第42話 文句
お陰様で一万PV……しゅごいよぉ……嬉しいよぉ……。
これも皆様のお陰です……ありがとうございます……ありがとうごさいます……(号泣)
先日は投稿できず、申し訳ありませんでしたが、今後共よろしくお願い致します……。
あ、そういえばなんですけど、この章、内容が少々お下品です(今更)。
あまりエロエロしい描写は避けるようにし、超ドストレートか、極力伝わる人にしか伝わらないよう書いているつもりではありますが、それでも苦手な方がいたら本当にごめんなさい……。
事はお嬢様が生まれる少し前の事だから、もうかれこれ三百年近くにもなるか。アタシは元々西方大陸の生まれだったんだ。アタシの種族、ワーウルフは戦闘に長けた種族だった。特にアタシのいた一族はその辺りじゃあほぼ無敵でな、アタシはそれが誇らしかったし、胸を張れていた。けど、今思えば、単純に調子に乗ってただけなんだと思う。
ある日、いつもの様に狩りに出た。つっても、その日のメシのための狩りだ。人間を進んで襲おうなんて気は無かったが、向こうから掛かって来るようなら迎え撃つ気はマンマンだった。けど、アタシはヘマをして、『奴隷狩り』、まぁ要するに奴隷としての魔種を捕まえて食い物にする連中だな。そいつらに捕まっちまったわけだ。
そっからは地獄だった。毎日毎日、男どもの性処理道具に使われたり、売りに出されて散々好き放題しやがった挙句また売り戻されて、あんまり反抗的なもんだったからよ、無理やり言うこと利かせようってんで鞭で打たれたり、見世物としてバカでかい魔種と戦わされたりして、ひどい時は腕折れてんのに『手でしろ』なんて命令された時もあったな。無理やり従わされて、あん時はホント死ぬほど痛かったわ。ハハ。
そういうわけで、その時のアタシは死んでた。死にながら生きてた。だからって別に世界を恨んだことなんて無い。アタシだって色んな人間やら魔種やらを殺したりもしてきた。その罰、と考えたことは一度もないし、今後も無いだろうが、それでも、『やってる以上はやり返される』んだって考えたら、誰も何も悪くねぇって、そんな結論に自然と落ち着いてた。自分がヘマをしたからだって、考えるようにして。誰も信じられない中で、自分だけは信じて、信じて、意味なんて無くてもそれでも信じて――――。
気付けば、アタシは自分以外誰も信じられなくなってた。丁度そんな時だな、あの人達に拾われたのは。
アタシは当時、アタシを扱ってた奴隷商の馬車に乗って移動してる最中だった。その時、二人の魔種に会った。この二人ってのが、旦那様とソニア様だった。二人は奴隷商を殺して、中にいる奴隷たちを解放していった。そいつらは二人に何度も礼を言って、森の中に消えてった。
そして、最後の奴隷だったアタシの錠の鍵をソニア様が外した時、アタシは考えちまったんだ。『自分以外は全て敵だ』って。自分以外誰も信じられなかったから、アタシに対する善意が、信じられなくなってた。
アタシは、自由になった腕で、ソニア様を殴り飛ばしていた。並の淫魔であれば、確実に絶命しうるだけの一撃を、油断した状態のソニア様に、全力を込めてぶちかました。肉を貫いて、骨もかなり砕いてやったっていう確かな手応えを感じていた。その直後、今度はアタシが殺される番だった。ソニア様への一撃は旦那様の怒りを買って、アタシは一瞬で確実に殺されるってところまで追い詰められてた。
けど、止めに入ったのはソニア様だった。腹の風通しを良くしてくれた張本人を相手に、ソニア様は何も言わずただ抱きしめてくれた。そしたらソニア様、なんて言ったと思う? 行く当てがないなら家に来いだとさ。ついさっきまで自分を殺そうとしてたやつをだぜ? 笑っちまうだろ? けどな、そんな笑っちまうくらいお人好しなあの人だったから、興味が湧いた。あの人の後に付いて行けば、どんな世界が見られるんだろうって。
で、その後結局ソニア様はこの村まで帰ってきて、村の連中にアタシのことを紹介して回ってた。最初はアタシを拒絶する眼をしてた連中も、すぐにアタシのことを迎え入れてくれた。ホント馬鹿な連中だよな。ありがたいったらありゃしねぇ。ただ、いつもは笑ってたソニア様も、一緒に旦那様と帰れなかったって事だけが心残りだってんで、一日だけしょげてたな。まぁ、旦那様は魔種の中でもちょいと特殊だったお方だし、仕方なかったんだけどな。
で、少ししてお嬢様が生まれた。ただ、どういうわけかソニア様かアタシ以外が抱くとぐずりだしたんだよな。村の連中が抱かせてくれってよくせがんで来たんだが、その点だけはちょいと困りものだったな。
お嬢様はどんどん成長してったよ。歩くのも、言葉を覚えるのも、人一倍早かったと思う。多分母親にも似たんだろうな。あの方もいつもふざけてはいたが聡明な方だったから。自由に立って歩けるようになると、それはそれはお転婆でな。森に迷ったお嬢様をよく見つけ出して連れ帰ったもんさ。
苦労はしたが、苦痛なんて無かった。暫く忘れてた日常のぬるま湯の感覚。前の仲間が今のアタシを見たら「日和ったか」とか言いそうだけど、アタシはそれが何より幸せだった。そんな幸せをくれたソニア様と旦那様、お嬢様には本当に感謝しか無かった。
けどまぁ、幸せってのは長続きしねぇもんでなぁ。『契約』の話を聞かされたのは、ソニア様が贄となられる前日の事だった。
それを聞かされたアタシは、もしかしたらソニア様に掴みかかってたかもしれねぇ。けど、あの日と同じように抱きしめられて、アタシはなんも言えなくなっちまった。それでも契約を守ってる龍族のクソッタレをアタシがぶっ殺して、代わりにアタシがこの村の連中全員を守る、なんて息巻いて飛び出して、結局歯が立たなかった。何も出来なかったんだ。アタシには、何にも。
結局、お嬢様を連れて賢龍のところまで来たソニア様は、お嬢様を抱きしめながら一言二言声を掛けて、最後にアタシのところまで来て言ったんだよ。「あの子を頼む」って。今まで見てきた中で、一番嬉しそうな顔でさ。
ホント、笑わせるよ。今まで死んだように生きてて、別にいつ死んだって構わないって考えてたアタシが、一番死んででも、って思えた時に、あの人はアタシに絶対死ねない呪いを掛けたんだ。そうして、あの人は『喰われた』。娘の目の前で、その母親が死んだんだ――――。
それから、アタシは必死こいてお嬢様を育てたと思う。ソニア様が居なくなって、泣く暇も無かったな。不思議とお嬢様が眼を離せばどっかへ行っちまうようなおてんばは相変わらずだったし、このきたねぇ口調が、ガサツな所とかが移ったら大変だからって、極力彼女の前では自分を殺す必要もあった。ソニア様から「頼む」なんて言われちまった以上、お嬢様は何処へ出しても恥ずかしくないような、立派な御仁に育てる義務がアタシにはあった。だから、いつでもお嬢様が正しく見渡せる様に、アタシの悪いところが移らねぇように、ずっと一歩離れたところからお嬢様を見守っていた。そんな暮らしを続けて、今に至るってわけさ。
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「ま、そんなわけで、お嬢様が今のお嬢様になるまでに、アタシがしたのなんて精々がメシ作ってたのと、護身術教えたくらいなもんさ。何もしてないのも同じだ。立派な御仁、たぁ言ったがどうすればそんなもんになれるかなんて、アタシにゃ見当もつかなかったからな」
フラァルさんは、見たこともないような、寂しさで翳る表情を浮かべながら、自分の手のひらを見つめていた。彼女曰く、何も出来なかったという、彼女の手を。
でも、僕は感じていた。それは『違う』と。少なくとも僕にとっては、彼女の言葉は全てがズレている。あまりにもズレ過ぎて、悲しみを通り越してすごーくムカムカしてきた。
「これで全部だ。面白くもなんとも無かっただろう? しっかしアレだなぁ……、ガキんちょ、お前、よくその名前を……ってどうした?」
こっちを見たフラァルさんが、僕と目が遭って僅かにたじろぐ。多分僕もひどい顔をしていたのだろう。けれど、それで僕のムカムカが晴れる訳でもなく、ついに僕は噴火した火山のごとく、ざばぁっ! と勢い良くお湯を纏いながら立ち上がった。
「ぬがぁっ!!!! フラァルさん!! このままじゃきっとよくありません!!」
「は、はぁ!?」
「なので貴女の部屋にいくつ枕があるのか教えて下さい!!」
「いや意味わかんねぇから!!!!」
何の脈絡もない、突飛な僕の言葉に、当然ながらフラァルさんはツッコみながら抵抗する。しかし、僕だって退くわけには行かないのだ。本気でフラァルさんの怒りを買うわけにもいかないので、どちらかと言えば駄々をこねる子供のように、仕方がないという空気まで持っていけるように。僕は理不尽な怒りをフラァルさんに叩きつけた。
「いいんですか!? 教えてくれないとさっき言った事実行しますよ!? 古傷の周り、ふにゃふにゃにしちゃいますよ!? その後でフラァルさんに全力で殴られて僕が死ぬんですよ!? いいんですか!?」
「だから訳わかんねーっつってんだろ!! ったく、二つだよ。普通に使うのが一つと、予備が一つ。それがどうした?」
「ではお風呂から上がったら二つの枕を持って僕の部屋に集合です!! では!!」
作戦は一応は成功したらしく、フラァルさんは呆れながらも僕にそのことを教えてくれた。そして、フンッ! と鼻息を荒げながら、フラァルさんに言いたいだけのことを言い尽くして、ズカズカと風呂場を後にした。その背を追うように、フラァルさんの困惑した声が届いてきたが、僕は無視して外に出た。
身体を拭きながら、尚もムッとする僕を見ながらクルスが不思議そうに声を掛けてきた。
「珍しいなーお前がそんな風に怒るなんて」
「別に怒ってるわけじゃないよ。ただ納得出来ないだけで」
「いや、怒ってんだろうが」
「怒ってないよ!!」
「キレながら言うことじゃねーよ!!」
クルスとのやり取りに、少しだけヒートアップしてしまう中、僕は手早く着替えを済ませると、足早にその場を去り、まずは用意してもらった部屋へと戻ることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で、来たわけだが」
「何しようってんだよ」
僕はコートだけ脱いだ状態で、フラァルさんはらしいといえばらしいタンクトップ姿で、僕の部屋のベッドの上で座り込んでいた。僕らの手元には、各自自分の部屋から持参してきた枕二つ、計四つの枕がこのベッドの上に置かれていた。
突然の招集に、フラァルさんは欠伸混じりに、ガリガリと頭を掻いて胡乱げに僕を見る。
主催者である僕はムスッとしながら腕を組んで座っていたが、準備が整ったのを確認して、その場で立ち上がった。
「これより、異世界枕投げ大会、フラァルさんがよそよそしい杯を開催したいと思います!」
「わー」
「おい、何だ枕投げって。それにその名前は何だ」
「ではルールを説明します!」
「聞けよ」
ノリノリな僕とクルスに対し、納得いかない様子のフラァルさん。しかし、僕がこの大会を設けたのはフラァルさんに殆どの責任があると言っても過言ではないので、今はとりあえずスルーする。
「といっても、特に難しい事はありません。枕を相手に向かって投げる。それだけです。素手での攻撃や、魔法による攻撃は禁じます。枕のみを使い、枕のみを信じて相手に投げていって下さい」
「いや、話の趣旨がわからん」
「趣旨ィ!? 決まってるじゃないですかァ!! そんなのフラァルさん、貴女がよそよそしいからですよォ!!」
「ええい、キャラの安定しないやつめ!! いきなりキレながら変に特徴のある話し方なんざしてないで肝心の部分を話せ!!」
いい加減じれったいと、フラァルさんは僕に気炎を吐く。望むところだ。僕だってね、貴女に言いたいことも訊きたいことも一杯あるんですよ!
「だから!! フラァルさん、貴女ルーンさんに対しても余所余所しすぎるんです、よッ!!」
叫び、僕は全力でフラァルさんに手持ちの枕の一つを投げた。その一撃は、反応が遅れたフラァルさんの顔面に吸い込まれるように命中し、「ぶっ」とくぐもった声が聞こえてくる。
「だったら、なんだってんだ、よッ!!」
それに負けじと、フラァルさんも枕を投げてきた。凄まじいスピードで迫ってきたものだから、内心ひやりとさせられたが、上質な枕はとんでもなくフカフカで、その勢いの殆どが衝突と同時に消え失せた。
「だったらなんだって!? 知りませぶっ! ……んよっ!! でも、そんなのはッ!! 違うでしょう!?」
喋っている最中も、枕が当たったり投げ返したり。それでも僕は枕を動かす手を止めず、時にクルスに手伝ってもらったりしながら、フラァルさんに対して言葉をぶつけていく。
「何ですか!? フラァルさん貴女、『頼む』って言われた子を完全に賓客か何か扱いですか!? 距離感おかしいでしょう!?」
「ハァ!? 何だテメェ説教しようってのかよ!! 昨日今日来てちょっとお嬢様とお近づきになって、ちょっとアタシの過去を知っただけで偉ぶろうってのかよ!? 大層な身分だなぁオイ!?」
「説教!? 馬鹿言わないで下さい!! そんな自惚れ、した覚えは一瞬だって無いですよ!! 僕はただ、貴女に文句が、わがままが言いたい、だけだッ!!!!」
彼女の言葉を真っ向から受けて、それでも僕も語気を緩めない。『貴女は間違っている』なんて想いは、そんなものは僕の傲慢であり、単なる子供のわがままでしか無いのだが、それでもそのわがままを『わがままだから』と言うだけで飲み下すことは、僕にはどうしても出来そうになかった。
「貴女は何でルーンさんから一歩身を引いてるんですか!!」
「決まってんだろ!! アタシが近くにいたら、お嬢様にとって悪影響になるだからだ!!」
「それは誰がそう言ったんですか!? 誰がそう決めたんですか!? ソニアさんですか!? 旦那様ですか!? それともルーンさんがそう言ったんですか!?」
「ッ!! るせぇっ!! アタシがそうだって決めたんだよ!! アタシが与える影響は、あの人にとって相応しく無いって思っただけだよ!! 文句あるか糞ガキィ!!」
「文句なんてありませんよ!! 寧ろ立派だ!! でも、貴女が遠巻きに見ているだけなら、一体誰がルーンさんに触れてあげるんですか!? 彼女が転んで立てなくなって、一体誰が彼女の手を引いてあげられるって言うんですか!?」
「! る……っせぇ!」
「『頼む』って言われた子を、一人にしてどうするんですか!?」
「るせぇ……るせぇ!!」
「答えてくださいよフラァルさん!! ルーンさんと、最後に眼を見て話したのは、一体何時ですか!!??」
「――――――――るせぇ……なぁ。ほんとによぉ……」
言葉とともに、枕の応酬を暫く続けていた僕らだったが、不意にフラァルさんから気迫がふっと消え去り、投げられかけた枕が、振り上げられた腕が、力なくぽすんと音を立てて、ベッドの上に落下した。
「るせぇ……ホントにうるせぇ……。何だよ、じゃあ何しろってんだよ! 手は血で汚れて、ゴミみてぇな扱い受けてきて、教養なんてのも一切ない。何もしてやれることがねぇ、何もしてやるべきじゃねぇアタシが、一体あの人のために何をしてやれるってんだよ!!!!」
わなわなと肩を震わせながら、フラァルさんは震える声で独り言のように呟く。
「分かってんだよ……。あの人の為に何かしてやらなきゃいけねぇ……そんなことくらいはよ。けど、じゃあ何してやれるんだよ、何ならしていいんだよ……アタシは」
自分の無力を呪うような声。フラァルさんだって分かっていたんだ。このままじゃいけないってことくらい。けれど、どうしていいのかも、近づくべきなのかも判断できなかった。自分という存在を省みることができる人だったからこそ、足踏みすることしか、できないでいたのだと思う。
でも、だったら大丈夫。フラァルさんの、ルーンさんへの気持ちは本物だ。だったら――――。
「確かに、僕はお二人のこと、全然知りません。多少は教えてもらいましたけど、それで貴女達を理解できた気には、全然なれません。だから、やるべきことも、フラァルさんがやれる事もわかりません。でも、逃げる事だけは、絶対にしちゃいけないと思うんです。僕は――――」
僕は逃げてしまったから。そう続けようかとも思ったけれど、僕はその言葉を飲み干す。今の彼女達に、僕の過去は関係ない。口に出すべきは彼女達のことだ。
怪訝そうにこちらを見るフラァルさんに、何でもないと首を振って、僕はその話から逃げるように、まだ気になっている事を彼女に尋ねてみた。
「そういえば、どうしてフラァルさんはルーンさんにお母さんの話をしてあげないんですか?」
「……あ? 何でアタシがソニア様の話をお嬢様にしてねぇの知ってんだよ」
「え? それは昨日の夜本人から……ハッ!?」
「ほぉーう? うちの大事なお嬢様に手ェ出そうとしやがったわけか?」
「ちちちちゃうねん!! いえ違いますよ!! ルーンさんが昨日僕の部屋に来て外の世界の話を聞かせて欲しいってなって、流れで……その……すいません……」
「…………そうかよ」
舌打ちをしながら、力が抜けたようにその身をベッドに横たえるフラァルさん。そのまま寝返りをうつと、僕の位置からではその表情を窺えないようにされてしまった。
「別に。ただ目の前で死んだ母親の話されて、お嬢様がどう思っちまうか気になっただけだ。あの人は本当にソニア様の事が大好きだったからな。――――あの人の時間は短いんだ……アタシらより、ずっとな。だったら、生きてる間くらい、避けられる限りお嬢様にとって悲しみやら、怒りやらの種になるような物は遠ざけておきたかった。それだけだよ。ま、自分が楽になるためにも、ソニア様の事をお嬢様に知ってもらう為にも、話してやりたいとは思ってたんだけどな。結局今に至るってぇワケだ」
「…………えーと、一ついいでしょうか?」
「今度は何だよ……」
「フラァルさんって、何やかんや親バカですよね」
「は、はぁ!!??」
ぎこちない笑みとともに僕が放った言葉を聞いたフラァルさんの顔が、一気にボンッ、と赤くなる。そしてすぐに、僕の言葉を否定するようにガバッと起き上がって僕の胸ぐらを掴んだ。
「テンメェ!! アタシが親バカだぁ!? 何処見て言ってんだ寝言言ってんじゃねぇぞ!!」
「だ、だだだだって何やかんやでルーンさんの事第一に考えてますし……」
「あーわかるわ。村来て初対面の時もカイト殺されかけてたしなー」
「んなっ……!! そ、それの何処が親バカだってんだよ!?」
「いやいやいやいや、十分親バカでしょう……? 『お前に娘はやらん』的な行動原理だったと思うんですけど……、でもそうだとしてもいきなり殺しに掛かるとかちょっと怖すぎるといいますか……」
「一歩間違えりゃシリアルキラーの誕生だ」
「「ねー」」
「テメェら言わせておけば!! それに何だ娘はやらんって!! それはアタシの台詞じゃねぇし仮にそうだったとしてもテメェにお嬢様を渡せるかボケェ!! 千年早えわ!!」
「いや、だからそれを親バカって言うんだぜ? ひょっとしてねーちゃん、バカ?」
「ぶっ殺すぞイカ野郎!!」
「さっきまでタコっつってた癖にー……」
ヒートアップするフラァルさんと、何故かしゅんとしてしまうクルス。二人の喧嘩と言えるような、そうでもないような言い争いを見て、僕は苦笑しながらまぁまぁとフラァルさんを宥める。
「でも、いいじゃないですか親バカ。寧ろ素敵だと思いますよ」
「は? いきなりなんだよオメーは……」
「だってそれだけルーンさんの事が大切だってことじゃないですか」
「それは……」
「違うんですか?」
「…………チッ。めんどくせー奴」
フラァルさんはぶっきらぼうに言うと、乱雑に僕を掴んでいた手を離してくれた。きちんと加減もしてくれていたようで、僕は軽く尻もちをついた程度で済んだ。フラァルさんは同じようにそっぽを向いてしまったが、しかしそれは照れ隠しだったらしく、耳がほんのりと赤くなっているのを見て、僕は口を小さな三日月に歪めた。
「でも良かった。それなら大丈夫ですよ。そんなフラァルさんなら、次にすべき事はすぐに見つけられると思います」
「…………」
「それに、『ルーンさんのために』、なんて言ってますけど、結局は自分の為でもあるんですよ。それなら、フラァルさんなら、きっと大丈夫ですよ」
「チッ……! ほんっとに説教くせぇよな、お前。オヤジかよ」
「うっ……そう言われるとちょっと泣けてきますね……」
「何でだ?」
「はい?」
フラァルさんはそっぽを向いたまま、僕にそんなことを唐突に尋ねてきた。しかしいきなり「何故」と訊かれても、僕にはその対象がわからないので、間抜けな顔で聞き返してしまった。
「だから、何でだよ。何でそこまでアタシらに入れ込む? お前、この村に居座ったって精々あと数日程度だろ? そっから先は、お前らには何も関係ねぇ。後腐れなくおさらばだ。それに、元々そんなに関わりねぇだろうが。だから訊いてんだ。何でだってよ」
その声は平淡で、どんな顔をしているのかも見えていなかったから、どんな気持ちでフラァルさんがそんなことを訊ねてきたのかはわからない。けれど、それはとても単純で、すぐにでも答えを出せるようなものだったから、僕は普通に気負わず、わずかに笑い声さえ含ませて答えた。
「一宿一飯の恩義って、すんごい大きいんですよ」
「は?」
「ご飯も美味しかったですし、お風呂にも入れて頂けましたし、ふっかふかの寝床も提供して頂けました。もう二人には十分すぎるほどの恩義を受けてるんですよ。ねークルス」
「おー。流石に焼き魚も飽きてたし、飯美味いし、風呂も気持ちよかった。感謝感謝」
「もう神かよってね」
「なー。神だわ」
「……ハッ! なんとも安っぽい神も居たもんだな」
僕らの答えを馬鹿馬鹿しいと言いながらも、少なくともお気には召したようで、フラァルさんは心底愉快げにカラカラと笑っていた。
「それに……」
「ん?」
僕は恥ずかしそうにはにかみながら、クルスと眼を合わせる。するとクルスも眼をそらしてぽりぽりと目玉を掻いて、恥じらうように身を縮ませていた。
「僕ら、好きになっちゃいましたから。ルーンさんも、フラァルさんも。この村の人達皆と仲良くなりたいって、そう思っちゃいましたから」
だから、少しでも僕に出来ることがあるなら、それはとても幸せなことだって――――。
「…………あー、なんつーかさぁお前よぉ……」
「は、はい?」
「真顔で恥ずかしいこと、言うなっつー、の!!」
「わぷ!」
僕の方を見ずに、フラァルさんが手元に転がっていた枕を僕に投げつける。枕は綺麗に真っすぐ飛び、僕の顔面に直撃する。
「ちょ! 何するんです、か!!」
「おっと。へっ、言葉通りだっつーの!」
今度は油断しないと、フラァルさんは力のある笑みを浮かべて、僕の投げた枕を軽々とキャッチし、すぐさまそれを投げ返してきた。
「ぶっ!! 恥ずかしいことなんて言ってませんよ!!」
「言ってんじゃねーかよ。オイタコ助、お前はどうなんだよ? コイツ、いっつもこんなんなのか?」
「あー、割りと恥ずかしいこと平気で言うぞコイツ。オレ様も何回か被害にあった」
「な!? 被害って!? 被害って何さクルス!?」
「恥ずかしい台詞禁止ー」
「えー!!??」
「ぶははははは!! 良かったじゃねぇかよ!! 相方からお墨付きを貰えてよぉ!?」
フラァルさんの怒涛の枕投げの嵐に翻弄されながら、思わぬところからの、敵となったクルスからの援護射撃に軽くショックを受ける僕。眼を白くさせながら驚愕一色に染められた顔をクルスに向けていると、いつの間にか止んだ枕の応酬の代わりに、フラァルさんの笑い声と、それは穏やかな声が掛けられた。
「ははっ。っとに……。まぁでも、なんだ。ありがとな、お前ら」
その目尻に浮かんだ涙を拭いながら、フラァルさんは優しげに眼を細め、僕らに感謝の言葉を述べた。
「そうだな……、んまぁ、何ができるのかは知らんけどよ。やるだけやってみるさ。どうなるかなんて知らねぇがな」
「なーんだ素直じゃねーな……」
「なんか文句あんのかタコ助ェ!!??」
「はははは。いいえ、文句なんてありませんよ。とても立派だと思います、フラァルさん」
そのお礼が嬉しくて、その言葉が嬉しくて、僕は自然と頬を綻ばせながら、きっとクルスも同じように、フラァルさんを見つめた。一瞬だけ、フラァルさんも頬を緩めたが、しかしすぐさま何かに気付いたように、恥じらいを隠すように、乱暴な笑みで枕を投げてきた。
「って、何笑ってんだよ!」
「わひゃ!?」
僕はその一撃を、運動音痴の身でありながら奇跡的に躱した。いや、躱してしまったと、言うべきなのだろう。だって僕が避けて、その進行方向の先には――――。
「カイト、まだ起きてらぷ……」
「「「あ」」」
丁度僕の部屋に入ってきた、ルーンさんが居たのだから。
ぼふっ、と音を立てて枕がルーンさんの顔面を直撃すると、僕らは示し合わせた様に一斉に声を上げていた。やがて、ズルズルと枕が落ちていくと、そこにはいつもの……いや、いつもの『何倍にも恐ろしい』笑顔を浮かべた、ルーンさんがいた。うん、いつか何処かで見たことがある類いの笑顔だ。はて何処だったか。忘れてしまったよユーリさん。はっはっは。
「これは、どういう事か説明して頂けますか? フラァル?」
「い、いえこれはその……! そう! そこのクソガキが避けたのが悪いんです!! コイツが避けなければそのような無礼は!!」
「言い訳しない。カイト?」
「い、いやいやいやいや!! まさかルーンさんが背後に居るとは露知らず!! っていうか入ってくるならノックくらいしてくださいよ!?」
「何度もしたのですけれどねぇ? クルス?」
「うねうね。ぼくわるいしょくしゅじゃないよ」
「下手か!! 言い訳下手かクルスぅ!!」
「三人とも」
「「「はいっ!!!!」」」
「めっ!! ですよ」
「「「大変申し訳ありませんでした!!!!」」」
僕ら三人は再び示し合わせたわけでもなく、同時に土下座をルーンさん目掛け決め込んだ。クルスは、膝が無いので丁寧に三指ならぬ三触手をついて。
「もう、楽しそうな事をしていらっしゃるのに私だけ除け者だなんて皆さん酷いですわ。私も入れてくださいな♪」
「は、はい?」
どうやら枕が当たったことにではなく、枕投げを僕らだけでやっていたのがお気に召さなかったらしいルーンさんは、子供のようにあどけない笑顔を浮かべながら、僕らに枕投げの教授を乞い願っていた。
その後、ルーンさんの参加により、『異世界枕投げ大会、フラァルさんがよそよそしい杯』は白熱の展開を見せた。互いに枕を楽しそうに投げ合うルーンさんとフラァルさんは、まるで仲の良い姉妹のようにも、親子のようにも見えて、僕は良かったと心穏やかに二人を見守っていた。
「枕来ねーな。カイト」
「……こういう時、男は黙っているものだよ。クルス」
「じゃーイラ棒してる」
「ん」
暇すぎて端末をねだりだしたクルスに端末をおざなりに貸し与えて、僕は独り、正座をしながら彼女達の演じる白熱の死闘を特等席で観戦する。この世界に来てもぼっち所詮ぼっちなのかという寂寥感に、僕は静かに一粒の涙を零していた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!! ブクマ等々もありがとうございます!!
ちょっとした呟きをさせていただきたいのですが、現在三章と四章のプロットを練っているのですが、難 産 で す 。
三章はともかく、四章はキャラを出したいので、苦戦しております……。
え? それより二章早く終わらせろ? ハイ……スミマセン……。