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第29話 ひとまずの決着

またブクマ増えてる……感謝しかねぇ……(嗚咽)

ありがとうございます!! 今回は大詰めって感じになります!

 それから、どれくらいの時間が経ったのか、具体的にはよくわからない。

ただ、月の位置がかなり西に移動しているため、相当夜も更けてきたらしいことはわかる。


 あの後、夕食を食べてから作戦会議をし、各自行動、待機していた。妖精族とミノタウロス族、各一人ずつがペアを組み、夜が深まった辺りで指定した場所に張り込み、何か動きがあれば妖精族の念話魔法で伝達しあうというものだった。妖精族は眼と耳で、ミノタウロス族は万が一のための護衛である。


ちなみに、ピーちゃんの提案により、問題になっていたバローレ川と、更にその北から流れるロー川に、三対七の割合で張り込みポイントを設定した。理由は「二日連続で失敗したなら場所を変えることだってありうる」とのことで、言われてみれば確かにこのロー川もゆるやかに弧を描くようにファズグランを囲むようにして流れている。可能性としては十分考えられた。僕らは特に異議もなくその言葉に従った。


 僕とピーちゃん、それにゴレイ君は、犯人が三、四人組であることを仮定した上で、ピーちゃんの見立てで最も犯人が姿を表す可能性が高い地点に来ていた。警察の張り込みのように、クルスの体色を迷彩色に変化させて面上に広げたものをピーちゃん、僕、ゴレイ君の横並びの上に被せ、軽食まで持参して。


 ちなみに、持参した軽食と言うのは、ミノタウロス族伝統お菓子、『コノハバッタのハニーピクルス』なる料理である。名前の通り、バッタをはちみつ漬けにしたもので、見た目通りのゲテスイーツである。しかし、食べてみれば意外や意外。中々に美味で、はちみつが絡まったバッタがパリパリとしたハリのある食感を生み出し、またその肉の味が仄かにアーモンドの風味を醸し出している。このはちみつもただのはちみつではなく、甘さが控えめでちょっとした味付けとして何にでも合いそうであり、見た目がゲテなバッタを紅茶のお供に最適なスイーツに仕立てていた。

 

 かく言う僕もクルスも気に入ってしまい、集落から皆にと大きめの瓶ごと頂いてしまった。ピーちゃんは足の部分をカリカリと、ゴレイ君はまるごと一口で、僕は頭から少しずつ、クルスは凄まじい勢いでボリボリとはちみつバッタを頬張っていた。

 

「クルちゃん食べ過ぎ!! ぴー!!」

「やー、だってこれボリ、んめーもんボリ、よ」

「クルス、ちゃんと飲み込んでから話そうね」

「何にしても気に入ってもらえたようで嬉しいべ」


 そんなことをしながらか細い声ながらちょっと騒がしい張り込みを続けていると、やがて川のほとりからガタゴトと揺れる木の車の音が聞こえてくる。僕らもそれに気付いて、しん、と静まり返り、音の主を注視した。


 やがて、持ってきた薪に火種を焼べて、すぐさま周囲が焚き火で明るくなる。そこに居たのはディムシーさんのパーティーだった。勿論その中にはディムシーさんの姿もあった。その表情は、かなり苛立ちに歪んでおり、今にも何かに当たりそうな程だった。

 

「クソがっ!!!! なんで魔種共は来ねぇんだよ!! 薬を混ぜた川の水を呑ませたら来るんじゃ無かったのかよ!!」


 切歯扼腕。周囲に転がる石塊を、八つ当たりするように怒鳴り散らしながら蹴飛ばすディムシーさん。

 

「野郎も野郎だ!! 途端に来なくなりやがって!! 水晶がありゃ次こそはミノでも何でもけしかけてあのクソアマをぶっ殺してやれるってのに!!!!」


 その言葉に、ゴレイ君の息が荒くなる。ゴレイ君はディムシーさんを直接は見ていない。だが、今の一言で事の『元凶』が誰なのか。そんなこと誰にだってわかる。自分に仲間を手にかけさせた、張本人が出てきたのだ。内心穏やかでないことを察するのは、難しくない。


 だが、どれだけ確定的でも、本当に確定したわけではない。僕はゴレイ君の背中にそっと手を置いて、彼を落ち着かせるように声を掛ける。

 

「ゴレイ君……」

「…………すまねぇべ。もう大丈夫だ。カイト様のがいいって言ってくれるまで、連中に手は出さねぇべ」

「ありがとう……」


 僕はゴレイ君を止めたことを胸の内で謝りながら、ポケットから端末を取り出す。

 

「お、ピコピコじゃん」

「ぴぴっ! カイトカイト! それ何? 何?」

「これ? うーん……時間を切り取って保存する道具……って言えばいいのかな?」

「ぴー!! すごい!! カイトは時間を操れるんだね!?」

「あはは、僕は違うんだけどね。あ、皆ゴメンね? これ、音も保存しちゃうから、できれば少し静かにしててね」


 僕は三人が頷くのを確認して、カメラを起動した。


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 夜が明けた。ファズグランはいつもの静かな朝が戻り、これまでの喧騒が悪い夢だったかのように、穏やかに一日が始まる。


 酒場の掲示板には種種雑多なクエストが貼り付けられ、冒険者達はそれぞれのクエストを受領、出立していた。中でもバルザ一行は、特に早くから酒場に顔を出し、「メシ代がぁ~!!」と悲鳴を上げながらの出発となった。そうして、全ての冒険者達が出払い、酒場に残ったのが包帯を左腕に巻きつけたユーリと朝帰りを果たしたカイト、そして不貞腐れたように朝からやけ酒をかっ食らっているディムシー一行のみとなった頃、カウンター奥からメリゼが慌てた様子で戻ってきた。

 

「緊急です!! たった今バルザさんのパーティーからの救援要請を確認しました!! 彼らが向かったのは北方の森、現在応戦中と思われます!! ディムシーさん、至急向かっていただけますか!?」


 まだ対外的には重傷者であるユーリが動けなく、ディムシーに続き、相当な実力者であるバルザからの救難信号となればディムシーでなければ対処出来ないと判断するのが常識だが、それでも「何故俺が」、とそっぽを向くディムシー。


 しかし、提示された報酬と、襲ってきている魔種の種類を聞いた途端、眼の色を変えてギルドを後にしようとする。が、その途中でカウンターに座るユーリの隣で座っているカイトを見つけると、その目が怪しく光った。


 建前上は暇そうにしている、経験を積ませてやる、という『善意』から。だが本心としては道中荷物持ちとして、最悪群れと遭遇したら盾として使ってやろうという魂胆で、カイトに向かって声を掛ける。あまりに見え透いた嘘。見え透いた悪意に、完全に彼の保護者的存在となったユーリに睨まれるも、カイトが抑え、同行する事となる。


 その時浮かべた苦笑が、へらへらしていると感じたのだろう。ミノタウロスに追われた時も、マグレで生き残っただけに違いない、と。ある意味その通りではあるが、どのようなマグレで生き残ったかまでは、ディムシーは深く考えようとはしなかった。


 そんなカイトを引き連れて、何も知らずにディムシーは指定された地点へと向かうのであった。


 

「はっ……ふっ……」


 指定された地点まで残り半分という森の中で、カイトの吐息は荒くなっていた。彼は、そのステータスの低さと前代未聞な程の数多のバッドアビリティから無能の烙印を押された少年だ。そんな彼にスタミナや筋力などは期待するほうが間違いだ。


 それはディムシーも知っていた。だからこそ、期待できないからこそ、ディムシーは全員分の荷物をカイトに背負わせ、彼の歩くペースなど全く考慮せず、ずんずんと先へ進んでいく。


 顔面に殴られた形跡があるのはその為だ。ディムシーは自分たちから三メートル以上離れる度に『愛のムチ』と称して彼の頬を殴りつけていたからだ。勿論、そんなものは彼の単なる憂さ晴らしに過ぎない。


 それでも「ごめんなさい」、とヘラヘラと笑い、本心から謝罪する彼の表情が苛立たしく、彼のちっぽけな加虐心と自尊心が満たされることはなかった。


 そうして、森の中間地点までやってきた辺りで、カイトの足が急に止まった。それを見咎めたディムシーは、苛立たしげに声を荒げる。

 

「おいガキ!! 止まってんじゃねぇよ!! また殴られてぇのか!!」


 その言葉に、カイトは一切反応しない。そんな彼に、堪忍袋の緒が切れたディムシーは青筋を浮かび上がらせながら彼の元へ一歩足を踏み出す。それを遮るように、カイトの声が彼らとの間に境界を作った。

 

 

「ディムシーさん、償いをするつもりはありますか?」



 背負っていた荷物を地面に下ろしながら放たれた彼の言葉に虚を突かれ、ディムシーだけでなく、彼ら全員が目を見開いた。だが、すぐにディムシーは鼻で笑うと、バカにしたような声で応えた。

 

「ハッ。何を言い出すかと思えば。償い? 何に対してだ? テメェを崖からぶん投げたことか?」

「違います」

「じゃあ何だ? テメェに荷物持ちをやらせたことに関してか? それともテメェを殴ったことについてか?」

「いえ、僕について、ディムシーさんに謝ってほしいことなんてありませんよ」

「じゃあなんだってんだよ。さっさと言え」


 煮え切らないカイトの言葉に、ディムシーはまた頭を掻いて苛立ちを露わにする。そんなディムシーに、カイトは静かに答えた。

 

「それ以外の全部にですよ。街の皆さんや冒険者の皆さんを危険に巻き込んだこと、ユーリさんを撃ったこと、それに」


 言葉が途切れ、カイトがポケットから何かを取り出す。ディムシー達は見たこともない、四角く平べったい、鉄のような何かをディムシーに掲げた。ディムシーたちは知らない、彼にしか持ち得ない、彼の世界の産物を。


 

「魔種の皆にも、迷惑を掛けたことを」



 カイトがそう言うと、ディムシー達に翳された長方形の物体は突如淡く光りだし、その中に自分たちの姿が映し出された。それは昨日の自分たちの姿。その時の会話までもが一言一句、漏らさず違わず再生された。会話の内容には、自分たちがしようとしていること、自分たちがしたこと全てが自分たちの声で語られており、再生が終わる頃にはディムシー一行の中で顔色が悪くならない者はひとりとして居なかった。

 

「な、それ……どうやって……」

「昨日の夜、ずっと見ていたんですよ。ぼくの世界にあるこの道具を使って。早い話、ある時間に流れた光景と音を保存しておける、『描晶石』より高性能な道具なんです」

「は、はっ!! バカバカしい!! よくわからん余所者のお前と、街の実力者であるこの俺と、どっちを信用すると思ってんだよ!?」

「そうですね、外の世界から連れてこられた、特に功績もなにもない、一応の『英雄候補』の僕と、ディムシーさんとじゃあ、分が悪いかもしれないですね。でも、もしも情況証拠も揃っていて、それをある程度発言力のある人、例えば、メリゼさんやユーリさん辺りが、僕の持っているこれと一緒に発言すれば、どうでしょうか?」


 カイトは極めて淡々と、ただ事実だけを羅列していく。

 

「こっちの方で、少し調べさせていただきました。『ノファルの迷酒』と言えば、それが本当のことだって分かってもらえますか? この薬の使い方も、作り方も、調べはついてるんです。最近、その材料をディムシーさん達が大量に仕入れていることも、メリゼさんに調べてもらいました。それに、この『ノファルの迷酒』、誘導するために材料である木の実を燃やしてその臭いを飛ばす必要があるんですけど、それまで月に一度来るか来ないか程度の頻度だった鍛冶場に、最近は毎日通っているということも、バルザさん達に調べてもらいました。武器から何か『異臭』をさせながら」


 それを聞くと、ディムシーを除くメンバーの顔が一気に青ざめる。バレていると、もはや逃げようがないと、彼らは完全に折れかかってしまっていた。


 しかし、ディムシーだけは別だった。彼はしばらくうなだれていたかと思うと、仕掛けが壊れたからくり人形のように、不気味に揺れだしたかと思うと狂った様に腹を抱えて笑い出した。

 

「は、ははは、ハハハハハハハハ!!!! あー、確かに。連中に言われちゃあ、俺も危ないかもなぁ? それによく調べてやがる。確かに俺は金だけが目当てだ。倫理だとか、んなもんは知ったこっちゃねえ。だから悪い噂しか立ってねぇのも自覚してるさ。だがな? 俺も腐っても、この街じゃああの糞女の次に腕が立つんだよ。そんな俺を、確かに辻褄が合うとは言え、情況証拠とやらだけじゃあ俺がやったと断定することは無理だ。つまり、お前の持ってるそれさえなんとかしちまえば、俺の罪は軽くなる。多少袖でも振ってやれば、もしかしたら無罪もあるかもなぁ?」


 不敵な笑みを湛えながら、ディムシーは腰に手を伸ばし、巻きつけていた己の手斧を抜く。その意図に気付き、慌てて彼の仲間たちもそれに倣う。


「お前はよくやったよ。あぁ、俺もまさかそんなもんまで持ってるとは思わなかった。だがな、やっぱお前バカだぜ? お前が死んで、それを俺が奪っちまえば、それで終わりだろうがよ」


 言いながら、余裕を含んだ嘲笑さえ浮かべて、ディムシーはカイトを愚者と見下す。それでもカイトは、毅然とディムシーを見つめ返す。

 

「僕がこの場にいるのは、貴方の本心が聞きたかったからです。だから、さっきの質問をもう一度します。ディムシーさん、自分の罪を、償うつもりはありませんか?」


 絶対的に優位な立場に立つ人間は、建前など漏らさない。特に、自らに非があると自覚している人間は、特に本音しか言わない。それが時と場合によって『言い訳』に転じたりもすることを、カイトは経験の中で既に学んでいた。


 だからこそ選んだ場。自分は一人で、ディムシーたちは四人。加えて、カイトはディムシー達の中で最も弱いメンバーに比べてさえ、尚弱い。そんな状況を作れば、ディムシーの本音が聞ける。そう睨んで、『彼が選んだ』場だった。 


 そして、その予想は、カイトの期待を裏切りながら、見事の的中。ディムシーは本心を表情にさえ出し、隠すどころかカイトにその悪意をさらけ出す。

 

「あぁ、答えてやるよ。こいつでなァ!!!!」


 ディムシーが吼え、手斧を振りかざしながら、カイトに飛びかかろうとする。しかし――――。


 ドゴン! という轟音と共に、ディムシーの目の前に巨大な石製の投斧、トマホークが突き刺さる。その衝撃に、思わずディムシーは後退り、悪意に満ちた笑顔を、恐怖で凍てつかせた。


 すると、木々の影から、どこからともなくミノタウロスが出現する。焦げた土のような巨躯から放たれる威圧感とその眼光に射抜かれ、四人は一瞬怯んでしまう。だが、その目から光が消えることは無かった。相手は一体。ならばカイトを囮か盾にすればなんとかなると、『幸運にも』思ってしまったからこそだろう。


 だが、カイトの側で、まるでカイトに仕えるように立ち尽くすミノタウロスと、彼らを囲むようにして更に出現した、計四体のミノタウロスに、遂にはディムシーでさえパニックに陥った。


 ディムシーは恐怖していた。ミノタウロスにではない。自分の命が危ないことに対してでもない。目の前で一切自分から目を離さず、ミノタウロスを従えているように窺える、未だ自分を信じるような瞳を向けるカイトに対して、まるで初めて化物に遭遇したかの時のような恐怖感を、ディムシーは覚え、その場に尻餅をついてしまった。

 

「なんだよお前……!! 何なんだよぉ!!」

「それは……いえ、やめておきましょう。ここでは関係のないことです。僕が訊きたいことは、たった一つです。自分がやったことを認めて、罪を償ってください。もし、しかるべき場所で、しっかりと反省して償ってくれるというのであれば、少しでも罪が軽くなるように、僕も出来る限りのことはします。できれば、ユーリさん達にも、手伝ってもらえたらって、思ってます。あの人達は、なんやかんや言っても優しい人たちですから、多分大丈夫だと思います」


 下手くそな苦笑。拙い言葉。だがそれだけに、裏表のない、カイト自身の本心。カイトは死ぬような思いをし、恩人も危険な目に遭わせ、親しくなった新しい友人に深い傷を作ったディムシー達を、それでも許そうと言っている。そしてそれには、彼なりの理由があった。

 

「でも、一つだけ教えて下さい。どうして、こんなことをしようと思ったんですか? 何が貴方にそうさせたのか、聞かせては貰えませんか?」


 結果があるなら、必ず原因がある。ディムシーがそれをしたということは、即ちそれなりの理由があったのではないかと、カイトはそう信じているからこそ、この事件に関わる全ての者達に説得し、そしてこの場を設けることができているのだ。


 彼は別に性善説を信じているわけではない。それはただ単に、真月介斗という一個人の、変えられない『生き方』というだけで。


 そんな言葉に、ディムシーは侮蔑と、嘲笑と、僅かな寂寥感を漂わせて、濁流のように喚き散らす。

 

「理由!? 理由だと!? テメェが訊くかよ『英雄候補』様がよぉ!!」

「…………」

「いつだってそうだった!! テメェらは神とやらに才能があるって分かった上で冒険者になりやがる!! 成功が約束されてるようなもんだそりゃあなるよなぁ!? そして、才能を見つける努力もしねぇ!! 才能がない分それを補う努力をしようともしねぇ!! だってぇのにちょっと戦い方をかじった程度でテメェらは実績を上げ、すぐに他の連中に囃し立てられる!! 「流石だやはり『英雄候補』。お前のおかげで助かった」ってなぁ!! 凡人がどれだけ努力して、歯ぁ食いしばって血反吐吐いて、その上で掴んだ功績も、実力も、ただ神に選ばれた『だけ』の連中が、それを軽々上回る!! どんどんどんどん霞ませやがる!!!! 才能のねぇ連中(オレら)のことなんざ知ったこっちゃねぇってよぉ!!!! ふざけんじゃねぇ!! オレにはそれが我慢ならねぇ!! テメェだってそうだ!! 才能も実力も無ぇなんて言われておきながら、ミノに追われて生き残った!? それがテメェの実力だぁ!? ふざけんじゃねぇぞ!! マグレに決まってる!! 何の努力もしてないお前が、何か出来るわけがねぇ、出来ていいワケがねぇんだよ!!!!」


 カイトを非難する言葉が気に入らなかったのか、彼の側に佇んでいたミノタウロスが一歩前に出ようとする。だが、それは俯き加減のカイトの手によって静かに制される。


 ミノタウロスは困惑したようにカイトへ一度視線を向けて、その足を元の位置へ戻す。


 今度はゆっくりとカイトがディムシーに近づいていき、その手が伸ばされれば簡単に届くような位置で、膝をついて目線を合わせた。

 

「確かに、ディムシーさんの言うとおりです。僕は大した力なんて持ってない。あの時、『彼』に追われて生き残れたのだって、いくつも幸運が重なって、それでようやく出来たことです。本来なら、僕はあの場で死んでいた。でも、『僕が何の努力もしていない』、それは、二週間で僕を鍛えあげてくれた、僕に努力をさせてくれたユーリさんと、僕のある友達の為にも、認めるわけにはいきません。これだけは譲れない。それに――――」


 カイトは顔をあげる。そこで見た表情に、ディムシーは驚愕した。そこには、彼を非難するでもなく、蔑むでも嘲るでもなく、ただただ彼に同情するような、沈痛な表情が浮かべられていたから。

 

「それは、貴方個人の都合で、貴方の勝手な意見だ。街の人達や、他の冒険者の人達。ユーリさんを撃ってもいい理由には、なりえませんよ……。でも、そうですよね……。僕はディムシーさんじゃないから、貴方の気持ちが全部わかるなんて言えませんけど、でも、僕も『向こう』じゃ負けっぱなしだったから、なんとなくわかる気はします」


 カイトは一度言葉を中断し、「でも」と続け、出来る限り朗らかに、ディムシーのくすんだ目をまっすぐに見つめる。


「だからこそ、確かな事も一つだけあります。例え周りの人がどうであれ、貴方が培ってきた実力は、紛れも無く『本物』です。僕みたいに、自覚もなく、選ばれたから、なんて理由で運良く持ってることが分かった、『メッキ』なんかじゃない。貴方のそれは『本物』で、確かな『重み』を持ってるはずです。あとはそう、自分を本当に見てくれる『誰か』を探すだけ、僕は、貴方の仲間の皆さんがそうだと思っているんですけど、違うんですか?」


 向けられるその穏やかな表情に、ディムシーの仲間たちは、完全に心打たれていた。『強者』は『弱者』に嘘は吐かない。彼らが許せないのなら、既に後ろに控えるミノタウロス達をけしかけて、自分たちを挽肉にでも変えられた筈。


 だというのにそれをせず、延々と自分たちを説得しようと舌を働かせる。それはカイトが本心から彼らに償いを求めているだけだからではないのか。彼を殺そうとした自分たちに本当に恨みは無いと、そう言っているのではないかと。カイトの言葉の意味をそのように汲み取った瞬間、ディムシーの仲間たちの心は完全に決まった。

 

「連れてってくれ……。罰なら何でも受ける……」

「俺もだ……。反省している」

「本当に、申し訳なかった」


 三人は、ディムシーに憧れて彼のパーティーに入った。それは当時、才能らしい才能を持ち得ていないにもかかわらず、冒険者が数多く集まるファズグランにおいても上位の実力者として名を馳せていたからだ。


 才能が無くても、やれるところまではやれるものだと、力強く語って聞かせてくれたのは、誰だったか。すっかり『英雄候補』達への嫉妬と憎悪の虜となった彼と、自分たちまでその負の感情に同調し、今の今まで完全に忘れていたが、それでも、彼らにとってディムシーは今でも尊敬する兄貴分であることに変わりはない。


 そして何より、カイトは自分たちのことを『見てくれている』。彼を陥れようとしたことに対する恨み言も無く、あの映像をギルドに提出するようなこともせず、回りくどい真似までして、尚自分たちにチャンスを与えてくれている。それを見て、三人は自分たち不甲斐なさに恥じるように、彼らの罪を認めていた。


 カイトは、心から反省している三人を見て、穏やかな笑みを向けると、再びディムシーに目を向けた。自分の持ちうる限り暖かな、柔らかい声音と共に、最後の質問を投げかける。

 

「ディムシーさん。もう一度だけ聞かせてください。罪を認めて、償ってもらえますか?」

「兄貴……」

「兄貴……」

「兄貴……!」


 仲間の三人も、そしてカイトも、信じるようにディムシーの返答を待つ。何度目かのそよ風が場を薙いだ後、ゆっくりとディムシーの掠れた声が聞こえた。

 

「――――――あぁ……。罪を償う」


 その一言に、四人の表情が明るくなる。事の一部始終を見守っていたミノタウロス達も、不満そうではあるものの、カイトの嬉しそうな表情に、仕方がないという空気をその場に流れさせた。カイトは緊張の糸が切れたように、ほう、と息を吐きながら立ち上がって彼らに背を見せた。

 

「なら、戻りましょう。実は、バルザさんからの救援要請って、あれ嘘なんですよ。皆さんの本心を聞きたかったから、回りくどいですけどこういう方法でしかこの状況を作れなくて。はは、ご、ごめんなさい」


 恥ずかしそうに笑いながらその場を後にしようとするカイトの背後で、ディムシーもまたゆらりと立ち上がる。俯き、表情を窺えないその口元は――――。



「気にするこたねぇ。どうせ死ぬんだ――――」



 禍々しい赤黒い三日月に歪められて――――。


 その言葉に、振り向くももう遅い。濁りきった沼のようなドス黒い輝きで瞳を爛々と輝かせ、既に手に持った手斧でカイトの身体を両断しようと、狂人の歪んだ笑顔を貼りつかせて、既に全ての動作を完了させてしまっていたのだから。


 後は一秒にも満たない時間で、カイトの身体が斧で両断されるのを待つのみ。突然の出来事で、ディムシーの仲間たちも、ミノタウロス達も、そしてカイト自身もそれを捌けない、躱せない。カイトの死は必定、それにはカイトも、彼にしては驚異的な速度で理解している。もしかしたら、こうなることも、予め予測していたのかもしれない。けれど、自分の死が目の前にあるというのに、カイトはそれを恐怖するどころか、悲痛な表情を浮かべる。それは、ディムシーに対する申し訳無さと、寂しさを湛えた顔で。

 

「……ごめんなさい」


 それは、誰に宛てたものだったか。カイトは短くそう言い放ち、そして迫る手斧は――――。



「テメー。ふざけてんじゃねぇぞ」



 彼の身体を両断――――しなかった。


 カイン、という硬質な音。それとともに、手斧が宙を回転しながら舞い、五メートルほど離れた樹の上に突き刺さった。何が起こったか。それは、彼の『右腕』から生えた触手が、一連の出来事を如実に語っていた。


 カイトの腕から一直線に伸びたクルスの腕は、ディムシーの手斧に向かって弾丸のごとく射突され、その手から弾いたのだった。だが、その動作があまりにも早く、全てを理解したカイト以外の反応が、まるで時が止まっていたかのように遅れた。


 やがて、正気を取り戻したのか、ディムシーが笑いながら恐怖するという、奇矯な動作を取りながら、『人の腕から触手が生えている』という事態に隠そうともせず困惑する。

 

「な、なんだそれ……何なんだよそれはぁ!!!!」

「カイト、こいつキライだ」

「抑えて、クルス……」


 カイトは答えず、珍しく怒りを露わにしたクルスを宥めながら、悲しそうにディムシーを見下ろす。その瞳さえ恐ろしいと、後退ったディムシーの背に、何かが当たる。振り返れば、そこには彼の仲間の姿は無く、怒りを滾らせた紅蓮の瞳を燃やすミノタウロスが立ち、それを囲むように、他のミノタウロス達もディムシーを見下ろしていた。

 

「したらカイト様。約束通り、好きにさせてもらうべ」


 先程まで彼の傍らに立っていたミノタウロス、ゴレイが、カイトの脇を通り過ぎながら、可能な限り彼の声が届くよう、理性を保っていようと、とぐろを巻く怒りを必至に宥めながら、カイトに許可を仰ぐ。


 ミノタウロスの言葉は、当然カイトとクルス以外には届かない。ディムシーの仲間たちは一体のミノタウロスによって少し離れた場所に退避されており、何が起こるのか何をされるのかと、不安で不安でたまらないという表情を浮かべている。


 ミノタウロス達はカイトと一つの約束をしていた。もしディムシー達が彼達に心から謝罪し、罪を償う意志を見せれば、お咎め無しにしてほしい、と。逆に、もしもディムシー達が罪を償いの意志を見せなければ――――。

 

「……約束、だからね。でも、殺すのだけは絶対に……ダメだからね」

「ありがとうだべ」


 ディムシーは武器を持たず、彼を取り囲むミノタウロス達もまた、武器を持ってはいない。それはカイトとの間に取り付けた約束のため、『ディムシーの処遇の一部を彼らに任せる代わりに、治療、再生不可能な傷を与えないことと、殺さないこと』を守るための事だった。


 カイトに感謝を告げて、完全に戦意を喪失したディムシーを睨みつけるミノタウロス達。そして、ゴレイの一言を号令に、彼らのささやかな『報復』が、静かに幕を開けた。


 

「アグと、ボルク、ロクタにコム。(なかま)の痛み、ほんの一部でも味わえ」


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


「ちょっと……やり過ぎ……とも言えないね」

「め、面目ねえべさ……」


 ゴレイ君達が一通りディムシーさんに対して敵討ちをし終えると、その惨状を見て僕はなんとも言えない気分になっていた。


 ディムシーさんは、見るも無残な姿に変わり果てている。一応、クルスの治療用体液を薄めたものを少量塗布してはいるので、死亡する恐れはないが、あまりに殴られすぎて、恐らく無事な骨が無いだろうという風に見えてしまうほどだ。


 本当なら僕が止めるべきだったのだが、ゴレイ君達の気持ちを考えると、止め時がわからず、ディムシーさんの仲間の皆さんが「もうやめてやってくれぇ!」と叫んだ時にようやく我に返ることが出来た。


 それに、ゴレイ君が謝る必要など無いのだ。僕がディムシーさんを説得できていれば、こうはならなかったはずだ。結局、僕はいい気になっていただけなのだろう。自分に眠っていた才能がどんなものか知って、自分には力があると驕って、僕なら出来ると、心の何処かで思い上がっていただけなのだろう。


 結果はこのザマだ。理想の結果を得るどころか、悪化さえしたかもしれない。改めて思い知らされた自分の無力さに、歯噛みしてしまう。


 しかし、そんな僕の心情を知ってか知らずか、ゴレイ君達ミノタウロス一同は、深々と頭を下げていた。

 

「カイト様、本当に、本当にありがとうございましたべ」

「えっ?」


 その言葉の意味がわからず、僕はとっさに聞き返してしまった。お礼を言われるようなことなど、した覚えはないのだが……。

 

「んだぁ。途中で止められちまって、正直、まだやりたりねって、思ってるべ」

「だけども、普通だったら、この男は人類の世界で裁かれて、オラ達の出られる幕はねぇんべ」

「身内の事なのに、オラ達で裁けねぇ。住んでる世界が違うっつっても、中々割り切れるもんでもねぇべ」

「それに、オラ達と同じで、あの男にも仲間が居る。仲間が死ぬ悲しさとかを知ったオラ達が、おんなじ思いをさせてやろうってなったら、連中を何も変わらんべ」

「だから、カイト様はオラ達に大切な事を教えてくれたんべや。この感謝は、通すべき義理ってやつだべさ」


 言って、ゴレイ君は僕の手をしっかりと握って、また深々と頭を下げた。


「「「「「ありがとうございましたべ、カイト様」」」」」


 感謝の言葉を述べるミノタウロスの皆の姿に、僕は何故か、心の中にぽっかりと空いた穴が、埋まっていくような感覚を覚えた。


 それと同時に、自嘲気味に笑みを零す。そうか、僕は何も出来てなかった、なんて思い込んでただけで、彼らの為に、何かできていたのかと、彼らの真摯なお辞儀が、僕にそう信じさせてくれた。不意に、目頭が熱くなるが、堪えよう。今は、僕が泣くべき場面ではないだろうから。


 けれど、堪えきれなかった涙が一粒、目尻から頬を伝って落ちていく。僕はそれを気付かれないように拭って、ゴレイ君達に返礼する。

 

「ううん、こっちこそありがとう。キミ達のお陰で、とても大事なことに気付けたよ」


 僕がそう言うと、ゴレイ君達はきょとんとした顔で互いに顔を見合わせあったが、僕が笑っているので、まぁいいかと、納得してくれた。

 

「クルス様も、世話んなりましたべさ」

「んー? オレ様なんかしたっけ? てかオレ様結構影薄くなかった?」

「あ、あははは。そんなこと無いよ……多分……」

「オレ様……何行くらい喋ったかなぁ……」

「シリアスから唐突にメタいこと言わないで!?」


 クルスはクルスでしゅんとしてしまい、ゴレイ君達は僕らのやり取りの意味がわからないと、苦笑することしかできないでいた。

 

「というわけで、クルス様、これ差し上げますべ。お二人でお食べになってほしいべ」

「おおおおお!!!! はちみつバッタ!!」


 そう言ってどこからとも無くゴレイ君がはちみつバッタ、もとい『コノハバッタのハニーピクルス』が詰まった瓶をクルスに手渡した。クルスは目をキラキラと輝かせて、その眼をニコニコさせながら瓶にスリスリと頬ずりをした。

 

「おお~。愛してるぞ~」

「クルス様はほんとにそれ好きだべなぁ~。んでも、気に入ってくれたんならオラ達としても嬉しいべ」

「ありがとう。でもいいの? こんなに」


 渡された瓶は、昨日の瓶よりも一回りは大きかった。仮に僕がお腹いっぱいになるまで食べるとしても、二日分くらいは確保できそうな量だった。

 

「いいべいいべ。作るのは手間ねぇべし。あ、それ、結構長持ちすっから、急いで食べんでも大丈夫だべ」

「ありがとう。大切に食べさせてもらうよ」

「あぁそうそうそれと、カイト様にはこれをお差し上げだべ」


 言われて、差し出されたのは小さな角だった。形状的にミノタウロスの角のようだったが、子供のものだろうか?

 

「そりゃこないだムウの角が生え変わった時に抜けた角だべ。売れっかどうかわかんねぇけど、足しになるなら足しにしてくれだべ」

「いいの? 大事なものなんじゃ……」

「いんやぁ、脆すぎて使い道はほとんどねぇんで、畑の肥料に使っちまうんだべ。だから、あんま気にせんで貰ってほしいべ」

「そっか……。うん、ありがとう」

「ホントはユーリの姉さんに貰ってほしいとか言っとったけどなぁ。んがはは」


 陽気に笑うゴレイ君。それ、僕がもらうべきじゃあ無いと思うんだけれども、まぁいいか。ユーリさんに渡すために預かったと考えれば。

 

「そいじゃあ、オラ達はこれで失礼しますべ。またいつでも遊びに来てほしいべ。オラ達ミノタウロス族も、妖精族も、いつでも大歓迎だべ」

「ありがとう。またいつか行くよ。必ず」

「じゃ~な~。はちみつバッタ、ありがとな~」


 僕と一緒になって、手を振り、別れを告げるクルス。ゴレイ君達も手を振り返し、結局僕らは森が彼らの姿を隠すまで、彼らの背中を見送っていた。


 随分待たせてしまったディムシーさんの仲間たちの元へ謝罪しながら駆け寄ると、やはりというべきか、有り得ないものを見て驚愕に染まった表情を浮かべて、彼らは僕とクルスを交互に見やっていた。正直、この反応に慣れるのにはもう少し時間がかかりそうだった。

 

「お前さん、一体何者だよ……。ミノと話したり、触手を腕に生やしてたり……。お前さん、一体何なんだ?」


 僕を見た普通の人の、極めて当然な内容の疑問。その答えを、好奇心半分、恐怖半分で聞いていた三人に、しかし今はまだあまり多くの人に知られるわけにもいかないと考えて、人差し指を口元に当てて答えた。

 

「あはは、普通の人間ですよ。それより皆さん、少しお尋ねしたいことが……」


 僕の言葉に、お三方は何を訊かれるのかと身構えてしまっていた。

 

「あの、水晶のことなんですけど……」


 僕がそう言うと、三人は一斉に目を逸らした。心なしか、顔色もすぐれない。だが、やがてその内の一人、長身の男性が僕の質問に答えてくれた。

 

「詳しくは、俺達もよくわからねぇ。ただ、いつの間にか兄貴に近寄ってた黒いローブを着たいかにもな野郎が兄貴に渡してきたんだ。それに、変な薬、『ノファルの迷酒』の作り方を教えたのも野郎だ。その時、野郎が何て言ったのかは知らねぇけど、兄貴はそれを使って『青狼』殺すつもりだったらしい。何でも、怒りに支配させてステータスを上昇させるとかなんとかで……」

「黒い男……ですか」


 恐らく、その人物が大なり小なりディムシーさんを誑かしたのだろう。おまけに、『靄』というよくわからない力を持っている。きな臭い上に、放置するわけにはいかないだろう。僕から進んで関わりを持とうとは怖すぎて思えないが、もしかすればそれが今ファンルシオンで起きている異常の手掛かりなのかもしれないのだから、気には留めておく必要があるだろう。


 僕は今貰った情報をしっかりと記憶に刻みこみ、情報を提供してくれた彼らに感謝の言葉を告げる。


「ありがとうございます。それより皆さん、帰るまで荷物持ちましょうか? 持ってて思ったんですけど、結構重いですしねぇ」


 しかしその申し出に、彼らはおもいっきり首を横に振るだけで拒否されてしまった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!

お陰さまでここまで来られましたが、アレですね。ホントご都合主義ありがとうって感じですね。えぇ。

次回で第一章、完結となります! 

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