ですが……クルスかぁいい……。
可愛い女の子も書いていきたいんですが、とりあえずクルスくんで何卒……何卒……。
あ、自信がないので、「ここもう書いたんじゃね?」みたいなところがあったら遠慮なく罵ってくださいませ……。