第35話 彼女達の『敵』
またブクマ増えてる……コワイ!!
いやメッチャ嬉しいですほんと……ありがとうございます!!
お礼とともに、ちょっと修正のご報告を。今作ヒロインのリューネイジュの外見の描写を少し変更させて頂きました!(33話の序盤がちょっと変わりました)
自分、キャラのデザインといいますか、そういったものがまだまだ不得手でして、今後共キャラクターの外見は変えることもあるかと思いますので、ナニトゾご容赦をば……。
カイト達の前から一瞬にして消えたリューネイジュ。彼女は今、悲鳴の聞こえた声のした、村の西の外れを低空で飛行していた。
彼女が使用したのは転移魔法。いわゆる『瞬間移動』だ。対象の大きさ、重量などにより、必要となる魔力や、その他諸々が変化してくるが、彼女は事も無げにそれを為し、騒ぎの場へと急行する。先程の台詞からも、彼女が魔法に精通していると言うのは紛れも無い事実のようだが、しかしこの転移魔法は、どの系統の魔法にも属さない特殊な魔法である上、仕様難度も格段に高く、本来ならば淫魔族では使用することは不可能と言っていい代物だった。
彼女が何故そのような魔法を扱えるのか。その理由はまた、彼女との会話の中に鍵が隠されているのだが――――。
「何がありました!?」
「お、お嬢様!! ラウゼルが……!! ラウゼルが!!」
困惑と混乱を胸に、その場に集まりだした淫魔達の中、悲鳴の主であるサキュバス、ルシエラが、その端正な顔立ちを悲哀とパニックでくしゃくしゃに歪めながら、ある方向を指差す。そしてそこには、彼女の夫であるインキュバス、ラウゼルの姿があった。いや、より厳密に言えば、ラウゼル『だった』ものだろう。
そのインキュバスはまるで幽鬼のようにゆらゆらと揺れながら遅々として歩み寄り、その身体からは黒色の霧とも『靄』とも言える物をベールのように纏っていた。
彼は一週間ほど前、数回目となる『襲撃』によって拉致された淫魔族の一人だ。彼以外にも、拉致された全ての淫魔が彼と同じように生気無く漂うようにこちらを目掛けて歩いてくる。そして、この数回の襲撃で、淫魔族は理解した。拉致された淫魔族は、もうそれまでの彼らではないこと。そして、彼らを止めるためには、彼らを『殺すしかない』という事を――――。
変わり果て、死が確定的となった自らの親しい者達を見て、彼女達は崩折れ、嘆き、ある者は諦めきれぬと、壊れた笑みを浮かべながら彼らに歩み寄ろうとし、それを隣りにいる者に止められてい居る者もいた。
その光景に、心が軋むように悲鳴を上げるのを感じ取ったリューネイジュ。しかし、彼女はこの地を治める長であり、その自分が情けない姿を民に見せる訳にはいかない。
折れかける心を仮面で隠して、彼女はルシエラの肩をそっと叩き、険しい表情を静かに横に振った。
それを見て、嫌、と頭を振り、どうしようもなく泣き崩れその場にしゃがみ込むルシエラを背に、リューネイジュは魔力を放出し、中空に『陣』を描きながら同時に言の葉に魔力を乗せて彼女の魔法を紡ぎだす。
「仇成す者よ、如何なる義があろうとも、我が領域に踏み入ること、罷り通らん!」
その呪文と、陣が描き終わるのは同時だった。瞬間、彼女の手にある陣が一層の輝きを増しながら、手を離れ巨大化する。それはまるで映写機のようで、スクリーンに映し出されたように半透明な朱色の光の壁が、半球状に彼女達の周囲を覆った。
すると、その壁に阻まれ、襲撃してきた元淫魔達の進行が妨げられる。彼らは何が起きているかも分かっていないように、群がるゾンビの如くその結界を叩いていた。
その中で、障壁を維持しながらリューネイジュが状況を確認する。
現在、襲撃してきているのは『敵』が拉致した自分たちの淫魔族のみ。距離を考えれば、もうじきフラァルが到着するだろう。であれば、このまま何事も無く、せめて彼らだけはフラァルの手によって安らかに眠らせてやりたい。恐らく今この場に向かっているのは彼女だけではなく、『あのお方』も同じ。我々の危機を察知して、契約を履行しようとしてくれているだろうから。
だが、恥知らずを承知で言えば、『あのお方』は容赦がない。淫魔などが手を下されれば、骨さえ残らないだろう。それは、遺される者達のためにも、出来る限り避けたい。
本当であれば自分が手を下さねばならないところではあるが、自分は『契約』のためにも、あまり魔力を行使することが出来ない。精々が、森を覆う結界の展開と維持、そして、『あのお方』が到着するまでの時間稼ぎの為の障壁を張る程度だ。
だから、『敵』の姿が現れる前に、フラァルが来て、彼らを『無力化』する。それが、今考えるリューネイジュにとっての最善だった。
だが、物事はそうは上手くは運んでくれなかった――――。
「お嬢……チッ!!」
直ぐ真後ろで、彼女の従者、フラァルの声が聴こえ、すぐ隣に彼女が並び立ち、忌々しげに舌打ちをする。その先には――――。
「出やがったか……申し訳ありません」
「いいえ、気に病むことはありません。運がなかった、だけのことですから」
木々の隙間。丁度あらゆる光が存在せず、影という影が重なり合い、真夜中のような漆黒を演出していた空間から、その闇よりも尚昏い、黒色の飛行物体がその姿を表した。
その物体には、何も『無かった』。世界を見るための眼も、食物を咀嚼するための口も、生命が生命として機能を維持するための器官、そして、生命を生命たらしめる『意志』が、理性のみならず本能さえ、それらからは汲み取れない。持つべきあらゆる物を、かの『敵』は持っていなかった。
まるで操り人形であるかの如く、ただ動くだけのそれら。それらに関して、分かっているのはただ一つ。アレは全ての『敵』だ。あらゆる生命、あらゆる事柄を『敵』は容赦も、迎合もしない。全てを害し、全てを破壊するだけの災害。ある種一つの現象であるとさえ、リューネイジュとフラァルは考えていた。
故に、彼らは敵意を込めて、怒りを込めて、『それら』に名を付け、こう呼んだ。
「『ヴォイド』……」
恐れるように、憎むように、この場の誰かが口にした。『虚無』にして『虚無』生み出す、まさしく『虚無』の体現、『無』と――――。
その飛行するヴォイドが、リューネイジュの障壁に衝突する。それは障壁に弾かれるも、すぐさま再突撃してくる。一体一体の衝撃は大したものではない。だが問題はその数だ。拉致され、襲撃側に回った淫魔の数四体に加え、ヴォイドの数は約十五体。それらが突進を何度もするもので、その度に障壁上を朱色のスパークが走る。今は未ださしたる負担は無いと、リューネイジュも涼しい顔で襲撃者全ての攻撃を凌いでいた。
「フラァル、皆を安全なところまで避難させて」
「な、聞けません!! たとえご命令でもそのような……!!」
「この場は私一人で抑えられると、見て分かるでしょう? けれど、万が一に備えて、貴女は皆を連れて離れた場所へ。あぁもちろん、あのお二人も頼みますよ」
「……っ! しかし……」
フラァルは、その命令は聞けないと、リューネイジュに食って掛かる。私が離れればその万が一となった時、一体誰が貴女を守るのかと、フラァルは主の身を案じる。
しかしリューネイジュは嬉しそうに微笑み、底意地の悪い声でフラァルを揺さぶった。
「ほう? つまり貴女は私の従者であるにも関わらず、命令に背き、愛する民達を私に殺させようと言うのですね?」
「……そ、それは!! ……卑怯です、お嬢様」
「淫魔がそう、とは言いませんが、少なくとも私はそういう女ですよ。ごめんなさいね」
「……どうかご無事で」
「もちろんです」
リューネイジュの柔和な笑みに後押しされ、フラァルはその身を翻すと、さながら狼の咆哮のようによく響く声でその場に居る淫魔族全員に語りかけた。
「オイアンタら!!!! この場はお嬢様が抑えててくれてる!!!! 私をお嬢様の護衛にってんなら、とっとと私に付いて来な!!!! 避難するよ!!!!」
粗野な口調で大喝し、その音量に全ての淫魔族がビクリとその身を跳ね上がらせ、リューネイジュの身を案じる様に、躊躇いながらもその場から淫魔達が一斉に動き出す。
「荷物は後回し!! 家ン中にまだ誰か居るようなら引きずってでも連れてきな!! 集合は今から三分後、東の外れに――――」
さながら軍師のように次々と生存者を出すための指示を下していくフラァル。その声にようやく『普通に慌てる』程度には落ち着いてきた淫魔達が、各々の家に向かおうと走りだした、その時だった。
ズン、という重々しい音。その重低音はゆっくりと、しかし連続して聞こえ、しかもどんどん音も大きくなってくる。それは、先程ヴォイド達が出てきた闇の向こう側から響いてきているようで――――。
思わず、フラァルも、淫魔達も、足を止めそちらへ振り返る。そして、最前線に立つリューネイジュは、眼を丸くして、『それ』を見ていた。
全長三メートルに届こうかという巨体。他のヴォイドと同じく、顔と呼べるものが無く、同じように生命に不可欠なものを感じ取れないことから、それが『ヴォイド』であるということは疑う余地も無かった。
だが、あまりにも巨大。飛行型のヴォイドは、精々が体長三十センチメートル程度だ。けれどこのヴォイドは三メートル。単純計算で、およそ十倍程も巨大な体躯を揺らし、一直線にリューネイジュ目掛けて歩み寄ってくる。上半身は、精悍な肉付きを象ったようなフォルムで、ミノタウロスに更に筋肉を二枚、三枚と上乗せすればこのような身体付きになるかもしれない。頭部の角は、怪しく光り、淫魔達と同じように二本の手と、二本の足、頭を持っているその姿に、彼らは皆一様に、『悪魔』という言葉を思い浮かべていた。
その悪魔型ヴォイドが、巨木のような腕を無造作に振り上げる。その威容に呆気に取られていた中、その動作を見て集中力のギアを最大まで入れられるリューネイジュは、確かな実力を持っているのだろう。だが――――。
ベキィィィィィッッッ!!!!
ガラスに巨大なヒビが入るような音と共に、大地が揺らされる。その揺れと、何よりもリューネイジュの展開している障壁に、ただの拳一つで『亀裂が入った』という事実が、フラァルを現実に呼び戻した。
「お嬢様ッッッ!!!!」
「いけませんフラァル!!!! 貴女は貴女のすべきことをなさい!!!!」
『分が悪い』と、判断したフラァルが即座にリューネイジュの元へ駆け寄ろうとする。しかし、彼女の意地とも言うべき凄まじい荒声によって、フラァルは気圧されその場に立ち止まった。
「しかし!! 危険ですお嬢様!!!!」
「承知の上……ですっ!!!! それに、いずれにせよ貴女は戦うべきではない!!!! 『彼ら』の姿を見て疑うべきは洗脳か毒系統のアビリティか魔法……!! それは貴女もわかっているでしょう!!??」
その間も、何度も何度もその屈強な腕から放たれる一撃を障壁に見舞い、ヒビの入り続ける障壁を維持しようとこらえるリューネイジュ。
彼女の言葉に、フラァルは理知的に考えれば、自分にできることはなにもないということを理解していた。
ヴォイドに拉致された淫魔達は皆生気を失ったように行動し、襲い掛かってくる、という共通点を持つことが、ここ数回の襲撃で判明している。そういった場合、この世界ではアビリティや魔法――特に洗脳の類――あるいは毒物系統の警戒をするのが常だ。加えて、相手はヴォイドなどという未知の存在。何をしてきても不思議ではない。
前者はともかく、もし仮に後者であるとすれば、それは近接戦闘を得意とする存在の『天敵』であることを意味している。フラァルはその敏捷ステータスを活かしたクロスレンジでの戦闘を最も得意とし、恐らく唯一の有効手である魔法は、決定打となりうるような魔法を持っていない。その為、戦う場合になれば必然接近戦を行うことになるが、それは一般的に射程距離が短い毒系等の技の射程に自ら飛び込むことさえ意味している。そうなれば、熟達した近接戦闘職でも、そう言った『毒』を回避するのは困難。であれば、彼女を戦闘させないという選択は、一族の長としても、戦闘に携わる者としても理にかなった選択であると言える。だが――――。
更に亀裂が入る。あと数発打ち込まれれば、結界が破れてしまうだろう。あまりに急な出来事であったため、再度障壁を展開する為の陣を、高速で組み上げてはいるがそれも間に合うかどうかは微妙なところだった。
「…………ッ!! 私は……!!」
葛藤するフラァル。退き、彼女の意志を遵守し、淫魔達を守るか。戻り、玉砕覚悟で自らの主を救うべきか。悩み、悩み。自分に向けられていた、淫魔達の背中を押すような視線によって、その果てに一つの答えを得る。開かれた眼は力強く、前だけを見据えている。
「私の真に守るべきはお嬢様です!! 貴女を見捨てるなど、私には出来ません!!」
「…………バカね」
自らの命令に背く発言をした人狼の女性に、しかしリューネイジュは何処か微笑ましく、それを嬉しく感じるように、ふっと諦めたような笑みを浮かべた。その最中にも、ヴォイドの攻撃は止まず、障壁の亀裂が広がっていく。もう保たない――――。
「お嬢様!! 今――――!!」
駆け寄ろうとしたフラァル。しかし、何かをその聴覚で捉え、訝るようにその方向へと眼をやる。彼女が捉えたものは、高速で接近する、誰か男の悲鳴に他ならず――――。
「…………ぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!」
それは奇妙な光景だった。直径二メートルはあろうかという巨大な薄桃色の球体が、妙な叫び声を上げながら放物線を描くように飛んできているのだ。凄まじい速度で飛んで来る球体を、避ける為にも我に返ったフラァルが血相を変えて「どけどけどけどけー!!!!」と叫んだお陰で、淫魔達は散り散りに逃げ、バウンドする球体の直撃を避けることに成功する。
「あうっ! おうっ!」
やがて障壁にぶつかり、その内側で何度かバウンドすると、奇妙なうめき声を上げながら減速していき、ベチャ、という音とともにボールは溶けたアイスのようにその形状さえ変えながらその場所に急停止した。悪魔型ヴォイドが殴りつけている障壁、その丁度目の前に。
球体が解かれる。そこから頭を擦るようにして現れたのは、リューネイジュが客人として招き入れた駆け出し冒険者カイトと、ポリポリと目玉を掻いている触手のクルスの姿だった。
「いつつ……クルス!! 僕が遅いからっていきなり飛び出すことはないじゃないか!?」
「やーだって……お前ホンット遅いんだもんよーゴメンて」
「まぁ間に合わないより全然マシだけどさぁ……」
しくしくと、痛みに耐えるようにその眼尻に涙を湛えて、緊張感の欠片もなくその場に立つ二人。そんな彼らの愚かしいまでの不用心さに、リューネイジュでさえ声を荒げた。
「ちょっ……お二人共!! 何をなさっているんですの!?」
「えっ? 何をって……」
「スリングショット?」
リューネイジュの言葉の意味を正確に読み取れず――ある意味読み取ってはいるのだが――二人は傍から見れば惚けたような反応を示す。それが気に入らなかったらしく、フラァルは拳を固く握りしめて彼らに向けて怒号を放った。
「このバカタレ共がァッ!!!! 後ろを見ろとっととォ!!!!」
「はひっ!? 後ろですかぁ!?」
「後ろったって……あ、カイト今はダメだ」
「へ?」
カイトよりも一足早く、後ろを見たクルスが、カイトを制止する。しかし時既に遅く、カイトは既に振り向ききり、そして何があるのかと顔を上げた、まさにその時だった。
メキメキバリィィィッ!!!!
悪魔型ヴォイドの拳が、障壁にインパクトするまさにその瞬間、カイトはそれを見てしまった。完全に油断していた中での、大衝撃と大轟音。カイトは一瞬全身の毛を逆立たせながら仰天し、その角度のまま、まるで犬に仕込んだ芸のようにぱたんと倒れてしまった。
「泡吹いてんな。おきろー」
「……はっ!?」
クルスに頬をぺちぺちと叩かれ、卒倒していたカイトはすぐさま意識を取り戻した。それと同時に、戦々恐々としながら悪魔の像が動いているような、ヴォイドを見上げる。
「すごいね……。でもなんていうか……歪っていうか……」
「てか顔ねーな―。息とかどうしてんだろ?」
「してないとか……。ねぇ、クルス。どう思う?」
「ステータスは?」
「やっぱり見えないよ……」
「お、お二人共!! 何してるんですの!? 早く逃げてくださいませ!! もう……持ちませんの!!」
整った顔に苦悶を浮かび上がらせながら、歯を食いしばるように手をかざし続けるリューネイジュ。しかしその声は丁度再び振りぬかれた拳の音によって、完全にかき消されてしまっていた。蜘蛛の巣のように広がったヒビ。恐らくは、もう一撃加えられれば障壁が破られる。
しかし、クルスにだけは届いていたのか、クルスはカイトに見えないような位置でひらひらと触手を振り、尚も二人で悪魔型ヴォイドについて語り合う。
「んー、こっちもだ。ただの魔力の塊って感じ、少なくとも生き物じゃねーし、意志もありゃしねー」
「うん……。それに、この感じ……」
「あー。当たりだな、こりゃ」
「『靄』だね」
二人は二人だけにしか通じない会話をし、余計に混乱が広がるリューネイジュ。その傍らに、寄り添うようにしてフラァルが立つ。
「お嬢様!! もう限界です!! 魔法を停止してください!!」
「ダメです!! まだ彼らが!!」
「チッ!! あのグズ共がぁッ!!」
悪態を吐きながら、フラァルは大地を蹴る。それは離れろと言っても聞かない客人を無理やりにでもこの場から離すためであったが、しかしもう遅い。
フラァルが踏み込むのと、悪魔型ヴォイドが最後の拳を振り下ろすのは同時だった。如何にフラァルが疾かろうとも、ヴォイドの放つ拳もまた決して鈍速ではない。彼女が彼らの元へ到達する前に、ヴォイドの拳に障壁は砕かれ、あの二人は潰死する。少なくとも、あの二人がヴォイドの拳から逃れることは、もはや不可能となった。
「カイト、お前の方は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。危ない考えかもしれないけど、僕が嫌なのは『不必要な殺し』だけだから」
「んま、こまけーこたわかんねーけど、お前がどんな奴だって、オレ様にとっちゃ変わんねーよ」
「あはは、ありがとう」
遂に障壁が破られる。絶体絶命の窮地の中で、しかしまるで茶会を楽しむように談笑しあう二人からは、危機感が欠片も感じられなかった。だが、フラァルにとっても、リューネイジュにとっても、そんなことは瑣末な問題で、『間に合わない』。その焦燥だけが彼女達を支配して――――。
少年達をまるごと飲み込むような、巨大な腕が覆いかぶさるようにして彼らに迫る。
だが同時に、彼女達は知ることになるだろう。
「それに僕達、迷惑も掛けちゃったしね」
「そーだなー。なら」
「「ごめんなさいは態度で表さないとね(な)」」
少年達が、少年の触手が、『この程度』の敵に遅れを取るような存在ではないという事を――――。
グォバァァァァァァァァァァアアアアアン!!!!!!
それまで聞いたこともないような、大爆裂の喝采と、一瞬にして吹き荒れた爆風と衝撃波と共に、吹き飛ばされたのは悪魔型ヴォイドの方だった。悪魔型ヴォイドは少なくとも少年の体重の百倍は優にあろう巨体を、木々をなぎ倒しながら後方遥か彼方へと超速で吹き飛んでいった。
「「『クリアスパーク』」」
何があったのかと、目を回していた淫魔達が正気を取り戻した時、短く発せられた言葉と、稲光とともにバチバチバチィッ!! と盛大な電撃の走る音が聞こえた。音のした方へと目をやれば飛行型のヴォイドが霧のように消えていき、同時に四人の拉致された淫魔から同じように霧が吐き出され、それも霧散していく様が目に入り、恐らくそれをやってのけたであろう少年は、その右手を触手に変えて、木々に触手を巻きつかせて、それを引っ張っていた。それはまさしく、触手のクルスが先程言った、『スリングショット』の要領で――――。
「クルス!? わかってるよね!? ゆっくり、ゆーっくりだよ!? ゆっく「ほい行くぞー」ゆっくりぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!??」
戦慄の顔を浮かべて、何事か触手を説得しようと必至に語りかけるカイトだったが、その願いは聞き届けられることはなく、カイトは凄まじいがまでの速度でその身を宙に投げ出す事となった。
あとに残されたのは、虚しいとさえ形容できるほどの静けさだった。淫魔達は一体何が起こったのかと、暫く呆然と少年達の消えた方向を見やっていたが、暫くして事態に気付いた拉致された淫魔と親しい淫魔達が彼らの元へ駆け寄っていた。
「ラウゼル!!」
拉致されたインキュバスの一人、ラウゼルの元へ、ルシエラが駆け寄る。夫である彼の頭を膝の上に載せ、彼の息があることを確認し、今はそれを只管喜んでいた。
気を失った拉致された淫魔達全員の息があることを確認すると、フラァルとリューネイジュは先程起こったことを記憶を辿り再生させていた。
恐らく、この二人にしか見えていなかっただろう。悪魔型ヴォイドの一撃がカイトに触れるか触れないかというまさにその瞬間、カイトの右腕が解けるようにして三本の触手となり、それが肥大化、変形して、先端が平たい槌、後方が傘のようになっており、その傘の内部で計六つの魔法陣を展開、火属性の中級魔法『エクスプロージョン』を同時に発動させ、それを推進力の『補助』として槌を射出、悪魔型ヴォイドに命中させ、悪魔型ヴォイドを吹き飛ばした。
その時に生じた爆風でバランスを崩した十五体の飛行型ヴォイドを、再び解けた触手が枝分かれして飛行型ヴォイドの群れに突っ込み、その触手から針のような触手を更に射突させ、ヴォイド全てに突き刺して行動の自由を奪うと、同時にそっと伸ばした触手を拉致されていた淫魔達に触れさせ、その全てに先程の『感じたこともないような』魔力による雷撃を食らわせ、スリングショットの要領で自分を投擲、悪魔型ヴォイドを追跡。以上が、彼女達が見たカイトとクルスが今の一連の流れの中で行った行為であった。
「お嬢様……奴らは……」
フラァルが、それまで彼らに対して見せなかった、しおらしいとも取れる声色でリューネイジュに訊ねようとする。すると、一瞬だけリューネイジュはさぞ可笑しそうに微笑むと、すぐに表情筋を引き締めて、フラァルに向き直った。
「フラァル、ここのことは任せます」
「お嬢様は?」
「この村を救ってくださった……のかもしれない方々に、全てを丸投げ、というのは長として面目が立ちません。でしょう?」
それだけ言って、リューネイジュはその場から消え去った。彼女が消えた場に、フラァルは複雑そうな顔を浮かべながら「御意」と恭しく一礼し、気を失った淫魔達の容体を確認するために彼らの元へ向かうのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!!
というか、バトルをキーワードに登録してる割に自分の作品戦闘が少ないんですよねぇ……。申し訳ないです……。
ケジメ!!