第47話 初めての
執筆し続ける喜びを!!
皆さんお久しぶりです!! 最近は特にお待たせしてしまい申し訳ありません!
忙しくなると、この話を書けていられるということがどれほど幸せなことなのか実感できますねぇ……(涙声)
「本当に仲がよろしいですわね」
クルスを落ち着かせるため、一旦バルコニーに出ていた僕の背から、再びラウゼルさんたちに差し入れを渡して帰ってきたルーンさんの声が聞こえてくる。
クルスは今は意識がない。というよりは、「落ち着きたいから」ということで半睡眠的な状態に入っていると言えばいいだろうか? とにかく、何度か呼びかけてはみたがクルスから反応は一切なかった。
「あぁルーンさん。おかえりなさい」
「えぇ、ただいま戻りました。おにぎり、ですか? 大変に好評でしたよ」
「良かった。流石はルーンさんです」
ルーンさんは照れくさそうに笑うと、僕の隣に並び立ち、木々に繰り抜かれた空に浮かぶ満月を見上げた。お互いに言葉なく、しばらくの間沈黙を続けた上で、不意にルーンさんの口が開かれた。
「月が、綺麗ですわね」
「ぶっ!!」
その言葉に、僕は思わず吹き出してしまう。ルーンさんは何事かと心配そうに僕の背をさすってくれるものなので、何でもないと手で制する。
「あの……私何か……?」
「い、いえ……ただその……僕の世界では今のは……もにょごにょ」
告白と同じような意味を持っている、などとは言い出せずにどもってしまう。そんな僕の様子を見て、ルーンさんはその言葉にどのような意味が込められているかを理解したように目を開くと、すぐにむくれながら声を上げた。
「まぁ、カイト。私が貴方に対して、そのような意味を込めてそんなことを言うはずが無いではありませんか」
「うぐ……。そ、そうですよね……」
かなり強めな否定に、安心といえば安心したのだが、それでも胸にグサッと来るものはあり、僕は呻きながら項垂れた。しかし、ルーンさんから伸ばされた手は、僕が項垂れることを許さずにぐい、と僕の頭を持ち上げた。
その瞬間。まさに刹那といっていい程の一瞬の間に、僕はあらゆる思考が崩れ去る音を聞いた。
僕の唇に、柔らかなものが当てられている。――何が? 眼前には瞼を下ろしたルーンさんの心臓に悪いほどの美貌がほぼゼロ距離で。――どうして? 頭は真っ白。衝撃が故に混乱することさえ叶わずに、僕は眼が薄く開かれ、艶やかに指先を唇に当てる仕草をするルーンさんを、ただ見ていることしか出来ないでいた。
そっとルーンさんの瞼が開かれ、名残惜しそうに口を離すと、ルーンさんは悪戯のようににこりと微笑んで首を傾けた。
「私が好意を告げるのであれば、これくらいは致しますわ」
「――――っで、でだばばばばば!!??」
「あら、斬新な悲鳴ですわね」
慌てて妙な悲鳴を上げながら逃げようとする僕を、いつかの様にまたも一瞬にしてその姿を消し、先回りすることでルーンさんは僕を捕まえる。にっこりと僕を見下ろすように見つめながら、ぎゅう、と僕を抱きしめる腕に込める力を強めた。
「捕まえた♪ 可愛らしいカイト?」
「あぴぃぃぃぃいいい!!?? 許して!! お願い食べないで!!」
「食べませんわよ♪ 食べちゃいたいくらい可愛らしいですけれど♪」
「だだだだだだだ第一!! ルーンさん何したんですか!? 今僕にキキッキッッキキキキッキ……」
「はい。キスをしました♪」
「にゃあああああああああああああああああああ!!!!」
嘘じゃないなんて信じたくなかったのに、ルーンさんはなんでもないことのようにその逃げようも変えようもない事実を告げた。
「お嫌でしたか?」
「お嫌とかそういうんじゃ……!! って、そういうことじゃなくて!! そんなに可愛い顔したってダメです!! ルーンさん!! 貴方何したかわかってるんですか!? どういうことしたかわかってるんですか!? 淫魔って種族的にそういうところゆるゆるなんですか『ビッ』で『チ』な一族なんですか!!??」
「まぁ♪ 可愛いだなんて♪」
「そこじゃねぇよ話聞けよ!!」
結構差別的な事を言ってしまい、ついには口調まで荒くなる始末。けれど今の僕はそれだけの混乱の最中に身を置いてしまっていたのだから仕方がない、仕方がなかったのだ。
しかしルーンさんはそれを気にした様子など一切見せず、真剣な笑顔を浮かべて、僕を落ち着けるように言った。
「もちろん、分かっています。私は淫魔ですが、それ以前に淑女です。濫りに口吻を交わすことは禁じられて来ましたし、その意味だって重々分かっていますわ」
「だったらどうして……」
「あら、ここまで言って分からないなんて、罪な人ですわ。それとも、分からない『ふり』ですか? どちらにしても、意地の悪い人ですわね。ふふっ」
ルーンさんは相変わらず上品な笑い声を奏でて、少しだけ頬を染め上げながら、それでも僕をまっすぐに見つめて、その言葉を口にした。
「えぇカイト。いえ、カイト様。私、リューネイジュ・フレウル・ロードノートは、貴方をお慕いして、いいえ、愛しております」
驚いた。言葉とは、物理的な衝撃を伴うものだったのかと。脳を直接金槌で殴られたような衝撃を覚え、僕は再び我を失っていた。けれどルーンさんは止まらず、尚も自分の紡ぐ言葉一つ一つを愛おしむように、噛み締めながら続けた。
「愛に理由を付けるなど無粋極まりない愚行ですけれど、カイト様はこうでもしないとお話を聞いてくれそうにありませんので、お話させて頂きますね。まず貴方が私に付けてくれた呼び名、あれはお母様が付けてくれた呼び名でもあるんです。それだけじゃない。貴方は言ってくれました。私を『良い子』だと。けれどもう少し『悪い子』になれと。それも、母が別れの際に言ってくれた言葉です。話してもいないのに、貴方はまるで見てきたことのように言ってくれた。それだけ、きっと貴方は私のことを見ていてくれた」
懐かしむように、優しげに瞳を潤ませながら、「しかし」と小さく首を振る。
「でも、それだけじゃない。私は、貴方の隣にいると、とても心安らかで居られた。最初は貴方が冒険者で、人間で、余所者だからと思ったんです。物珍しく、別段気負うべき相手でも無かったからと。けれどそれは違います。今でならば違うって言い切ってみせます。私は――――」
ルーンさんは、至極の宝石のような、満天の星空にも、月さえ恋焦がすようなこれ以上ない笑みを浮かべて、僕に言った。
「貴方が貴方でいてくれたから、私は心を許すことが出来た。誰よりも優しくて、どことなく放っておけないような危なっかしさを持っていて、誰よりも誰かに寄り添う事ができる貴方だから、私は貴方に堕ちてしまいました。もしあらゆる生物には生まれながらに運命というものが定められていたとして、これまでの『運命』が貴方と会うための『運命』の為にあったというのであれば、私は呪いたくもあった運命というものに涙を流して感謝したいくらいですわ」
あらゆる憂いも何もかもを断ち切って、ルーンさんは僕を抱きしめながら歌うように言葉を紡ぐ。まともに受け止めれば、顔から火が出てしまいそうなほど恥ずかしいまでの好意を、ルーンさんは僕に向けてくる。けれど僕は、それを恥ずかしがることが出来ず、逃げるように眼を逸らしてしまった。
「随分と、背負ってきた不幸の割に安い幸せしかくれない運命ですね……」
「あら、これで安いだなんて。カイト様は随分と欲深いお方なのですね」
「僕は、貴女が思ってくれてるような大層な人間じゃないです。僕より優しくて、誰かに寄り添える人なんていくらでも居ます」
「かも知れませんね。私は『外』を知りませんから。もしかしたら居るのかも知れません。そんな人が」
「なら……」
「それでも――――」
ルーンさんは僕の言葉を遮る様に、ルーンさんはピシャリと言い放ち、凛然と僕を見据える。
「それでも、私がお慕いする方はカイト様しか在り得ません」
「……僕以外の誰かが僕より先に僕と同じことをしていても、ですか?」
「えぇ、それでも。私は貴方に絶対の愛を誓います。それに、そんな事は在り得ませんわ」
「?」
「だって、『だからこそ』私はカイト様が好きになってしまったんですもの」
くすくすと、呆ける僕が可笑しいと笑いながらも、それが偽らざる本心だと、笑顔の奥で優しく光る瞳が告げてくる。けれど僕はその言葉の意味がよく理解できず、混乱することしか出来ない。
そう、理解できない。どうして僕なのか。彼女程の出来た女性であれば、僕なんかより相応しい異性はもっと他にいる。だというのに、どうして彼女は僕を抱きしめて、キスまでして、僕のことを『好きだ』などと言ってくるのだろうか。理解が追いつかず、頭が痛くなってくる。
そんな僕をやはり愛おしいと、眼を細めながら僕の頬にそっと手を伸ばすルーンさん。ひんやりとしていて、けれど温かみに溢れていて、安心してしまえるように優しい、そんな手だった。
そして、今になって気づいた。ルーンさんの手は小さく震えていた事に。
ひょっとしてルーンさんは、僕に好意を伝えるのも怖かったのではないのだろうか? 考えても見れば、ルーンさんはこれまでずっと誰かを好意的に見ることを避けてきたんだ。好意を伝えることなど以ての外。もしかしたら、これが初めてのことである可能性だって否めないどころか大いに有り得る。しかも、彼女が伝えたのは慕情、ただでさえ伝えるのに勇気が要るものであったのは自明だ。それでも、ルーンさんは勇気を出して、僕に想いを告げてくれたのだ。
不意に、何か熱いものがこみ上げてくる。単なる思い過ごしかも知れないが、そこまでして想いを告げてくれたルーンさんの気持ちが本物であるとわかり、たまらなく嬉しくなって、僕はその手に、そっと包むように触れた。
「ルーンさん」
「はい」
「僕は」
「はい」
「……僕は――――」
ならば僕も可能な限り礼を尽くそう。勇気を出して僕に近づいてくれたルーンさんに報いるためにも、最低ではあるけれど、僕に払える僕なりの敬意をルーンさんに最大限払った言葉を、返答として彼女に告げようと息を吸い込んで――――。
「お取り込み中すんませんねー」
「「うきゃあああああああああああああ!!??」」
しかしその言葉は狙いすましたように間に割って入ったクルスによって中断を余儀なくされ、僕らは互いに妙な奇声を上げてしまった。クルスは胡乱げに僕らをじとりと交互に見つめ、不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「何だよ何だよお前らよ~。人がナーバスになってる間に色恋道中まっしぐらってか~? 羨ましいね~その図太さ。分けて貰いたいわ~」
「く、クルス様の方が太さでは勝ってますわ!!」
「そそ、そうだよ!! クルスのほうが太くて立派だよ!!」
「張っ倒すぞオメーら!! ってかいつの間にかオレ様まで様付けなの? 何? オレ様も知らない所で進展してたの? わけわかんねぇし、しまいにゃもっぺん引っ込むぞ」
「ご、ゴメンってクルス!! それより、どうしたんだよ一体!? 何か用があったんじゃないの?」
不機嫌そうにぷい、とそっぽを向くクルスに、僕は慌ててそう訊ねる。半分ほどはそれが気になっただけで、半分ほどはその話題から逃げたかったからだ。
するとクルスは一度やれやれと溜息をつくと、引き締まった声で短く言った。
「動いたぜ」
「! 何処に?」
「|聖域(あの場所)に向かってら。こりゃ完全にその『つもり』だな」
「? お二人共、一体何が……?」
僕達のただならぬ空気を感じ取ったルーンさんが、戸惑いの声で僕らに問いかける。
「フラァルさんの位置をマークしていたんですが、フラァルさんが今賢龍様のところに向かってます。多分、ルーンさんを助けるために戦うつもりなんでしょう」
「な!? と、止めないと!! 居場所が分かっていたのでしたら、何故お二人は止めようとしなかったのですか!?」
「あーダメダメ。ああいう奴ってこういう状況で『止めろ』って言ってもとまんねーだろ。それに、ねーちゃんの意志ってやつも尊重してやりたかったし」
「それに、フラァルさんを止めてあげられるのは、助けてあげられるのは。僕らなんかじゃなくてルーンさんだけでしたから。あとは――――」
一度区切って、僕とクルスは見合ってにんまりと笑う。きっとフラァルさんが見たら即座にゲンコツをもらうことになってしまいそうな、含みのある嫌らしい笑みを。
「こういう場でなら、案外すんなりと本音が聞けたりするかもしれないかなって」
「なー」
「……?」
首を傾げるルーンさんを他所に、僕とクルスは再び笑い合う。一頻り笑い終え、僕らはルーンさんを見つめる。
「とにかく、行きましょうルーンさん。フラァルさんのところに」
「…………はい!」
力強く、頷き返すルーンさん。僕も頷き、早速動き出そうとして――――。
「で、お前ら結局いつまでひっついてんの?」
――――ルーンさんに抱かれっぱなしだったということを、今になって思い出した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!! ブクマ等々もありがとうございます!!
ちょーっと駆け足過ぎたかなぁと思いながら書いたお話ですが、もーちょっとルーンの好意を途中途中でわかりやすく表記しておくと良かった気もしますねぇ……。反省します。
最近は本当に執筆に割ける時間がめっきり減ってしまい、これまで以上に遅々としたペースで進むこととなるかと思いますが、今後共よろしくお願いいたします!