第46話 それぞれの向かう先
ホンッッッッッッット申し訳ございません!!!! だいぶ間が空いてしまいました!!!!
色々と死んでた等の言い訳はまた後ほど……とりあえず短めですが、投稿させて頂きます……。
薄暗い部屋の中。炉に火も焼べずアタシは椅子に腰掛ける。辺りは暗く、いつも見上げていた万華鏡を模した天井模様は、規則正しく並列に並ぶ線に取って変わり、鼻をくすぐるのは絨毯の香りではなく木の香りだ。
ここは森の奥の湖、その畔に建てられた小さな小屋。ソニア様が生きていた頃はお嬢様と三人でよく遊びに来た場所。この小屋に通うようになったのは外に出られないが為に、ちょっとした冒険気分を味わおうと言うソニア様の計らいだった。お嬢様も、大層この場所が気に入っていた。この場所は、彼女にとって母親との思い出の場でもあるのだ。
だからこそ、近づけさせられなかった。偶の掃除に行くときはアタシだけ。こっそりついてきた時なんかは、多分こっぴどく叱ってしまったと思う。彼女の母親はもう居ない。居ない母親に関わる事を彼女に触れさせれば、彼女が壊れてしまうと思ってしまったから、それが怖くなってしまったから。
しかし、それも結局は要らぬ世話でしかなかった。アタシは結局お嬢様を守っていたつもりで、お嬢様を壊し続けてきただけに過ぎなかったのだ。
「…………」
小屋の中を懐かしむように歩き、つつ、とテーブルに指を這わせる。その指先には、埃一つなかった。清潔さ、食器棚の並び、椅子の位置に至るまで、まるで時が止まったかのように、あの頃と何も変わらない。アタシには変えられなかった。三人で過ごした日々を、あの幸せだった日々を確かなものとして残しておきたいと思ったから。けれど、それはきっと違うと、アタシは自分でも気づかないほど本心の奥底では理解していた。
思い出は、形が残っているからずっと続いていくんじゃない。それを想う誰かが、覚えている誰かがあるからこそ生き続けられるものなんだ。であれば、それを生きながらえさせるのはアタシの役目じゃないだろう。
ついさっきまで『これから』に備えて寝ていたアタシの脳味噌は、空気を読む作りをしていないようだった。
夢を見なかった。これから決戦だというのに、使えないやつだ。お約束も守れないとは。
「最期くらい、会っておきたかったんだけどな。ま、いいか」
アタシのような女には相応しい不運だろう。アタシの様に薄汚れた輩は地獄落ちと相場が決まっている。あの人と同じ場所には行けないだろう。だから、会えるとすれば今日が最後で、そのタイミングで連日のごとく見ていたソニア様の姿を見れないというのは。僅かばかり心残りではあるが、見れなかったものはしょうがないのだ。
アタシは歩き出す。ゆっくりと。お嬢様にしてやれる事が何かも、すべきことが何かも、結局は分からなかった。けれど、『今宵お嬢様が殺される』。それは紛れも無い真実であり、そんなことを許容することは誰ができたとしてもアタシには断じて出来ない。それが例えお嬢様の望まないことであったとしても、お嬢様の『未来を作る』ということはようやく出来たアタシのやりたいことだ。
強く握りしめられる拳に目を落とす。今宵は満月。身体の調子は絶好調超えてその先へ。見据えるのは勝ちだけ。けれど、その先に何が待ち構えているかなど、想像だに出来ない。何せアタシが背負おうというのはお嬢様の命だけではなく、淫魔族全ての命となるのだから。想定しうる困難は数知れず、そのどれもが地獄と呼ぶに相応しいほどの苦難となろう。
ならば地獄へと一歩、また一歩と歩き出すアタシは愚者だろう。けれど、愚かであるからこそ、アタシは嘲るように笑ってやる。
「地獄か。上等ォ、一度は通った道だ。今度は噛み千切ってやるよ」
扉を開ける。外へ出る。少し離れたところには、木で出来た簡素な十字を盛られた土の上に刺してある、ソニア様の眠る墓が静かに佇んでいた。
アタシはその墓に、ソニア様に一礼だけして、恩人気取りの『敵』の元へと歩き出した。
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あれから、かれこれ丸一日近くが経過していた。ラウゼルさん達は僕が言った通り今も尚急ピッチでフィルストライトの加工に勤しんでくれていた。因みに、僕もクルスとの感覚が残っているから行けるはず! と意気込み手伝おうとしたはいいものの、結局まるまる一つフィルストライトをダメにすることになってしまい、辛うじて使えそうな石は小指の先程度のものになってしまったので、あってもなくても仕方が無いからということで僕がもらう事になった。
先程も差し入れとしておにぎり(ほとんどルーンさんお手製)を持って行き、進行度合いを見させてもらったが、山のように加工済みのフィルストライトが荷車に積まれていた。あれだけあれば一生遊んで暮らせるんじゃなかろうかと思ってしまったが、そんな邪念はすぐに振り払うことにした。因みに、この地では知られていなかった僕の提案で差し入れたおにぎりは、ルーンさんお手製ということもあってかかなり好評だった。僕のは形だけはまともだったが、うっかり砂糖と塩を間違えてしまっていたので当然吐き出されていた。「そんなミスが許されるのはポンコツ系ヒロインだけだ!」と喚き散らして猛省しながら、結局邪魔をしただけのいつものポンコツぶりを発揮する僕なのだった。
それだけの時間が経過し、空の色はまたも黒。今宵は満月であり、ルーンさんの中に流れるヴァンパイアの血も最も活性化する日だという。恐らく賢龍様はそれを見越してもいたのだろう。
ともあれ、舞台は整った。フィルストライトの量も、今ある分だけで確実に三百年分以上の量を溜めておけるだろうとルーンさん含む淫魔族の皆さんも言っていたし、クルスも既に今日分の睡眠時間は稼ぎ済みであり、擬似的に二日連続で行動可能、と言うよりは夜間の行動もできるようになった。あとは時を待ち、行動を起こすだけ。起こすだけなのだが……。
「やらー……やらよー……」
ルーンさんの屋敷、その内僕にあてがわれた部屋の中で、クルスがおんおんとぐずっていた。煌々と輝く満月が、そんなクルスを見守るように鎮座している。
「クルス……いい加減泣き止んでよ……」
「無理無理無理ー……」
クルスがこんな調子になってしまったのには理由がある。それは僕が考えたルーンさんを助けるための最善手を話したからのようなのだが、それを聞いてからクルスはずっといやいやと子供のように駄々をこねていた。
「クルス、何故嫌なのですか? 私は構わない……いえ、寧ろこういうことであれば貴方達に託したいと思っているのですよ?」
「そんなこと言ったってー……。オレ様女の子に乱暴とか無理よー……」
これも、何回も繰り返したやり取りだ。確かに、僕の話した手というのは……、所謂童貞には成しえ難い『アレやコレや』であり、クルスみたいな実はピュアな心の持ち主には辛いことだということは、僕が一番よく理解しているつもりだ。けれど、これ以外に手は無く、この方法を取るのであればクルス以上の適任は居ない。
「クルス……」
「無理ってー……ルーンに酷い事できないのー……だってオレ様触手よ? 全世界の女の子に乱暴はしちゃいけない存在なのよ?」
「クルス、話を聞いてくださいませんか?」
泣きじゃくりながら尚も頑なに拒否を続けるクルスに、ルーンさんがその手を取りながら優しく語りかける。
「クルスは、私に乱暴をしたくないと?」
「そうだよー……。むりだよー……」
「ありがとうございます。であれば、クルスが私にどのような事をしたって、乱暴を働くような事にはなりませんよ」
その言葉に、クルスはルーンさんの方を見る。ルーンさんはようやくこっちを見てくれたと、嬉しそうに目を細めた。
「そんなに優しい貴方が、私に乱暴など振るうはずもありません。それは、心ない力を振るった時にこそ現れるものですから」
「で……でもよう……オレ様触手だぜ? よくねーだろ……。ルーンだって、その……『初めて』なんだろー……? もっとカイトとかの方がいいんじゃねーのかよ……」
「……うふふ。本当に可愛らしい方ですね。クルスは」
言って、ルーンさんは愛おしそうにクルスの桃色の触手を撫でる。まるで子供をあやすようにも見えて、恋人と愛を語らうようにも見えて。
「それじゃあ、止めますかクルス? 私にあんなに言いたい放題言ったのに、生を諦めた私に生きる希望を持つよう言っておきながら、今度は貴方が私から生きることを諦めろと言うのですか?」
「そ……そういうんじゃ……卑怯だぜそんなの……」
「そうです。私は卑怯なんです。でも、せめて自分や大切な人達に嘘を吐くような卑怯はこれっきりにしたいのです。ねぇクルス――――」
一度溜めて、ルーンさんはクルスの意志を確かめるように、その瞳の奥底を覗きながらやはり優しげに尋ねた。
「クルスは、どうしたいのですか? 私に、『何をしてあげたい』と、思ってくれていますか?」
「…………」
答えのわかりきった質問だった。クルスは黙りこみ、自分の中でも答えを得ながら、それでも彼女を傷付けるのではないかと、その一点のみを深く恐れている。
「クルス」
だから、僕も居ても立ってもいられず、完全に自分のペースを失い、活気を無くしたクルスに声を掛けた。
「僕は、多分何も出来ないかもしれない。キミの隣に立っていることくらいしか、キミを見ていることしか出来ないと思う。だけど、そんな僕でも、キミに何かしてあげられないかな? 少しでもキミの力になれないかな?」
「…………カイトー」
僕の言葉に、クルスはぽすりと僕の胸にその目玉を預けてくる。未だに泣きじゃくっているので、シャツ越しに涙の熱さが伝わってくる。
「手綱頼むよー……乱暴したくねーよー……」
「――――うん、任せて。クルスに乱暴なんてさせないから」
クルスの弱音で、意外とすぐに見つかってしまった、僕にもできるかもしれないこと。僕とクルスは『寄生』という関係の上にも成り立っている。そしてお互いの考えていることなんて、言葉を交わすよりも深く、直接伝わることだってある。なら、それは僕にしか出来ないことだと思う。クルスが暴走しそう担った時、それを一番止められるのも、クルスが苦しんでいたら、それを一緒に味わってあげられるのも、きっと僕だけだったから。
なら僕はクルスにクルスを傷付けさせないように、クルス一人に全てを背負わせないように、彼の側に立ち続けよう。例え何があったって。
「うぉぉぉぉおおおおおおん!!!! 乱暴したくねーよーーーー!!!!」
「よしよし。大丈夫だからねぇ」
クルスはようやく決意してくれた。彼は彼なりに、この上ない勇気を持って事に挑む。だったら、見守るくらいはさせてもらおう。
目玉から滝のように涙を流すクルスを、僕は安心させるようにずっと抱きしめながら撫で続けた。僕らを愛おしそうに見つめるルーンさんの視線に気付かないままで。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!! ブクマ等々もありがとうございます!!
いやもう投稿できない間にも新たにブクマしてくださった方々……本当に感謝の言葉しかございません……。
ここ数日どんな無様を晒してたか、ですか? いやですね……研究室の方が……暇になると思ってたのに……コアタイム無いのに……何だよ11時入りで帰り23時とか……アホかよ……。
と、愚痴になってしまいましたね……申し訳ありません……。
今日中にお詫びも兼ねてもう一話くらい投稿したいと思いますが、投稿ペースがこんな感じでダダ落ちするかもしれませんが、生暖かく見守ってくださりつつ、時に叱責してくださるとありがたいことこの上ございません……。